口腔粘膜からの遺伝性ジストニア関連情報を確認 ー新たな非侵襲的診断ツールとして期待ー
2024.6.11 Tue
研究発表のポイント
- 遺伝性ジストニアDYT-KMT2B1は小児期に下肢のジストニアより発症する疾患であり、根治療法は存在しませんが、発症早期に介入することによって運動機能予後は改善するため、早期の診断が有用です。
- 口腔粘膜から採取したサンプルについて検討したところ、H3K4me32と呼ばれるマーカーが遺伝性ジストニアDYT-KMT2Bの患者群で有意に低下していました。
- H3K4me3低下の傾向は発症早期でより強くみられることと、簡便で侵襲性が低いという特性とあわせ、本疾患の早期診断スクリーニング検査への応用が期待されます。
概要
遺伝性ジストニアDYT-KMT2Bは、DYT28とも呼ばれる比較的稀な疾患です。主に小児期に下肢のジストニアとして発症し、根治療法は存在しないものの発症早期に適切な介入を行うことにより、歩行能を含めた運動機能予後は改善しうることが知られています。そのため早期の診断が求められますが、診断は全エクソーム解析3やメチル化DNA解析4などの遺伝子解析を要することから、簡便ではないという課題があります。
東北大学大学院医学系研究科神経内科学分野 菅野直人(すげのなおと)助教らの研究グループは、東京都立神経病院神経小児科の熊田聡子(くまださとこ)部長らとの共同研究において、DYT-KMT2B患者およびコントロール(対照群)由来の口腔粘膜サンプルを用いて、H3K4me3というマーカーが患者群で有意に低下していることを突き止めました。
口腔粘膜の採取は低侵襲でしかも簡便であることから本疾患のスクリーニング法としての応用が期待されます。
本研究成果は、2024年5月27日に医学分野の専門誌Parkinsonism & Related Disordersのオンライン版に掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
遺伝性ジストニアDYT-KMT2BはKMT2B5の遺伝子異常によってもたらされ、DYT28とも呼ばれる比較的稀な疾患です。KMT2Bはハプロ不全遺伝子6であり、これまでに報告されてきた多くの遺伝子変異がKMT2Bタンパクの機能不全をもたらしていると考えられています。
また、KMT2Bはメチル転移酵素7であり、その代表的な基質はヒストンH38です。具体的にはH3の4位のリジン残基(K4)に3つのメチル基を付加(トリメチル化:me3)することによって、H3K4me3を形成します(図1)。
H3K4me3は遺伝子発現制御において非常に重要なヒストン修飾となり、いわゆるエピゲノム9機構の中核となります。H3K4me3の低下は、その下流において標的となる遺伝子の発現が抑制されていることを意味します。
このように、H3K4me3は生命活動の至る所で重要であることから、その程度は多くの因子によって制御されています。事実、H3K4のメチル転移酵素は6種存在し、H3K4me3がどのメチル転移酵素を主として用いているかは細胞種によって異なります。
今回の取り組み
はじめにインフォマティクス解析10でH3K4me3に対してKMT2Bへの依存度が高い細胞を検索したところ、口腔粘膜を構成する細胞がこの条件に該当することがわかりました。次に、DYT-KMT2B 12例とコントロール12例において口腔粘膜由来サンプルを用いてH3K4me3を検討したところ、DYT-KMT2B群では有意に低下していました(図2, p <0.001)。さらに、この傾向はジストニア発症からの期間が短いほど顕著であり、発症早期での疾患群選択性により優れていることを明らかにしました。
今後の展開
DYT-KMT2Bは比較的稀な疾患ですが、遺伝性ジストニアの中では高頻度で発症することが知られています。臨床的にジストニアを主な症状とした疾患であることがわかった場合、これまでは診断のために次世代シーケンサーを用いた検索が必要でしたが、今後は口腔粘膜によるスクリーニングによって診断できる可能性があります。
特に本疾患でみられる遺伝子変異の種類は多岐に渡り、新たに見出された遺伝子の差異が個性の範疇なのか、それとも疾患に結びつくのかの判定はしばしば問題となります。将来的に、口腔粘膜を用いた検査が意義付け不明のバリアント(Variant of Unknown Significance: VUS)11を判定する根拠のひとつとなる可能性があります。今後、より判定の精度を高めるためH3K4me3に付随して変化しうる他のヒストン修飾を組み合わせて検討を重ねていく予定としています。


謝辞
本研究は科学研究費助成事業 基盤B (JP23H02829)・基盤C (JP20K07862, JP24K10614, JP20K07896, JP23K06823,JP20K07907)・若手研究B(JP23K14769)・若手研究(JP22K15646)・若手研究(スタートアップ)(JP23K19557)・国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED)(JP23ek0109674, JP23ek0109549, JP23ek0109617, JP23ek0109648, JP22ek0109549)の支援を受けて行われました。
用語説明
- 遺伝性ジストニアDYT-KMT2B:ジストニアは、体の筋肉が意図によらず過剰に緊張した結果、異常な姿勢や運動をきたす状態。遺伝性ジストニアに関連する遺伝子はdystonia(ジストニア)より最初の3文字をとりDYT(番号)として表記されてきたが、近年は疾患背景を理解しやすくするため、the Movement Disorders Society (国際運動障害学会)により DYT-(遺伝子名)とすることが推奨されている。本疾患はKMT2B遺伝子異常にもとづくジストニアであることからDYT-KMT2Bと呼ばれる。遺伝性ジストニアの頻度は10万人あたり16人とされ、その中で単一遺伝子の異常が検出されたのが19%であり、その内訳としてもっとも頻度が高い(9%)のがDYT-KMT2Bである(Zech M., et al. Lancet Neurology 2020)。 ↩︎
- H3K4me3:DNAはH3, H4, H2A, H2Bによって構成されるコアヒストンに巻き付くことによりヌクレオソームを形成する。コアヒストンタンパクのメチル化やアセチル化といった修飾によって、DNAと転写に関わる因子との関係は変化する。中でもH3の修飾は影響力が大きく、本タンパク質の4位のリジン残基(K4)に3つのメチル基を付加(トリメチル化:me3)はH3K4me3と呼ばれ、関連する遺伝子の転写効率に正の影響を与える。 ↩︎
- 全エクソーム解析:次世代シーケンサーを用いた遺伝子解析のひとつ。ゲノム全体ではなく、遺伝子情報がコードされる部位(エクソン)のみを解析する手法。 ↩︎
- DNAメチル化解析:DYT-KMT2BではDNAメチル化のパターンに特有の変化を生じることが知られている。解析にはバイサルファイト法を組み合わせた次世代シーケンサー、または遺伝子アレイが必要となる。 ↩︎
- KMT2B:リシンメチル基転移酵素(Lysine Methyltransferase: KMT)(*7)のひとつである。KMT2Bはショウジョウバエからヒトに至るまで広く保存される機能性タンパク質であり、ヒストンH3のメチル化(H3K4me3)を担う。 ↩︎
- ハプロ不全遺伝子:遺伝子は対となっているため、二つあるアリルの一方に機能喪失変異があっても、もう一方のアリルで十分なタンパクを得られれば細胞全体としての機能は保たれる。しかし、十分なタンパクを得られない場合には表現型を呈することとなりハプロ不全と呼ばれる。 ↩︎
- メチル転移酵素:標的となるタンパク質のリジン残基やアルギニン残基にメチル基を付加する酵素の総称である。 ↩︎
- ヒストンH3:コアヒストンを構成するタンパク質のひとつである(参考:*2)。 ↩︎
- エピゲノム:我々の体を構成するすべての細胞は同じゲノムDNAを有している。にも関わらず、神経細胞や皮膚の細胞など違いを生じるのは、それぞれの遺伝子DNAからつくられるRNAの量が厳密に調整されているため。このしくみはエピゲノムと呼ばれ、本研究で取り扱うヒストン修飾はその中心的役割を担う。 ↩︎
- インフォマティクス解析:生物の活動を計算機を用いて解析する手法。ここでは、体の各部位を構成する細胞毎の遺伝子発現プロファイルを参照し、KMT2Bの発現分布を各細胞間で比較した。 ↩︎
- 意義付け不明のバリアント(Variant of Unknown Significance: VUS):疾患との関連について、判断できるだけの十分な情報が集まっていない遺伝子多型を指す。 ↩︎
論文情報
Title:Reduced histone H3K4 trimethylation in oral mucosa of patients with DYT-KMT2B
Authors:Naoto Sugeno*, Satoko Kumada, Hirofumi Kashii, Jun Ikezawa, Toshitaka Kawarai, Takaaki Nakamura, Ako Miyata, Shun Ishiyama, Kazuki Sato, Shun Yoshida, Hutoshi Sekiguchi, Kohei Hamanaka, Satoko Miyatake, Noriko Miyake, Naomichi Matsumoto, Hiroyuki Akagawa, Kenjiro Kosaki, Hiroshi Yoshihashi, Takafumi Hasegawa, Masashi Aoki
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 神経・感覚器病態学講座神経内科学分野 助教 菅野 直人
掲載誌:Parkinsonism & Related Disorders Volume 124, July 2024.
DOI:doi.org/10.1016/j.parkreldis.2024.107018
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1353802024010307
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科神経内科学分野
助教 菅野 直人(すげの なおと)
TEL:022-717-7189
Email:sugeno*med.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(取材に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press*pr.med.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
- 関連資料
- プレスリリース資料(PDF)