
患者の社会復帰を支える、あたらしい医療をつくる(後編)
張替秀郎(東北大学病院 病院長)
2026.3.30 Mon
わたしたちが暮らすこの東北という地域における医療のかなめ。特定機能病院として高度医療を提供する使命。臨床研究中核病院として臨床研究や治験を推進する役目。そして、国際卓越研究大学としてのさらなる研究力向上など、東北大学病院はいま大きな社会的役割を幾重にもまとっています。
そんな東北大学病院が「社会」という言葉を想うとき、そこにはどのようなまなざしがあるのでしょうか。2023年から東北大学病院長を務め、2026年3月末に退任のときを迎える張替秀郎氏にお話をうかがいます。
東北大学病院は、東北の地で知と人材を育み根付かせ、次代につなぐという循環を続けてきたと思います。これから先の実り豊かな知の先進地域東北あるいは医療先進地東北というストーリーがあれば教えてください。
張替
「先進的な知をひらく」とか「これからのあたらしい医療をつくる」といった文脈においては、「東北だから」とか「東北で」といったような地域性を強く意識する必要はないと思います。そうではなく、むしろ国や世界を見つめるような上を向いたまなざしこそが大切ではないでしょうか。イノベーションが起きたときに、では、それを実現したのはどこかということになって、たまたまそれが東北だった、というのが理想だと思いますね。あくまで結果として、東北、仙台がクローズアップされるということであればいいのです。
ですから、われわれとしては、最初から、世界を切りひらくつもりであたらしい医療をつくっていこうとしなければいけません。これは非常に大きなチャレンジですが、国際卓越研究大学の第1号として選ばれたわたしたちにとってマストだと思います。
1日に3000人ほどの外来患者が訪れ、たくさんの医療スタッフが働くなど、非常に多くの人々が交わる東北大学病院もまたひとつの社会かと思いますが、この社会で大切にされている価値とはなんでしょうか。
張替
東北大学病院は、「先進の医療を優しさとともに」という理念を掲げています。
これまでお伝えしてきたように、東北大学病院には地域医療を支えたり、医療のイノベーションを生みだそうとしたりというように、さまざまな役割を担っています。とはいえ、病院ですから「患者さんを診る」ということがなによりも基本的な役割です。
われわれが診るのは患者さんという病気のかたたちであり、体も心も弱っていますから、患者さんは弱者という立場に、医師は強者という立場に置かれやすいものです。だからこそ医療者は「最先端の医療をしているからいいだろう」というような態度であってはなりません。それでは、弱い者の上に立った目線になってしまいます。医学的にベストの診療を提供します、ということに加えて、心がついてこなければなりません。ですから、患者さんとおなじ目線に立つこと、優しさを大切にすることを強調しているのです。
患者さん一人ひとりのことをわかろうとすること、その痛みを理解しようとすること。もしじぶんがこの立場だったらどうなるだろうか、という想像力を働かせることは医療人には必須です。そうしたものはひとことで言えば「優しさ」ということになるでしょう。優しくあろうとすることが、基本的な姿勢でなければならないのです。

「日々あたらしい医療をつくる」というお話もあり、また「患者さんとおなじ目線で」というお話もありました。「目線の高さを合わせながら、世界に通じるものをつくる」というのは特に若い医学生や医療人にとってはむずかしいことではないでしょうか。
張替
そうは思いません。医者になれば「こんな薬があったら良かったのに」という想いをするというのは毎日の話です。ではどうしなければならないかというと、イノベーションしないといけない。そうしなければ患者さんを助けられないからです。病院というのは実践の場で、いまある医療を提供する場ではあるけれど、それだけではきのうまでとおなじ話にしかなりません。こういう薬があったらいいなとか、これまで治らなかったひとを治すようにしたいなと思ったら、あたらしい医療をイノベーションしなければならない。おなじルーティンの医療を提供しているだけというのは、東北大学病院の役割ではないのです。
東北大学の若手医師だけでなく、シニアも含めて全員がおそらく日々「こんなのがあればこの患者さんは亡くならなくてもよかったのに」という想いをしています。ですから、イノベーションすることと診療することのあいだにはそれほどギャップはないはずです。10年前には助からなかったひとがいまは助かる医療がいっぱいあるのも、そういったイノベーションが積み重ねられてきたからでしょう。つくらなかったらなんの進歩もありません。そしてそれはどこでもできるわけではなく、大学病院だからできることなのです。
東北大学病院が社会に向けてこれから伝えていくこととは?
張替
「東北大学病院はここにあります。ここでみなさんの健康と社会を支えています」ということでしょう。非常に漠然とした言いかたかもしれませんが、地域の医療の中心となって社会を支えている病院ですから、困ったときには東北大学病院がここにありますからね、と伝えることです。
もちろん「社会に向けて」と言っても、やはりいろんな社会があります。地域医療であり、イノベーションであり、先進医療であり、医療人育成であり……というたくさんのミッションがあるのも、それだけたくさんのさまざまな社会からリクエストがあるということです。そうしたすべてをひっくるめて、東北大学病院の役割の基本とは、やはり社会を支えること。それが一番大きなこたえであり、すべてをつらぬくこたえでしょう。
Text:空豆みきお
Photo:三浦晴子
張替秀郎(はりがえ ひでお)
茨城県出身。1986年東北大学医学部卒業。東北大学医学部第二内科、米国ロックフェラー大学研究員などを経て、2007年に東北大学大学院医学系研究科血液免疫病学分野教授に就任。東北大学病院副病院長を経て2023年4月より東北大学病院長、東北大学理事・副学長(医療・共創戦略担当)。専門は血液内科学。2026年3月末、東北大学病院長を退任予定。