発表のポイント
- X線透視撮影下での手技従事者用の新しいヘッドギア型放射線防護具(以下、本防護具)を開発しました。
- 本防護具はヘッドギアと含鉛のフェイスシールドを備え、鉛防護眼鏡(注1)を使用しなくても水晶体被ばく線量を大幅に低減できます。
- 本防護具の使用により、X線透視撮影下手技従事者の放射線白内障(注2)の発生リスク低減に寄与することが期待されます。
概要
X線透視撮影下での手技に携わる放射線従事者は、放射線白内障などの障害が発生するリスクがあり、そのリスクは従来考えられていたよりも高いことが明らかになっています。
東北大学大学院医学系研究科放射線検査学分野の藤沢昌輝大学院生、芳賀喜裕非常勤講師および千田浩一教授(災害放射線医学分野)らの研究グループは、X線透視撮影下手技に従事する放射線医療従事者用のヘッドギア型放射線防護具(以下、本防護具)の開発に成功しました。本防護具は、ヘッドギアと含鉛のフェイスシールドを備えた防護具(図1)で、透視撮影下手技の放射線医療従事者の水晶体を含めた側頭部の被曝防護が可能です。X線透視下での手技に携わる放射線医療従事者は、多くの場合、右眼よりも左眼の被ばくが高線量になることが知られています。本防護具の遮蔽能力について、人体模型実験にて測定評価したところ、左眼の水晶体線量の遮蔽率は80%以上であり、鉛防護眼鏡よりも高い遮蔽効果が期待できることが分かりました。
本研究成果は、2025年6月18日付でJournal of Radiation Research (Oxford Academic)オンライン版に公開されました。(オープンアクセス)
詳細な説明
研究の背景
X線透視撮影下において患者近傍での手技に携わる放射線従事者は、眼に被ばくを受けることによって放射線白内障などの障害が発生するリスクがあります。さらに近年の知見から放射線白内障は、従来考えられていたよりも低い線量で放射線白内障を発症することが明らかになっています。よって国際放射線防護委員会(ICRP)は2011年に、水晶体等価線量限度を従来の150mSv/年から20mSv/年(100mSv/5年)へと大幅に引き下げる声明を発表し、翌2012年にはICRP勧告を発出しました。日本では2021年にICRP勧告を採り入れた新法令が施行されましたが、新しい水晶体等価線量限度を超過する恐れがあるため、特例的に経過措置が設けられました。また実際に線量超過例も報告されるなど、X線透視撮影下での手技に携わる放射線医療従事者の水晶体被ばく線量を低減することが現在大きな課題となっています。
水晶体被ばく防護具として鉛防護眼鏡がありますが、その遮蔽率は多くの場合50%程度であり、防護効果は十分とはいえません。さらに手技中に鉛防護眼鏡が曇ったり、また重く長時間の手技に支障をきたしたりする場合もあるため、新しい水晶体被ばく防護具の開発が期待されていました。
また、X線透視下での手技に携わる放射医療線従事者は、被ばくの原因となる散乱X線の発生源に近い従事者の左側の線量が一般に高くなり、そのため右眼よりも左眼の被ばくが高線量になることが知られています。
今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科放射線検査学分野の藤沢昌輝(ふじさわ まさき)大学院生、芳賀喜裕(はが よしひろ)非常勤講師および千田浩一(ちだ こういち)教授(災害放射線医学分野)らの研究グループは、X線透視撮影下での手技に携わる放射線医療従事者用のヘッドギア型放射線防護具(以下、本防護具)の開発に成功しました。本防護具は、ヘッドギア型で頭部左側に含鉛のフェイスシールドを備えた放射線防護具で、水晶体を含めて透視下手技従事者の左側頭部の被ばく防護が可能です。本防護具は、視野の妨げにならずかつヘッドギアを用いることで重量を感じさせず、かつズレないよう従事者の頭部にしっかりと固定できるように開発されています(図2)。
本防護具の遮蔽能力について、X線透視下での気管支鏡手技を再現した人体模型による実験にて確かめたところ、左眼の水晶体線量の遮蔽率は80%以上であり、鉛防護眼鏡よりも高い遮蔽効果が期待できることが分かりました。
さらに本防護具は、右側の頭部の被ばく線量が多い場合には、含鉛のフェイスシールドを右側頭部に配置することもできるようにデザインされています。これにより、X線透視撮影下手技従事者の放射線白内障の発生リスク低減に大きく役立つことが期待できます。
今後の展開
本防護具は、従来の鉛防護眼鏡に代わる新たな選択肢として、眼の水晶体への放射線被ばくを効果的に低減できる可能性が示されました。これにより、放射線白内障の予防につながり、医師の職業被ばくによる長期的な健康リスクの軽減や、安全で持続可能な労働環境の実現に貢献すると期待されます。本防護具の商品化と普及によって、従来の放射線防護具が抱える課題を克服した実用的な代替手段として、本防護具の幅広い医療現場への導入が見込まれます。今後、研究グループは、血管内治療をはじめとする他のX線透視手技への応用も視野に入れており、放射線医療全体の安全性向上への波及効果が期待されます。


謝辞
本研究の一部は、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2114、藤沢)、科研費若手研究(20K16686、芳賀)および厚生労働省労災疾病臨床研究事業(240401-02、千田)の支援を受けて実施しました。
特許情報
特開2024-040139(P2024-40139A)「放射線防護具」
用語説明
注1.鉛防護眼鏡:X線などの電離放射線から眼(水晶体)を防護するために用いられる個人用放射線防護具であり、遮蔽能力の高い鉛を含有したレンズが用いられている。水晶体用放射線防護具として最も使用されているが、遮蔽効果や装着時の快適性には課題が残る。
注2.放射線白内障:眼の水晶体は放射線に対する感受性が高く、放射線被ばくにより水晶体の混濁やそれに伴う視力低下を引き起こす危険性がある。
論文情報
タイトル:「ヘッドギア型の水晶体放射線被ばく防護具の開発」
Development of a headgear-based eye protection device for physicians performing fluoroscopy-guided bronchoscopy
著者:藤沢昌輝,芳賀喜裕,高平咲希,曽田真宏,加藤聖規,阿部美津也, 加賀勇治, 稲葉洋平, 鈴木正敏,千田浩一*
Masaki Fujisawa, Yoshihiro Haga, Saki Takahira, Masahiro Sota, Toshiki Kato, Mitsuya Abe, Yuji Kaga, Yohei Inaba, Masatoshi Suzuki and Koichi Chida *
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 放射線検査学分野/災害放射線医学分野
教授 千田 浩一(ちだ こういち)
掲載誌:Journal of Radiation Research
DOI:10.1093/jrr/rraf031
URL: https://academic.oup.com/jrr/advance-article/doi/10.1093/jrr/rraf031/8166157
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 放射線検査学分野/災害放射線医学分野
教授 千田 浩一(ちだ こういち)
TEL:022-717-7943
Email:koichi.chida.d8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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