発表のポイント
- これまでに病態が未解明であった歯肉アメーバ感染(注1)を伴った顎骨破壊性病変(注2)を分析し、その病態を世界で初めて解明しました。
- 本疾患はエックス線写真やCT画像上で著しい顎骨吸収を認めるものの症状は無く、発見が遅れることが多いとされますが、本研究では口腔癌のスクリーニング検査で用いられる擦過細胞診(注3)で診断されることが示されました。
- 治療は動揺歯や分離腐骨の除去といった低侵襲な処置が有効で、放線菌の感染を伴った場合でも、薬剤使用は最小限で治癒を得ることが確認されました。これらの結果は、患者および医療従事者双方にとって大きな利益となる可能性があります。
概要
これまで、歯肉アメーバは、一般的な歯科検診での検出は困難であり、その後の病理組織検査や細胞培養による検出も困難とされてきました。
東北大学病院歯科顎口腔外科の黒羽根 壮助教、杉浦 剛教授、スフバートル アリウンブヤン助教らの研究グループは、これまでに病態が未解明であった歯肉アメーバ感染を伴った顎骨破壊性病変を詳細に解析しました。その結果、これら症例の約半数では、放線菌の感染も伴っているにも関わらず、一般的な顎放線菌症に見られる腫脹、疼痛、開口障害などの症状は認めず、動揺歯や分離腐骨を除去する低侵襲な処置で短期間に治癒が得られることがわかりました。また、病理組織像では好中球が少なく、アメーバが白血球や赤血球を貪食する様子が確認され、炎症反応の抑制と早期治癒への関与が示唆されました。
本研究は、歯肉アメーバ感染を伴う顎骨病変では、低侵襲で簡便な擦過細胞診という検査法、動揺歯や分離腐骨を除去するという低侵襲な処置で、診断と治療が可能であることを示しました。これまでに難治性とされてきた顎骨骨髄炎の中にも歯肉アメーバが関与した症例も存在する可能性も示唆され、病態の認知拡大により早期診断と適切治療が期待されます。本研究成果は、2025年8月7日付けで、Head & Face Medicine誌に掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
これまで歯肉アメーバは、一般的な歯科検診での検出は困難であり、その後の病理組織検査や細胞培養による検出も困難とされてきましたが、口腔癌のスクリーニング検査として用いられている歯間ブラシによる擦過細胞診により検出することは可能とされています。杉浦教授らの診療科には口腔癌疑いの患者が多く紹介受診し、歯肉病変や著明な顎骨吸収を認め歯肉癌が疑われる場合にはスクリーニング検査として擦過細胞診が行われています。
今回の取り組み
東北大学病院歯科顎口腔外科の黒羽根 壮(くろばね つよし)助教、杉浦 剛(すぎうら つよし)教授、スフバートル アリウンブヤン助教らの研究グループは、これら症例の中で、癌細胞が検出されず、エックス線写真や CT 画像で顎骨や歯に著明な吸収像を認めるも症状が無く、歯肉アメーバが共通して検出される症例があることを見出し、詳細な解析を行いました。その結果、これら症例の約半数では、放線菌の感染も伴っているにも関わらず、一般的な顎放線菌症に見られる腫脹、疼痛、開口障害などの症状は認めませんでした。また、一般的に難治性とされる顎放線菌症の治療では長期の抗菌薬投与が必要とされ、骨髄炎の病理組織像では通常、細菌感染への免疫に関与する好中球が多く見られますが、歯肉アメーバ検出症例では、好中球は比較的少なく、白血球や赤血球を貪食した歯肉アメーバが見られました。また、処置前に奏功しなかった抗菌薬も、放線菌の併存症例では創部治癒が遷延するものの、処置後は長期投与の必要なく、速やかに創部治癒が得られました。(図1)研究グループは、歯肉アメーバは顎骨や歯の急速な吸収に関わる一方、炎症反応に関与する白血球や細菌などを貪食することにより、一般的な骨髄炎で見られるような炎症反応を抑制し、早期の治癒に関与するのではないかと考えています。(図2)
今後の展開
無症状で急激な顎骨吸収を示す症例の場合、歯肉癌なども疑われますが、病理組織検査により悪性疾患が否定された場合、入院や全身麻酔下手術、長期の抗菌薬投与などが必要とされる顎骨骨髄炎に対する治療が選択されます。しかし、本症例のような歯肉アメーバ感染を伴う顎骨病変では、低侵襲で簡便な擦過細胞診という検査法、動揺歯や分離腐骨を除去するという低侵襲な処置で、診断と治療が可能となります。これまでに難治性とされてきた顎骨骨髄炎の中にも歯肉アメーバが関与した症例も存在する可能性も示唆されます。広く認知されていない歯肉アメーバ感染を伴う顎骨病変の病態が周知され、より多くの症例で早期診断と適切な治療が行われれば、患者および医療従事者双方にとって大きな利益となる可能性が示唆されます。


用語説明
注1.歯肉アメーバ感染:歯肉アメーバは歯周ポケットに寄生する原虫で、特に重度歯周炎患者では高頻度に存在するとされています。これまでに肺膿瘍、大腸癌に類似した虫垂腫瘍、生殖器感染症、急性下顎骨骨髄炎などで検出されていますが、歯性感染症におけるその病原性は未だ明らかとなっていません。
注2.顎骨破壊性病変:顎骨浸潤を伴った歯肉癌や下顎中心性癌、下顎骨骨髄炎でみられるような、顎骨に高度な吸収・破壊性変化を生じる病変です。
注3.擦過細胞診:口腔癌を疑った際に行われる低侵襲なスクリーニング検査法。歯間ブラシを用いて病変部を擦過することで細胞を採取し、塗沫および固定後に染色し、顕微鏡で観察して行う診断法です。
論文情報
タイトル:Perspective on the use of scraping cytology for jawbone destructive lesions, entamoeba gingivalis, and actinomyces co-infection: a retrospective analysis
著者:黒羽根 壮、スフバートル アリウンブヤン、森 士朗、熊本 裕行、杉浦 剛
*責任著者:東北大学大学院歯学研究科 顎顔面口腔外科学分野 教授 杉浦 剛
掲載誌:Head & Face Medicine
DOI:10.1186/s13005-025-00535-4
URL:https://link.springer.com/content/pdf/10.1186/s13005-025-00535-4.pdf
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学病院歯科顎口腔外科
教授 杉浦 剛
TEL:022-717-8350
Email:tsuyoshi.sugiura.b2*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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