慢性腎臓病の病態解明に向けたAIを開発
腎組織の損傷の自動定量により予後の予測精度が向上
2025.1.9 Thu
発表のポイント
- 腎組織の病理画像(注1)において主要組織の領域分類と細胞核の検出を高精度に行う AI を開発し、腎組織における間質(注2)の繊維化と炎症性細胞浸潤(注3)の自動定量を可能にしました。
- 自動定量された双方のスコアは、腎機能を示す推算糸球体濾過率(eGFR)(注4)と高く相関し、予後予測にも有効であることを確認しました。
- 開発したAI技術は、腎組織が採取された施設の違い等の影響にも左右されないことから、実臨床への応用が期待されます。
概要
慢性腎臓病は国民病として広く知られており、進行性のものは最終的には腎不全に至ることから早期の介入が望まれます。腎疾患の確定診断は腎生検で採取された腎組織の病理画像(腎病理画像)が用いられます。糸球体(注5)の硬化、尿細管(注6)の損傷による萎縮、それに伴う間質の繊維化の評価から、重症度や進行リスクが分かります。また、腎組織の損傷につながる炎症細胞浸潤の評価も重要です。
東北大学大学院医学系研究科腎臓内科学分野の岡本好司講師、鈴木野の香医師、同大学東北メディカル・メガバンク機構の小島要講師、木下賢吾教授、同大学大学院医学系研究科皮膚科学分野の志藤光介学術研究員らは、東北大学病院とJCHO仙台病院の慢性腎臓病患者の腎病理画像を用いて、間質繊維化と炎症細胞浸潤を自動定量するAIを開発しました。開発したAIでは、腎病理画像を解析し、主要組織である糸球体、尿細管、間質、血管の領域分類と間質中の細胞核の検出により、間質繊維化と炎症性細胞浸潤を自動的に定量します。自動定量されたスコアは腎専門医による評価や腎機能を示す指標であるeGFRと高く相関し、腎組織の損傷を適切に捉えることを確認しました。また、自動定量されたスコアは予後予測に重要なeGFRの年低下率の予測にも有効であり、予測結果をもとにした実臨床での応用が期待されます。
本成果は2025年1月5日に科学誌Communications Medicineに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
慢性腎臓病は糖尿病や高血圧、その他の原因によって腎機能が3ヶ月以上低下する疾患です。人口の約10パーセントが罹患しており、患者数は国内で約1,300 万人、全世界では8億人に上ります。慢性腎臓病は進行性であり最終的には腎不全に至ることから、腎生検により採取された組織の病理診断による早期の治療方針の策定が望まれます。腎組織は糸球体、尿細管、周辺組織である間質と血管から主に構成され、病理診断では糸球体の硬化や尿細管の損傷による萎縮とそれに伴う間質の繊維化が評価されます。また、尿細管の損傷につながる炎症性細胞浸潤の評価も重要です。
今回の取り組み
近年、AIの飛躍的な進歩により医療分野における画像解析技術は急速に発展しています。一方、腎組織をはじめとする組織の病理画像は縦横1万ピクセル以上の巨大な画像であり、人手により画像全体について領域分類することは困難です。
こうした背景の下、東北大学大学院医学系研究科腎臓内科学分野の岡本好司(おかもと こうじ)講師、鈴木野の香(すずき ののか)医師(現 仙台赤十字病院腎臓内科)、同大学東北メディカル・メガバンク機構の小島要(こじまかなめ)講師、木下賢吾(きのした けんご)教授、同大学大学院医学系研究科皮膚科学分野の志藤光介(しどう こうすけ)学術研究員らは、JCHO 仙台病院、ジョンズ・ホプキンズ病院と共同で、腎病理画像から主要組織である糸球体、尿細管、間質、血管の領域分類と間質中の細胞核を検出するAIを開発しました。
開発したAIの学習には、東北大学病院の慢性腎臓病患者10検体とJCHO仙台病院の慢性腎臓病患者10検体の計20検体の腎病理画像の一部領域に対して人手によりアノテーションしたデータを用いました。アノテーションデータの作成では、人手により主要組織の塗り分けを行います(図1a、1b)。学習されたAIにより腎病理画像(図1c)から領域分類(図1d)が可能となり、人手では困難な病理画像全体での領域分類が可能となります(図1e)。これらの領域分類結果から尿細管と間質と合わせた領域における間質の領域の割合を計算することで、間質線維化を定量するスコアが得られます。また、尿細管の損傷につながる炎症性細胞浸潤は、間質にリンパ球や形質細胞等が集まり腎組織に炎症が起きている状態であり、間質に集まったリンパ球や形質細胞等の細胞核を検出することで定量が可能です。そこで、間質中の細胞核について人手により塗り分けを行ったアノテーションデータを作成し(図1f)、AIを学習することで細胞核の検出も可能にしました(図1g)。AIによる推定結果から尿細管と間質と合わせた領域における間質中の細胞核の領域の割合を計算することで、炎症性細胞浸潤を定量するスコアが得られます。
東北大学病院の慢性腎臓病患者71検体を対象とした検証では、間質線維化と炎症性細胞浸潤の双方においてAIにより自動定量されたスコアは腎専門医の目視による評価と高く相関していることが確認されました(図2a、2b)。また、JCHO 仙台病院の慢性腎臓病患者167検体を加えた238検体を対象とした検証では、間質線維化と炎症性細胞浸潤の双方において、スコアの増加に対して腎機能を示すeGFRが低下しており(図2c、2d)、これらスコアが腎組織の損傷を適切に捉えていることが分かりました。
開発したAIの日本人以外における有効性を検証するため、ジョンズ・ホプキンズ病院提供の慢性腎臓病患者49検体についても検証を行いました。その結果、AIにより自動定量された双方のスコアが腎生検時のeGFRと統計的有意に相関しており、日本人を対象とした場合と同様の結果が得られることが確認されました。
eGFR の年低下率の予測において、年齢、性別、腎生検時のeGFR、糖尿病性腎症の罹患の有無に加えて、自動定量されたスコアを考慮した場合(図2e)、自動定量されたスコアを考慮しない場合(図2f)について交差検証法を用いて予測精度を比較しました。その結果、自動定量されたスコアを考慮した場合に予測精度が統計的有意に上がっており、開発したAIの予後予測における有効性が示されました。今後、予後予測結果をもとにしたフィードバックによる早期介入の実現を目指していきます。


今後の展開
人間が巨大な画像情報である病理画像を全て精読し、正確にテキストにまとめることは非常に困難です。今回開発したAIは病理画像の定量的解析から慢性腎臓病の診断とより高精度な予後予測を可能とするものであり、治療薬の有効性の判断においても重要な役割を果たすことが期待されます。また、本研究は専門医の目視でなされてきた指標が自動定量の対象となりますが、病理組織には目視の評価では見過ごされていた情報が含まれていると考えられます。本研究の発展により、病理画像の形態学的情報を定量化し、これまでにない評価指標の策定を進めることで新たな発見が期待されます。
現在、東北大学病院腎臓・高血圧内科では宮城県内の主要な施設から受け入れた病理検体について病理所見の返却を行っています。今後、電子病理画像データであるバーチャルスライドを用いた報告への切り替えと、AIにより自動定量されたスコアを診断結果に添付することで、臨床医・患者への成果の還元を目指しています。
謝辞
本研究は公益財団法人艮陵医学振興会、日本学術振興会科研費(JP23K11314)、内閣府「研究開発と Society5.0との橋渡しプログラム」(J0125252303h0001)、内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム」(JPJ012425)の支援を受けて行われました。
用語説明
注1.病理画像:手術等で採取された組織から薄切りされた切片を顕微鏡撮影した画像。
注2.間質:腎組織における糸球体、尿細管の周りを取り囲む領域(糸球体、尿細管についてはその他注を参照)。腎組織の損傷により糸球体の硬化や尿細管の萎縮が進むことで腎組織内における間質の割合は大きくなる。
注3.炎症細胞浸潤:リンパ球や形質細胞等が集まり、組織に炎症が起きている状態。
注4.推算糸球体濾過率(eGFR):糸球体で 1 分間に作られる原尿の量について血清クレアチニン値から年齢、性別をもとに推定された値。腎機能である尿の生産能力を示す指標として用いられる。
注5.糸球体:毛玉状に丸まった毛細血管により構成された腎臓内の組織であり、組織内では血液がろ過され原尿が作られる。
注6.尿細管:糸球体につながっており、糸球体で作られた原尿から水分や栄養の再吸収を行う組織。原尿は尿細管で水分や栄養が再吸収された後、尿として排出される。
論文情報
タイトル:Deep Learning-Based Histopathological Assessment of TubuloInterstitial Injury in Chronic Kidney Diseases
著者:鈴木野の香、小島要、Silvia Malvica、山﨑研志、近松陽一郎、大江佑治、 長澤将、近藤恵休、真田覚、相場節也、佐藤博、宮崎真理子、伊藤貞嘉、佐藤 光博、田中哲洋、木下賢吾、浅野善英、Avi Z. Rosenberg、岡本好司、志藤光介
*責任著者:
東北大学東北メディカル・メガバンク機構 講師 小島 要(情報解析に関して)
東北大学大学院医学系研究科腎臓内科学分野 講師 岡本好司(疾患に関して)
掲載誌:Communications Medicine
DOI:10.1038/s43856-024-00708-3
URL:https://www.nature.com/articles/s43856-024-00708-3
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科腎臓内科学分野
講師 岡本 好司
TEL:022-717-7163
Email:okamoto5-tky*umin.ac.jp(*を@に置き換えてください)
東北大学東北メディカル・メガバンク機構
講師 小島 要
TEL:022-274-6040
Email:kojima*megabank.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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