精神疾患の創薬研究で用いられる 3系統のマウスを体系的に比較 -治療薬評価に適したマウスモデルの選択指針を提示-
2026.9.25 Fri
研究発表のポイント
- 精神疾患の創薬研究で広く用いられるMK-8011亜慢性投与モデル2について、C57BL/6J、ICR、ddYの3系統のマウス3を同一条件で比較し、それぞれの特徴を整理しました。
- 3系統を同一条件で比較した結果、C57BL/6Jマウスでは、神経細胞同士のつながり(シナプス)4の異常と認知機能障害が安定して再現され、今回比較した3系統の中では、精神疾患治療薬の評価に適したモデルであることを示しました。
- 本研究は、シナプスを標的とした精神疾患治療薬の前臨床研究5で、標準的なマウスモデルを選択するための指針となる成果です。
概要
精神疾患の新規治療薬の開発には、ヒトの病態を再現し、薬効を安定して評価できる動物モデルが不可欠です。しかし、精神疾患の創薬研究で広く用いられているNMDA受容体6機能低下モデルでは、使用するマウス系統による違いが十分整理されておらず、最適なモデルの選択指針がありませんでした。
東北大学大学院医学系研究科器官解剖学分野の吉町文子医学部学生(研究当時)、大和田祐二教授、前川素子准教授らの研究グループは、理化学研究所との共同研究により、NMDA受容体の働きを抑える薬剤であるMK-801を2週間繰り返し投与したC57BL/6J、ICR、ddYの3系統のマウスを同一条件で比較し、行動異常やシナプス異常など、各系統に現れる特徴を体系的に整理しました。その結果、C57BL/6Jマウスでは、精神疾患との関連が示されているシナプス異常と認知機能障害が安定して認められ、精神疾患治療薬の評価に適したモデルであることを初めて明らかにしました。これらの結果から、今回比較した3系統の中では、C57BL/6Jマウスが精神疾患治療薬の評価に利用しやすいことが示されました。本成果は、精神疾患の創薬研究におけるマウス系統選択の指針となり、シナプスを標的とした精神疾患治療薬の前臨床研究を効率化し、創薬研究を加速することが期待されます。
本研究の成果は、2026年9月8日付で精神医学分野の国際学術誌Progress in Neuropsychopharmacology & Biological Psychiatry 誌に掲載されました。
詳細な説明
研究の背景と経緯
精神疾患の新しい治療薬を開発するためには、ヒトの病態を再現し、薬の効果を安定して評価できる動物モデルが不可欠です。創薬に用いる動物モデルには、表現型が安定して再現されること、簡便に作製できること、薬の効果を客観的に評価できることが求められます。しかし、現在広く使われているNMDA受容体機能低下モデルでは、使用するマウス系統によって結果が異なり、どのモデルを使えばよいか明確な指針がありませんでした。
そこで本研究では、NMDA受容体拮抗薬MK-801を用い、C57BL/6J、ICR、ddYの3系統のマウスについて、行動異常、樹状突起スパイン7(シナプス)異常を同一条件下で体系的に比較しました。
研究の内容
東北大学大学院医学系研究科器官解剖学分野の吉町文子(よしまち ふみこ)医学部学生(研究当時)、大和田祐二(おおわだ ゆうじ)教授、前川素子(まえかわ もとこ)准教授らは、理化学研究所との共同研究により、精神疾患研究で広く用いられているMK-801亜慢性投与モデルについて、3系統のマウスを同一条件下で比較評価しました。
本研究では、記憶や認知機能、不安などを評価する複数の行動試験(オープンフィールド試験、新奇物体認識試験8、Y字迷路試験、高架式十字迷路試験、強制水泳試験、プレパルス抑制試験9など)に加え、樹状突起スパイン解析を実施しました。その結果、C57BL/6Jでは樹状突起スパイン異常(シナプス異常)と新奇物体認識障害が安定して認められました。 一方、ICR・ddYではシナプス異常(スパイン密度低下ないし低下傾向)は認められたものの、新奇物体認識試験では認知機能を安定して評価することが難しく、創薬評価モデルとして利用しにくいことが分かりました。また、他の行動試験でも一部に変化は認められましたが、創薬研究の主要評価項目としては安定性や再現性の点で十分とは言えませんでした。
さらに、C57BL/6Jではシナプス関連遺伝子を含む脳内遺伝子発現変化も明らかとなり、本モデルの分子学的特徴を示す包括的な遺伝子発現データを構築しました。
本研究により、今回比較した3系統の中では、C57BL/6JマウスにMK-801を亜慢性投与し、シナプス異常と新奇物体認識障害を評価する系が、精神疾患治療薬の評価に最も利用しやすいモデルであることを示しました。
今後の展開
本研究は、精神疾患の創薬研究で適切なマウス系統を選択するためのリファレンスとなる成果です。今後は、シナプスを標的とした精神疾患治療薬の前臨床評価の効率化や、新たな創薬標的の探索や創薬研究の推進にも役立つことが期待されます。

図1. 本研究の概要
本研究では、精神疾患の研究で広く用いられているNMDA受容体機能低下モデルについて、C57BL/6J、ICR、ddYの3系統のマウスを同じ条件で比較しました。MK-801を2週間投与した後、行動試験とシナプス形態解析を行い、それぞれの系統の特徴を評価しました。その結果、C57BL/6JマウスにMK-801を投与したモデルが、創薬研究に利用しやすいマウスモデルであることが分かりました。本研究は、精神疾患の治療薬開発に用いる動物モデル選択の指針(リファレンス)となる成果です。

同一条件で3系統のマウスを比較した結果、C57BL/6Jマウスでは、樹状突起スパイン密度(シナプス)の低下と新奇物体認識障害が安定して認められ、今回比較した3系統の中では創薬研究に最も適したモデルであることが示されました。一方、ddYおよびICRマウスでもシナプス異常が認められましたが、新奇物体認識試験では安定した評価が難しく、創薬研究への利用は限定的でした。

MK-801を亜慢性(2週間)投与したC57BL/6Jマウスでは、樹状突起スパイン密度が低下しました(左)。また、新奇物体認識試験では、生理食塩水投与群では新しい物体(B)をより長く探索したのに対し、MK-801投与群では新しい物体を見分ける能力が低下し、認知機能障害が認められました(右)。これらの結果から、本モデルは精神疾患の前臨床評価に有用であることが示されました。
謝辞
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP22K19502、JP23K24252、JP23K24783、JP24KJ0388、JP25K02586)、日本科学技術振興機構(JPMJSF2312)、東北大学ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョンセンターTUMUG支援プログラムの支援を受けて行われました。また、公益財団法人先進医薬研究財団、一般財団法人糧食研究会、三島海雲記念財団、公益財団法人食生活研究会、資生堂女性研究者サイエンスグラント、飯島藤十郎記念食品科学技術財団、公益財団法人住友財団 基礎科学研究助成(助成番号210545)の支援も受けています。
本論文は『東北大学 2026 年度オープンアクセス推進のための APC 支援事業』の支援を受け、Open Access として公開されています。
用語説明
- MK-801: 脳内のNMDA受容体の働きを抑える薬剤。精神疾患の動物モデルの作製に広く用いられる。 ↩︎
- 亜慢性投与モデル: 薬剤を数日から数週間にわたって繰り返し投与する方法。本研究ではMK-801を2週間連日投与した。 ↩︎
- C57BL/6J、ICR、ddYの3系統のマウス: 遺伝的背景が異なる実験用マウス。研究目的に応じて使い分けられている。 ↩︎
- シナプス: 神経細胞同士が情報をやり取りする接点。 ↩︎
- 前臨床研究: ヒトでの臨床試験を行う前に、細胞や動物を用いて有効性や安全性を評価する研究。 ↩︎
- NMDA受容体: 神経細胞同士の情報伝達や学習・記憶に重要な受容体。統合失調症など精神疾患との関連が知られており、その働きを低下させた動物モデルは、精神疾患研究で広く利用されている。 ↩︎
- 樹状突起スパイン: 神経細胞の樹状突起上に存在する小さな突起で、多くの興奮性シナプスが形成される部位。 ↩︎
- 新奇物体認識試験: 新しい物体を記憶・識別できるかを調べる認知機能試験。 ↩︎
- プレパルス抑制試験: 小さな音を先に聞かせることで驚き反応がどの程度抑えられるかを調べる検査。統合失調症研究で広く用いられる。 ↩︎
論文情報
タイトル:Systematic characterization of subchronic MK-801 administration across mouse strains identifies conserved synaptic alterations and a clear cognitive phenotype in C57BL/6J mice
マウス系統間におけるMK-801亜慢性投与の体系的解析により、共通するシナプス異常とC57BL/6Jマウスにおける明瞭な認知機能表現型を同定
著者:Fumiko Yoshimachi, Minori Ikuta, Karina Kimura, Hongbo Wang, Jinghang Fu, Hinako Kirikae, Anusree Kumar, Yasuyuki Shima, Yui Yamamoto, Hirofumi Miyazaki, Mai Sakai, Zhiqian Yu, Hiroaki Tomita, Yuji Owada*, Motoko Maekawa*
東北大学: 吉町 文子、生田 美徳、木村 佳里奈、王 泓博、付 靖航、切替 日奈子、Anusree Kumar、山本 由依、宮崎 啓史、坂井 舞、兪 志前、富田 博秋、大和田 祐二*、前川 素子*
理化学研究所: 島 康之
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 器官解剖学分野
教授 大和田 祐二(おおわだ ゆうじ)
准教授 前川 素子(まえかわ もとこ)
掲載誌:Progress in Neuropsychopharmacology & Biological Psychiatry
DOI:10.1016/j.pnpbp.2026.111921
URL:https://doi.org/10.1016/j.pnpbp.2026.111921
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 器官解剖学分野
准教授 前川 素子(まえかわ もとこ)
TEL: 022-717-8037
Email: motoko.maekawa.c7*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL: 022-717-8032
Email: press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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