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〔いのち)の可能性をみつめる

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東洋医学の窓から

不調に悩む人は多い。不調の原因がなにかわからず悩む人も多い。さらには、その不調がどのように不調なのかうまく語ったり伝えたりすることが難しくて悩ましい、という人もきっと多い。
「調子が悪い」と訴える患者さんに日々向き合っている医師は、いったいどんなふうにその不調を「きく」ことに努めているのでしょうか。そしてまた、ときにそんな患者となる私たちは、自分が抱える不調について、どんなふうに自分自身の身体に「きく」ことが可能なのでしょうか。
総合診療と漢方医学の専門家、髙山真先生に伺います。

患者さんの声を「きく」。その重要性についてどう思われますか。

髙山

総合診療や漢方内科でとくに大切にしているのは、患者さんの病歴です。病歴とは、困っている症状とそれに関係するストーリーのこと。加えて、患者さんの社会的背景や家族的背景まで、その人の全体の情報を詳しく知る。そこがスタートになります。
よく知ることによって、患者さんの身体でいったいなにが問題となっているのか、ある程度わかってきます。そこから、検査をして、診断をつけていく、という流れになる。ですから、患者さんご本人やご家族から「きく」ことによって得られる情報は非常に重要です。また、患者さんが「頭が痛い」と言ったからといってすぐに「頭痛ですね、じゃあ検査しましょう」という進め方ではなく、どんな時に、どこが、どのような感じで、など具体的に「きく」ようにします。まずは患者さんの状況をしっかり「きく」。それがあってはじめて医療は進んでいきます。

本人の症状だけでなく、ご家族にまで話が及ぶのはなぜでしょう。

髙山

家族的背景とは、例えば、ふだん誰とどんなふうに暮らしているのかということ。社会的背景とは、例えば、どんな職業でどんなお仕事をしているのか、ということです。家族間で抱えている悩みごとはないか、なにか仕事場で問題を抱えていないか、ということを尋ねるのは、それが重要なポイントだからです。気持ちの面においてうまく整理できないようなことがあって、それがメンタルに影響を及ぼして患者さんが調子を崩してしまっている、ということは珍しいことではありません。

また、生活的背景として、暮らしのなかできちんと眠ることができているか、きちんと食べることができているか、きちんと排泄ができているか、というのもやはり大切なことなので、必ずお話を伺うようにしています。そうすると「仕事が忙しすぎて休めない」「寝る時間を取ることができない」「自分の時間が取れない」とおっしゃる方も少なくありません。それらは不調の直接の原因ではなくとも、困った症状を引き起こす一因となっている可能性は十分にあります。

たくさんの情報を「きく」ことで初めて見えてくるものがある、と。

髙山

そうです。例えば、漢方の診察には「望診(ぼうしん)、聞診(ぶんしん)、問診(もんしん)、切診(せっしん)」という四つがありますが、そのうちの一つである「問診」では、頭の先からつま先に至るまでたくさんの質問を投げかけます。髪の毛なら、毛の太さや細さはどうか、抜けやすいかどうか、色はどうか、切れやすいかどうか……。目なら、疲れやすいかどうか、乾燥はどうか……。鼻なら、詰まりはどうか、鼻水はどうか、匂いはどうか……。口なら、味がするかどうか、乾燥はどうか、唾液は多いかどうか、飲み込みにくいかどうか……、「なんでそこまで?」というほどです。そしてそのなかで特に困っているところがあれば、さらに細かく患者さんに伺って、より具体化していきます。

患者さんの話をしっかり「きく」ことが重要であるという考え方は、なにも東洋医学に限ったことではありません。医学部の学生の教育においても、患者さんの話をきき、しっかりコミュニケーションをとることは「医療面接」と呼ばれ、その方法の講義はもちろん実習や試験が行われていますし、医師となるための入口に位置付けられています。

医師が「きく」には、患者さんに話してもらう必要がありますが、話したり伝えたりが得意ではない患者さんもいるのではないでしょうか。

髙山

声を出すことができない、話すことができない、という方には筆談していただいたり、他の音で答えていただいたり、ということもあります。また、言いたいことや訴えたいことがいっぱいあるのにうまく言葉にすることができないとか、上手に表現することができないという場合もあるでしょう。そういうときは、声の出しかたとか話し方とか態度をよく観察するなどしながら、じっくり時間をかけてコミュニケーションします。

医師と言えば、聴診器を肩からぶら下げるイメージが、少なくともかつてはありました。聴診器は「きく」という象徴的なアイテムのようにも思えます。

髙山

医師が聴診器をぶら下げた姿は、以前ほどは見かけないかもしれません。でも、聴診器は今でも非常に便利な道具です。患者さんの心臓や血管、呼吸器系の状態を「全体できく」ことができるからです。超音波やCTはある特定の部分について非常に高い解像度で見ることができますが、検査に時間もかかります。全体を短時間でスクリーニングするには聴診が適していて、一緒に皮膚の観察も行えるので効率的です。

きこえてくる音を手がかりに異常がないかを探るわけですが、空気や血流はどちらからどちらの方向へ流れているのか、音は高いのか低いのか、狭窄音なのか逆流音なのか、他に変な雑音がしないか、病態を探るヒントが沢山含まれています。また、現代の聴診器というのは機能的に向上しており、音を大きくしたりクリアにしたりということが可能で、非常にききやすくなっています。録音機能を持ったものなら、たとえその場でよくわからなくとも録音したものを他の医師にきいてもらうこともできますし、複数の医師がリアルタイムに同じ音を共有できるものもあります。

よく「身体の声をきくことが大切」というようなフレーズを耳にしますが、この言葉についていかが思われますか。

髙山

もっと自分の体の状態に意識を向けようよ、ということでしょう。いつも仕事や家族のことにばかりに気持ちが向いていると、「やらなくては」という意識が強く働いて、人はつい頑張りすぎてしまいます。疲れやストレスが溜まっているときは休むべきなのに、交感神経という頑張る神経を活性化させたり、ステロイドホルモンという副腎のホルモンを出したり、頭が「体を動かせ」と命令したりすれば体は動くので、ついつい頑張ってしまうわけです。

けれども無理をずっと続けると、やがて自律神経が疲れて機能が落ち、副腎のホルモンが出にくくなって、ガクンと動けなくなったり、気持ちが落ち込んだり、やる気が無くなったりします。そうなる前に「ちょっと頑張りすぎていないかな」と自分の体に意識を向けてあげたいものです。

自律神経の機能が少しずつ低下してくれば、なにかやろうとしても落ち着つかないとか、夜になっても入眠できないとか、便のお通じが悪くなってくるとか、いろいろな変化が現れてきます。身体の全体像がわずかに崩れだしてきたその段階で、自分の身体のことをおざなりにせず、身体が発するシグナルに気づくことが大切です。

それに気づかず頑張りを続けてしまい、その結果活動性が落ちたり、気持ちが落ち込んだりしてしまうと、そのときには大分エネルギーが枯渇した状態に陥っています。家族や職場の上司から「2、3日休めば」と言われたら積極的に休むことが大事です。長くなると回復に半年、1年とかかることもあるでしょうし、復職にも影響が出るかもしれません。自律神経失調やホルモンのアンバランスにより転がるように悪くなることもありますから、やはり、転がりはじめる手前の休養がとても大事です。

大きく調子を崩してしまう前になんとかしたい。

髙山

漢方には「未病」という言葉があります。なんだか調子が悪いけれど病気というほどでもない、病院に行っても病気の診断にならない、などの状態をいいます。この段階でしっかりと身体の調子を見直して、必要であれば休んだり、運動不足だったら少し体を動かしたり、バランスの良い食事を摂るようにしたり、飲み過ぎならお酒を控えたり、ということが大切です。必要なところはちゃんと摂ったり補ったりする。反対に、過剰なところは減らしてゆく。それによって元のバランスの良い、ベストパフォーマンス状態にいつも自分を持っていくようにする。そういう心がけやバランスのとり方が大事です。よい生活習慣を身に着けるのが大切ということですね。

高山真(たかやま・しん)

山形県出身。1997年に宮崎医科大学医学部卒業。2010年に東北大学大学院医学系研究科医学博士課程修了後、ミュンヘン大学麻酔科に留学。2015年に東北大学病院総合地域医療教育支援部准教授、2019年に東北大学大学院医学系研究科漢方・統合医療学共同研究講座特命教授。専門は、総合診療、循環器内科、漢方医学、地域医療。

Text 空豆みきお
Photo 三浦晴子
写真協力:山形ビエンナーレ2024(東北芸術工科大学)

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