TOHOKU MEDICINE LIFE NEWSROOM

東北大学医療系メディア「ライフ」ニュースルーム

TOHOKU UNIVERSITY SCHOOL of MEDICINE + HOSPITAL

TOHOKU MEDICINE LIFE NEWSROOM

SOD1遺伝子バリアントを持つ家族性筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の特徴が明らかに
-遺伝子治療の臨床応用に貢献する成果-

発表のポイント

  • 日本人家族性ALS160家系の原因遺伝子を探索し、SOD1遺伝子(注1)のバリアント(変異)26種類を49家系(30.6%)で同定しました。
  • 日本におけるSOD1遺伝子バリアントの種類と割合などの遺伝子背景を明らかにし、多様な表現型(注2)の知見をアップデートしました。
  • ALSへの遺伝子治療の臨床応用、開発への貢献が期待される研究成果です。

概要

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は運動ニューロン(注3)の選択的な細胞死を引き起こす成人発症の神経変性疾患です。国の難病指定であるALSのうち、家族性ALSの原因遺伝子として、1993年にSOD1遺伝子が同定されて以降、ALSの病態解明と治療法の開発が行われてきました。2023年、ALSにおける初めての遺伝子標的治療薬「トフェルセン 」(注4)が米国で承認されました。現在、国内での承認が待たれており、遺伝子治療の臨床応用に向けて、ALSの遺伝子背景と表現型の解明が課題となっています。
東北大学大学院医学系研究科神経内科学分野の西山 亜由美医員、青木 正志教授らの研究グループは、同遺伝医療学分野の新堀 哲也准教授、青木 洋子教授らと共同で、東北大学神経内科で収集した家系において大規模な遺伝子解析を行い、日本人家族性ALSにおいて30.6%を占めるSOD1遺伝子バリアント(変異) を明らかにしました。さらに、日本人で頻度の高いバリアントの種類と頻度における人種差を見出しました。今回の研究では、遺伝子背景の解明とともに、多様な表現型を改めて検証し、知見をアップデートしました。ALSの病態解明に貢献すると同時に、将来的な遺伝子治療薬の改良・開発につながることが期待される研究成果です。
本研究成果は、2024年11月1日に米国神経学会誌 Neurology Geneticsのオンライン版に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景
ALS は運動ニューロンの選択的な細胞死をひき起こす成人発症の神経変性疾患です。この疾患は筋力低下や筋肉の萎縮(いしゅく)を全身にもたらし、徐々に手足の運動機能、摂食、発話の障害が進行します。発症から平均3~5年ほどで呼吸筋の麻痺が生じ、命にかかわる疾患であることから、症状を改善する治療薬が切望されてきました。
ALS患者の約10%は家族性であり(家族性ALS)、1993年に発症に関わる遺伝子としてSOD1遺伝子が同定されました。世界的に、家族性ALSにおけるSOD1遺伝子バリアントは高い割合をしめており、日本を含むアジアでおよそ30%、欧州でも12%を占めます。これまでに200種類以上のSOD1遺伝子バリアントが報告されており、遺伝的要因に基づいてALSの病態解明と治療法の開発が行われてきました。近年その発展は目覚ましく、2023年にSOD1遺伝子を有する成人のALSに対して、初めての遺伝子標的治療薬「トフェルセン」が米国で承認されました。2024年5月に国内でも承認申請が行われ、臨床応用が期待されています。
東北大学神経内科では、1991年より全国の研究施設・病院から、日本人家族性ALS家系を集積し、原因遺伝子を探索してきました。1993年にSOD1遺伝子を同定し(参考文献1)、治療法開発のために、世界にさきがけてSOD1遺伝子バリアントを導入したトランスジェニックラットによるALSモデルの作製にも成功しました(参考文献2)。これまでに日本の家族性ALSにおいてSOD1遺伝子が最も頻度が高いことを報告しましたが(参考文献3)、近年の家族性ALSにおける遺伝子標的治療の開発・進展に伴い、SOD1遺伝子を有するALSにおける遺伝子背景と表現型の解明が望まれていました。

今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科神経内科学分野の西山 亜由美(にしやま あゆみ)医員、青木 正志(あおき まさし)教授らの研究グループは、同遺伝医療学分野の新堀 哲也(にいほり てつや)准教授、青木 洋子(あおき ようこ)教授らと共同で、東北大学神経内科で収集した全160家系の家族性ALSにおいて、SOD1遺伝子バリアントに焦点を当てた網羅的遺伝学的解析を行いました。その結果、SOD1遺伝子の遺伝型(注5)と臨床的特徴を明らかにしました。具体的には、全160家系においてSOD1遺伝子バリアント (26種類)を49家系56例(30.6%)に同定し、そのうちの38.8%を占める3つの頻度の高いバリアント (p.His47Arg(H46R)、p.Leu127Ser(L126S)、p.Asn87Ser(N86S))を明らかにしました (図1)。一方で、北米で最多のバリアントp.Ala5Val (A4V、欧州に多い p.Asp91Ala (D90A)は検出されませんでした。また、これまでに同定されていない新しいバリアントを2家系に見出しました。
SOD1遺伝子バリアントを有するALS患者の発症年齢は平均48.9歳で(図2)、70%が下肢から発症していました。罹病期間の平均は64.7ヵ月で、臨床的特徴はバリアントの種類により様々で、同一の家系内でも異なる場合がみられました。例えば、p.His47Arg(H46R)を有するALSは、均一な表現型で、下肢から発症し、進行は遅く、下位運動ニューロン症候(注6)が主体でした。一方、p.Leu127Ser(L126S)は、ホモ接合(注7)では進行が速いのに対し、ヘテロ接合では進行が遅く、不完全浸透(注8)を示すことも明らかにしました。また、p.Asn87Ser (N86S)は、同一の家系内でも表現型と浸透度が異なり、多様性
がありました。さらに、4種類のバリアントでは、急速な進行がみられました。

今後の展開
SOD1遺伝子バリアントを有する家族性ALSの遺伝学的基盤は、依然として地理的および民族的な背景によって異なることを明らかにしました。今回の報告は、ALSに対する遺伝子標的治療において、その適応の判断と評価の最適化に寄与し、臨床現場での応用と、将来的な遺伝子治療の改良・開発への貢献が期待されます。

図1.東北大学神経内科で集積したSOD1遺伝子バリアントを有するALS全49家系全160家系においてSOD1遺伝子バリアント(26種類)を49家系56例(30.6%)に同定し、そのうちの 38.8%を占める3つの頻度の高いバリアント(p.His47Arg(H46R)、 p.Leu127Ser(L126S)、 p.Asn87Ser(N86S)) を明らかにしました。
図2.東北大学神経内科で集積したSOD1遺伝子バリアントを有するALSにおける平均発症年齢

謝辞

本研究は、科学研究費助成事業・若手研究(JP19K16997)・研究活動スタート支援(JP17H06526)・基盤C(JP21K07411)・基盤B(JP20H03586 およびJP23H02821)・厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業)「神経変性疾患領域における基盤的調査研究班 (研究代表者 中島健二、戸田達次)」(20FC1049、23FC1008)・日本医療研究開発機構(AMED)「遺伝子治療時代のALS治験即応型レジストリ整備とサロゲートマーカーの探索(研究代表者 青木正志)」(JP23ek0109631)の支援によって行われました。

用語説明

注1.SOD1遺伝子:スーパーオキシドディスムターゼをコードする遺伝子。第21番染色体上に存在し、全 5エクソンからなる遺伝子。
注2.表現型:遺伝子の情報によってつくられる実際の体の状態、症状のこと。
注3.運動ニューロン:脳から脊髄に広く存在する神経細胞の一種で、筋肉に命令を伝えることで運動機能を支配している。ALSでは運動ニューロンが変性することで筋肉のやせ(萎縮)や筋力の低下がもたらされます。
注4.トフェルセン:SOD1遺伝子バリアントを有する成人のALSへの初の遺伝的原因を標的とする治療薬。アンチセンスオリゴヌクレオチドで、SOD1タンパク質の生成を抑制するためにSOD1mRNAに結合するように設計されています。
注5.遺伝型:遺伝子の組み合わせを指す型のこと。通常、遺伝子はペアとなり、一方をアレルといいます。
注6.下位運動ニューロン症候:筋萎縮、線維束性収縮、腱反射の低下を示します。
注7.ホモ接合:同じバリアントアレルがペアになっている場合。異なるものがペアになっている場合は「ヘテロ接合」といいます。
注8.不完全浸透:バリアントアレルをもつにもかかわらず症状が現れない場合があり、浸透率が100%でないこと。

参考文献

1.Aoki M, et al., Mild ALS in Japan associated with novel SOD mutation. Nat Genet. 1993:5:323-4.
2.Nagai M, et al., Rats expressing human cytosolic copper-zinc superoxide dismutase transgenes with amyotrophic lateral sclerosis: associated mutations develop motor neuron disease. J Neurosci. 2001:21:9246-54.
3.Nishiyama A, et al.,Comprehensive targeted next-generation sequencing in Japanese familial amyotrophic lateral sclerosis. Neurobiol Aging.2017:53:194.e1-194.e8.

論文情報

Title:Updated genetic analysis of Japanese familial ALS patients carrying SOD1 variants revealed phenotypic differences for common variants Authors: Ayumi Nishiyama, Tetsuya Niihori, Naoki Suzuki, Rumiko Izumi, Tetsuya Akiyama, Masaaki Kato, Ryo Funayama, Keiko Nakayama, Hitoshi Warita, Yoko Aoki, Masashi Aoki*
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科・神経内科学分野 教授 青木正志
掲載誌:Neurology Genetics
DOI:10.1212/NXG.0000000000200196

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科神経内科学分野
教授 青木 正志 (あおき まさし)
医員 西山 亜由美(にしやま あゆみ)
TEL:022-717-7189
Email:aokim*med.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press*pr.med.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

関連資料
プレスリリース資料(PDF)
関連リンク
神経内科学分野 脳神経内科