発表のポイント
- 免疫チェックポイント阻害薬(CTLA-4抗体薬)1を、従来の点滴投与ではなくがん転移リンパ節へ直接投与する新たな治療アプローチを評価する目的で、頭頸部がん患者を対象とした第I相臨床試験を2026年1月から開始しました。
- 免疫応答の司令塔であるリンパ節を標的とすることで、局所免疫の活性化と全身免疫応答の同時誘導を狙うという、投与経路そのものに革新をもたらす点が本研究の特徴です。
- 頭頸部がんは頸部リンパ節転移を高頻度に伴い、超音波ガイド下での局所投与が技術的に可能であることから、本治療戦略の臨床検証に適したがん種です。
- 本試験では安全性の確認を最優先の目的としつつ、腫瘍縮小や免疫応答の変化などの有効性指標を探索的に評価し、リンパ節標的免疫療法の臨床応用の可能性を探索します。
概要
頭頸部がんは再発やリンパ節転移を来しやすく、再発・転移症例に対しては免疫チェックポイント阻害薬(PD-1抗体薬)2が標準治療として用いられています。しかし、治療効果が十分に得られない症例や、治療抵抗性・耐性を獲得する症例が存在することが、臨床上の大きな課題となっています。
東北大学病院腫瘍内科の西條 憲講師らの研究グループは、標準治療が無効となった切除不能進行・再発頭頸部がん患者を対象に、CTLA-4抗体薬を転移リンパ節へ直接投与する新しい治療法について、その安全性と有効性を評価する第I相臨床試験を東北大学病院で2026年1月から開始しました。
本研究では、こうした治療抵抗性の要因の一つと考えられているCTLA-4分子の免疫制御機構に着目し、CTLA-4抗体薬を免疫応答の中枢であるリンパ節へ直接投与することで、既存の免疫療法に対する抵抗性を克服する新たな治療法の確立を目指しています。
詳細な説明
研究の背景と経緯
頭頸部がんは、口腔、咽頭、喉頭などに発生するがんの総称で、再発や転移を来しやすいことが特徴です。再発・転移症例に対しては、PD-1抗体薬を主体とした薬物療法が標準的に行われていますが、治療抵抗性や耐性の獲得が大きな課題となっています。
免疫細胞ががん細胞を認識・排除する一連の仕組みは、「腫瘍免疫サイクル」として理解されています。このサイクルは、①腫瘍細胞から抗原が放出され、②樹状細胞が抗原を取り込みリンパ節へ移動し、③リンパ節でT細胞が活性化(プライミング)され、④⑤腫瘍へ遊走・浸潤し、⑥抗原を認識した後、⑦腫瘍細胞を攻撃する、という7つの段階から構成されています(図1)。
この腫瘍免疫サイクルの各段階には、免疫反応を制御する免疫チェックポイント分子が関与しています。PD-1は⑦の腫瘍細胞を攻撃する段階に主に関与する一方、CTLA-4はリンパ節における③の初期段階、すなわちT細胞の活性化に深く関与する免疫チェックポイント分子です(図1)。CTLA-4の過剰な働きは、リンパ節において腫瘍免疫サイクルの立ち上がりを阻害し、さらに腫瘍組織内では免疫反応にブレーキをかける制御性T細胞を活性化することが知られています。これらの作用は、PD-1抗体薬に対する治療抵抗性の一因と考えられています。
CTLA-4を標的とするCTLA-4抗体薬は、腫瘍免疫サイクルを活性化させる治療薬として、悪性黒色腫、食道がん、肝がん、一部の大腸がんなどで承認されています。一方で、頭頸部がんに対しては、これまでの臨床試験の結果から承認に至っていません。その理由の一つとして、CTLA-4抗体薬は投与量に依存して免疫関連の重篤な副作用が増加する点が挙げられています。
東北大学大学院医工学研究科の小玉哲也教授らは、これまでに抗がん薬を通常の点滴投与ではなく、がんが転移したリンパ節へ直接投与するリンパ行性薬物送達法(LDDS:Lymphatic Drug Delivery System)を開発してきました(図2)。LDDSは、点滴投与と比較して投与量を大幅に減らすことが可能であり、通常の点滴投与のおよそ10分の1程度の薬剤量で治療効果が得られるという利点があります。
腫瘍免疫サイクルにおいて、リンパ節はCTLA-4が最も重要な役割を果たす場であることから、CTLA-4抗体薬をLDDSによりリンパ節へ直接投与することで、副作用を抑えつつ、効率的に免疫応答を活性化できるのではないかと考えました。
マウスを用いた前臨床研究では、CTLA-4抗体薬をがんが転移したリンパ節へ直接投与することで、そのリンパ節内の腫瘍増殖が抑制されることが確認されました。さらに、脾臓の免疫細胞解析から、この治療が局所にとどまらず、全身の免疫応答にも影響を及ぼすことが示されました。また、全身投与と比較して、副作用が明らかに少ないことも明らかになっています(文献1)。
頭頸部がんは解剖学的な特徴から、頸部リンパ節への転移を生じやすいがんです。LDDSはリンパ節に直接薬剤を投与する治療法であり、投与にあたっては超音波などで確認しやすいリンパ節であることが重要になります。その点で、頸部リンパ節は投与手技および安全性の観点からも適したリンパ節であると考えられます(図2)。
以上の理由から、頭頸部がんは、CTLA-4抗体薬をLDDSにより投与する新しい治療法の臨床応用を検討するうえで、極めて適した対象疾患であると考えられました。
研究の内容
CTLA-4抗体薬は、腫瘍免疫サイクルの初期段階を活性化させることで、免疫応答全体を立ち上げ直す作用を有します。そのため、CTLA-4抗体薬の作用により、これまで治療効果が得られなくなったPD-1抗体薬が再び有効となる可能性が示唆されています。
本試験は、東北大学大学院医工学研究科が開発してきたリンパ行性薬物送達法(LDDS)の知見を基盤として、東北大学病院 腫瘍内科(研究代表者:川上尚人教授、事務局:西條憲講師)を中心に、耳鼻咽喉科・頭頸部外科および歯科口腔外科と連携して、特定臨床研究として実施します。
本研究では、PD-1抗体薬を含む標準治療をすでに受けたことのある、頸部リンパ節転移を伴う頭頸部がん患者を対象に、LDDSによるCTLA-4抗体薬のリンパ節内投与と、PD-1抗体薬の点滴投与を併用する第Ⅰ相臨床試験を実施します。本試験では、これら2剤併用療法の安全性を主要評価項目とし、あわせて腫瘍縮小や免疫応答の変化などの有効性指標を探索的に評価します(図3)。
患者登録期間は2027年9月30日までを予定しており、10名の患者さんの登録を計画しています。本研究の詳細は、臨床研究実施計画・研究概要公開システム(jRCT)にて公開されています。
臨床研究実施計画番号:jRCTs 021250037
https://jrct.mhlw.go.jp/latest-detail/jRCTs021250037
今後の展開
本試験により、リンパ節を標的としたCTLA-4抗体薬投与が安全に実施可能であることが確認されれば、免疫応答の初期段階を効率的に活性化することで、これまで効果が乏しくなっていたPD-1抗体薬の治療効果を再び引き出せる可能性があります。これは、免疫療法における治療抵抗性という大きな課題に対する、新たな解決策となり得ます。
社会的な観点では、本治療法は、免疫チェックポイント阻害薬を「全身に投与する治療」から「必要な部位に届ける治療」へと転換するものであり、投与量の低減による副作用の軽減や、治療継続性の向上が期待されます。これにより、免疫療法の適応拡大や、これまで治療が困難であった患者への新たな治療機会の提供につながる可能性があります。
学術的には、本研究は、腫瘍免疫サイクルの中枢であるリンパ節に着目し、免疫チェックポイント阻害薬の投与経路が免疫応答の質と持続性を左右することを臨床的に検証する初の試みです。免疫療法の効果を規定する要因として「投与経路」という新たな視点を提示することで、今後のがん免疫療法研究や薬剤開発の設計思想そのものに影響を与えることが期待されます。



用語説明
- 免疫チェックポイント阻害薬(CTLA-4抗体薬):免疫チェックポイント阻害剤は、がん細胞が免疫システムを抑制するのを防ぎ、T細胞ががん細胞を攻撃できるようにする薬剤です。抗CTLA-4抗体は免疫細胞の抑制シグナルをブロックし、T細胞の活性化を持続させます。 ↩︎
- 免疫チェックポイント阻害薬(PD-1抗体薬): がん細胞が発現するPD-L1との結合を阻害し、免疫攻撃を再活性化します。 ↩︎
文献
1.Mishra R, Sukhbaatar A, Mori S, Kodama T. Metastatic lymph node targeted CTLA4 blockade: a potent intervention for local and distant metastases with minimal ICI-induced pneumonia. J Exp Clin Cancer Res. 2023, 1;42(1):132.
問い合わせ先
(研究に関すること)
講師 西條 憲(さいじょう けん)
TEL:022-717-8543
Email:ken.saijo.d6*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学病院
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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