水あめの浸透圧を利用した新たな創傷被覆材がキズを治りやすくするメカニズムを解明 -「治す力を高める」創傷被覆材でキズに苦しむ患者を救う!-
2026.3.26 Thu
研究発表のポイント
- 水あめによる浸透圧1を利用した新しい創傷被覆材(以下、本創傷被覆材)2に治癒効果があるメカニズムを、マウスを用いて解明しました。
- キズの治りを早めるカギは、本創傷被覆材の増殖因子3 等の「治りに必要な成分を逃さない」作用であることを明らかにしました。
- 本創傷被覆材が持つ機能を活用した「患者の治す力を高める(免疫細胞を活性化する4)」創傷ケアは、難治性創傷(治りにくいキズ)5に苦しむ患者を救う新たな解決策となることが期待されます。
概要
日本では100万人/日以上の患者が医療機関で創傷(皮膚のキズ)に悩み、治療を受けています。さらに高齢化に伴い、褥瘡6など難治性創傷が増加しており、国内で400万人以上の難治性創傷患者が、長期間の治療に苦しんでいます。このような治りにくいキズの治療には、患者自身の「キズを治す力」を無駄なく活用した創傷ケアが重要と考えられています。
東北大学大学院医学系研究科看護技術開発学分野の佐藤佑樹助手、伊藤永貴大学院生、菅野恵美教授、東京薬科大学薬学部免疫学教室の安達禎之教授らの研究グループは、キズ口からの滲出液のうち余分な水分だけを水あめの浸透圧を利用して吸収し、キズの治りを促進する成分は創部に留める機能を持つ創傷被覆材の創傷治癒への影響を検討しました。その結果、本創傷被覆材の「治りに必要な成分を逃さない」という特徴が、免疫細胞を活性化させ、キズの治りを早めることを明らかにしました。この研究成果により、本創傷被覆材がキズに悩む患者の課題解決のカギとなることが期待されます。
本研究は、2026年3月6日付けで科学誌Scientific Reportsに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景と経緯
糖尿病などの慢性疾患患者や高齢患者の増加に伴い、従来の治療では十分に改善しない難治性創傷を有する患者が増加しています。免疫細胞の機能低下や増殖因子産生の低下が、このような治りにくさの一因と考えられています。
キズからにじみ出る「滲出液(しんしゅつえき)」には、キズの治りを促進する成分(サイトカイン7や増殖因子)が含まれています。いわば、滲出液は「キズを治すための旨味成分」を豊富に含んだ大切な体液です。創傷被覆材は、単にキズを保護するだけでなく、滲出液を留め、治癒に適した創部環境を整える役割を担っています。しかし、従来の創傷被覆材の多くは滲出液を一定程度吸収してしまう可能性が考えられます。もし、治癒に必要な成分を逃さず創部にとどめることができれば、患者自身の「治す力を高める」創傷ケアを実現できると考え、新しい創傷被覆材に注目しました。
本創傷被覆材は、食材の旨味を閉じ込める干物用の脱水シートから着想を得て開発され、水あめの浸透圧による吸水力と、増殖因子等の成分を通しにくい半透膜フィルム8を組み合わせた新しいコンセプトの創傷被覆材です(図1)。干物用シートが食材の「旨味」を閉じ込めるように、本創傷被覆材は滲出液中の治癒成分を逃さず保つことで、創傷治癒を促進することが期待されています。しかし、本創傷被覆材がどのような仕組みでキズの治癒を促進しているのか、その詳細なメカニズムはまだ明らかになっていません。
研究の内容
東北大学大学院医学系研究科看護技術開発学分野の佐藤佑樹(さとう ゆうき)助手、伊藤永貴(いとう えいき)大学院生、菅野恵美(かんの えみ)教授、東京薬科大学薬学部免疫学教室の安達禎之(あだち よしゆき)教授らの研究グループは、新しい創傷被覆材による創傷治癒促進のメカニズムを明らかにすることを目的とした基礎的な解析を行いました。本創傷被覆材は、吸水力(Absorbent)、透明性(Transparent)、治癒成分のキープ力(Keeper)を兼ね備えた、新しいコンセプトの創傷被覆材です。
東京薬科大学の安達禎之教授らは、本創傷被覆材の構造を模した実験モデルを用いて検証を行いました。その結果、この構造は水分のみを選択的に吸収し、治癒を促すサイトカイン(IL-8、TNF-α、IL-6)や増殖因子(VEGF) を吸収せずに保持する特性をもつことが示されました。
東北大学の佐藤佑樹助手、伊藤永貴大学院生、菅野恵美教授らは、動物モデルに対する本創傷被覆材の創傷治癒促進効果とその作用メカニズムを解析しました。その結果、本創傷被覆材をマウスの創部に貼付することで、血流を補う血管の数や、キズを埋めるために形成される肉芽組織の面積が、対照群と比較して有意に増加することを明らかにしました(図2)。さらに、本創傷被覆材の貼付により、創傷治癒の初期段階で重要な役割を果たす好中球9の集積が促進されることが、創傷治癒を促進するメカニズムであることが示唆されました。
今後の展開
本研究により、本創傷被覆材は治癒促進成分を創部にキープするという、従来の創傷被覆材にはみられなかった特性を有することが示されました。湿潤環境の維持による創傷治癒促進といった効果は従来の被覆材と共通していますが、本創傷被覆材は、治癒のプロセスをサポートする成分を吸収せずに留めるという、これまでにない利点を備えていることが、本研究により明らかとなりました。
この知見は、創傷被覆材における「吸収」や「保護」に加え、「治癒関連成分を創部に保持する」という新たな視点を提示するものであり、創傷治療研究の発展に寄与することが期待されます。
今後、本創傷被覆材が創傷治療においてどのような役割を果たすのかについて、さらなる研究による検証が望まれます。

本創傷被覆材は、水あめの吸収力と、半透膜の水や小さな分子のみを透過させる特性により、サイトカインや増殖因子といったキズの治りに必要な成分を創部に留める構造となっています。吸収された水分はパッド外へ蒸散されるため、多量の滲出液にも対応可能です。さらに、高い透明性を有することから、貼付したまま創部の状態を観察できるという利点も備えています。

A. 受傷後7日後のマウス創部の病理標本(HE染色)画像(左)、および受傷後5、7日目の肉芽組織の面積。本創傷被覆材貼付により、対照群と比較して、肉芽組織面積の有意に高いという結果が得られました。
B. 受傷後1日後のマウス創部の好中球マーカーLy6G陽性細胞の免疫染色像(左)および単位面積当たりの好中球数。本創傷被覆材貼付により、対照群と比較して、創部に集積する好中球数が有意に多いという結果が得られました。
謝辞
本研究は、東北大学若手研究者に係る共用設備利用支援制度の支援および東北大学附属図書館オープンアクセス推進のためのAPC支援事業、ならびにオカモト株式会社の研究資金の支援を受けて実施されました。
用語説明
- 浸透圧:水が濃度の低い方から高い方(この場合は水あめ)へ移動しようとする力のこと。この作用を利用することで、余分な水分を吸収できます。 ↩︎
- 創傷被覆材: キズを覆って保護する医療用材料。乾燥や感染から守り、治りやすい環境を整える目的で使用されます。本研究では、2024年にオカモト株式会社が開発した創傷治癒を促進する新しい創傷被覆材「ATK®パッド」を使用しました。 ↩︎
- 増殖因子:細胞の増殖や修復を促すタンパク質。創傷治癒を進める重要な働きを担います。 ↩︎
- 免疫細胞を活性化:体を守る細胞(例:好中球やマクロファージ)の働きを高めること。創傷治癒では、細菌の排除や治癒過程の開始に不可欠なプロセスです。 ↩︎
- 難治性創傷:通常よりも治りにくく、長期間治癒しないキズ。糖尿病性潰瘍や重度熱傷などが含まれます。 ↩︎
- 褥瘡:長時間同じ姿勢を続けることで皮膚や組織が圧迫されて生じるキズ。一般に「床ずれ」と呼ばれます。 ↩︎
- サイトカイン:細胞同士の情報伝達を担うタンパク質。炎症や治癒の調節に重要な役割を果たします。 ↩︎
- 半透膜フィルム: 水や小さな分子は通すが、大きな分子は通しにくい性質をもつ膜。ATK®パッドではポリビニルアルコール(PVA)を使用しています。 ↩︎
- 好中球:体内に侵入した細菌などを排除する免疫細胞の一種。創傷の初期炎症で重要な役割を果たします。 ↩︎
論文情報
タイトル:A transparent osmotic wound dressing ATKPAD promotes the healing process and regulates hypoxia-dependent inflammatory responses
著者: Yuki Sato*, Eiki Ito, Hiromasa Tanno, Takashi Kanno, Ryuto Arai, Koji Sato, Ayato Kaneta, Wakana Kamada, Ikue Sone, Ko Sato, Shinyo Ishi, Toshiro Imai, Hiromu Matsunaga, Tetsuji Aoyagi, Yoshimichi Imai, Yoshiyuki Adachi, Emi Kanno
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 看護技術開発学分野 助手 佐藤 佑樹(さとう ゆうき)
掲載誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-026-41264-1
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-026-41264-1
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科看護技術開発学分野
教授 菅野 恵美(かんの えみ)
TEL: 022-717-7484
Email: emi.kanno.d2*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL: 022-717-8032
Email: press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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