口腔がんに対する新たな抗体医薬品の開発へ 〜CD44v10を標的とした新たな戦略〜
2024.8.26 Mon
研究発表のポイント
- 口腔がんに高頻度で発現するCD44v10(注1)を標的とする抗体医薬(注2)の抗腫瘍効果のメカニズムを検討しました。
- 本研究室で過去に樹立した抗CD44v10抗体を治療用抗体に改変し、抗腫瘍効果のメカニズムの解析を行いました。
- 抗CD44v10抗体を治療用抗体に改変すると、高い抗体依存性細胞傷害(ADDC)(注3)活性を示しました。
- 抗CD44v10抗体はCD44v10陽性の口腔がん細胞に対し高い抗腫瘍効果を示したことから、口腔がんに対する新たな抗体医薬品の開発が期待されます。
概要
膜タンパク質のひとつであるCD44は、口腔がんを含む多くの腫瘍で高頻度に発現し、腫瘍の悪性化に関与していることから、患者の予後不良因子としても知られています。CD44にはCD44バリアント(注4)がいくつか報告され、CD44v10を含むタイプ があります。CD44v10に対し、これまで複数の抗体が開発されてきましたが、どの腫瘍に対しても有効な治療法にはなっていません。
東北大学大学院医学系研究科抗体創薬学分野の加藤幸成教授の研究グループは、多くの膜タンパク質に対する抗体医薬の開発を行っており、CD44に対する抗体開発も行ってきました。本研究では、抗CD44v10抗体を治療用抗体に改変し、抗腫瘍効果のメカニズムの解析を行いました。がん細胞に対する傷害活性として、抗体依存性細胞傷害(ADCC)活性とCDC活性(注5)の二つがよく知られていますが、今回の解析により、抗CD44v10抗体については、ADCC活性が重要であることを明らかにしました。
本研究成果は、2024年8月24日、欧州の科学誌International Journal of Molecular Sciencesに掲載されました。概要はYouTubeの抗体創薬学分野チャンネルでもご覧いただけます。
詳細な説明
研究の背景
東北大学大学院医学系研究科抗体創薬学分野の加藤幸成教授の研究グループは、多くの膜タンパク質に対する抗体医薬の開発を行っています。これまでに開発した抗体は 、 東北大学・加藤研究室の抗体バンクに掲載し、AMED生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)において、全国の研究者の支援に活用されています。
膜タンパク質のひとつであるCD44は、細胞間相互作用、細胞接着および遊走に関わる細胞表面糖タンパク質です。CD44はヒアルロン酸のレセプターであり、リンパ球の活性化、再循環/ホーミング、造血および腫瘍転移を含むさまざまな細胞機能に関与しています。CD44は、口腔がんを含む多くの腫瘍で高頻度に発現し、腫瘍の悪性化に関与していることから、患者の予後不良因子としても知られています。CD44にはCD44 standard(CD44s)の他、CD44 variant(CD44v)がいくつか知られており、CD44v10を含むタイプがあります。CD44v10に対し、これまで複数の抗体が開発されてきましたが、どの腫瘍に対しても有効な治療法にはなっていません。
今回の取り組み
今回、研究グループは、新たに抗CD44v10抗体を治療用抗体に改変し、抗腫瘍効果のメカニズムの解析を行いました。がん細胞に対する傷害活性として、ADCC活性とCDC活性の二つがよく知られています。今回の解析により、治療用の抗CD44v10抗体については、抗CD44s抗体よりもADCC活性が高いことがわかり(図1;**P<0.01, *P<0.05)、ADCC活性が抗腫瘍効果に重要であることを明らかにしました。

また、抗CD44v10抗体はCD44v10陽性の口腔がんの移植片に対し、高い抗腫瘍効果を示しました(図2;**P<0.01)。

今後の展開
抗CD44v10抗体はCD44v10陽性の口腔がん細胞に対し高い抗腫瘍効果を示したことから、口腔がんに対する新たな抗体医薬品の開発が期待されます。さらに、治療用の抗CD44v10抗体を抗体薬物複合体(ADC)(注6)やキメラ抗原受容体(CAR)T細胞(注7)に応用することにより、副作用のない画期的な治療法の開発に繋がる可能性があります。
謝辞
本研究は、AMED生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)により支援されています。
用語説明
注1.CD44v10:CD44は、細胞間相互作用、細胞接着および遊走に関わる細胞表面糖タンパク質である。ヒアルロン酸(HA:hyaluronic acid)のレセプターであり、オステオポンチン(osteopontin)、コラーゲン、マトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP:matrix metalloproteinase)などの他のリガンドとも相互作用することができる。CD44は、リンパ球の活性化、再循環/ホーミング、造血および腫瘍転移を含むさまざまな細胞機能に関与する。CD44v10はCD44のバリアントのひとつである。
注2.抗体医薬:抗体とは、リンパ球のうち、B細胞が産生するタンパク質で、特定の分子(抗原)を認識して結合する。血液中や体液中に存在し、細菌やウイルスなどの微生物に結合すると、白血球による貪食が起こる。がん細胞に結合しがん細胞を殺す働きもあり、多くの抗体医薬品が臨床で使用されている。
注3.抗体依存性細胞傷害(Antibody Dependent Cellular Cytotoxicity:ADCC)活性:抗体に結合した細胞や病原体が、抗体を介してマクロファージやNK細胞などの免疫細胞によって傷害される。
注4.CD44バリアント:CD44のmRNAから、いくつかの部分が除去されて新しいmRNAができることにより、多種類のCD44タンパク質ができる。
注5.補体依存性細胞傷害(Complement Dependent Cytotoxicity:CDC)活性:抗体が標的細胞(がん細胞やウィルスなど)の抗原に結合すると、複数の補体が次々と反応して活性化する。細胞の表面で一連の反応が起こり、標的細胞を溶解する。
注6.抗体薬物複合体(Antibody Drug Conjugate: ADC):抗体に抗がん剤などの薬(ペイロード)を付加したもの。抗体が特定の分子に結合する性質を利用して、薬をがん細胞まで運び、そこで薬を放出することで、抗腫瘍効果を発揮する。
注7.キメラ抗原受容体(Chimeric Antigen Receptor: CAR)-T細胞:遺伝子工学の技術を用いてキメラ抗原受容体(CAR)と呼ばれるタンパク質を作り出すことができるようにT細胞を改変したもの。CARは、がん細胞などの表面に発現する特定の分子を認識するように設計され、CARを作り出すことができるようになったT細胞を CAR-T細胞と呼ぶ。
論文情報
Anti-CD44 variant 10 monoclonal antibody exerts antitumor activity in mouse xenograft models of oral squamous cell carcinomas.
Kenichiro Ishikawa, Hiroyuki Suzuki*, Tomokazu Ohishi, Guanjie Li, Tomohiro Tanaka, Manabu Kawada, Akira Ohkoshi, Mika K. Kaneko, Yukio Katori, Yukinari Kato*
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 抗体創薬学分野 教授 加藤 幸成
掲載誌:International Journal of Molecular Science
DOI:10.3390/ijms25179190
URL:https://www.mdpi.com/1422-0067/25/17/9190
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科抗体創薬学分野
教授 加藤 幸成(かとう ゆきなり)
TEL:022-717-8207
Email:yukinari.kato.e6*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL:022-717-8032
Email:press*pr.med.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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