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妊娠初期の低栄養が統合失調症リスクを高める可能性 -飢餓と精神疾患を繋ぐ分子基盤をモデル動物で解明へ-

発表のポイント
  • 妊娠初期のマウスに一過性の食餌制限を行うと、生まれた雄の仔に、感覚情報処理の異常やシナプス構造の変化など、統合失調症に類似した変化が生じることを明らかにしました。
  • マルチオミクス解析1により、生まれた雄の仔の脳において、シナプス形成やタンパク質恒常性に関わる分子経路に変化が生じることを明らかにしました。
  • 本研究は、妊娠初期の一過性の食餌制限が、遺伝子の読み取り方を調節する「エピゲノム変化」2を介して統合失調症リスクを高める可能性を示し、DOHaD仮説3を支持する動物モデルを確立しました。
  • 本研究により、統合失調症に関する知見が深まるとともに、将来的な予防や治療法の開発につながる可能性が期待されます。
概要

妊娠期の低栄養が子の統合失調症リスクを高める可能性が、これまでの疫学研究から示唆されてきました。しかし、その根本的なメカニズムは明らかになっていませんでした。
東北大学大学院医学系研究科器官解剖学分野の王 泓博大学院生、大和田祐二教授、前川素子准教授らの研究グループは、妊娠初期低栄養モデルマウスを作製し、生まれた雄の仔において統合失調症に類似した脳の変化と行動変化が生じることを明らかにしました(図1)。さらに、その背景に遺伝子の読み取り方を調節する「エピゲノム変化」が関与していることも示しました。
本成果は、DOHaD仮説を支持する動物モデルを確立したものであり、統合失調症の分子メカニズムの理解を深めるとともに、将来的な予防・治療法の開発につながる可能性が期待されます。
本研究の成果は、2026年5月13日付で精神医学分野の国際学術誌Molecular Psychiatry誌に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景と経緯
統合失調症は、生涯罹患率が約1%とされ、幻覚・妄想などを主症状とする重篤な精神疾患です。その発症には、遺伝要因と環境要因の相互作用が重要であることが知られていますが、詳しい分子メカニズムは十分に解明されていません。
一方、疫学研究により「出生前の環境がエピゲノム変化を通じて疾病リスクに関与する」というDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)仮説が注目されています。DOHaD仮説は、これまで主に低出生体重と心血管疾患・代謝異常との関連が注目されてきましたが、近年では精神疾患を含む多様な疾患へと適用範囲が広がっています。
特に、第二次世界大戦中のオランダの冬の大飢饉(Dutch Hunger Winter: 1944-1945)4の研究では、妊娠初期(第1トリメスター5)に飢餓曝露を受けた母体から出生した子において、成人期の統合失調症発症率が約2倍に上昇することが報告されています。また、中国など他地域の飢饉研究においても同様の傾向が報告されています。これらの知見は、妊娠期の低栄養状態が生まれた子の統合失調症リスクに関与する可能性を示唆しています。しかし、ヒトを対象とした研究では、多様な要因が同時に関与するため、分子メカニズムの理解には限界がありました。
そこで、本研究では、妊娠期における低栄養状態と統合失調症リスクの関連について、動物モデルを用いて分子メカニズムの解明を目指しました。

研究の内容
東北大学大学院医学系研究科器官解剖学分野の王 泓博(わん ほんぼう)大学院生、大和田祐二(おおわだ ゆうじ)教授、前川素子(まえかわ もとこ)准教授らは、熊本大学、東京大学、東京科学大学、理化学研究所との共同研究により、妊娠初期のマウスの栄養欠乏モデルにおいて、仔にエピゲノム変化を伴う統合失調症関連表現型が誘導されることを明らかにしました(図1)。
本研究では、妊娠マウス(C57BL/6J系統)に対し、妊娠初期に限定した食餌制限を行うことで、妊娠初期母体低栄養モデルを作製しました。このモデルマウスから生まれた雄の仔では、行動学的解析においてはプレパルス抑制6の低下(感覚運動ゲーティング7障害)(図2)に加え、オープンフィールド試験および高架式十字迷路試験における不安様行動の増加が認められました。また、脳の組織学的解析においては、内側前頭前野において錐体細胞樹状突起スパイン8密度の有意な低下が認められました(図3)。このような変化は、統合失調症患者の死後脳でも報告されています。
なお、これらの変化は雄の仔でのみ認められ、雌では明確な変化は観察されず、性差の存在が確認されました。
この分子メカニズムを解明するため、前頭前野を用いた網羅的遺伝子発現解析(bulk RNA-seq)を行ったところ、Drd2, Cd4, Itgb4, Kcnab1などの統合失調症関連遺伝子を含む差次的発現遺伝子が同定されました。また、遺伝子セット富化解析(GSEA)9では、シナプス機能、タンパク質恒常性などに関連する経路の変化が明らかになりました。さらに、加重遺伝子共発現ネットワーク解析(WGCNA)10により、Drd2, Ppp1r1b, Adora2aなどを核とする遺伝子モジュールが、雄の仔で特異的に認められました。
空間トランスクリプトーム11解析では、シナプス可塑性関連遺伝子(Homer1, Nptx2, Cask)の上昇と、神経発達関連遺伝子(Igf2, Igfbp2)の低下が確認されました。また、タンパク質恒常性およびオートファジー経路の富化が示されました。細胞種別解析では、アストロサイトおよび投射神経細胞(特に深層)において多数の差次的発現遺伝子12が同定され、即時早期遺伝子13(Arc, Egr1, Egr3, Fos, Junb, Nr4a1)の上昇が認められました。
さらに、雄の仔マウスの前頭前野から神経核および非神経核を単離し、DNAメチル化14解析を行いました。その結果、主成分分析(PCA)により明確な群間差が確認されました。高負荷プローブ15の解析では、神経核においてERK16およびWntシグナル17経路の変化が、非神経核において樹状突起の発達や非対称シナプスに関連する経路の変化が確認されました(図4)。
これらの結果は、妊娠初期における低栄養状態が、DNAメチル化変化をもたらし、子への持続的な神経機能障害を引き起こす可能性を示唆しています。

今後の展開
本研究で確立した妊娠初期母体低栄養モデルは、DOHaD理論に基づき統合失調症の分子メカニズムを探求するための有用な動物モデルです。今後、DNAメチル化変化と転写変化18の因果関係の解明、影響を受ける細胞種および神経回路の特定、さらに性差が生じる分子メカニズムの解明が期待されます。
本研究の成果により、将来的にヒトにおける統合失調症の予防および治療戦略の開発につながる可能性があります。また、妊娠期の栄養介入や周産期ケアによる精神疾患リスクの低減に貢献することが期待され、予防医学の観点からも重要な意義を持つと考えられます。

図1. 妊娠初期の低栄養が仔マウスに及ぼす影響の概要
本研究では、妊娠初期に低栄養環境に曝露された母体から生まれた雄の仔マウスにおいて、行動変化(感覚運動ゲーティング障害や不安様行動)に加え、樹状突起スパイン密度の低下、遺伝子発現変化、DNAメチル化変化といった脳の分子・構造的変化が認められました。これらの結果は、妊娠初期の低栄養が、エピゲノム変化を介して、成体期の統合失調症関連表現型を誘導する可能性を示しています。
図2. 妊娠初期低栄養モデルの仔におけるプレパルス抑制低下
妊娠初期に低栄養環境に曝露された母マウスから生まれた雄の仔では、音刺激に対する反応の抑制機能(プレパルス抑制)が低下していることが分かりました。これは、外界からの情報を適切に取捨選択する脳の働きに異常が生じていることを示しており、統合失調症などでみられる感覚情報処理の障害との関連が示唆されました。Adapted from Wang et al., Molecular Psychiatry (2026).
図3. 妊娠初期低栄養モデルの仔における樹状突起スパイン密度の低下
妊娠初期に低栄養環境に曝露された母マウスから生まれた雄の仔では、前頭前野の神経細胞において、「スパイン」と呼ばれるシナプス構造の数が減少していることが分かりました。スパイン密度の低下は神経回路の機能低下を示す変化であり、統合失調症患者の死後脳でも同様の変化が報告されています。Adapted from Wang et al., Molecular Psychiatry (2026).
図4. 妊娠初期低栄養曝露によりDNAメチル化プロファイルが変化
本研究では、妊娠初期に低栄養環境に曝露された母マウスから生まれた雄の仔の前頭前野組織から神経核および非神経核を分離し、それぞれのDNAメチル化プロファイルを解析しました。その結果、対照群と比較して、神経核および非神経核のいずれにおいてもDNAメチル化パターンが明確に変化し、主成分分析において両群が明瞭に分離しました。これらの結果は、妊娠初期の低栄養が、脳の遺伝子の働きを調節する「DNAメチル化」という仕組みに変化をもたらし、胎児期の環境が長期的に脳の機能に影響を与えることを示しています。Adapted from Wang et al., Molecular Psychiatry (2026).

本プレスリリースで使用した一部の図はBioRenderを用いて作成しました。詳細は以下をご参照ください:https://BioRender.com/si75wvx

謝辞

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP22K19502、JP23K24252、JP23K24783、JP25K02586)、学術変革領域研究(先進ゲノム支援、JP22H04925)、日本科学技術振興機構(JPMJFS2102、JPMJSF2312、JPMJKP25Y8)、東北大学ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョンセンターTUMUG支援プログラム、東京科学大学難治疾患共同研究拠点活動の支援を受けて行われました。また、一般財団法人糧食研究会、三島海雲記念財団、公益財団法人食生活研究会、資生堂女性研究者サイエンスグラント、飯島藤十郎記念食品科学技術財団の支援も受けています。
本論文は『東北大学 2025 年度オープンアクセス推進のための APC 支援事業』の支援を受け、Open Access として公開されています。

用語説明
  1. マルチオミクス解析(Multi-omics analysis):ゲノム、トランスクリプトーム、エピゲノムなど複数の「オミクス」データを統合して解析する手法。本研究ではバルクRNA-seq、空間トランスクリプトーム(Visium HD)、DNAメチル化アレイを組み合わせた。 ↩︎
  2. エピゲノム(Epigenome):DNAの塩基配列を変えることなく遺伝子発現を調節するエピジェネティック修飾(DNAメチル化、ヒストン修飾など)のゲノム全体にわたるパターンの総称。食事、環境、ストレスなどの影響を受け、細胞分裂後も維持されると考えられている。 ↩︎
  3. DOHaD仮説(Developmental Origins of Health and Disease):胎児期・新生児期の環境(栄養状態、ストレスなど)が、エピゲノム変化などを介して成人後の疾患リスクを規定するという概念。バーカー仮説とも呼ばれる。 ↩︎
  4. オランダの冬の大飢饉(Dutch Hunger Winter):第二次世界大戦末期にオランダ西部で発生した深刻な食料不足。この時期に妊娠していた女性の子どもを対象とした疫学研究は、出生前環境と成人後の健康の関係を示す重要な知見をもたらした。 ↩︎
  5. 第一トリメスター:妊娠初期(妊娠1〜3か月)を指す。受精卵の着床やエピゲノムの再プログラム化が起こる、胎児発育の重要な時期。 ↩︎
  6. プレパルス抑制(PPI:Prepulse Inhibition):大きな音刺激(パルス)の直前に小さな刺激(プレパルス)を与えると驚愕反応が抑制される現象。統合失調症患者ではこの抑制が障害されており、感覚運動ゲーティングの指標として広く用いられる。 ↩︎
  7. 感覚運動ゲーティング(Sensorimotor Gating):感覚情報を適切に取捨選択し、過剰な刺激が運動反応を引き起こさないよう制御する脳の機能。プレパルス抑制(PPI)試験によって評価される。統合失調症患者ではこの機能が障害されることが知られている。 ↩︎
  8. 樹状突起スパイン(Dendritic Spine):神経細胞の樹状突起上に存在する微小な突起構造で、シナプス構造の一部。スパイン密度の低下は統合失調症の主要な病理学的所見の一つとして知られている。 ↩︎
  9. 遺伝子セット富化解析(Gene Set Enrichment Analysis: GSEA):多数の遺伝子発現変化データをもとに、特定の生物学的機能や経路に関わる遺伝子群が全体として有意な変化を示すかを統計的に評価する解析手法。個々の遺伝子ではなく、経路レベルでの変化を捉えることができる。 ↩︎
  10. 加重遺伝子共発現ネットワーク解析(Weighted Gene Co-expression Network Analysis:WGCNA):遺伝子発現パターンの類似性に基づいて遺伝子同士をグループ(モジュール)にまとめ、表現型との関連を解析する手法。疾患に関わる遺伝子ネットワークやハブ遺伝子の同定に有用である。 ↩︎
  11. 空間トランスクリプトーム(Spatial Transcriptomics):組織切片上で遺伝子発現を空間的な位置情報とともに網羅的に解析する技術。本研究では10x Genomics社のVisium HDを使用し、前頭前野の各領域における転写変化を高解像度で可視化した。 ↩︎
  12. 差次的発現遺伝子(Differentially Expressed Genes: DEGs):2つの条件間(例:対照群と実験群)で発現量が統計的に有意に異なる遺伝子の総称。 ↩︎
  13. 即時早期遺伝子(Immediate Early Genes: IEGs):神経活動や外部刺激に応じて、タンパク質合成を必要とせず数分以内に発現が誘導される遺伝子群。シナプスの可塑性や記憶・学習に重要な役割を果たす。 ↩︎
  14. DNAメチル化(DNA methylation):DNAのシトシン塩基にメチル基(-CH₃)が付加されるエピジェネティック修飾。CpGアイランドのメチル化は一般に遺伝子発現を抑制する。 ↩︎
  15. 高負荷プローブ:主成分分析(PCA)において、群間の分離(第2主成分)に最も大きく寄与する上位1%のDNAメチル化プローブ。これらのプローブが対応する遺伝子領域を解析することで、群間差に関連する生物学的経路を同定できる。 ↩︎
  16. ERK(Extracellular Signal-Regulated Kinase):細胞外シグナルに応答して活性化されるタンパク質リン酸化酵素(キナーゼ)。神経細胞の活動依存的な遺伝子発現やシナプス可塑性の調節に重要な役割を果たす。 ↩︎
  17. Wntシグナル:細胞の増殖・分化・極性を制御するシグナル伝達経路。神経発達においてシナプス形成や樹状突起の発達に重要な役割を担う。 ↩︎
  18. 転写変化:遺伝子のDNA配列からRNAへの転写量が変化すること。遺伝子発現の変化を反映しており、エピゲノム変化の下流で生じる機能的な変化の指標となる。 ↩︎
論文情報

タイトル:Maternal fasting during early gestation induces epigenetic alterations and schizophrenia-related phenotypes
著者: Hongbo Wang, Miki Bundo, Yutaka Nakachi, Akinori Kanai, Yui Yamamoto, Hirofumi Miyazaki, Fumiko Toyoshima, Yasuyuki Shima, Mai Sakai, Zhiqian Yu, Hiroaki Tomita, Yutaka Suzuki, Kazuya Iwamoto, Yuji Owada* and Motoko Maekawa*

東北大学: 王 泓博、山本 由依、宮崎 啓史、坂井 舞、兪 志前、富田 博秋、大和田祐二*、前川素子*
熊本大学: 文東 美紀、仲地 ゆたか、岩本 和也
東京大学: 金井 昭教、鈴木穣
東京科学大学: 豊島文子
理化学研究所: 島 康之

*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 器官解剖学分野
教授 大和田 祐二(おおわだ ゆうじ)
准教授 前川 素子(まえかわ もとこ)
掲載誌:Molecular Psychiatry
DOI:10.1038/s41380-026-03629-w
URL: https://www.nature.com/articles/s41380-026-03629-w

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東北大学大学院 医学系研究科 器官解剖学分野
准教授 前川 素子(まえかわ もとこ)
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