父親の高齢化が胎仔期の脳に与える影響に性差 ―マウスの雌胎仔で特異的な遺伝子発現変化を確認―
2026.10.19 Mon
研究発表のポイント
- 父親の高齢化が、胎仔期の脳の遺伝子発現1にどのような影響を与えるのかをマウスを用いて調べたところ、父親の年齢と胎仔の性別の両方が、胎仔脳の遺伝子発現に影響を及ぼしていることを明らかにしました。
- 特に、高齢の雄マウスに由来する雌の胎仔では、他の群とは異なる遺伝子発現パターンがみられ、全体的に遺伝子の発現が増加する傾向が示されました。
- 本研究成果は、父親の高齢化が妊娠初期の胎児の脳発達に及ぼす影響や、自閉スペクトラム症(ASD)2にみられる性差の分子基盤を解明する手がかりとなることが期待されます。
概要
父親の年齢が高くなるほど子の自閉スペクトラム症(ASD)発症の可能性が高まることが疫学研究3等から報告されていますが、そのメカニズムや子の性別によって影響の度合いが異なるかどうかは十分に解明されていません。
東北大学大学院医学系研究科発生発達神経科学分野の遠藤悠大学院生、吉川貴子講師、大隅典子名誉教授・客員教授らの研究チームは、若齢(3か月齢)および高齢(19か月齢)の雄マウスに由来する胎仔を用いて、胎齢14.5日4の脳での遺伝子発現をRNAシーケンス5により網羅的に解析しました。
その結果、胎仔期の脳の遺伝子発現パターンには、父親の月齢と胎仔の性別の双方が影響することが明らかになりました。特に、高齢の父親から生まれた雌の胎仔は、他の群とは異なる遺伝子発現パターンを示すことが分かりました。また、高齢の父親から生まれた雌の胎仔では、多くの遺伝子の発現が増加する傾向がみられ、父親の高齢化に対する脳の遺伝子発現応答が、胎仔の性別によって異なる可能性が示されました(図1)。本研究により、父親の高齢化は胎仔期の脳における遺伝子発現に影響を及ぼし、その影響は胎仔の性別によって異なる可能性が示されました。本研究で得られた胎仔期脳の遺伝子発現データは、父親の高齢化が妊娠初期の胎児の脳発達に及ぼす影響と、その性差を理解するための基盤となることが期待されます。
本研究成果は、2026年10月8日に国際科学誌Scientific Dataに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
自閉スペクトラム症(ASD)は、社会的なコミュニケーションや行動パターンなどに特徴がみられる神経発達症6で、近年増加傾向にあるため、世界的に重要な社会的課題となっています。ASDの発症には遺伝的な要因だけでなく、胎児期の環境など様々な要因が関わると考えられています。なかでも、両親の高齢化が子どものASD発症と関連することは米国国立環境健康科学研究所(NIEHS)において公表されており、とくに父親の高齢化の方が母親より強く影響することが複数の研究で報告されています。
大隅典子名誉教授・客員教授らのグループはこれまでに、遺伝的に均一な野生型マウスをモデルとして、父親の高齢化が次世代に及ぼす影響を検証するとともに、精子から次世代に伝わる分子機構について研究を進めてきました。しかし、ASDは発症頻度や症状に大きな性差があることが知られているものの、父親の高齢化が胎仔期の脳の発達に与える影響が子の性別によって異なるかどうかは未解明でした。
今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科発生発達神経科学分野の遠藤悠(えんどう はるか)大学院生、吉川貴子(きっかわ たかこ)講師、大隅典子(おおすみ のりこ)名誉教授・客員教授の研究チームは、父親の高齢化が胎仔期の脳に与える影響を調べるため、若齢(3か月齢)または高齢(19か月齢)の父親に由来するマウス胎仔を用いて、脳の遺伝子の発現を網羅的に解析しました。神経発生の過程において、神経細胞が盛んに作られる重要な時期である胎齢14.5日の脳を対象とし、雄胎仔と雌胎仔を区別して解析しました。
胎仔期は、細胞の形態や働きが著しく変化する時期です。そのため、同じ「胎齢14.5日」の胎仔でも、個体ごとの発生段階にわずかな違いがある場合、その違いが遺伝子発現の差として現れる可能性があります。そこで本研究では、まずマウス胎仔の後肢の形態を指標として個体ごとの発生段階を厳密に推定し、同じ子宮内で発生する胎仔でも最大で14時間程度の差があることを見出しました。その上で、発生段階の違いを4時間程度に抑えた上で解析を行うことにより、父親の年齢や胎仔の性別による遺伝子発現の違いをより正確に捉えることに成功しました。
胎仔の終脳7を用いたRNAシーケンスによる遺伝子発現パターンをもとにサンプルを分類したところ、高齢の父親から生まれた雌の胎仔が、他の3群(若齢父由来雌雄、および高齢父由来雄)とは異なる特徴的なグループを形成しました(図2)。また、遺伝子発現の変化を詳しく調べると、雄の胎仔では父親の年齢による影響があまり見られなかったのに対して(図3A)、高齢の父親から生まれた雌では全体として遺伝子の発現が増加する傾向がみられました(図3B)。
今後の展開
今回得られたデータは、父親の高齢化が胎仔期の脳に与える影響を、雄と雌に分けて調べることができる貴重な遺伝子発現データです。特に、高齢父由来の雌の胎仔で特徴的な遺伝子発現パターンがみられたことから、父親の高齢化に対する胎仔期の脳の応答に性差がある可能性が示されました。今後、このデータを他のASD関連研究のデータと組み合わせることで、父親の高齢化が妊娠初期の子どもの脳発達に及ぼす影響や、ASDにみられる性差の分子基盤の解明につながることが期待されます。

図1. 父親の高齢化に伴うマウス胎仔の脳の遺伝子発現変化と雌雄差

RNAシーケンスデータを用いた3次元主成分分析(PCA)。各点は1個体の胎仔を示す。若齢父由来の雄を青、若齢父由来の雌をピンク、高齢父由来の雄を濃い青、高齢父由来の雌を濃いピンクで示す。高齢父由来の雌は他の3群とは異なる位置に分布した。

父親の年齢による遺伝子発現の違いをボルケーノプロット9で示す。各点は1つの遺伝子を示し、横軸はlog₂ fold change10、縦軸は−log₁₀ false discovery rate(注11)を示す。FDR < 0.05かつ|log₂FC| ≥ 0.5を満たす遺伝子を有意な発現変化として示し、発現量が高い群に応じて色分けした。その他の遺伝子は灰色で示す。(A)雄胎仔における若齢父由来と高齢父由来の比較。(B)雌胎仔における若齢父由来と高齢父由来の比較。
謝辞
研究は、AMED(JP21wm0425003、JP24wm0625311)、およびJSPS科研費(JP24K02203)の助成を受けて遂行されました。遠藤悠は、東北大学国際共同大学院プログラムNeuro Globalによる支援を受けています。また、本研究の一部は、東北大学における「若手研究者に係る共用設備利用支援制度」の支援を受けて実施されました。本論文は『東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。(10.1038/s41597-026-08446-y)
用語説明
- 遺伝子発現:DNAに保存された遺伝情報が読み取られ、RNAやタンパク質などの形で細胞の機能に利用されること。遺伝子発現の量やパターンが変化することで、細胞の性質や機能にも変化が生じる。 ↩︎
- 自閉スペクトラム症:社会的なコミュニケーションの難しさや強いこだわりを特徴とする神経発達症の一つ。 ↩︎
- 疫学研究:人々の集団を対象として、病気の発症頻度や健康状態と、年齢、生活環境、遺伝的要因などとの関連を調べる研究。 ↩︎
- 胎齢14.5日:交配後14.5日が経過したマウスの胎仔の発生段階。脳を含む各組織の発生が進み、神経細胞産生がもっとも盛んな時期にあたる。本研究では、この時期の胎仔脳を解析対象とした。 ↩︎
- RNAシーケンス:細胞や組織に含まれるRNAを網羅的に読み取り、どの遺伝子がどの程度発現しているかを調べる解析手法。多数の遺伝子の発現状態を一度に解析できる。 ↩︎
- 神経発達症:脳の発達過程に関連して生じる発達上の特徴や困難を伴う疾患・状態の総称。自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)などが含まれる。 ↩︎
- 終脳:脳の発生過程で形成される領域の一つで、大脳皮質や海馬、線条体などへと発達する。主成分分析(PCA):多数の遺伝子の発現データなど、複雑なデータの特徴を少数の指標にまとめ、サンプル間の類似性や違いを可視化する統計解析手法。本研究では、遺伝子発現パターンの違いを可視化するために用いた。 ↩︎
- ボルケーノプロット:遺伝子発現の変化量と統計的な有意性を同時に示すグラフ。各点が1つの遺伝子を表し、発現が大きく変化した遺伝子を視覚的に捉えることができる。 ↩︎
- log₂ fold change:2つの群の間で、遺伝子の発現量がどの程度変化したかを表す指標。値が正の場合は発現が増加し、負の場合は減少していることを示す。絶対値が大きいほど発現量の変化が大きいことを意味する。 ↩︎
- false discovery rate(FDR):多数の遺伝子を同時に統計解析する際に、偶然「有意」と判定される遺伝子が含まれる可能性を考慮して、統計的な有意性を補正する指標。値が小さいほど、偶然による結果である可能性が低いことを示す。 ↩︎
論文情報
タイトル:A Transcriptomic Dataset of Embryonic Mouse Telencephalon Revealing Sex-dependent Effects of Advanced Paternal Age
著者:Haruka Endo, Takako Kikkawa*, and Noriko Osumi*
*共同責任著者:
東北大学 大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野 講師 吉川貴子
東北大学 大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野 教授 大隅典子
掲載誌:Scientific Data
DOI:10.1038/s41597-026-08446-y
URL:https://www.nature.com/articles/s41597-026-08446-y
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科発生発達神経科学分野
名誉教授/客員教授 大隅 典子(おおすみ のりこ)
TEL: 022-717-8203
Email: noriko.osumi.c7*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
講師 吉川貴子(きっかわ たかこ)
TEL: 022-717-8203
Email: takako.kikkawa.c4*tohoku.ac.jp (*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL: 022-717-8032
Email: press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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