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〔いのち)の可能性をみつめる

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かゆみのメカニズムと皮膚バリア機構

皮膚科 浅野 善英

皮膚は生命維持に不可欠な種々の機能を持つ人体最大のスーパー臓器です。と言われても、ピンと来ない方が多いかもしれません。一例をあげると、皮膚は人体と外界の境界の最前線に位置し、常に自己防衛のために働いています。かゆみは「掻破(そうは)したいという欲望を起こさせる不快な感覚」と定義されますが、「掻破(掻(か)く)」という行為は「皮膚表面の異物を物理的に除去する行為」に他なりません。つまり、かゆみは異物の体内への侵入や全身の異常を知らせる警告であり、掻破はそれに対する防御反応なのです。一方で、過剰なかゆみは不快な感覚として認知され、仕事や学業に悪影響を及ぼし、睡眠障害をもたらすなど、生活の質を著しく低下させます。

かゆみについて、詳しく見てみましょう。かゆみは末梢性と中枢性に分類できます。末梢性のかゆみは、皮膚に分布する感覚神経線維という神経が衣類の擦れなどの機械的刺激やヒスタミンなどのかゆみ物質により刺激されることで生じます。一方、中枢性のかゆみは、脳や脊髄にオピオイドなどのかゆみ物質が直接作用することで生じます。近年、多数のかゆみ物質が確認され、かゆみの病態理解が急速に進んでいます。特にサイトカイン(皮膚の炎症を制御する物質)がかゆみの誘発およびその増強因子として注目されています。かゆみが増強するメカニズムとして、itch-scratch cycle(かゆみ-掻破サイクル)も重要です。皮膚の最外層では表皮角化細胞がバリアを形成していますが、皮膚を掻くとバリアが傷つき、異物が侵入しやすくなります。すると、異物の侵入をより鋭敏に感知するために表皮内に感覚神経線維が入り込み、かゆみに敏感になります。このようにかゆみと掻破が相互に増強し合う状態がitch-scratch cycleですが、このサイクルが回りだすとかゆみが抑えられなくなり、掻くことで皮膚の炎症が悪化していきます。

冬場になると皮膚が乾燥して湿疹になり、搔き壊して悪化してしまったという経験がある方も多いと思います。皮脂欠乏性湿疹と言いますが、皮膚は乾燥するとバリア機能が低下し、itch-scratch cycleが回り始めてしまいます。アトピー性皮膚炎はかゆみを特徴とする代表的な皮膚疾患ですが、生まれ持った皮膚バリア機能の低下がその発症に深く関係しています。かゆみを伴う湿疹・皮膚炎は、炎症を抑えるステロイド外用薬とバリア機能を改善させる保湿剤を併用し、抗ヒスタミン薬を内服して治療しますが、一般的なかゆみの治療が効かない難治性のかゆみもあり、その原因は多様です。例えば、肝臓や腎臓の機能が低下している方、糖尿病の方にかゆみが生じる場合があります。複数の要因が関わっていると考えられていますが、中枢神経に存在するオピオイド受容体に作用する薬でかゆみが軽減されます。また、薬の副作用としてかゆみだけが出る薬剤誘発性瘙掻(そうよう)という病態もあります。アトピー性皮膚炎のかゆみも難治ですが、IL(インターロイキン)-4, IL-13, L-31などのかゆみに深く関わるサイトカインを標的とした抗体医薬やサイトカインからの情報を伝達するヤヌスキナーゼの働きを阻害する低分子化合物にかゆみを抑制する効果があります。現在も新薬の開発が進められており、今後かゆみの治療はさらに発展することが期待されています。

最後になりますが、かゆみを来す代表的な皮膚疾患として、じんま疹があります。抗ヒスタミン薬が効く場合が多いですが、難治な場合もあり、アレルギーの原因物質に反応して作られるIgEに対する抗体医薬が保険適用となっています。かゆみは非常に奥が深く、限られた紙面では語り尽くせません。かゆみでお困りの場合はぜひ一度皮膚科専門医にご相談ください。

浅野 善英
(あさの よしひで)

1973年生まれ。東京都出身。1998年東京大学医学部卒業。2004年東京大学大学院修了、医学博士。サウスカロライナ州立医科大学研究員、東京大学大学院医学系研究科皮膚科学講師、同准教授を経て、2022年より東北大学大学院医学系研究科皮膚科学分野教授、東北大学病院皮膚科科長。

※東北大学病院広報誌「hesso」41号(2023年12月25日発行)より転載

関連リンク
東北大学病院広報誌「hesso(へっそ)」