老化現象と記憶力
加齢・老年病科 中瀬 泰然
2025.3.27 Thu
年を取ると記憶力が落ちてきます。実際、ヒトの記憶力は 20歳ごろが一番高く、その後は徐々に低下していくことが分かっています。記憶力が低下するといわゆる「もの忘れ」といわれる状態が訪れます。そのため「もの忘れ」は加齢現象でもある訳ですが、病的に「もの忘れ」が進んでいる状態が認知症、特にアルツハイマー型認知症ということになります。ではどの程度までが「年のせい」でどこからが「認知症」なのでしょうか。多くの場合、認知症は突然発症しません。また、「長谷川式認知症スケール」など記憶力を主とする認知機能を測るさまざまな簡易テストの点数だけで認知症を診断することもできません。徐々に記憶力が低下することに加えて、注意力や判断実行能力などの認知機能が低下して、日常生活に支障が生じてきた段階で「認知症」と診断されます。したがって、記憶力が低下して「なかなか思い出せない」、「聞いたことをすぐ忘れる」場合でも、時間がたてば思い出せたり、いつもではなく時々忘れたりする程度であれば「年のせい」ということになります。
この記憶力低下を老化現象以上に悪化させる要因があります。動脈硬化やストレスです。高血圧や糖尿病などで動脈硬化が進行したり、暴飲暴食や睡眠不足でストレスがたまってきたりすると認知症の原因となる老廃物(アミロイドβタンパクや異常タウタンパクなど)が脳にたまりやすくなります。さらに最近の研究から、心臓の働きや腸の働きが記憶力をはじめとする認知機能に影響していることも明らかになってきました。したがって、①健康診断を定期的に受けて動脈硬化の予防や心臓の調子を確認し、必要であれば治療する、②暴飲暴食を避け腸の調子を整えておく、③生活リズムを整え、睡眠をしっかりとるとともに運動などで体力を維持する、などが記憶力を維持する重要な対策といえます。
ヒトの脳構造は非常に複雑です。体の動きをコントロールする中枢があったり、見たものを理解するための中枢があったりします。記憶の中枢としては海馬という部位が有名ですが、見聞きしたことを記憶にとどめて必要な時に思い出すための神経回路というのもあります。この神経回路は常にフル回転しているわけではなく必要な時だけ働きます。さらにこの必要な時だけ速やかに働き出せるように、エンジンのアイドリング状態のような、あるいはガス釜の種火のような働きをしている別の神経回路があります。この回路は老化現象であまり変化しないといわれています。この種火のような神経回路の調子を整えておくことが記憶力低下の予防になる可能性があります。瞑想やヨガ、座禅などがこの神経回路の働きを整える、ということが最近の研究で明らかになってきました。
最後に、これからの認知症治療について触れたいと思います。2021年6月、アメリカでアルツハイマー病の新しい治療薬が発売されました。脳の老廃物であるアミロイドβを取り除くお薬です。まだ日本やヨーロッパでは認可されていません。アルツハイマー病ではアミロイドβが「認知症」と診断される 10年以上前からたまり始め、日常生活に支障が出てきた頃には飽和状態になっているため、診断された時点でアミロイドβを取り除いてもすでに神経細胞は破壊されており、認知症を治すことにはなりません。つまり、この新しい治療薬はアルツハイマー病と診断される前、症状が軽くまだ破壊されていない神経細胞がたくさん残っている時から投与されなければ効果が発揮されないわけです。しかしこれまでのところ理想的な早期発見方法は、まだ確立されていません。まさに今、早い段階から脳の異常を見つけるための手段が求められています。早期発見・早期治療で認知症が治せる時代を目指して、私たちもさまざまな臨床研究を行なっています。
中瀬 泰然
(なかせ たいぜん)
1968年生まれ。大阪府出身。1994年京都府立医科大学医学部卒業。2003年京都府立医科大学大学院終了、医学博士。ブリティッシュ・コロンビア大学客員研究員、秋田県立脳血管研究センター(現、秋田県立循環器・脳脊髄センター)、秋田大学医学部附属病院を経て、2021年東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター講師、2022年より東北大学加齢医学研究所准教授、加齢・老年病科 科長。
※東北大学病院広報誌「hesso」35号(2022年8月31日発行)より転載
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- 東北大学病院広報誌「hesso(へっそ)」