TOHOKU MEDICINE LIFE MAGAZINE

東北大学医療系メディア「ライフ」マガジン

TOHOKU UNIVERSITY SCHOOL of MEDICINE + HOSPITAL

〔いのち)の可能性をみつめる

TOHOKU MEDICINE LIFE MAGAZINE

TOHOKU UNIVERSITY SCHOOL of MEDICINE + HOSPITAL

〔いのち)の可能性をみつめる

山田陽介教授。体中から猛烈に汗が吹き出しそうな2025年の夏の日の東北大学評定河原運動場にて。京都大学学生時代にはラクロス部に所属し、プレーヤーとしてだけでなく、日本代表トレーナーや国際審判としても活躍。現在は東北大学医学部1年生向けの体育でラクロスを指導するほか、学友会の副部長も務めている。

私たちの〈いのち〉を支える「水のターンオーバー(代謝回転)」の大切さについて

山田陽介(東北大学大学院医学系研究科運動学分野 医工学研究科スポーツ健康科学分野 教授)

「創造性に富み、優れた研究能力を有し、世界的活躍が期待される日本の若手研究者」に贈られるという「日本学術振興会賞」。2024年度の受賞者の1人が山田陽介教授です。東北大学大学院医学系研究科からの受賞は実に12年ぶり4人目という快挙。受賞対象となったのは「ヒトの生涯における水とエネルギー代謝の変動要因の解明」という研究業績でした。
山田教授の共同研究チームが、23カ国に住む生後8日の乳児から96歳の高齢者までの男女計5604人について調査を行い、ヒトの体における1日の水分の出入り(=ターンオーバー=代謝回転)を予測する計算式を世界で初めて発明した、というレポートは、2022年11月発刊の『Science』誌に発表されました。
さて、いったいそれはどのような研究であったのか、そしてどのようなインパクトをもたらすものなのか。人の体にとって水のターンオーバーとはどれだけ大切なものなのか。運動や栄養などさまざまな研究領域に関わってきた山田教授に、ここでは特に「水」にフォーカスしてお話を伺います。

「日本学術振興会賞」受賞、おめでとうございます。

山田

ありがとうございます。受賞式では秋篠宮ご夫妻から研究についてのご質問をいただきました。私が取り組んできたテーマのひとつが「水」であり、人の体から1日にどれだけの水が出ていくのかを実際に測定した世界で初めての研究です、とお伝えしました。体の水の出入りがわかることにより、脱水によって引き起こされる病気の予防や、災害時に必要となる水の備蓄量を見積もることなどに役立つと考えています。

人の体の半分以上は水でできており、子どもなら体内水分の約25%が、大人でも約10%が1日に失われます。10日もすれば、体内の水のほとんどが新しいものに置き換わる、というわけです。水を3日飲まなければ命に関わることは知られていますが、実際に「一体どれだけの水が体に入り、体から出ているのか」については長らく不明でした。正確に測定する方法がほとんどなかったからです。私たちの研究によって初めて、人が生きるために必要とするフローとしての水の量と環境条件が明らかになりました。

これまで水の出入りを定量化できなかったのはなぜでしょう。

山田

水が「出る」方については、尿なら測定できますが、汗をかいたり、便や呼吸をしたりするだけでもそこに含まれる水が出ていきます。さらに「不感蒸泄(ふかんじょうせつ)1」と呼ばれる、本人さえ気づかないうちに皮膚から蒸発する水分もあります。36度前後の体温を持つ私たちは、お風呂から自然に湯気が立つように常に水分を失っているのです。このように多様な経路でしかもさまざまなかたちで水が出ていくので、正確に計測することは非常に難しいのです。体重を測ればよいと思われるかもしれませんが、人は飲食で水分を摂っていますから、やはり正確さを欠きます。

一方、「入る」方の水についても、正確に測る方法は確立していません。コップで何杯飲んだかは数えられるでしょうが、実は水というのは食べ物にも多く含まれています。キュウリならその約98%が水ですし、肉なら70何%、炊いたご飯なら何%など、それぞれに違う量の水を含んでいますから、何をどれだけ食べたかで摂取量は大きく変動します。

このようなことから、体の中にストックとしてある水の総量はわかっても、フローとしてどれだけの量の水が出入りしているかを正確に測ることはほとんど不可能だったのです。

その計測を可能にし、体の水の出入りを測り、そこから様々な知見を得たのが先生の研究チームだと。

山田

はい。測定の際に使ったのは、水の安定同位体2を利用した方法です。地球上の水の99.9%以上は「水素1」ですが、ごくわずかに「水素2」という少し重い水が存在します。この安定同位体を体の中に少量入れると、一時的に「重い水」が増え、やがて元に戻ります。その変化を利用して水の出入りを測るという方法です。ブラックコーヒーに少しだけミルクを入れ、コップからコーヒーを減らしながら、ブラックを注ぎ続けるとやがてブラックに戻っていく、という原理に例えることができます。

測定には、「水素1」と「水素2」を正確に捉え、その比率を0.00何%まで識別できる特殊な装置が必要で、扱える研究者は世界でも多くありませんし、一人ひとりが集められるデータも限られます。私たちはそうした研究者たちからの協力を得て、共同研究として23カ国、約5000人のデータをまとめて、分析することにより、人の水の代謝回転量を推定する方程式を導き出しました。現在ではさらに規模が大きくなり、40カ国以上、1万3000人ほどのデータが集まるまでになっています。

研究のレポートが掲載された2022年の『Science』より。水の代謝回転を算出する原理について。

その方程式を使えば、ある人の水分代謝回転量が算出されるということですか?

山田

その通りです。性別、年齢、体重、身体活動量、住んでいる地域の気温や湿度、標高などといったファクターの数値を入力すれば、その人の水の代謝回転量を導き出すことができます。

同じく2022年の『Science』より。水の代謝回転に関わるファクターが提示されている。また、水の代謝回転を導き出す計算式は次の通り。水の代謝回転 (㎖/日) = [1076×身体活動レベル] + [14.34×体重(kg)] + [374.9×性] + [5.823×1 日の平均湿度(%)] + [1070×アスリート] + [104.6×人間開発指数(HDI)] + [0.4726×標高(m)] – [0.3529×年齢の 2 乗] + [24.78×年齢(歳)] + [1.865×平均気温の 2 乗] – [19.66×平均気温(℃)] –713.1  詳細については文末のリンクよりプレスリリースを参照のこと。

山田

それらのファクターのうち、注目すべきもののひとつに「HDI(=ヒューマン開発指数)3」があります。単純に言えば、先進国か途上国かを示すものです。先進国に暮らす人は水のターンオーバーが少ない傾向があり、これはたとえば電力でエアコンを使用することによって快適な環境をつくれるため、多くの水を必要としていないのだと考えられます。その一方で、世界人口の約3分の1にあたる23億人は途上国にいて、安全な水へのアクセスが困難な中で暮らしており、先進国の人々よりも多くの水を必要としている、ということがわかりました。

こうした知見は、これからますます気候変動が起きたり人口が増加したりする中で起こりうる水不足やパンデミックなどの事態に備えるときに役立つだろうと考えています。また、このような視点に立ってみると、途上国にとってクリーンな水というのは非常に貴重な資源であるということを改めて感じます。途上国で生産される農産物や植物にも水が含まれていますが、これは生き物が生きるために使っていた水であり、ほとんどの場合安全です。それらは輸出したりすることよりも、自国で自給する方がはるかに重要ではないか、という気がします。

体に摂り入れる水は、どんな水でも良いのでしょうか。

山田

私たちの実験では、イオンをすべて取り除いた「純粋なH₂O」を使います。しかし、一般に「水」と呼ばれるものにはそれぞれ味もありますし、様々な違いがあります。植物に含まれる水、動物や魚に含まれる水、どれも性質が異なります。水は体内でイオンを溶かし込む役割も持っています。

血液の水分(血漿)は細胞の外側の水とほぼ同じ成分ですが、細胞内の水とは性質が違います。細胞を取り巻く水は「太古の海の水」に近い状態を保っており、生命維持に不可欠です。しかし、この環境は食事の影響を受けやすく、塩分・脂質・糖質を摂りすぎると水の質が悪化し、細胞や血管にダメージを与えかねません。

また、栄養学的には、野菜・果物・魚などは体に良く、超加工食品は体に悪い、と言われています。超加工食品=ウルトラプロセスドフードというのは、日持ちするように水を抜き、塩分や糖分を加えてつくられるので、血液をサラサラと健やかに保つ方向とはまったく逆の方向に作用します。一方、生鮮食品に含まれる水は生物が循環させてきた「生きた水」で、体に負担を与えません。このように、どのような水を取り込むかで健康への影響は大きく変わる、と言えそうです。

ちなみに水は、外から摂り入れるだけでなく、体内でもつくられます。代謝水、と呼ばれるものです。ミトコンドリアがエネルギーを燃やすときに生じるもので、ラクダが砂漠で水を飲まずに生きられるのは、この代謝水を利用しているからです。人間にも同じ仕組みがあるのです。

2022年に『Science』に掲載された「水のターンオーバー」の研究成果は、どのような影響を与えたのでしょう。また、今後はどんな課題に取り組もうとお考えですか。

山田

この研究成果によって、水の重要性が改めて認識され、水の研究が世界的に増えました。例えば「食事を腹八分目にすると長生きする」ことが知られていますが、「では、水を八分目にしたらどうか」という実験も行われました。結果は、水を八分目に制限してしまうと、免疫力が落ちたり、細胞が水を取り込む力が弱まったりして、寿命が延びないというものでした。このような水と健康に関わる研究や論文がここ数年で多くなっているのです。

私自身としては、注目している課題はふたつあります。ひとつは「水のターンオーバーは、その人の元気さを映すのではないか」ということです。水の出入りが少ない人というのは、高齢で、運動量が少なく、エアコンなどで快適な環境にいることが多く、体への負荷がないわけです。しかし、体にとって大切なことは、水がよく循環している状態であるかどうかです。水が回らなければ老廃物が処理されず、血管が詰まりやすくなり、脳の血流不足は認知症にもつながります。水のターンオーバーが健康や細胞の老化に深く関係しているのではないか、ということについて研究したいです。

もうひとつは「筋肉と水」です。細胞の内側の水はカリウムが、外側の水はナトリウムが多く、両者の間で水は常に交換され、細胞は水を保持しています。特に筋肉は大量の水を含み、「体のウォーターサーバー」として働いています。しかし、筋肉が減ると、このサーバーも小さくなり、体の恒常性(ホメオスタシス)が揺らぎやすくなります。高齢者が熱中症にかかりやすいのもそのためです。また、筋肉は「第二の心臓」と呼ばれるように、血液を押し戻すポンプの役割も担います。筋肉が弱ると血液が末梢で滞り、心臓への戻りが悪化するので、心臓は「血液が足りない」と判断して、過剰に働いてしまうので、心肥大や心不全を引き起こすリスクが高まります。脳への血流不足も起こりやすく、認知症リスクにもつながります。心臓や脳を含めた全身の健康のために、筋肉が水をしっかり保持することが重要である、というようなことについて、さらに考えていきたいと思います。

水が、血が、体の中をぐるぐると回ることが大切なのですね。

山田

そうですね。まさに「巡る」ところ、それがポイントなのでしょう。水というのは常に体の中で「循環」していて、これまでの生理学ではずっとその「体の中の循環」について考えられてきました。これからは、その循環を体の中だけでなく、さらにもうすこし広く、体の外側から中に取り込んで中から外に出すというところまでを含めての水の循環について考えていく必要があるのではないでしょうか。私はそれを「ウォーターメタボリズム」という言葉を使って、これからさらに研究と考察を深めていきたいと思っています。

Text:空豆みきお(akaoni)
Photo:三浦晴子

  1. 不感蒸泄/汗のように目に見えるものではなく、 皮膚や呼気からの蒸発などにより、本人も感じたり気づいたりしないうちに体から失われてしまう水分のこと。 ↩︎
  2. 安定同位体/同じ元素でも中性子の数が異なる原子は「同位体」と呼ばれ、その中でも壊れずに安定しているものを「安定同位体」という。中性子数の違いがあることによって原子の質量も異なる。 ↩︎
  3. HDI(Human Development Index)/「ヒューマン開発指数」。国連開発計画(UNDP)が毎年公表している、人々の暮らしの豊かさや開発の進み具合を示す総合的指標。経済的豊かさのほか、健康、平均寿命(出生時平均余命)、教育といった側面も評価するのが特徴となっている。 ↩︎

山田 陽介(やまだ ようすけ)

東北大学大学院医工学研究科スポーツ健康科学分野・医学系研究科運動学分野教授。1980年埼玉県生まれ。1999年浦和高校卒業。2003年京都大学 総合人間学部卒業。2009年京都大学にて博士(人間・環境学)号取得。University of Wisconsin-Madison Nutritional Sciences Visiting Research Fellow、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究部 運動ガイドライン研究室室長等を経て、2024年より現職。第21回日本学術振興会賞受賞(2024年)。若手研究者のための国際パートナーシップ賞受賞(2023年)など受賞多数。

関連リンク
運動学分野の山田陽介教授が第21回日本学術振興会賞を受賞しました ヒトの体の水の代謝回転量を予測する式を世界で初めて発明 ~23カ国5604人を対象とした国際共同調査の結果から~(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所ホームページ)

「人の命や暮らしをいかに救うか」問い続け、企業で研究開発

眼科医がお答えします「涙をめぐる10の質問」(前編)

私たちの〈いのち〉を支える「水のターンオーバー(代謝回転)」の大切さについて

皮膚がんを温度で見分ける新技術

見えない水が、見えない未来をあたためる

眼科医がお答えします「涙をめぐる10の質問」(後編)

患者さんの笑顔を励みに、臨床と研究の両立に挑むモンゴル出身研修医

「出会えて良かった」と思ってもらえる認定遺伝カウンセラーに