発表のポイント

• ヒトの脳には「父親に似る部分」「母親に似る部分」「両親に似る部分」「父親にも母親にも似ない部分」があることを発見しました。
• 脳のどの部分が父親と母親のどちらに似るかは、性別によって異なります。
• 日本人の父･母･子（親子トリオ）の脳画像解析による世界初の成果です。

概要

親子の顔や性格が「似ている」と気づく瞬間は、誰でも経験することでしょう。しかし、親子が似ているのは日常の中で感じられる特徴ばかりではありません。実は脳の「かたち」も、他人同士の中から親子を識別できるほどによく似ることがわかっています。ただし、これまでの研究では母親と子に焦点が当てられており、父親を含めた検討は十分に行われていませんでした。
東北大学学際科学フロンティア研究所の松平泉助教、大学院医学系研究科の山口涼大学院生（日本学術振興会特別研究員）、加齢医学研究所の瀧靖之教授の研究グループは、父・母・子からなる「親子トリオ」の脳MRI画像を用いて、子の脳のどの部分が、父親と母親のどちらに似ているのかを詳細に調べました。その結果、子の脳には「父親にのみ似る部分」「母親にのみ似る部分」「両親に似る部分」「どちらにも似ない部分」が存在することを発見しました。さらに、これらの構成には子の性別によって違いがあることが明らかとなりました。
つまり、親子の脳の類似性は、「父と娘」「母と息子」など、親子の性別の組合せによって異なると言えます。今後は、「なぜ親子で脳が似るのか」「なぜ性別が関与するのか」「脳が似ていることは性格が似ていることとどう関係するか」といった問いに迫ります。本研究を手がかりとして、抑うつなどの心の不調が世代間で伝播する仕組みの理解が進むことも期待されます。
本研究成果は、2025年6月19日付で科学誌 iScienceに掲載されました。

詳細な説明

研究の背景
「親子で性格が似ている」「親も子も心の不調を経験する」──このように、考え方や行動の特徴が親から子へ受け継がれるように見える現象は、「世代間伝達」と呼ばれています。世代間伝達には、遺伝的要因と環境的要因の双方が関与すると考えられますが、その具体的な仕組みは明らかではありません。
脳の「かたち」における親子の類似性を探ることが、この仕組みを解明するための重要な手がかりになると考えられています。脳はそれぞれの役割に基づくたくさんの細かな領域に分かれています。どの領域が親子で似ているのかを特定し、その領域の発達に何が影響するかを明らかにすることが、世代間伝達の仕組みを理解する鍵となります。
しかし、親子の脳の類似性についての研究には、重大な課題がありました。先行研究の多くが母親と子に焦点を当てており、父親を含めた検討が不十分なままだったことです。この状況では、世代間伝達の仕組みが解明されたとしても、それが本当に母子間と父子間に共通の仕組みであるかを判断できません。
データが母子に偏ってしまうことの背景には、父親の調査参加を促進することの難しさがあります。この困難を克服し、父子間と母子間の脳の類似性を均等に詳しく調べる研究が求められていました。

今回の取り組み
研究グループは、父・母・子からなる「親子トリオ」を対象とした脳科学研究プロジェクト『家族の脳科学（英語名：Transmit Radiant Individuality to Offspring: TRIO study）』を2020年より進めてきました^（注1）。仙台市近郊の住民の協力により、これまでに289組の親子トリオの脳MRI画像^（注2）などを収集しています（図1左）。
今回の研究では、『家族の脳科学』の参加者のうち、高校生以上の子と父母で構成されるトリオ152組のデータを分析に使用しました。脳MRI画像からは、大脳皮質の厚み（皮質厚）、表面積、脳回指数、皮質下構造の体積といった、4種類の「かたち」の情報（以下、特徴量^（注3））を算出しました（図1中央）。
脳の類似性は特徴量の相関係数^（注4）によって評価します。親のデータをランダムに並び替え、「子と他人の親」のペアのセットを1,000通り作成します。「子と他人の親」の相関係数よりも、親子間の相関係数が大きいことが統計的に有意に確認できれば、親子の脳は「似ている」と認められます（図2）。
以上の手順で、子の脳のどの領域の特徴量が、父親と母親のどちらに似ているのかを、性別ごとに詳細に分析しました。その結果、子の脳には「父親にのみ似る領域」「母親にのみ似る領域」「両親に似る領域」「どちらにも似ない領域」が存在することが明らかになりました。さらに、これらのパターンは子どもの性別や特徴量の種類によって異なることも確認されました（図1右）。

今後の展開
つまり、親子の脳の類似性は、「父と息子」「母と娘」など、親子の性別の組合せによって異なると言えます。この結果は、個々の脳領域の発達に影響する要因を推測するための基盤となる知見を提供しています。たとえば、「父と息子で似る領域」の発達には、父と息子の間で共有される遺伝子や環境が関与するかもしれません。他の組合せ（父と娘、母と息子、母と娘）についても同様に推測されます。一方、「どちらにも似ない領域」の発達には、家庭の外で経験する環境が強く影響する可能性も考えられます。
研究グループは今後、上記の推測を検証しながら「なぜ親子で脳が似るのか」「なぜ性別によって似方が異なるのか」「脳が似ていることと世代間伝達はどう関係するか」といった問いに迫る研究を進める予定です。
本研究をリードした松平助教は「本研究の発展は、親子間の精神的な不調の連鎖を断ち切るための、新たな治療方法の開発に繋がる可能性があります。また、適応的な特性や複雑な技能の継承を促進する、全く新しい技術の開発にも繋がるかもしれません。本研究が、人々の精神的健康に世代を超えた支援を提供する、新しい脳科学の出発点となることが期待されます」と今後の展望を語っています。

謝辞

本研究は、文部科学省および日本学術振興会による科学研究費助成事業（19H04211, 22K13809, 22H05209, 23K27258, 23KJ0220, 24H00896）、科学技術振興機構による次世代研究者挑戦的研究プログラム（JPMJSP2114）、インテリジェント・コスモス学術振興財団による研究奨励金、および東北大学学際科学フロンティア研究所･領域創成研究プログラムの支援を受けて行われました。また、脳画像解析は科学研究費助成事業・学術変革領域研究（学術研究支援基盤形成）【先端バイオイメージング支援プラットフォーム】の支援を受けて実施しました。本論文は『東北大学 2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりOpen Accessとなっています。

用語説明

注1．MRI画像：MRIはMagnetic Resonance Imaging（磁気共鳴画像法）の略。磁気を利用して体内の臓器や組織の構造を映し出す装置で撮像された画像。
注2．『家族の脳科学』：2020年末より、東北大学加齢医学研究所の松平泉助教（現所属：学際科学フロンティア研究所）が主体として開始した脳科学プロジェクト。仙台市近郊に住む親子トリオ（父・母・子の3人1組）に調査に参加していただき、脳のMRI画像、遺伝子、生育環境、性格、認知能力など多様なデータを取得している。世代間伝達の仕組みの解明により、ヒトの人格の発達を深く理解し、精神的健康の支援に貢献することを目指している。親子を対象としたコホート調査は国内外で行われているが、その多くは母親と子に焦点を当てており、父親のデータは世界的に不足している。その背景には、中年男性に研究協力者募集情報が届きにくいことや、平日に調査が実施されがちなことなどがある。『家族の脳科学』では、広告の幅広い展開、協力者の都合に合わせた調査日時の設定、親子が別々に参加できる体制の構築などの工夫により、289組の親子トリオのデータ収集を実現した。世代間伝達の仕組みに独自の視点から迫ることのできる、唯一無二の貴重なデータセットである。
・東北大『家族の脳科学』
・プロトコル論文
注3．脳の「かたち」の情報（特徴量）：MRIで撮像できる画像の一種「T1強調画像」から計算される、脳の形態および構造的な特徴の情報。皮質厚は脳の軟膜から皮質表面までの距離を、表面積は大脳皮質の広がりの大きさを、脳回指数は脳のシワの複雑さを表す。皮質下体積は、大脳皮質の下部に位置する海馬や扁桃体などの領域の体積を意味する。
注4．相関係数：2つの変数の関係の強さを示す指標。絶対値が1に近いほど関係が強いことを表す。

論文情報

タイトル：Parent–offspring brain similarity: Specificities and commonalities among sex combinations–the TRIO study
著者：Izumi Matsudaira*, Ryo Yamaguchi, and Yasuyuki Taki
*責任著者：東北大学学際科学フロンティア研究所 助教 松平泉
掲載誌：iScience
DOI：10.1016/j.isci.2025.112936
URL：https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(25)01197-6

問い合わせ先

（研究に関すること）
東北大学 学際科学フロンティア研究所
助教 松平 泉（まつだいら いずみ）
Email：izumi.matsudaira.e4*tohoku.ac.jp（*を@に置き換えてください）

（報道に関すること）
東北大学 学際科学フロンティア研究所 企画部
特任准教授 藤原 英明（ふじわら ひであき）
TEL：022-795-5259
Email：hideaki*fris.tohoku.ac.jp（*を@に置き換えてください）