TOHOKU MEDICINE LIFE MAGAZINE

東北大学医療系メディア「ライフ」マガジン

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〔いのち)の可能性をみつめる

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聞こえをよくして楽しい生活を

耳鼻咽喉・頭頸部外科 香取 幸夫

「聞こえ」は、会話や電話に加えて、音楽を楽しむ、警報音に気付くなど、さまざまな生活の場面に必要な体の働きです。

私たちが音を聞くとき、音は空気の振動として耳に届き、耳の穴の3センチくらい奥にある鼓膜を震わせます。この振動は、鼓膜の内側にある「中耳(ちゅうじ)」の小さな骨を揺らし、さらに頭の骨の中にある「内耳(ないじ)」に伝わります。音の振動は内耳で電気的興奮に変えられ、神経を通って脳に伝わります。その結果、私たちは脳で言葉や音楽を聞きます。

この耳から脳までの経路に異常があると、音や言葉が聞こえないという難聴(なんちょう)が生じます。難聴は、耳あか、中耳炎などでも引き起こされますが、多くの場合、内耳の障害を原因とします。

高齢社会の日本では、加齢による内耳障害により難聴を持つ方々が増えています。聞こえない程度はさまざまですが、65歳で3割、75歳で7割の人に難聴が現れます。高齢者の難聴には、①高い音(ピー、キーン、体温計やレンジの音)が聞きにくい、②言葉が分かりにくい、③ゆっくり進み、自分では気付かない、といった問題があります。一方で最近のアメリカでの調査から、中高年の難聴を治療すると認知症の9%を予防し得ることが、Lancet(ランセット)という有名な医学雑誌に報告されています。それ故、難聴に早く気付き、治療することは、聞こえをよくして快適に暮らすとともに、認知症の予防にも重要と考えられています。ただし、生まれつきや若い方の難聴や、片側の難聴は、認知症と関係しません。

難聴の治療には、補聴器が有効です。残念なことに、日本は海外より補聴器の普及が遅れ、また患者さんの満足度が高くありません。「補聴器を買ったのに、音が響き雑音が大きくて使えない」という患者さんの声をよく聞きます。これには次の原因があります。私たちは健康な聞こえのときには、聞きたい音以外の音を脳の働きで無視しています。例えば人の声は聞いて、空調や冷蔵庫の音は無視しています。

しかし難聴の状態で長く過ごすと、脳が音を無視しにくくなり、補聴器で聞きたい音を大きくすると、他の音がうるさい「聴覚過敏」の症状が生じます。補聴器の使い初めには、「聴覚過敏」を我慢できる程度で、よく音を聞く努力が必要です。また、補聴器技能者や医師と相談して調整して使うことが大切です。軽度の難聴の方では1~2カ月、高度の難聴や高齢の方では3~6カ月をかけて慣れていく必要があります。その後には、雑音を完全には消すことはできませんが、苦痛を感じることなく補聴器を使うことができます。

次に、補聴器では治療が難しい場合を述べます。一つ目は重度の難聴です。これに対して、音を電気信号に変える人工内耳という装置を手術で耳に埋め、リハビリテーションを行う治療があります。東北大学病院では、重度難聴の小児や高齢者の方々を対象に、1年に30人ほどの患者さんに人工内耳の治療を行っています。

二つ目は、音は聞けるのですが、言葉として理解しにくい障害です。「聞き取り困難症」あるいは「聴覚情報処理障害」と呼ばれ、脳の情報処理の問題と考えられています。通常の聴力検査では異常が出ないので、診断が遅れ、患者さんの症状と悩みが理解されず、社会とのコミュニケーションが難しく、反応がない、やる気がないと誤解されることもあります。聞き取り困難症の患者さんには、病状を説明するとともに、聞き取りやすくする工夫や、周囲から理解や協力を得るための支援をしています。

最後になりますが、難聴にはさまざまな原因や程度があるものの、早く気付き、適切な治療を受けることで、安全で楽しい生活が得られます。皆さんご自身が、また周囲の方が聞こえていないようであれば、最寄りの耳鼻咽喉科で診察と検査を受けることをお薦めします。

香取 幸夫
(かとり ゆきお)

1988年東北大学医学部卒業。2013年より東北大学大学院医学系研究科教授ならびに東北大学病院耳鼻咽喉・頭頸部外科科長。2023年より東北大学病院副院長(診療・医療安全・コンプライアンス担当)。

※東北大学病院広報誌「hesso」44号(2024年6月30日発行)より転載

関連リンク
東北大学病院広報誌「hesso(へっそ)」