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〔いのち)の可能性をみつめる

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人生100年、口の健康も100歳まで

口腔機能回復科 服部 佳功

人生100年時代を迎え、健康長寿を実現する上での「口の健康」の大切さが、改めてクローズアップされています。キーワードは、オーラルフレイル、そして口腔機能低下症です。いずれも初耳とおっしゃる方も多いことと思いますが、ごく新しい言葉ですので、ご存じなくて当然です。中身をご説明するには、フレイルの説明から始めるのが早道です。こちらはここ数年、テレビや新聞、雑誌でしばしば取り上げられましたので、ご存じの方も多いと思います。

フレイルは、お年を召して体や心の活力が失われ、社会とのつながりも希薄になり、そのままにしておくと病気などで介護が必要になることが懸念される、いわば「未病」の状態です。その一方で、この段階で適切な手立てを講じれば、フレイルが進行して要介護状態に移行するのを予防することや、より健康な状態に引き戻すことができるともいわれます。平均寿命と健康寿命の差を縮め、健康長寿社会を実現するには、フレイルの予防や、フレイルの重症化予防に向けた対策が必要と考えられています。

そのフレイル対策の3本柱は栄養、身体活動、社会参加です。中でも体のフレイルの予防や重症化を防ぐ決め手は栄養です。炭水化物、脂肪、タンパク質、ビタミン、ミネラルなどの栄養素を偏りなく、過不足なく、毎日の食事の中で摂り続ける食習慣を、生涯にわたって続けることが大切です。

とはいえお年寄りが良い栄養状態を保つのはたやすいことではありません。空腹を感じにくく、食事を始めてもすぐに満腹になることなどで起きる「食細り」に加え、より多くのタンパク質を摂取しないと体の構成成分を必要なだけ作り出せないなどの代謝の変化が起きるせいです。そのほか、食べるのに必要な口や喉の機能が低下すれば、口にできる食べ物の範囲が狭まりかねませんし、いつも独りきりの食事などで食べる楽しみが乏しかったり、食料品の買い物に不自由なことも、栄養不良の原因になりかねません。

近年、歯の本数が減る、かむ力が弱まる、唇や舌、頬の動きが悪くなり、力も出なくなる、唾液が減る、味や食感、食品のおいしさを感じにくくなるなど、お年寄りにしばしば現れる複合的な口の衰えを「オーラルフレイル」と呼ぶようになりました。フレイルが未病の状態であったように、オーラルフレイルはそのまま放置すれば口の機能の障害、ひいては心身の機能低下をもたらしかねない、「口の未病」です。歯科では、オーラルフレイルが疑われるお年寄りの口の機能を検査し、その低下が一定の基準に達した場合に「口腔機能低下症」という診断名を与え、歯科医療による管理を行うようになりました。こうした対応がいかに重視されているかは、国の「骨太の方針2021」に「オーラルフレイル対策」を含めた歯科保健医療体制の構築と強化が明記されていることでも明らかです。

口の衰えは「口の健康リテラシーの低下」から「口のささいなトラブル」へと進み、やがて「口の機能低下」があらわになり、最終的には「食べる機能の障害」にまで重度化します。一方、歯科保健や歯科医療を通じた予防や改善が期待できることや、改善できなくとも問題を適切に捉えることで必要な対策を講じられることが、オーラルフレイルや口腔機能低下症の大きな特徴です。先に示したお年寄りの栄養不良のさまざまな原因の中で、有効な対策を講じられるものがどれだけあるかを考えれば、歯科保健や歯科医療に対する期待が大きい理由がお分かりいただけるかと思います。

人生が100年続くものならば、栄養も100年満たさなければなりません。人生100年を見据えた口の保健を、ぜひ今日から心掛けてください。

服部 佳功
(はっとり よしのり)

1963年生まれ。三重県出身。1987年東北大学歯学部卒業。1991年同大学院歯学研究科修了。東北大学歯学部助手、講師、助教授、准教授を経て、2014年より同大学大学院歯学研究科加齢歯科学分野教授、口腔機能回復科科長に就任。日本補綴歯科学会専門医・指導医、日本老年歯科医学会専門医・指導医。

※東北大学病院広報誌「hesso」33号(2022年2月28日発行)より転載

関連リンク
東北大学病院広報誌「hesso(へっそ)」