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「先端歯科医療センター」開設 先進的、包括的歯科診療の実現、そして創造的価値の創出へ

東北大学病院は2024 年5月、「先端歯科医療センター」を開設しました。外来診療棟の一画、東北大学の象徴である赤れんがを使った入り口の先、洗練された空間に世界標準の医療機器が並び、歯科におけるあらゆる部門の専門家が集います。そこで行われるのは先進的な歯科医療のみならず、未来の医療の担い手となる人材の育成、そして産学連携による新たな価値の創出。センター開設の目的と施設の概要、展望について語ってもらいました。

新しい価値観を生み出し成長を描けるような世界標準の診療所を

まずは先端歯科医療センター設立の経緯をお聞かせください。

江草

東北大学病院の建物内に歯科診療部門が開設されたのが2010年で、以来基本的には同じ設備で診療をしてきました。そろそろ変えなければいけないというタイミングでもあり、国際卓越研究大学の話も挙がっていましたので、単に設備を新しくするのではなく、新しい価値観を生み出し、成長を描けるような施設を作ろうと考えたのがきっかけでした。病院は基本的に医療者と患者さんの関係で成り立っていますが、東北大学病院は特定機能病院ですので、新たな医療技術の開発や高度医療人材の養成もミッションです。そのために、産業界、行政や、国内外トップクラスの歯科医療機関など、広いステークホルダーとも関わり合いながら新しいものを創出する場所になる。それが最初のコンセプトです。形になるまでにはいろいろな困難が伴いました。特にコロナ禍の真っただ中で、どうしても新しいことに積極的には踏み出せないような空気感の中、まずは将来を創っていこうという雰囲気づくりから構成員の皆さんと頑張って、何とか完成にこぎ着けました。

施設の特徴と、どのような治療ができるのかを教えてください。

齋藤

施設としては「世界標準の診療所」を作るのが目標でした。この10年間で歯科医療の技術革新があり、先進医療を行うためにはそれに合わせた設備投資が必要でした。本センターには、外科処置室を中心に、そうした先端の機器をそろえています。そこで行う医療として具体的に分かりやすいのは、顕微鏡を用いた治療です。歯の根っこや歯周病、差し歯の治療などの際に、顕微鏡で拡大して見て、より正確に、精密に治療できるようになります。

江草

その顕微鏡については、世界標準を超えて世界最高水準と言ってもいいかもしれません。

齋藤

確かにそうですね。もう一つの特徴はデジタル医療で、こちらは先端歯科医療センターで実際に治療を行われている依田先生にご説明いただきましょう。

依田

はい。オーラルスキャナーという口腔(こうくう)内を高精度で3Dスキャンできる機械を使っています。従来の歯の型取りとは違って、患者さんに負担をかけずに、より精密な型取りがデジタルで可能になります。これまでも東北大学病院にはありましたが、これをメインで使っていくことになります。

江草

これまでは頻繁に使うものではありませんでしたが、先端歯科医療センターではそれが標準になります。デジタルデータなので、世界中のどこにでも飛ばして、被せ物などを作ってもらうこともできます。そのデータを基に研究も可能ですし、応用方法が広がっていきますよね。

齋藤

外科処置室での診療の様子を遠隔で見られる部屋を設けているのも先端歯科医療センターの特徴ですが、オーラルスキャナーの3D画像や、先ほど話した顕微鏡の画像についても、リアルタイムに見られるようにしています。若い歯科医師や地域の歯科医師がそこで手術の様子を見て学び、ディスカッションできる環境を整えています。もう一つの先端歯科医療が再生医療です。患者さんご自身の血液を移植することで傷が早く治るという、これまでの再生医療を継続することに加え、幹細胞を用いて骨を再生する医療を今年始める予定です。

専門家が集結することで可能性を見いだし高度な治療を迅速に

実際に先端歯科医療センターを利用される患者さんの反応はいかがでしょうか。

依田

先生方が話されたように先端の機器や設備がそろっていることに加え、一般診療室は従来よりもゆとりのあるスペースを確保していることから、ゆったり快適に過ごせると、大変評判が良いです。患者さんからは開放感があると言われますし、アシストの人も余裕を持って動けて、ドクターも快適に治療ができています。目の前に大きなモニターがあるので患者さんへの説明も格段にしやすくなりましたね。

北浦

私ども矯正歯科医が治療に入る機会はこれからですが、先端歯科医療センターの一番のメリットは専門家が集まる場ができたことだと感じています。他の専門の方と対話することで新しい可能性が見えてきたり、最善の治療ができるようになったりする場なのかなと思います。例えば補綴(ほてつ)の治療で歯がない所に入れ歯やインプラントを入れる際、隙間を作ってほしいという場面があります。あるいは保存科で虫歯の根っこの治療をしようにも、歯茎がかぶさっていてできないケースもあります。そんな時、従来は科が離れていてすぐには相談できませんでした。それが先端歯科医療センターという同じ場所にいることでコミュニケーションが容易に取れるようになって、ちょっと難しいなと思っていた治療が可能になります。あるいは、さらに高度な治療も、リアルタイムで話すことで迅速に提供できる場になると思います。私もそうしたことに貢献していきたいと考えています。

医療、研究、産業が先端歯科医療センターに集約され、連動する

依田

北浦先生のおっしゃるように、各診療科の専門医レベルの先生方が協働して治療が行える環境だと、まさに実感しています。歯科の横のつながりで、より難しい症例に対して知識を出し合って治療できることは、患者さんにとって非常に大きなメリットだと思います。地域の先生方も、どうしていいか分からない症例について、高度な専門医が集まる先端歯科医療センターに紹介いただく、という道筋ができることにも期待しています。その準備段階として、大学内でも分野を横断するような形で勉強会を行っており、今後大きくしていきたいなと考えています。

江草

先生方のおかげで、歯科における全ての専門家が患者さんの周りに集まってくるという包括的歯科診療が可能となりました。単に包括的なのではなく、11ある専門科のプロが集まって患者さんの口の中を一つの単位として全体的に診て、最善を尽くすことを目指します。また、東北大学病院は臨床研究中核病院ですので、歯科にとっても臨床研究を行う場所です。近年、患者さんの全身的な健康状態と口の中の状態の関係が注目されていますので、医科と連携して先端歯科医療センターを使った臨床研究も行われるでしょう。医科歯科連携がよりスムーズに行える場所にもなっていきます。そして臨床研究のデータが出て、企業の方がそのデータを基に何かを開発したいとなれば産学連携が生まれますので、アカデミックサイエンスユニット(ASU(*1))で対応する。そんなふうに医療、研究、産業が集約され、それらが連動していく。そんな全体像をイメージしています。

お話に出たASUの動きについても教えてください。

齋藤

これまでにもASUは本院の臨床研究推進センターにあり、そこから歯科に興味のある会社さまには歯科部門に来てもらっていました。この度、歯科がリードしてASUを行うのは初めてで、企業の方も医科に比べて歯科の現場に来る機会がありませんので、内覧会には多くの方が興味持って来てくださいました。企画の方、マーケティングの方、研究の方、管理部門の方と、いろいろな立場の方が参加された、ブレインストーミングでは、マーケティングの方であればどういうビジネス展開があるのかディスカッションしたいという様子でした。皆さま有益に使いたいと考えていただいているようです。

江草

医科歯科連携が進んでいると言っても、やっぱり医科と歯科では業界や市場の規模が圧倒的に違います。ですから歯科系の企業さんも全体のASUを使いたくても大き過ぎて使い勝手があまり良くなかったところに、ニーズがマッチしやすいサイズ感の、いわば歯科版ASUを提供した形になります。全体のASUに、歯科に入りやすい入り口ができたという感じでしょうか。

齋藤

これからの課題はリピーターになってもらうことで、そのためにはよりよいプログラムを用意しなければなりません。企業の方に来ていただいたときに、皆さんからどういう要望があるか、どんなことを求めているか、そのフィードバックに対応するスタッフを配置して、きめ細やかな配慮をしていこうと考えています。ASUを利用いただいた企業さまのロゴをセンター内に張り出して、こういう企業と一緒に共同研究を行っていますという情報発信も行っていく予定です。

先端医療を多くの人に届け幅の広い医療人材を輩出しさまざまな立場の人と共創を

最後に、先端歯科医療センターが今後どのような発展を遂げていくのか、ビジョンをお聞かせください。

齋藤

まずは先端医療を多くの人に受けていただきたいというのが一番です。そしてASUで企業の方と共同研究を行っていくこと。もう一つの目標が、先端医療を志す若手の歯科医師を増やすことです。

江草

若者にとっては、目の前に世界レベルの先端医療があることは大きな刺激になると思います。それだけでなく、先ほどの話にも出たように、ここでは臨床研究も産学連携も医科歯科連携も行われますので、歯科医だけを真っすぐ目指していた学生にとって、今までになかった視点が得られるかもしれません。東北大学の歯学部や大学院では「社会が抱える課題を多方面から解決できるマルチモーダルな専門知識を備えた人材育成」を掲げていますが、それに寄与する場になっていくと思います。先端の技術に触れたいと入ってきて、刺激を受けやりがいを持って医療に携わる中で、知らなかった面白いものが回りにたくさんある。それで他のことにも興味を持って、専門職としてより幅を広げ成長した人材が輩出されていく。そんな場所になれば理想的です。それは学生や若手に限ったことではなく、実はわれわれにとっても、そしてさまざまなステークホルダーの方にとってもそうです。いろいろな立場の人が関わることで新たな価値観を創出していく「コ・クリエーション(共創)」を実現する場所になってほしい。これこそがまさに、国際卓越研究大学に求められている創造的価値ではないかと考えます。

  1. ASU:東北大学病院で臨床研究推進センターバイオデザイン部門が窓口となって推進しているプログラム。企業の方々が直接医療現場に入り、現場観察を通して多くのニーズを探索し絞り込みを行い、新たな医療機器や医薬品・システム・サービスなどの製品化・事業化を目指す。 ↩︎

総括副病院長(歯科診療部門長)
江草 宏(えぐさ ひろし)

1998年広島大学歯科部卒業。香港大学、米国UCLA、大阪大学を経て、2014年東北大学大学院歯学研究科教授(東北大学病院咬合修復科科長)、2018年東北大学病院副病院長、2022年より総括副病院長(歯科診療部門長)。

先端歯科医療センター センター長
齋藤 正寛(さいとう まさひろ)

1989年神奈川歯科大学卒業。ワシントン州立大学研究員、大阪大学大学院、東京理科大学などを経て、2013年より東北大学歯学研究科歯科保存学分野教授、2022年より東北大学病院副病院長就任。2024年5月より現職兼任。

先端歯科医療センター 副センター長
依田 信裕(よだ のぶひろ)

2003年東北大学歯学部卒業。東北大学大学院歯学研究科助教、シドニー大学客員研究員、東北大学病院咬合回復科講師を経て、2024年東北大学大学院歯学研究科教授。同年5月より現職。

先端歯科医療センター 副センター長
北浦 英樹(きたうら ひでき)

1991年長崎大学歯学部を卒業。長崎大学助教、米国Washington University in St. Louis ポスドク研究員として勤務。東北大学大学病院講師を経て、2013年顎口腔矯正学分野准教授。2024年5月より現職。

関連リンク
with第57号

先進歯科医療の提供と産学連携促進、高度医療人材育成の場に 「先端歯科医療センター」開設

東北大学病院は2024年5月7日、「先端歯科医療センター」を開設しました。歯周組織再生医療をはじめとした先進的な治療や、体への負担がより少なく安全な治療など、患者さんの多様なニーズに応える高度で専門的な歯科医療を提供する施設です。センター開設の目的と施設の概要、展望について、張替秀郎病院長、江草宏総括副病院長兼歯科診療部門長、齋藤正寛センター長に話を聞きました。
(4月24日に行われた内覧会・記者説明会の内容を再構成しています)

まずは張替病院長より、先端歯科医療センター設置の経緯と目的を聞かせてください。

張替

東北大学病院は2010年に歯科診療部門が統合して以来、医科と歯科の密な連携を進め、共に充実した高いレベルの診療を行ってきました。今回、さらに高みを目指すために先端歯科医療センターを設置しました。
目的は大きく3つあります。一つは高度化している歯科診療に適応すること、もう一つは産学連携によって新しい医療をつくること、3つ目は高度医療人材の育成です。これにより、東北大学病院のミッションである研究、教育、診療の全てにおいて、さらに高いレベルの歯科診療ができると自負しています。

ここからは江草総括副病院長、齋藤センター長に伺います。施設の概要を紹介ください。

齋藤

外来診療棟の、もともと歯科診療部門だった一画を改修して新たに設けました。東北大学の象徴である赤れんがを使った専用の入り口から中に入ります。入ってすぐの場所に外科処置室が2室あり、その1室には再生医療など先端的な診療をお届けできる先端の機器をそろえています。その奥に6つのブースに区切った一般診療室があり、そのほかに待合ラウンジと、外科処置室での手術の様子を遠隔でモニタリングできる部屋があります。
全体で193平方メートルというスペースに対して外科処置室と一般診療室の総チェア数が8台と、従来の診療室よりもゆとりを持たせたスペースを確保しているのが特徴です。

江草

大学病院でデザイン性のある診療室は少ないかもしれません。今回は東北大学専属のデザイナーの方に、東北大学らしいデザインをしてもらいました。全体は先進的なイメージを感じさせるメタリックと白を基調に、東北大学の伝統を示すれんが、癒やしをもたらす天然木のコンビネーションとなっています。

外科処置室
一般診療室
待合ラウンジ

その中では具体的にどのような医療が受けられるのでしょうか。

齋藤

近年、歯科の医療技術に関する機器が非常に進歩しています。従来技術では治らなかったものに対して、そうした先進機器を用いて治療を行います。虫歯治療であれば再発しにくい治療、歯周病治療であればぐらついている歯を元に戻す、かみ合わせが悪い場合はかみ合わせを元通りに戻す。そうした特殊診療を、先端医療機器に加え、これから販売される機器を使って医師主導治験でも行うことができます。

江草

例えば歯周病で失った歯の周りの組織や顎の骨を再生する医療や、口腔(こうくう)内スキャナーなどデジタル歯科機器を導入し、それを発展させるような臨床研究を行うことも想定しています。
そうした設備的な部分だけが特徴ではありません。東北大学病院は歯科の中に11の専門科があり、センターではそれぞれの専門家が集まって、患者さんの口の中を包括的に診ることによって、より良い口腔からの健康を提供できます。そういったコンセプトもここで育てたいと考えています。

口腔内スキャン:少ない負担で型取りを可能に

産学連携についてはどのような仕組みがあるのですか。

江草

先進的な医療をつくり出すのは大学の一つの役割でもあります。東北大学にはシーズ、つまり産業の種がありますが、最終的に医療として社会実装するためには、それを検証する場が必要になります。そういった点もこのセンターの役割の一つと考えます。ここで先進的な医療を行うことで臨床研究が行われ、その成果を企業さんが使って新しい医療を展開する。そういう場になることを想定しています。
また、東北大学病院で行っているASU(アカデミック・サイエンス・ユニット)(*1)を歯科部門にも展開します。企業は自分たちの商品が歯科治療現場でどのように使われているのかを見る機会は少ないと思われます。新しいものを開発するにも、現場を見たことがなければ、そこで何が課題になっているかはつかみにくいはずです。そこで、企業の方々に実際現場に入っていただき、医療人とものづくりをする方々でブレーンストーミングをして、さらに必要であればネットワーキングも行い、新しい提案の創出につなげていきます。

想定している企業は。

齋藤

基本的には歯科メーカーと連携して新しい歯科の製品を作っていくという形になりますが、歯科医療関連以外の企業も歯科の製品を作っていますので、そうした企業全てが対象になります。

3つ目の目的としている高度医療人材の育成について、具体的には。

江草

学生にとって先進的な医療を見る場は人材を育成する上で大変重要ですが、治療や手術の場を学生が並んで見ると、患者さんに圧迫感や不安感を与えてしまいます。そこで、遠隔で診療の細かい様子まで見られる部屋を設けました。映像ををリアルタイムで見ながらディスカッションができる。これからの時代に合った教育スタイルが提供できます。

齋藤

ここに若い歯科医師、あるいは地域の歯科医師に来てもらって手術を見て学ぶことができます。世界に通用する臨床家を育てるという目的から、このような場所を作りました。

遠隔でモニタリングできる研修室
モニター画面

先端歯科医療センターがこれからどのように発展していくか、展望を聞かせてください。

江草

医療を提供する病院と患者さんの一対一の関係ではなく、さまざまな価値観を創出できるようなステークホルダーの方々が集まり、新しい事業を展開していく。そのようなイメージで、センターを発展させていきたいです。

齋藤

これまで主に首都圏に進出していた先端医療施設が仙台にできました。国際的な先端医療を東北の皆さんに提供するとともに、東北から世界に通用するような臨床家を育て、輩出していければと思います。

*1 ASU(アカデミック・サイエンス・ユニット):東北大学病院で臨床研究推進センターバイオデザイン部門が窓口となって推進しているプログラム。企業の方々が直接医療現場に入り、現場観察を通して多くのニーズを探索し絞込みを行い、新たな医療機器や医薬品・システム・サービスなどの製品化・事業化を目指す。

張替 秀郎(はりがえ ひでお)

茨城県出身。1986年東北大学医学部卒業。東北大学医学部第二内科、米国ロックフェラー大学研究員などを経て、2007年に東北大学大学院医学系研究科血液免疫病学分野教授に就任。2023年より東北大学病院病院長。専門は血液内科学。

江草 宏(えぐさ ひろし)

広島県出身。1998年広島大学歯学部卒業、2002年同大学にて歯学博士取得。香港大学研究助手、米国UCLAポスドク研究員、大阪大学大学院歯学研究科助教を経て、2014年東北大学大学院歯学研究科教授に就任。2018年より東北大学病院副病院長。2022年より同総括副病院長(歯科診療部門長)。専門は歯科補綴学および再生歯学。

齋藤 正寛(さいとう まさひろ)

米国ニューヨーク州ロチェスター出身。1990年神奈川歯科大学卒業 。ワシントン大学研究員、大阪大学大学院歯学研究科生化学教室講師、東京理科大学基礎工学部生物工学科准教授を経て、2013年より東北大学歯学研究科口腔修復学講座歯科保存学分野教授、2021年より東北大学病院歯内療法科科長、2024年先端歯科医療センターセンター長就任。

災害時の医療連携 これまで築かれてきたこと これから備えるべきこと

2024年幕開けの日に起きてしまった大地震は、災害というものがいついかなるときにも起きうることを改めて感じさせた。私たちの地域がもしまた次の災害に襲われたとき、地域の医療はその機能をどう維持できるだろうか。そのために備えるべきこととはなんだろうか。今回は災害時の医療連携と、災害時に備えた事業継続計画(Business Continuity Plan = BCP )の必要性について、経験豊富なスペシャリスト3人に話を聞いた。

3.11から始まった 、「ライン」をつくって継続支援する仕組み

石井

東日本大震災のとき石巻赤十字病院にいた私は、宮城県災害医療コーディネーターとして石巻医療圏の医療救護活動を統括しました。全国からのべ955にものぼる支援救護チームが駆けつけてくれましたが、五月雨式に集まってくるチームを調整するのは非常に困難なものでした。当時の東北大学病院院長だった里見進先生からアドバイスをいただき、応援に来てくれた山内先生と一緒に作ったのが「エリア・ライン制」という仕組みです。医療圏をエリア化し、ひとつの支援医療機関から派遣されてくる1次隊、2次隊、3次隊を「ライン」と呼ぶことにして、そのラインによってひとつのエリアを継続的に支援してもらうやり方が始まりました。これによって支援チームの調整作業が軽減され、さらには避難者が同じ医療者から診療を一定期間受けることができるようになったり、支援医療機関とエリアに信頼関係が生まれたり、ということに繋がりました。この「ライン」という仕組みは現在においても災害医療の標準になっています。
山内先生、当時の宮城の医療連携は、どうだったのでしょう。

山内

宮城県でなにかを主体的に調整したり、連携したりという記憶はあまりありません。当時はEMISもありませんでしたから、情報も取れませんでしたし…。被災地の病院から要望が来ればできる限りその個別の要望に頑張って応えるというような感じで、医療連携の仕組みもほとんどない状態だったと思います。

石井

石巻赤十字病院には、東北大学病院から応援の医師たちが来てくれました。しかし、瓦礫などで石巻市内の道路状況が劣悪なのに大型バスで病院に乗り付け、また災害現場は危険なのに救護服ではなく白衣姿の支援医師たちがぞろぞろと降りてきました。その姿に私たちは激怒し大人げなく「帰って下さい」と追い返してしまいました。引率していたのは現在の東北大学病院院長である張替秀郎先生でした。普通だったら「せっかく来てやったのにその態度は何だ」と怒りそうなものでしたが、張替先生は全く怒らず、バスから降りた医師たちがいる場所から離れたところに私たちを呼び、話を聞いてくださったんです。白衣姿では危険だし、大型バスでは市内の避難所を回れないことをお伝えしました。大学病院に戻った張替先生からその報告を受けた里見先生は支援の方針を一転させ、被災地に支援を送り込むことをやめて「被災地の病院を疲弊させるな」と被災地の患者を受け入れることにします。しかも「全員が総合医となってすべての患者を診るように」と大学病院全体に提案されました。それにより東北大学病院は1ヶ月ほどの間に311人の患者を石巻赤十字病院だけでなく、沿岸部の様々な病院から引き受けたのです。後になってその話を伝え聞いた私は、石巻の私たちが生意気な態度を取ってしまったにもかかわらず、非常に懐の深い対応をしてくださったとことに「なんて大人なんだ」と思いました。大学病院と関連病院との医療連携はこの時からすでにあったとも言えるかと思います。

支援を受けることが2次災害になりうるという教訓を生かして

佐々木

震災時、私は茨城県の高萩協同病院の外科医でした。元々看護師が足りないなど医療従事者不足が問題で、平時から医療が回りにくい状況でした。地震・津波によって周辺の病院の多くが被災し、かつ福島県側からの避難者の流入があって医療人口が急増しました。24時間、昼も夜も患者さんがひっきりなしという状況の中でスタッフが疲弊していきました。一体どこにSOSを出せばいいのか、誰が助けてくれるのか、そういう仕組みがあるのかもわからない状態です。この時期のDMATも現在のように病院支援をする体制ではありませんでした。

石井

実は石巻においても、孤立奮闘していた病院が少なからずあったことを後から知りました。救護チームとして病院を回ることをしなかったのは大きな反省となりました。

佐々木

私がこの時にいちばんの課題と感じたのは、支援の受け入れ、つまり受援のあり方です。当時は現在のように「受援者に負担をかけないように寄り添うような支援をする」という姿勢や意識が支援者側にありませんでした。派遣体制に計画性のない、職種・人数も異なる医療支援者がてんでんばらばらにやって来るわけです。支援者には「手伝って欲しい業務」や院内の状況、診療手順などを説明する必要がありますが、それには相応の時間・労力を要します。半日近くもかけて説明をしても、その数時間後には「お疲れ様」と言って帰ってしまう、というようなことが毎日のように繰り返され、「支援者が来ることそのものが災害だ」とすら感じました。この苦しい経験が、後に私が災害医療に従事するきっかけとなりました。自分が経験したことを伝えることで、同じような苦労をする医療従事者が少しでも減ってほしい、と思ったのです。
そもそも受援とは、支援を受けることによって病院を回していくこと、病院としての機能を維持していくことなのです。そのためのプランを作っておきましょう、ということから病院BCPの話に繋がっていくわけです。

BCPの策定は事業継続つまり経営を続けるため

石井

BCPは病院もクリニックも、すべての医療機関が持つべきものでしょうか?

佐々木

そう思います。ただ、BCPは「計画書を作ること」が目的と思われがちですが、大事なのは「どうやったら自分たちは生き残れるのか?」「生き残って社会に貢献していくためにはどうすればいいのか?」ということをしっかり考えておく、ということです。地域の中では平時、一次、二次、三次の医療機関がそれぞれの役割を果たしています。どんな状況でもそれぞれの医療機関が「最低限守り抜きたい機能」を事前に決め情報共有できれば、災害時においても各医療機関の「守備範囲」をベースに連携し、地域の医療を回すことができます。
そもそもBCPというのは経営的な課題に向き合うためのものです。能登でも問題になっていますが、災害が起きて地域住民が遠隔地に避難し近隣に患者さんがいなくなれば、地域の医療機関は経営を維持できません。そのような事態への代替方法やバックアップを考えておこうということです。その意味では、プライベートセクターの医療機関ほどBCPを作っておいた方がいいのです。

コロナを機に生まれた連携の新しい前例がこれからの財産

石井

新型コロナウイルスの対応に迫られたときの、病院BCPの普及状況はどうだったのでしょう。

佐々木

東北大学病院は病院BCPの中で人的資源が不足した場合の想定もしており、自分たちが死守すべき業務が各病棟や各センターにおいて明らかでした。ごく簡単に言えば、入院している患者さんの命を死守する、ということです。東北大学病院は事前に考えていたことが生きたと言えると思います。一方で、地域全体として見れば、病院BCPの普及はまだまだだったと思います。

石井

医療連携という点で言えば、コロナをきっかけに様々な協働や連携ができた、というポジティブな面もあります。2020年3月に行政の主導により「新型コロナウイルス感染症対応病院長等会議」が開催されましたが、同年12月には、コロナ感染者の急増により、それまでは保健所が直接病院と行っていた陽性者の入院調整が回らなくなって、「宮城県新型コロナウイルス感染症医療調整本部」が立ち上がります。当時の東北大学病院院長の冨永悌二先生が本部長となり、私が副本部長となって実務責任者になりました。ここでも山内先生が「仲間を集めて一緒にやりましょう」と言ってくださって、佐々木先生含め災害医療の経験が豊富な人材をリクルートしチームを作りました。各方面のご理解やご協力を得て、病床を地域全体で回していくことができました。
この動きの中で良かったことのひとつは、病院長等会議によって情報が透明化されたことです。宮城県医師会や仙台市医師会とお互いの状況を共有したうえで「こういうかたちでやっていきます」と周知することでオーソライズされ、その後の調整がスムーズに捗るようになりました。宮城県医師会や仙台市医師会から「発熱外来などクリニックでできることはやりますよ」「ホテル支援も手伝いますよ」とご協力いただきましたし、東北医科薬科大学からはワクチン接種センター等のご支援をいただきました。看護協会からはホテル支援看護師を出していただきました。総力戦により地域の医療を回すことができたと思います。宮城県の医療連携体制がうまく構築された手応えを感じました。

山内

調整本部立ち上げの際、「宮城県と仙台市で一緒にやってもらわないと困る」という要望を私たちから伝えたこともあって、宮城県と仙台市による合同の調整本部ができました。行政同士のこの連携が生まれたことが非常に大きかったと感じています。いくら私たちがなにを言っても行政が「やる」と言ってくれなければ物事は進みませんし、行政がふたつあっては二度手間になってしまう。行政と行政の壁を超えてひとつになってくれたおかげでさまざまなことを一緒に進 めることができました。

佐々木

医療が行政と行政の橋渡しを担うことにもなったわけですね。

石井

行政の方たちがルールの策定や事務方のマンパワーの提供など大変な努力をしてくださいました。医療連携というのは医療人だけのものでも、病院間連携だけでもなく、行政も欠かすことができません。山内先生がおっしゃってくださったように、災害医療やクライシスマネジメントにおいてかつてないほど宮城県と仙台市がひとつになったことは、コロナをきっかけに生まれた医療連携の前例であり、大きな財産だと思います。

次の災害の時のためにそれぞれの医療機関が備えるべきこととは

石井

行政の方たちがルールの策定や事務方のマンパワーの提供など大変な努力をしてくださいました。医療連携というのは医療人だけのものでも、病院間連携だけでもなく、行政も欠かすことができません。山内先生がおっしゃってくださったように、災害医療やクライシスマネジメントにおいてかつてないほど宮城県と仙台市がひとつになったことは、コロナをきっかけに生まれた医療連携の前例であり、大きな財産だと思います。

山内

コロナ対策においては医療調整本部が立ち上がるまで1年近く時間を要したので、またもし何か起きたら次はなるべく早い段階で病院長等会議や医療調整本部を立ち上げられると良いのではないでしょうか。

石井

そこは前例ができましたから、きっと次に生かされると思います。

佐々木

大きな災害が起これば、県外などから支援が来ることになるでしょうから、自分たちが助けてもらう側に立った時にどうするのか、受援の準備や計画を立てておくということが今後の課題になってきます。被災地でよく聞かれるのは「まさか自分たちが支援を受けることになるとは思わなかった」という言葉です。もし災害が起きて支援を受けることになったら何をすべきか、どの病院も想定しておくべきでしょう。

石井

それはクリニックも同様でしょうか?

佐々木

同様です。被災したクリニックの機能維持には外部支援、とくにJMAT(日本医師会災害医療チーム)の受け入れが欠かせません。外部支援を効率的に受け入れクリニック機能を早期復旧させることが地域医療全体の早期復旧につながります。
今回の能登半島地震でもそうですが、基幹病院だけが災害対応していれば良い、というものではありません。一次・二次医療機関が機能してこそ三次医療機関も機能が果たせます。平時の医療の仕組みを災害時においても地域全体で回していくことが、やはり大切なのです。

石井

支援をどう受け、機能をどう維持するかを、医療機関それぞれに用意しておく、と。

佐々木

病院もクリニックも、単体で機能維持することはできません。BCPを作る時には、「どこにSOSを発信します」「どこと連携します」というようなことも記すことになります。その意味では、BCPの中にも医療連携が必ず入ってきます。

石井

3.11 のときには、被災した石巻市立病院の医療データを山形市立病院済生館がバックアップしていたことによって、流されてしまった石巻市立病院の患者さんたちのデータを復旧できた事例もありました。こういった情報面での連携も重要でしょうね。

佐々木

まさにそうだと思います。パーソナルヘルスレコードという、医療データを共有して利活用しましょうという話題も出てきていますし。

石井

人的リソースやモノだけでなく、情報も含めて、医療連携というのは非常に総合的なものだということですね。ありがとうございました。

東北大学病院 総合地域医療教育支援部 部長
石井 正(いしい ただし)

1989年東北大学医学部卒業。公立気仙沼病院、岩手県立遠野病院を経て、2002年石巻赤十字病院第一外科部長、2007年同院医療社会事業部長。2012年10月から現職。総合診療科科長、漢方内科科長を兼任。

仙台市立病院 救命救急センター長
山内 聡(やまのうち さとし)

1996年東北大学医学部卒業。いわき市立総合磐城共立病院、東北大学病 院高度救命救急センターを経て、2014年同大学院医学系研究科外科病態学講座救急医学分野講師。2014年大崎市民病院救命救急センター救急診療部長、2020年より現職。

東北大学災害科学国際研究所 災害医学研究部門
災害医療国際協力学分野 准教授
佐々木 宏之(ささき ひろゆき)

1998年山形大学医学部卒業。山形県立中央病院 、東北労災病院、高萩協同病院を経て、2011年東北大学病院胃腸外科助教。2013年より東北大学災害科学国際研究所災害医療国際協力学助教、2019年より現職。

未来の医療のための病棟「先端治療ユニット」開設

従来の治療法では十分な効果が見込めない患者にとって、新たな薬剤・医療機器は希望の光となり得ます。しかし、薬事承認を目指す治験では、高度な安全性や正確なデータ収集など、さまざまな厳しい規制が求められます。そこで東北大学病院は、2023年9月、「先端治療ユニット」を開設し、より安全かつ円滑に難易度の高い先端治療や治験を実施する体制を整備しました。先端治療ユニットは、専門的な知識・経験を備えたスタッフで構成され、東北地方で初の試みとなる治験専用病床を含む26床の先端的な治療を提供するための専用病棟です。初代ユニット長には、東北大学病院副病院長として医療安全を担っている香取幸夫教授が就任。日本の医療技術の向上と、当院の理念である「患者さんにやさしい医療と先進医療との両立」の実現を目指します。

先端治療ユニット開設に至った背景と、組織体制について教えてください。

 東北大学病院は2015年に、質の高い臨床試験を推進する中心的役割を担う医療法上の臨床研究中核病院に承認され、革新的な治療法の開発をはじめとした臨床研究を幅広く行ってきました。しかし、これまでは、各診療科が各々の病棟で他の入院患者の診療を行いながら治験に取り組まなければならないという課題がありました。治験は、患者の病状管理や検査データの取り扱いなどにおいて非常に厳格な安全性と正確性が求められます。急患などで患者やスタッフの出入りが激しい一般病棟ではなく、治験に集中できる専門の病棟を設けるのが望ましい、それが今回、先端治療ユニットを開設した主眼です。
 先端治療ユニットは3つの運用チームで構成されています。抗がん剤治療を中心に高度な安全性の担保が必要とされる化学療法チーム(代表:腫瘍内科副科長の高橋雅信准教授)、治験全体を管理・調整する治験運用チーム(代表:血液内科科長の福原規子特命教授)、静かな環境下での診療が求められる睡眠検査チーム(代表:耳鼻咽喉・頭頸部外科の安達美佳病院講師)の3チームです。また、先端治療ユニットは新型コロナウイルス感染症患者専用の病棟を機能転換したものであり、新薬の副作用など不測の事態にも迅速に対応できる優秀な看護師がそろっています。各科の医師や看護師、治験専門のスタッフなどで構成する先端治療ユニットは、非常に効率的かつレベルの高い医療資源が確保できています。

先端医療ユニットの設置によって、どのようなメリットがあると考えられますか。

 まず、治験の進行管理を担う臨床研究コーディネーター(CRC)の活動範囲が1カ所に集約されたことです。これにより、さらに治験の効率性と安全性が向上し、各診療科との連携もとりやすくなります。次に、各診療科の医師の連携による相乗効果です。これまで、各病棟に点在している各科の専門の医師たちが、先端治療ユニットを通じて連携していくことで医師同士のコミュニケーション活性化につながり、さらにレベルの高い体制が構築されるでしょう。そしてなにより、治験や化学療法を受ける患者本人にとってのメリットが大きいといえます。経験豊かなスタッフのサポートと静かな環境のもと、先進的な治療に集中することができます。また、これまでは日帰りとしていた化学療法を短期入院して受けていただくなど患者さんの希望に柔軟に対応できる仕組みも整えました。
 先端治療ユニットで扱う主な疾患は、白血病や悪性リンパ腫などの悪性腫瘍、肺がんや消化器がんといったがん疾患などです。加えて、難治性の皮膚疾患や全身性エリテマトーデスなど、副作用の高いステロイド薬を要する疾患も多く扱っています。私が科長を務める耳鼻咽喉・頭頸部外科でも、頭頸部のがんなどで症状が進行した患者には、腫瘍内科と連携して化学療法を行います。当科としても、腫瘍内科と連携が取りやすくなる先端治療ユニットは非常にありがたく感じています。

先端治療ユニットにおけるCRIETO(*1)の役割と、今後の展望をお聞かせください。

 治験の企画から臨床試験プロトコルの組み立て、全体の進行管理において、CRIETOのサポートは大変重要です。例えば、医師主導治験で不可欠な研究資金の確保では、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)や国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の申請など、大変手間のかかる手続きがあり、CRIETOのアドバイスは非常に助かります。また、新薬や医療機器の製品化段階では産学連携が必須になるため、企業との調整でもCRIETOは欠かせない存在です。
 治験には企業が主体となって開発を進める企業治験と、医師が主体となる医師主導治験がありますが、今後はいずれの実施件数も増やしていきたいと考えています。特に、大学病院などで行われる医師主導治験は、真に医療上の必要性から開発が進められるため、世界に先駆けた日本オリジナルの新薬や医療機器の開発が期待されます。一方で、2023年9月からの本格稼働を経て、治験全体を監督する役割ともいえるCRCの不足という課題も見えてきました。これまで以上に医療安全と先端医療の向上をめざして、治験に特化したリソースをさらに充実させていきたいと考えています。

【病院長メッセージ】

東北大学病院 病院長
張替 秀郎(はりがえ ひでお)教授

当院の治験受託数は現在でも国内トップクラスですが、先端治療ユニットの稼働により、企業等からの治験依頼のさらなる増加が期待されます。新たな最先端医療に触れる機会が増えることは患者さんにとって大きな福音となります。当院にとっても、将来承認されるであろう新薬や新たな医療技術による治療を先行して経験することができるため、一般診療においても、常に日本の医療をリードする役割を果たしていくことにつながります。今後、早期の臨床試験も安全に実施できる病棟となるよう、さらに機能を強化していく予定です。本ユニットの設置により、企業主導の治験のみならず、アカデミアでしかできない治験も含めて病院全体が一体となって安全に推進するとともに、研究力をさらに強化し、臨床研究中核病院として革新的医薬品・医療機器開発の中心的役割を果たしていく所存です。

【運用チーム紹介】

化学療法運用チーム
腫瘍内科 副科長
高橋 雅信(たかはし まさのぶ)准教授

化学療法(がん薬物療法)は近年、有効性の点で目覚ましい進歩を遂げています。薬剤開発の中心となっているがん分子標的薬は、現在100種類以上が国内で承認され、有効性の向上が見られる一方、有害事象を含めたマネジメントはより専門化・複雑化しています。また、2019年に看護学会、臨床腫瘍学会、臨床腫瘍薬学会の合同編集による「がん薬物療法における職業性曝露対策ガイドライン」が発刊され、医療従事者の抗がん剤の曝露対策の必要性も注目されています。これらの治療・管理マネジメント面での需要の高まりから化学療法専門の病棟チームの設立の重要性が増しており、今回の化学療法運用チームの導入はまさに好適と考えます。最新のがん薬物療法を安全かつ適正に実施できる体制の構築に努めてまいります。

治験運用チーム
血液内科 科長
福原 規子(ふくはら のりこ)特命教授

治験運用チームは、入院を伴う治験の実施を支援する目的で発足しました。新たに開設された先端治療ユニットでは、がんの薬物療法や再生医療等の治療開発を中心に、医師・看護師・薬剤師・CRC(臨床研究コーディネーター)などで構成されるチーム診療を行っています。東北大学病院は臨床研究中核拠点病院として高度で先駆的な医療の開発を使命とし、実施する治験数は年々増え、第I相試験や再生医療等製品の開発、アカデミア発の医師主導試験などに取り組んでいます。安全で質の高い治療開発を実施するために、患者さんの安全を第一に考え、専門病棟のメリットを活かしたチーム診療を実践してまいります。

睡眠検査運用チーム
耳鼻咽喉・頭頸部外科
安達 美佳(あだち みか)病院講師

睡眠検査チームは、各診療科での睡眠検査を先端治療ユニット内でチーム診療の一環として行うことを目的としています。まず、呼吸器内科と耳鼻咽喉・頭頸部外科の病棟で行っている、主に睡眠呼吸障害に対するPSG検査(終夜睡眠ポリグラフィー検査)の一部をユニット内に移行することからスタートしました。個室2部屋を基準を満たす検査室に改装し、精度管理のもと安全で正確な検査を目指します。当院は、日本睡眠学会専門医療機関に認定されています。睡眠医療センターに関連する各診療科から依頼されるCPAP(持続陽圧呼吸療法)の圧設定、埋込型舌下神経刺激装置のfine tune、乳児PSGなど、他院で実施するのは難しい特殊検査にも対応していきたいと考えています。

※取材日は2024年1月24日、肩書は当時のもの。

*1 CRIETO:臨床研究推進センターのこと。安全で有効な薬や医療機器の開発を支援する。

香取 幸夫(かとり ゆきお)

1988年東北大学医学部卒業。1994年同大学院医学系研究科博士課程修了。2013年より東北大学耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野教授に就任。2023年より東北大学病院診療担当副病院長、先端治療ユニット長を兼任。

関連リンク
東北大学病院臨床研究推進センター広報誌「CRIETO Report vol.36」(PDF)

医療施設で訪問演奏、患者や医療者を音楽で支えるヴァイオリニスト‐宮下琳太郎・東北大学医学部5年生らに聞く

※m3.com地域版『東北大学病院/医学部の現在』(2023年11月3日(金)配信)より転載

 病院の心地よい空間づくりや患者さんの精神的ケアを目的に、医療現場にアートや音楽を導入する動きが広がっている。音楽大学を卒業後、現在は東北大学医学部で医師を目指しながら、病院にいる全ての人の心を音楽で支える「きょうゆうプロジェクト」を立ち上げた宮下琳太郎氏、音楽家の森里香氏にプロジェクトを始めた経緯や今後の目標を聞いた。(2023年9月26日インタビュー)

現在の活動について教えてください。

宮下

 軸としているのは、医療施設で訪問演奏を行う「きょうゆうプロジェクト」という活動です。単にコンサートを開催するのではなく、医療者や患者さんやご家族など、病院と関わる全ての人を音楽の力で支えること、より良い関係の構築をサポートすること、社会の中で音楽を実践することの三つを目標に掲げています。

始めようと思ったきっかけは。

宮下

 医学部入学前に音大を卒業しているのですが、在学中から芸術としての音楽を追求することに加えて、社会の中での音楽に関心があり、加えて、何か人の役に立てる仕事をしたいという思いで医学部を再受験しました。

 音大時代から医療施設や介護施設などで訪問演奏はしていたので、医学部に入学するにあたって音楽と医学を結びつけられないかと考えました。以前に東北大学にあった音響医学分野の教授に相談に行ったり、音楽と脳の関連を調べたり、個人的に音楽を科学的に考えるという試みをしていたところ、ちょうど音大時代の友人の森さんと電話で話す機会があって、そこで意気投合しました。東北大学が主催する、学生チャレンジクラウドファンディング「ともプロ!2021」に挑戦することを決め、結果、92万円もの寄付をお寄せいただきました。ご寄付を活用した医療施設でのコンサートをこれまでに4回、開催しています。

 私は福島出身なのですが、東日本大震災が中学校3年生の時で、当たり前ですが自分は何にもできず、原発が爆発した時もすぐに避難したんです。大人になってから、福島出身ですと言うと、大変だったねとか、大丈夫だった?と声をかけられることが多くて。大人になれなかった子供たちがたくさんいる中で、自分は大きな被害を受けていないのに、何もできていないという申し訳なさを感じていました。

 そんな時、たまたま続けていたバイオリンで人の役に立てないかと音大に進みました。卒業後、ただ演奏するだけでなく、もっと一人一人に届く音楽ができないだろうか?音楽の力ってなんだろう?と考えていたところ、宮下に再会しました。社会の中に音楽は必要だ、と言ってもらえるように、そしてその必要な理由を科学的な見地から伝えていけるようになりたいということを2人で話したことを覚えています。

宮下

 よく「音楽の力」はみんなを元気に明るくする、と言いますが、それにはいろいろな要因があるはずです。みんなが音楽から感じる何かを客観的に明らかにしていくことは、プロジェクトのミッションの一つでもあります。目に見えない力を、芸術の良さを損なわずに、科学的に示すことに挑戦していくというプロジェクトの軸となるところを森さんと共有できたことは、踏み出す大きなきっかけになりました。

森里香氏と宮下琳太郎氏

活動する上で大切にしていることはありますか。

宮下

 プロセスです。一般的に、医療施設や介護施設などでの音楽会は、選曲や企画を音楽家任せにすることがほとんどです。音楽家側も、きっとこういう曲が喜ばれるんじゃないかという想定で選曲をすることが多いので、だいたいどこの施設でも同じ構成になってしまいます。そこに音楽家と訪問先の人たちとのコミュニケーションは発生しません。僕たちは音楽会を開催する前に必ずその施設の方にインタビューをするようにしています。「普段、やりたいと思っていて、できていないことはありますか?」と。僕は医学を学ぶ身でもあるので、医療施設の課題や働く方々の思いをできるだけ企画に反映して、できればそこの施設の人にも出演してもらうことを心がけています。

 打ち合わせを何度も重ねることで、その思いを企画に詰め込んで音楽会をつくっていきます。例えば、東京都府中市にあるドナルド・マクドナルド・ハウスで音楽会を行った際は、「本当はみんなとお茶会をしたいんです」と言われ、「いつものハウスで、ちょっと贅沢な時間」をテーマに設定しました。スタッフやボランティアの皆さんが飾ったお花のある場所で、生演奏を聴きながら飲み物とお菓子をご家族に配られて。ランチタイムと夜の2公演を行ったのですが、お昼はご家族が寄り添い笑顔あふれる時間、一方、夜は明かりを落としていつもと雰囲気の異なる空間を演出して、ご家族はまさに特別な時間を過ごしているようでした。滞在するご家族と、スタッフ、ボランティアの方など、2公演で約35人の方にお越しいただきました。終演後、スタッフの方がご家族とうれしそうに話している姿や、やりきった表情から、スタッフの心も支えられたのではと感じました。スタッフの思いは、施設の数だけあると思っています。

宮下

 2022年7月に行った東北大学病院のコンサートの際には、事前のヒアリングで新型コロナウイルス感染症の発生以降、院内のコンサートが2年半中断していることや、患者さんとご家族との面会や病院スタッフの行動が制限され、人同士とのつながりが希薄になっているという課題があると聞きました。

 そこで、人から人へのつながりが感じられる「プレゼント」をコンセプトに提案しました。副病院長や看護部長に、「あの方に贈りたい曲」と題して、患者さんや病院スタッフに贈りたい曲とメッセージをいただき、リクエスト曲でプログラムを組み、メッセージを紹介しながら演奏するという企画です。コンサートには、患者さんや病院スタッフ、 約50人が足を運んでくださいました。とても好評で、特に「プレゼント」というコンセプトを評価していただきました。ただのコンサートに終始せず、音楽の力で心を支えるという理念を表現できたのではと感じています。

こども病院でのコンサート(宮下氏提供)

医療施設という場所にこだわる理由は。

宮下

 僕らが演奏する曲は一つでも、聴いている方それぞれが、それぞれの記憶と結びつけながら聴いていると思います。病院という場所は、例えばショッピングセンターを歩いている人と比べれば、それぞれの方がいろんなことを抱えているという点でいろいろな響き方をしているのではと感じています。音楽の特徴の一つとして、その曲を聞いたら、旅行した時の楽しい記憶が思い浮かぶとか、昔よく通っていた喫茶店の匂いがするといったことがあると思います。僕ら音楽家の手を離れたら、勝手に音楽が形を変えて、その人の心にぴったりの薬になる。医療施設は、そのような力を音楽が発揮できる場所ではないでしょうか。

東北大学病院でのコンサート(宮下氏提供)

 生演奏であることも大事にしています。タブレットで聞く音楽や見る映像ではなく、音楽家が弾いているときの視線や楽器の響き、病院にいながら目の前に音が流れてくるという非日常の風景は病院だからこその刺激となって、何か前向きになれることにつながればという思いで演奏しています。

今後の目標は。

宮下

 事業として成立させることです。そのために価値を伝えていく必要がある。誰かの役に立ちたいという気持ちで医師という仕事を目指したのですが、同時に、音楽にできて医学にはできないことがあると感じるようにもなりました。患者さん一人一人の目に見えないストーリーに音楽を響かせることで全人的に人を支える。そういう活動ができたらいいなと、その自分の居場所を切り開くことも含めて、楽しんでいければと僕個人としては思っています。

また、2023年夏に東北大学で開催した「学都 仙台・宮城 サイエンスデイ2023」で、医学生×きょうゆうプロジェクト persents「音楽会と体験で学ぶカラダのしくみ!~声・耳・眼のふしぎ~」という企画が文部科学大臣賞を受賞しました。音楽要素を取り入れた講演会が医学・科学を世に伝える方法として評価されたことで、音楽の力を発揮できる新たな場所も見出していければと思います。

 

文部科学大臣賞表彰(2023年7月、宮下氏提供)

 患者さんにとっても心地よく、医療者にとっても働きやすい空間に音楽の力が使われるようになればうれしいです。自分を大切にする方法として、音楽はいかがですか?という提案をしていければと思います。医療者の忙しさや人手不足という課題がありますが、いろんな形に変容できる音楽だからこそ、私たちにできることがあると信じて続けていきたいです。

【取材・文・撮影=東北大学病院 溝部鈴】

宮下 琳太郎(みやした りんたろう)

桐朋学園大学音楽学部を卒業し、現在は東北大学医学部医学科で学ぶ。きょうゆうプロジェクト共同代表。音大ではヴァイオリンと指揮、室内楽を学び、これまで国内外の公演に出演し、多数の受賞歴がある。医学の勉強の傍ら、精力的に演奏・指導活動を行っている。社会貢献活動にも取り組み、南相馬市より感謝状を贈られる。

森 里香(もり りか)

福島県立安積高等学校を経て、東京音楽大学卒業。同大学院科目履修生修了。第75回TIAAオーディションに合格し、同演奏会に出演。地域音楽コーディネーター。関東や福島で演奏活動を行う。2021年にきょうゆうプロジェクトを設立し、共同代表を務める。病気と闘うこどもとその家族を支えたい思いを持つ。

関連リンク
m3.com 【宮城】医療施設で訪問演奏、患者や医療者を音楽で支えるヴァイオリニスト‐宮下琳太郎・東北大学医学部5年生らに聞く 宮下琳太郎ホームページ 森里香ホームページ きょうゆうプロジェクト

東北大学病院が目指す医療DXを活用した円滑な地域医療連携とは

東北大学病院では今年9月にホームページ上で新患予約状況を公開、さらに来年春にはweb予約システムの導入を計画している。今年度就任した張替病院長を中心に、診療、経営、地域医療連携、医療DXを担当する副病院長、センター長に、地域医療連携の課題と展望について聞いた。

段差のないDXで アクセシビリティを向上

最初に、病院長に就任されて掲げた当院の使命について医療連携の観点からお聞かせください。

張替

東北大学病院としてすべきことは、「先進医療の提供と新しい医療をつくること」「人材を育成すること」「地域医療を支えること」です。その基本となる医療連携に関しては、地域の先生方にとって東北大学病院がアクセスしやすい病院であることが重要です。診療元の先生が患者さんを紹介しやすい環境をつくり、大学病院の医療を提供する機会をできるだけ広げることで、東北大学病院の使命を果たすことが可能になるからです。将来的には、関連病院もしくはクリニックとのカルテ共有とか臨床情報を共有するところまでいくことができれば、紹介だけではなく、効率化などにも踏み込めるのではと考えています。それに対して具体的に何をするかということを、今日来ていただいた先生方にご尽力いただいているところです。

岡田

web予約システムは張替病院長が以前から構想されてきたことで、今、それが具現化してきたところです。第一段階として、今年の9月1日から、各診療科の新患予約枠を病院のホームページから見ることができるようになりました。空き状況をほぼリアルタイムで表示しているので、紹介元の先生方も紹介される患者さんも、どこが空いているかすぐに分かり、だいぶ予約を取っていただきやすくなったのではないかと思います。
今後は第二段階として、来年の2月から3月頃の公開を目標に、web上で実際に予約を取っていただくことができるシステムを目指して準備をしています。どのようなシステムかというと、webから予約を取ると予約票が2部印刷されます。1部を控えとして患者さんに渡し、もう1部は地域医療連携センターにFAXで送っていただいて予約が完了するというシステムです。これまでは、紹介元の先生方に地域医療連携センターに空いている枠を電話で問い合わせていただいて、さらに患者さんと打ち合わせて、予約票を書いて、当院にFAXを送るという段取りだったので、このシステムの導入で手続きはだいぶ簡略化されるのではないかと思います。最終形としては、診 療支援端末と連携させて、web上で予約を取ったら診療支援端末上でもすぐにそれが反映されるというのが一番良いとは思いますが、まずは、今申し上げたような形で進めています。

張替

DXは便利な一方で、そのような環境が準備できない開業医の先生もいらっしゃるのではないでしょうか。

岡田

そう思います。現在構築中のシステムは、webとFAXを組み合わせることで手続きはだいぶ簡略化されながらも、今までの手続きとの段差が小さい方法です。感覚的には、紹介元の先生方の環境によらない非常に良い方法ではないかと思っています。

大田

全ての連携医療機関に対してアクセスしやすくするには、アクセス元の医療機関のシステム環境への配慮が必要で、私もこのシステムがちょうど良いバランスをとった選択肢と思っています。ただやはり、将来的には電子的にFAXをなくしていく、紙をゼロにしていくことが望ましいですが。

張替

以前から東北大学病院の診療のハードルが高いと言われていたので、各診療科の細かな疾患名の枠が羅列されないように予約枠の簡略化に努めてきました。ただ、どうしてもFAX送信という部分が残ったままだったので、今回のようにwebへと切り替えていかないといけないと考えていました。岡田先生や大田先生がおっしゃっていたように、今回、利便性がかなり高まると思います。場合によっては、時間外でも開業医の先生がwebで予約できるようになるかもしれませんね。ちょうど去年から患者さんへのリマインドメールやLINEのサービスを導入しましたので、スマート会計も活用しながら、だんだんとDXを進めていくことができると思います。

ポストコロナの医療連携に求められること

診療や経営面ではどのような課題がありますか。

亀井

大学病院は総合的に急性期に対応する病院ですので、適切に患者さんを紹介してもらうことが大事です。しかし、コロナが収束しても、患者さんがまだ戻ってきていないという現実があります。これは、患者さんの受診構造が変化していると考えますが、それがどのようなものかを注視していくこと、それに見合った受け入れ体制と紹介体制を今後は考えていかないといけないと思っています。

岡田

地域医療連携センターを介する新患の予約数を見ると今年の4月- 8月は2020年・2021年の同時期と比べて、増えています。一方、2019年と比べると、5月と6月は同じか少し多いくらいで7月は少ないですが、8月から少し多くなってきており、19年程度には回復してきています。手術件数も回復はしてきてはいますが、まだ19年には届いていないという状況だと思います。

亀井

コロナの影響だと思いますが、手術時期を過ぎてしまっているような進行がんが多い印象です。検診が止まっていたとか、患者さんが病院に行くのをためらっていた ことなどの影響があるのかなと思います。いずれコロナ前に戻ると思いますが、その間、もしかしたら1〜2 年程度、手術数が減るというのは全国的にもあるかもしれないですね。コロナが完全に終わった訳ではないので、不確定要素があると思いますが、かかりつけ医の先生と大学病院との連携を今まで以上に密にしながらも、きちんと役割分担するということかと思います。

香取

亀井先生がおっしゃるように、入り口を広げると同時に、多くの患者さんを地域の先生方にお戻しすることが大切です。患者さんに紹介元の先生や地域の先生のところに安心して帰っていただくために、診療情報をきちんとつなぐことが重要と考えています。十分な情報が紹介先の病院に届くということが分かれば、患者さんも安心して大学病院と地域の病院を行き来することができますし、双方の病院の先生にとっても有益だと思います。
現在、当院の逆紹介割合は40‰ (パーミル)前後です。特定機能病院の要件である30‰を超えてはいますが、さらに50‰超えを目指す必要があると考えています。日本の他の地域では、病院での診療を定型化したクリニカルパスのデータを他の病院と共有している施設があります。当院でも、使用しているクリニカルパスの内容を連携する地域の先生方にお知らせして、より良い診療の連携を進めていきたいと思います。

紹介から逆紹介までの見える化がカギ

DXについての見通しを教えて下さい。

大田

国で電子カルテ情報を共有するための共通プラットフォームというのが掲げられつつあって、これから基盤が整備されていくという流れの中で、東北大学病院としてもそこに対応していけるように、将来的には、カルテ情報や紹介状を電子的にやりとりできていければと思います。
例えば、全国の病院を見ますと、看護師のワークシートをゼロにするといった、ペーパーレスの取り組みをしているような病院もあります。何が良くなるかというと、印刷→紙→手書き→取り込みという煩雑なプロセスがなくなり、医療従事者のインシデントが少なくなるということが想定されることに加えて、スピードアップを図ることができ、さらには記録が一元化されるということです。
今、ちょうどケアプロセスの無駄をなくす「LEAN(※)」という活動が始まったところなのですが、例えば、紹介を受けてから手術までの時間を考えた時に、どこの部分の無駄をとっていくと患者さんがすぐに手術ができて、その後すぐに退院することができるのかというのが分かってくると思います。それらに、DXが大きく関わってくると思いますし、DXとともに病院の中のデータ、例えば入院患者さん、病棟における患者さんの動き、検査の動き、そういうものを見える化していくこと、さらに、そのデータから分析してプロセスをどう改善するかという、つまり適切なPDCAサイクルを回すサポートをしていくことが必要と思います。
地域医療連携に対するDXという意味でのファーストステップは今始まったばかりですが、院内プロセスのDXを進め、効率化を図っていく必要があると思います。

香取

診療面で見ると、入院中の治療を標準化するクリニカルパスを電子カルテ上で運用し、治療の安全性と効率性を高めています。現在、約5割の入院患者さんに適応しています。パスはどこの病棟であっても同じように治療を行える利点があり、看護師さん方も慣れつつあります。もちろん個人の状況に応じた現場での柔軟な対応は必要ですが。 今後そこにプラスして外来のプロセスを含めていきたいです。大田先生がおっしゃるように、他の病院から患者さんの紹介を受けるところから、逆紹介してお返しするところまでシームレスに治療を標準化できると、より安全で効率の良い診療が進みます。病院で統一した基準が作れるとよいですね。

大田

おっしゃる通りと思います。それを考えたときに、病院のキャパシティとしてやはり大きな問題なのが、採血の待ち時間や生理検査などの待ち時間です。これをDXで解決していくのはかなり難しいのですが、地域医療連携が重要かなと思っていまして、院内でやらなければならない検査は院内で行い、他の病院でフォローできるような検査などに関しては、紹介元で行っていただくと、そこの検査待ちの部分が少し改善していけるのではないかと思います。

岡田

関連して、近々の問題として、新患の待ち時間が長いということがあります。なぜ長いのかというと、CDとかDVDの画像データの取り込みに時間がかかることが要因の一つとなっています。患者さんによりますが、データが多い場合は、1時間から2時間もかかる場合があります。さしあたっての対応として、地域医療連携センターの職員が紹介元の医療機関に連絡して、できるだけ前もって画像データを送っていただくようにお願いをしています。皆さんにご理解いただいて、快く対応してくださる医療機関が増えているようです。あっという間に取 り込めるようなシステムができれば良いのですが、とりあえずはそのような対応をしています。

web予約の先にあるカルテ共有

大田

もう一つ重要になってくるのが、地域医療連携センターの中での情報共有です。かなり先の話にはなりますが、カルテの情報、診療情報のみならず、検査情報なども共有していくようなことができると、そこで人の動きとともに検査結果も含めたデータのエコシステムが動いてくるのではないでしょうか。張替病院長にお聞きしたいのですが、東北大学病院のカルテは、一部の診療科を除いてかかりつけ医の先生が見えるようにするというのは、今後進んでいく方針で良いでしょうか。

張替

もちろんその方針で良いと思います。基本、かかりつけ医の先生の方が患者さんとの関係が密なので、我々の方は急性期の治療をしたら、普段はかかりつけ医で診てもらって、また必要な時に紹介してもらうというのが理想だと思います。そういう意味でカルテ共有ができれば、お互い安心感がありますね。

香取

紹介元の先生からよく言われるのが、最後に紹介の返事が来るまで、治療の経過が分からないということです。カルテを共有すれば、紹介医がリアルタイムでチェックでき、とても良いと思います。

張替

カルテが共有できれば逆紹介がしやすくなりますし、患者さんも安心してかかりつけ医に戻れます。また、かかりつけ医の先生もこちらの診療の内容が分かれば、患者さんとの連携も非常にスムーズ になります。結果として、関連病院やクリニックの先生との連携が強化できますので、双方に大きなメリットがあります。また紹介状の作成や取り込む作業などが削減され、医療従事者の負担軽減にもなると思います。このような次世代の 診療システムを作るのは普通の病院ではなかなか難しいと思いますが、東北大学病院には多くの専門家が在職しています。地域の先生方にも協力をいただき新しいモデルをつくりあげていくことは、東北大学病院の大事なミッションだと思います。

大田

多岐にわたる診療科と自律性をもつ各部門、それぞれの強みを生かしながら、円滑な地域医療連携につながるシステム構築を見据えて、DXを進めていきたいと思 います。

張替

期待しています。

※LEAN:工程を見直し無駄を徹底的に排除する手法

張替 秀郎(はりがえ ひでお)

1986年東北大学医学部卒業。東北大学医学部第二内科、米国ロックフェラー大学研究員などを経て、2007年に東北大学大学院医学系研究科血液免疫病学分野教授に就任。東北大学病院副病院長を経て2023 年より現職。

亀井 尚(かめい たかし)

1991年東北大学医学部卒業。1999年同大学院医学系研究科博士課程修了。2016年12月より東北大学消化器外科学分野教授に就任。2019年より診療担当、2023年から経営担当として東北大学病院副病院長兼任。

香取 幸夫(かとり ゆきお)

1988年東北大学医学部卒業。1994年同大学院医学研究科博士課程修了。2013年より東北大学耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野教授に就任。2023年より東北大学病院診療担当副病院長を兼任。

岡田 克典(おかだ よしのり)

1988年東北大学医学部卒業。1998年医学博士(東北大学)。2015年より東北大学加齢医学研究所呼吸器外科学分野教授に就任。2023年より東北大学病院地域医療連携センター長を兼任。

大田 英揮(おおた ひでき)

2000年東北大学医学部卒業。2006 年同大学院医学系研究科博士課程修了。放射線診断専門医。2018年同大学院先進MRI共同研究講座准教授。2023年より東北大学病院メディカルITセンター教授 、病院長特別補佐。

関連リンク
with第55号

地域医療連携協議会(下)

(上)前回はこちら

次世代放射線治療装置の導入 睡眠医療センター開設による効果とこれからへの期待

 5番目の発表は、昨年2月28日に導入した次世代放射線治療装置MRリニアック「Elekta Unity(エレクタ ユニティ、以下ユニティ)」 について、神宮啓一放射線治療科長が紹介しました。ユニティは1.5テスラの高磁場の MRIとエックス線装置リニアックが融合したもので、特徴は大きく3つ。「1.5テスラMRIにより明瞭な画像が取得でき、正確な位置合わせができること。その日その場で 撮ったMRI上で治療計画を設計し直せること。照射中ほぼリアルタイムでMRIの画像が取得できるため、治療中腫瘍の位置ずれが起こった際に補正して周囲の被ばくを極力減らせることです。」
  放射線治療科は年間1200人のがん患者さんを治療していますが、疾患によっては2カ月かかっていた治療が10日で終わり、患者さんが普段の生活を送りながら治療できる非常に有効な治療装置となっています。これまで主に前立腺がんの患者さんに適用しており、すでに120人の患者さんの治療が完遂。そのほか、膵臓(すいぞう) がん、肝臓がん、腎臓がん、オリゴメタスタシスなど軟部組織の転移を中心に活用しており、患者さんの満足度も高い治療です。
 最後は、2020年10月に設立された睡眠医療センターについて、小川浩正センター長が発表しました。近年、睡眠に対する患者さんの興味が高まり、診療面においても高血圧や心不全、糖尿病、緑内障、認知症、周術期の呼吸管理など、各医療分野において睡眠呼吸障害が非常に重要なファクターだと分かってきており、注目が高まっています。睡眠医療センターは睡眠呼吸障害、中枢性過眠症、睡眠時随伴症、睡眠関連運動障害などを診断し、適切な治療方法を提案し、外科療法、呼吸療法、薬物療法、歯科療法に橋渡しをする役割を果たしています。
 「終夜の睡眠ポリグラフィーと反復睡眠潜時試験を中心に、今後さまざまな特殊検査も取り入れて精度の高い睡眠診断を行っていきたい」と小川センター長。4月に外来窓口、外来検査室が立ち上がり、これまで脳波検査室で行っていた検査をいつでも行える形になります。地域医療連携も進めていきたい考えで、「眠れない、眠り過ぎる、眠る時間帯の異常、眠っている間の異常といった症状を治療しているが改善しない、他の治療法はないかという際はご紹介いただければ」と案内しました。

地域の医療機関から見た東北大学病院との連携状況と今後の課題や改善点

 総会に続いて行われたのは、「連携医療機関からみた東北大学病院」をテーマにした座談会。地域医療連携センター青木正志センター長と東北大学大学院医療管理学分野藤森研司教授が司会を務め、仙台市立病院長の奥田光崇氏、東北公済病院長の仁尾正記氏、一番町きじまクリニック院長の木島穣二氏、土橋内科医院長の小田倉弘典氏と意見を交わしました。
 年間300通、東北大学病院と双方向情報のやりとりをしている仙台市立病院。奥田氏は「それだけ医師同士の連携が密だと言えるのではないかと思います」と話します。医師や連携室からの意見によると、同じ診療科同士の連携は非常に良い一方で、専門科ではない科に紹介する場合の連携がうまく取れない場合があるとのこと。救急の現場からは、外来の応需と入院治療科が異なることでの不便がある、救急外来と入院病床がうまく連携していないという意見もあったといいます。
 「病院同士で連携を強めることで、医療圏の中でより多くの患者を円滑に応需できる可能性が高まるのではないかと期待しています。東北大学病院は最後の砦だと、われわれ市中病院は思っていますので、難しい患者さん、病態不明の患者さんや重症の患者さんの応需もお願いできれば」と奥田氏。
 両院は人事交流も盛んであることから、「多くの優秀な医師を派遣していただきありがとうございます、というのが第一です」と感謝を述べた上で、「派遣に当たっては研修医の指導も一つのミッションとして与えていただければ」と提案。ほか、働き方改革に伴う当直の派遣に対する懸念点なども伝えました。
 仁尾氏は、東北公済病院が一般病棟の急性期を主体に地域の患者さんの紹介を多く受け、その中から当院に年間1000人ほどを紹介していることを説明。一方で高度急性期の患者さんの状態が落ち着いた段階で、回復期の病棟に引き受けており、当院からは年間300人以上の患者さんの紹介を受けています。
 「地域の施設や機関から患者さんを引き受け、さらにその患者さんの求める状態に応じていろいろな病院に紹介するハブ機能が東北公済病院の一つの大きな役割と考えています。そういう意味でも、仙台の中心部にあることにも大きな意味があると思っています」と仁尾氏。「地域の皆さまから信頼されて、安心して選択される病院を目指しています」と力を込めます。

双方向で情報提供を盛んにし紹介のハードルを下げて地域でより信頼される病院に

 続いての発表は一番町きじまクリニックの木島氏。気仙沼市で木島医院として開設した同院は東日本大震災で被災し、翌2012年に仙台市一番町で移転開業しました。乳がんの針生検での発見が年間120例前後で、約半数の患者さんを当院に紹介しています。連携に関しては、当院が乳がん確定患者さんの予約枠を確保していることについて、「比較的早くご紹介できる体制を取っていただいていますので、患者さんは本当に助かっています」と感謝を口にします。
 「がっかりして帰られた患者さんが、東北大学病院に行くと心のケアも含めいろいろな方がチーム医療でサポートしてくれることで明るくなって、『紹介してくれてありがとうございます』と言っていただけたことがありました」とも。治療計画について担当医師から手紙が届き、逆紹介で術後の患者さんなどの経過を同院で見るなど、連携の良好さも紹介しました。
 最後は土橋内科医院の小田倉氏。東北大学病院から歩いて10分ほどの場所にある同院では1年間で84人、1週間に1〜2人を各科に紹介しています。小田倉氏は当院との連携について、事前に青葉区内の医師にヒアリングした結果を報告しました。紹介状を当日ファクスで送るケースにおいて当初は患者さんを待たせることも多かったやりとりがスムーズになってきた一方、当院内でさらに別の科に紹介された場合に、その後の情報が途絶えることがあるという指摘も。
 また、東北大学病院の各科の医師が各診療所の特性を把握しているか疑問があるとした上で、「むしろ我われ開業医の組織が、そうした情報提供を大学の先生にしていくべきではないかという話になりました」と続けます。「東北大学病院への紹介は我われにとってハードルが高いことでしたが、少しずつ取り払われてきたと思います。まだ安易には紹介できない感じもありますが、今日のような場で、双方向で情報をキャッチボールすることが非常に大事」と訴えました。
 その言葉を受け、東北大学病院に紹介することに対するハードルや課題について、残りの時間で意見を交わした登壇者の皆さん。進行役を務めた青木センター長が「大変良いサジェストをいただき、ありがとうございました。東北大学病院としてもハードルを下げてはいるつもりですが、より気持ちよく紹介していただけるような病院を目指していきたいですし、すぐにお返事や報告をして信頼される病院になっていきたいと思います」と締めくくりました。

※地域医療連携協議会は2023年2月7日開催、肩書は当時のもの。

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地域医療連携協議会(上)

東北大学病院に関連する医療機関との連携を密にすることにより、医療機関との機能分化を促進し、医療の質の向上に寄与することを目的として2006年に設立された東北大学病院地域医療連携協議会。新型コロナウイルス感染拡大の影響で3年ぶりとなった第16回協議会が2023年2月7日、江陽グランドホテル5階鳳凰(ほうおう)の間で開かれ、当院の科長・センター長から情報提供を行ったほか、初めての企画として連携医療施設の院長との座談会を行いました。

新型コロナウイルスに対し医療関係者の協働・連携で実現した地域感染制御活動

 初めに冨永悌二病院長のあいさつで開会し、宮城県医師会の佐藤和宏会長、仙台市医師会の安藤健二郎会長から来賓のごあいさつを頂きました。佐藤会長は「3年前のこの会で、コロナ感染症は国難になるかもしれないと発言したことを覚えています。残念ながら的中してしまいましたが、宮城県においては東日本大震災以来の医療関係者の協働や連携があり、東北大学病院の果たした役割は極めて大きかった」と話し、医療人への感謝を伝えました。安藤会長は「対面での会議はとても大事だと改めて感じています」とした上で、仙台医療圏4病院の再編統合についての懸念点を述べ、「高度急性期の治療を終えた患者さんをどういうふうに次の回復期の病院に移すか、宮城県、仙台市と長い目で協議していきたい」と、東北大学病院の役割に期待を寄せました。
 東北大学病院からの情報提供として、まずは総合地域医療教育支援部の石井正部長から東北大学病院のCOVID-19地域感染制御活動について報告がありました。当院では、予防においては「東北大学大規模ワクチン接種センター」、検査に関しては「ドライブスルー型PCR検査外来」「コロナ陽性者外来アセスメント」、入院調整として「宮城県新型コロナウイルス感染症医療調整本部の主導」、そして診療としては「重症者を中心とした入院受け入れ」「軽症者宿泊療養施設の支援」「Long COVID 外来」「高齢者施設支援」「宮城県抗体カクテル療法センター」「東北大学病院小児点滴センター」などの地域感染制御活動を担ってきました。
 こうした活動を可能とする体制の確立維持のために、マンパワーの継続的確保を図り、安全で効率的な運用体制を心がけました。そこには、出務を病院業務としたり、ホテル入所者に当院の患者IDを発行したり、ドライブスルーやワクチン接種センターなどの一時的な施設を東北大学診療所という形で設置したりといった工夫がありました。それらを可能とした要因として、石井部長は「病院長のリーダーシップ、大学本部の理解、病院事務の下支え、各部署・各診療科の支援、行政との強い連携関係」を挙げました。

国の方針や制度改革に伴う新たなセンターの設置と診療科再編について

 続いて、冨永病院長は脳卒中・心臓病等総合支援センター設置について紹介。脳卒中・循環器病対策基本法の中に、患者さんおよび関係者の支援を推進することがうたわれており、厚生労働省のモデル事業として全国12の施設が選定され、東北大学病院にも脳卒中・心臓病等総合支援センターが設置されました。2022年度は、相談支援窓口の設置、地域住民への情報提供・普及啓発、医療従事者を対象とした研修会・勉強会、相談支援を効率的に行う資材の開発・提供を行ってきました。

 効率的な総合支援を行っていくためには、多職種から構成されるサポートチームを運用していくことが重要で、脳卒中療養相談士、心不全療養指導士などの育成が必要になってきます。アドバンス・ケア・プランニングへの対応、病院内の両立支援コーディネーターの育成、ハローワークおよび社会保険労務士との連携による治療と仕事の両立支援・就労支援、小慢さぽーとせんたーや自治体、他病院の相談支援センターとの連携も欠かせません。「医師だけではできないので、多職種が連携して困っている患者さんやご家族の相談に乗ろうというのがこのセンターの趣旨ですので、ご活用よろしくお願いします」と冨永病院長は呼びかけました。
 張替秀郎副病院長からは4月の診療科再編について説明がありました。腎・高血圧・内分泌科は腎臓・高血圧内科に、糖尿病代謝科は糖尿病代謝・内分泌内科となります。新専門医制度において糖尿病・内分泌専門医がサブスペシャリティの資格となっていることが大きなきっかけですが、研究・診療の近接性からすでに多くの大学が糖尿病・内分泌で講座を構成しており、拠点病院でも基本的に糖尿病・内分泌でくくられています。「医師のキャリア、人材育成、地域医療の貢献を考えても、再編すべきタイミングにありました」と張替副病院長。
 さらに、内部障害リハビリテーション科、肢体不自由リハビリテーション科はリハビリテーション科に統合されます。リハビリテーションの領域も新専門医制度においてはリハビリテ ーション科として一つになっており、人材育成の面でも妥当と考えます。メリットは医師の専門医教育が一括して行えるため、専攻医希望者が医局を迷わず効率的に教育ができること、1 人のリハビリテーション部長による統括運営ができること。将来的に院内の全てのリハ処方をリハビリテーションで行うことへの道筋となります。
 続いて、個別化医療センターの活動状況について、石岡千加史個別化医療センター長が発表しました。個別化医療センターは従来の疾病体系を細分化し、再編化する次世代、未来型の医療で、東北大学病院ではみんなのみらい基金を基に2017年に設置されました。同年には当院に未来型医療創生センターが設置され、その研究開発プロジェクトの出入り口となっています。一番重要な機能は検体の収集で、すでに多くの診療科研究者が疾病バイオバンクの検体を利用して開発研究に取り組んでいます。
 また、当院は全国12のがんゲノム医療中核拠点病院の一つに指定され、がんゲノム医療を保険医療として実践しています。その際、個別化医療センターが中心となって保健診療で行う遺伝子パネル検査で診断した遺伝情報を、実際にどういった意味があるのか、どういう薬にひも付けることができるかを専門医療従事者のエキスパートパネルで解析し、その診断結果を各医療結果に返しており、患者さんの診療に使われています。石岡センター長は「最近では月100件以上に上っていますが、地域格差、医療圏格差が課題となっており、東北における普及啓発、均霑(きんてん)化に努めていきます」と抱負を述べました。

(下)続きはこちら

※地域医療連携協議会は2023年2月7日開催、肩書は当時のもの。

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地域に緩和ケアの専門医や情報提供のチャネルを増やしたい‐井上彰・東北大学病院緩和医療科教授らに聞く◆ Vol.2

※m3.com地域版『東北大学病院/医学部の現在』(2023年4月7日(金)配信)より転載

 「早期からの緩和ケア」が世界的に広がりをみせている。日本においてもがんの診断時やがん以外の疾患に対する緩和ケアの提供が求められる一方で、依然としてがん終末期の医療というイメージが根強い。緩和ケアの正しい理解と普及に奔走する東北大学病院緩和医療科の井上彰教授と田上恵太講師に同院の取り組みについて聞いた。(2023年1月20日インタビュー、計2回連載の2回目)

vol.1はこちら

院内での緩和ケアの普及に加えて、地域の病院と連携した取り組みにも力を入れていると聞きました。

井上

 いくつかの取り組みがあります。その一つとして、地域の病院や在宅医と連携して専門医資格取得を目指すプログラムを提供しています。在宅医療のニーズは高まっていますが、専門医は全国でも約300人、そのうち宮城県内には緩和医療学会認定専門医が6人、在宅医療学会認定専門医は県内に13人です(2023年3月6日現在)。

 緩和ケア・在宅ケアの現場では、専門医資格は必ずしも必要なものではなく、専門医資格を有していなくとも長年にわたり現場で活躍している医師のほうが多数派です。しかし、認定機関で専門医資格取得を目指すことにより、系統的で安定した指導をすることができると考えます。田上先生には実際に地域に出向いて、地域の医療者や市民の方と顔を合わせて、在宅療養支援の普及啓発にも取り組んでもらっています。

田上

 例えば登米地域は、在宅療養のリソースが他の地区と比較して不足しているため、在宅での看取りが困難であるという課題がありました。そこで、2018年から、登米市にあるやまと在宅診療所登米と連携して安心して最期まで自宅や施設で暮らせるシステムづくりに参画しています。自宅や施設で安心して終末期ケアや緩和ケアを受けられる町を目指したアウトリーチ活動です。私や他の若手医師がやまと在宅診療所登米に週1~3日出向き、現地の医療者にベッドサイドで知識やスキルを伝えたり、地域の医療・福祉関係者を対象とした勉強会を開催しています。2019年から2020年度には、地元ラジオ局のはっとエフエムに出演し、市民に向けて緩和ケアの情報提供を行うコーナーも担当しています。また、先日は「がんと診断された時からの緩和ケア」と題して、宮城県がんセンターの武田郁央先生、がん患者会・サロンネットワークみやぎ副代表の阿部佐智子さんに登壇いただき市民公開講座をYouTube配信しました。

在宅医療のリソースが比較的豊富な仙台市内でも介護や医療の情報にたどり着けない市民の方も多く、月に一回、地域の交流スペースで「介護・医療もやもや解消室」を開いて、地域の医療福祉関係者と共に一般の方のよろず相談にも応じています。

 

登米での勉強会の様子

地域で行う相談室にはどのような方が相談に来るのですか。

田上

 ふらりと立ち寄る方もいれば、親の介護や自分の将来のことなどを相談をされる方もいます。地域包括支援センターなどにおつなぎすることもあります。1カ月に1回2時間で、大体1~3件くらいの相談と、一度相談に来られた方がフォロワーとして毎回参加し「隣近所の人が困っているがどうしよう」と当事者の方をお連れいただくことも多いです。知らなかったことをたくさん知ることができた、金銭的な問題や心の準備のことなど介護のリアルを知ることができた、不安の解消につながったなどの感想をいただいています。

もやもや解消室の様子

地域での活動を通じて現状をどのように感じていますか。

田上

 社会の変化を肌で感じています。こういった活動は2017年から始めていますが、その頃の仙台市の高齢化率は21%でした。2021年には25%と4%も上がっています。その変化や余波を実臨床上強く感じています。高齢者が増えることによる変化はもちろんですが、それだけでなく、老老介護や子供が一人っ子、独居の方も多くいます。認知症だけれども一人暮らしで身寄りがない方で、調子が悪くなったら誰がどう面倒を見るかを決められないケースも多く、ここ数年で自治体とやり取りすることも増えてきました。病院の中、特に大学病院だけでは井の中の蛙になりやすくて、社会背景や社会のニーズの変化についていくためには、こうした“生の医療”を経験することが必要です。

田上先生は離島でも活動されていると聞きました。

田上

 私は、2019年から鹿児島県の徳之島徳洲会病院と協働して「徳之島緩和ケアプロジェクト」を展開しています。そこでは全国の緩和ケア専門医と協力し、現地スタッフと同院内や在宅医療現場での診察、他の医療者や各訪問介護ステーションなど福祉事業者にも輪を広げ勉強会を開くなどしています。2022年には、神経難病の患者さんへのアドバンスケアプランニングの必要性を伝え、患者・家族・医療従事者が話し合って治療・ケアの目標や選好を明確にしておくプロセスの重要性について講演しました。こういった小さな地域で成功事例を作り、それを全国に波及させられないかと考えています。

「徳之島緩和ケアプロジェクト」での勉強会の様子

田上先生の活動は、井上先生からご覧になっていかがですか。

井上

 素晴らしいなと思って見ていますよ。東北大学病院は病棟もあって人材も豊富です。教育ができるし、研究スキルもある。そういったポテンシャルを緩和医療の分野で生かせていないなと、はたからずっと見ていました。呼吸器内科医として自分の患者さんを紹介しながら、もったいないなと。診療科長という立場になって、私も自分ができることとして院内での緩和ケアの体制整備を進めること、それを基盤として、田上先生のように熱意のある若手が来てくれてどんどんやりたいことをやって活躍する場をつくることで、周りに還元していければと思っています。

今後の目標を教えてください。

田上

 緩和ケアにおける医者ガチャをなくしたいですね。どこに住んでいても、アウトリーチやオンラインを通してでも緩和ケア専門医や地域を診る総合診療医、適切ながん治療に巡り合えるべきだと思います。そのために必要なのは、地域の拠点病院内で緩和ケアを当たり前に受けられる文化、システムをつくることだと考えています。自分が愛する地元で、誰もが治療中から緩和ケアを受けることができること、その地域に生まれて育って働いて年老いて、安心して最期まで生きていけるのがあるべき地域の姿です。

 実際に活動していろいろな地域の人と話していると、病院だけでなく消防や行政も含めて、抱える問題は地域によってそれぞれ異なっていて、こういう関わり方は困るけど、こういう関わりなら頑張りたいって言ってくれることがあります。地域の問題を同じ目線で話し合いながら信頼関係を築くこと、一つ一つの地域の形に合うように調整することを積み重ねていきたいと考えています。

【取材・文=東北大学病院 溝部鈴、撮影=東北大学病院、田上恵太】

井上 彰(いのうえ あきら)

1995年 秋田大学医学部卒業。仙台オープン病院で初期研修後、東北大学加齢医学研究所遺伝子・呼吸器内科に入局。国立がんセンター中央病院レジデント、東北大学病院呼吸器内科などを経て、2015年5月より東北大学病院緩和医療科教授、同院緩和ケアセンター長に就任。

田上 恵太(たがみ けいた)

2008年 関西医科大学卒業。東北労災病院にて初期研修、消化器内科・腫瘍内科、緩和ケアチーム。国立がん研究センター中央病院緩和医療科レジデント、2014年より同センター東病院緩和医療科がん専門修練医、医員を経て、2017年4月より現職。

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m3.com 【宮城】地域に緩和ケアの専門医や情報提供のチャネルを増やしたい‐井上彰・東北大学病院緩和医療科教授らに聞く◆ Vol.2

早期からのサポートを目指す緩和ケアチーム、院内からの依頼は年間700件以上‐井上彰・東北大学病院緩和医療科教授らに聞く◆ Vol.1

※m3.com地域版『東北大学病院/医学部の現在』(2023年3月31日(金)配信)より転載

 「早期からの緩和ケア」が世界的に広がりをみせている。日本においてもがんの診断時やがん以外の疾患に対する緩和ケアの提供が求められる一方で、依然としてがん終末期の医療というイメージが根強い。緩和ケアの正しい理解と普及に奔走する東北大学病院緩和医療科の井上彰教授と田上恵太講師に同院の取り組みについて聞いた。(2023年1月20日インタビュー、計2回連載の1回目)

緩和ケアが示す意味について教えてください。

井上

 緩和ケアというと終末期に行われるケアであると思われている方は少なくないかもしれません。実際にWHOは1990年から「治癒を目指した治療が有効でなくなった患者に対する」ケアであるとしていました。しかし、2002年には、病気による痛みや精神的な不安を取り除き、治癒の難しい疾患でも生活の質(QOL)を改善し維持するための医療と再定義しています。緩和ケアは、終末期に限らずより早期から提供されるべきものであるという方針を示したものです。しかし、医療現場であっても依然として終末期の医療というイメージが残っており、早期から受けられる医療であることを知っている人はまだ多くはありません。

田上

 “あしき”レッテルを貼られてしまっているような印象です。ホスピスケアを発端としているということもありますが、さまざまなメディアで緩和ケアを”死”と連想させて紹介されることが多いことも影響していると思います。特にメディアの影響は大きくて、ドラマなどで「いよいよがん治療の手は尽きました。緩和ケアに移ります」という言い方をよく見ますし、診療の現場でも、「がん治療が受けられなくなったので、緩和ケアです」と主治医から言われる経験をしている方も多いと聞きます。もちろん、終末期医療も緩和ケアの一部ではあるので間違いではないのですが、がん以外の病気も対象であることやもっと他の役割があるということを知っていただく必要があると考えています。

田上氏が書いた緩和ケアの全体像

どのような取り組みをしていますか。

井上

 東北大学病院の緩和ケア病棟は、2000年に国立大学として初めて設置されました。設置当初はやはり終末期医療がメインで、外来も緩和ケア病棟に入院する方のために診療するという位置付けでした。15年ほど前から緩和ケアの概念が世界的に変化してきたのと共に、本来の緩和ケアを提供するための体制づくりと病院内での浸透に力を入れてきました。

 具体的には、まず2007年に緩和ケアチーム(通称「サポーティブケアチーム」)を立ち上げました。がん以外の病気も含め、他の診療科の病棟に入院中の患者さんに対する緩和ケアを支援するチームです。看護師や薬剤師、メディカルソーシャルワーカー、管理栄養士、理学・作業療法士などと協働して、痛みなどの症状や不安や落ち込みなどへの対処、療養方針の支援など多様なニーズに対応しています。さらに2015年に緩和ケア外来を開設し、通院中の患者さんに対する緩和ケアを支援しています。緩和ケア病棟、緩和ケアチーム、緩和ケア外来のそれぞれが有機的に関わりながら、一体となって緩和ケアを提供する体制です。

ご苦労されている点は。

井上

 やはり人材です。緩和ケアは多職種で行うチーム医療ですが、東北大学病院ではがん治療に関わる医療者の入れ替わりが早く、緩和ケアの大切さを感じてくれた医療者が異動してしまいます。それはそれで他施設で緩和ケアを広めてくれれば良いのですが、われわれとしては人材が流動する中でも緩和ケアの意義を院内に浸透させていく必要がありました。患者さんはもとより、医療者に緩和ケアチームに紹介してください、と言っても最初はなかなか難しいものです。まずは知ってもらおうと、普及のために、院内の各所にポスターを掲示しました。ポスターを見て、一度関わって良さを実感してもらえて、徐々に依頼が増えてきました。

田上

 患者さんだけではなく、医師や看護師さんに、緩和ケアがいかに患者さんに貢献できるかを分かってもらえることが大事だと思います。また最初に話した通り、緩和ケアというフレーズの先入観によってケアを避けてしまい、せっかくのサポートを受けられないことはデメリットが多いので、「緩和ケアチーム」を「サポーティブケアチーム」という名称に変えたことも奏功したと思います。井上先生の尽力で、5年前から緩和ケアチームが支援した患者さんが一気に増えてきました。2019年度以降は2チーム制として、新規依頼件数は500件から550件で推移しています。外来の患者さんを合わせると700人以上の患者さんに専門的緩和ケアを提供しています。

緩和ケアチーム周知のために院内各所に掲示されているポスター

どのような依頼がありますか。

田上

がん治療中の患者さんの痛みの対応が多いですが、2割から3割はがんを取り切れている方やがん以外の疾患の方、「眠れない」というご遺族の精神的な苦痛への対応、また多くはないですがサバイバーの方も来られます。心不全や認知症などの非がん疾患の方もいらっしゃいます。いずれも、多職種で構成されたチームでの対応が必要となります。

緩和ケアチーム(前列左から3人目が井上氏、右から2人目が田上氏)

井上

 例えば、精神疾患をお持ちの方であれば、緩和ケアの専門医だけでなく、精神科がフルサポートしてくださって患者さんの不安軽減につなげています。当院にはサイコオンコロジーの専門の医師もいますし、リエゾン精神医学と言って、重篤なけがを負った方やせん妄の方などを専門的に診る医師にも対応していただいています。また、当院の特徴でもありますが、歯科の先生方からもかなり助けていただいています。例えば、がん患者さんは免疫力の低下や抗がん治療の副作用で口腔粘膜が荒れやすかったり、顎骨の異常が起こりやすいのですが、ケアの相談をすると入院外来に関わらず、迅速に対応してくれています。

緩和ケアチームカンファレンスの様子

 また、臨床宗教師の金田諦晃氏にも力になってもらっています。2016年から週3回、臨床宗教師として緩和ケア病棟で患者さんとお話をしてくださっています。最初はボランティアとしてサポートしてくださっていたのですが、患者さんの心のうちを丁寧に聞いて力になってくださる姿を見て、勤務してもらうようになりました。全国の大学病院で臨床宗教師を職員として正規雇用しているのは当院だけです。

患者からはどのような感想が聞かれますか。

井上

 金田氏と関わった患者さんの多くが救われていると感じています。家族だからこそ言えないことや、医師や看護師、医療者ではない別の立場の人だからこそ話せることがあるのだと思います。看護師さんにいつもいい顔をしている患者さんも、金田さんにはボソっと、病院のスタッフには言えないんだけど、と話される方もいると聞いています。

Vol.2続きはこちら

【取材・文=東北大学病院 溝部鈴、撮影=東北大学病院、田上恵太】

井上 彰(いのうえ あきら)

1995年 秋田大学医学部卒業。仙台オープン病院で初期研修後、東北大学加齢医学研究所遺伝子・呼吸器内科に入局。国立がんセンター中央病院レジデント、東北大学病院呼吸器内科などを経て、2015年5月より東北大学病院緩和医療科教授、同院緩和ケアセンター長に就任。

田上 恵太(たがみ けいた)

2008年 関西医科大学卒業。東北労災病院にて初期研修、消化器内科・腫瘍内科、緩和ケアチーム。国立がん研究センター中央病院緩和医療科レジデント、2014年より同センター東病院緩和医療科がん専門修練医、医員を経て、2017年4月より現職。

テクノロジーで挑む「医師の働き方改革」NECと実証実験スタート(下)

前回はこちら

まず可視化し、現状を理解することでボトルネックに対処する

実際に取り組みを始めて気づいたことはありますか。

辻川

私たちは、「当社の技術を使えばこの課題は解決できそうだ」といったことを念頭に置いて観察するのですが、NECサイドだけで議論していると、一番時間がかかっている業務に目が行きがちです。しかし、医師の方々のお話を伺うと、例えば「そこの時間削減も大事だが、こちらを効率化するほうが外来の受診人数を増やせる」といった意見もいただきます。単純な時間削減だけではなく別の副次的な効果も得るためには、ASUを活用した深い議論がとても重要だと感じました。

石井

われわれ医師は、働き方に対する自覚症状が不足していたことに気づかされました。私たちはよく「忙しい、忙しい」と口にしていますが、実際、外来にどのぐらいの時間をかけ、どの業務をもっと効率化できるかなどについては、あまり把握していなかったのです。ですから、まずは働き方を可視化し、現状を理解することが医師にとって重要と思います。また、もう一つ個人的に感じたのは、このような状況のために、患者さんに説明する時間と内容にも制限が生じているのではないかということです。今後、時間の使い方で効率化が図られていくと、患者さんへの説明や医療提供の質が、より向上するだろうと期待しています。

中川

現状の可視化は間違いなく必要なことだと思います。働き方改革のボトルネックになっている要素は、病院によってまったく異なります。マーケティング領域では、自社製品・サービスの対象市場内に存在する顧客をニーズや特性等に応じて細分化する活動をセグメンテーション(「区分」「区分け」細分化した個々のグループ(セグメント)ごとにニーズや特性にマッチしたマーケティング施策を実施することで、効果や効率の向上が見込める)を行うことから始めますが、働き方改革でも要素を細分化して考える必要があります。各要素に対応するパーツを石井先生のように熱意ある現場の方々に作っていただき、それらを組み合わせることで、病院ごとのボトルネックに対処できる製品ができるという仮説を立てています。

アカデミック・サイエンス・ユニット(ASU)
CRIETO バイオデザイン部門が窓口となり推進するプログラム。現場観察のもと デザイン思考によるニーズ探索の機会を企業に提供する。
オープン・ベッド・ラボ(OBL)
2020年開設。東北大学病院の旧病床機能を企業に提供し、医療現場の視点を取り入れた共同開発を推進するためのテストフィールド。
さまざまな立ち位置からホリスティックデザインを描く

今後、どのように展開していくのでしょうか。

石井

外科的な仕事がメインの医師は、手術の時間が長いですし、さらに通常の外来診療、患者さんやご家族への説明、時には手技の研さんのために要する時間もあり、決まった時間内に全ての業務を収めるのが難しい現状があります。ただ、われわれ医療者は単純に働く時間が短くなればいいというわけではなく、患者さんにより良い医療を提供しなければなりません。医療の質と提供の仕方までを含めた広い視野で考えなければならないと思います。そのためにASU を活用した共創が必要になるのですが、医療者側と企業側とでは働き方改革に関する考え方や、使用する言語などに違いを感じる場面もあります。また同じ病院内においても、上層部と現場とですり合わせが必要な部分があります。私は現場で働く医師の立場から、随時そうした修正の必要な部分に関するフィードバックをしていきたいと思います。

中川

これから私たちの医療環境で解決していく課題は、コロナ禍で経験したように、ますます複雑で定義すらなく、しかも時間経過とともに変わっていくようなものばかりになっていくと思われます。そういった中で、エンジニアはエンジニア、医療は医療といったやり方ではうまくいかないでしょう。ビジネスとサイエンス、それぞれの理屈に基づいた意見が交わされなければ、いい製品はできません。ただ、そこには言語の違いという課題があるため、インターフェイスとして間に入る人材が必要です。当院では、ビジネスリエゾンという形でビジネスとデザイン思考を身につけながらインターフェイスの役割を担う医療者の育成に努めています。今回のNECとの事例もそうですが、現場や経営者に求められるような“コンテキスト” を創ることが技術と同じくらい大切であることをしばしば経験します。そのようなコンテキストを創るべく、今回の取り組みでも、香取教授のリーダーシップの下、石井先生を中心に多くの皆さんと協力して経営者、事務長、各診療科長、現場の医師・看護師など、それぞれの立ち位置で要素を分けて、念入りな聞き取りを行っています。このように、私たちが企業と一緒に取り組む製品や開発を行う際には、使った方が「これが欲しかった!」と言ってくださるよう、コンテキストができるようなデザイン(ホリスティックデザイン)を描くようにしています。

患者さんにやさしい医療と、最新テクノロジーを用いた医療と調和した病院の実現が、当院の理念です。今後、労働人口が激減し、医療費はどんどん上がっていきます。こうした需要と供給のすさまじいミスマッチの時代をどのように解決するか。より質の高い医療を提供するため、テクノロジーを活用することのできる医療者を目指し、皆で知恵を出し合って、スマートホスピタルプロジェクトの流れを続けていきたいと考えています。そういった意味でも、今回のNEC との取り組みはぜひ成功させたいと思っています。

【サポートメンバーインタビュー】

東北大学病院
リハビリテーション部 技師長
理学療法士
村木 孝行(むらき たかゆき)

——実証実験の受け入れはどのように行っていますか?

以前より、NECの担当者がクリニカルイマージョンのプログラムに参加されていたことから、共同研究を行っていました。当リハビリテーション部からは3名の理学療法士が共同研究者として参加し、今回の実証実験でも用いられているようなウェアラブルデバイスの妥当性検証を当部門の三次元動作解析装置を用いて行い、これまで2編の研究論文を発表しています。今回の実証実験では、当部署の理学・作業・言語の各療法士がリハビリテーション記録や関係書類の作成をどのような時間帯にどのように行っているのかを現場で観察していただきました。観察は現場のさまざまな位置から行っていただき、観察者が疑問に感じた点は各療法士に質問していただき、ディスカッションを進める形で受け入れています。

——期待していることを教えてください。

これまで私たち、リハビリテーション関連職種は、医療や地域の現場が主な活躍の場でした。NECとの取り組みのように企業と一緒に活動させていただくことで、社会課題に対して企業と解決に取り組むという新たな活躍の場があることを知りました。リハビリテーション関連職種にとってモチベーションが向上するとともに、企業側にとっても医療側の経験や知識を得ることにより、事業やプロダクト開発の進むべき方向性の参考になっていることを実感しています。今後、ますますこのような取り組みを行い、現場で働くリハビリテーション関連職種が社会課題の解決に貢献できることを期待しています。

東北大学病院
未来医療人材育成寄附部門
クリニカルスペシャリスト
奥山 節子(おくやま せつこ)

——どのような役割でしょうか?

クリニカルスペシャリストは、バイオデザイン部門が窓口となって実施しているASUをはじめ、医療現場で課題解決を行うプログラムに参加する企業の皆さんの活動を支援しています。現在は看護師経験者のスタッフが参加者と医療現場との調整のほか、観察の手法についてもアドバイスをします。同時に、未来に向けてより優れた医療の実現につながるようデザイン思考を用い、医療者の立場からブレーンストーミングに関わったり、参加者によい現場観察をしていただくためのブートキャンプの運営を行ったりと多岐にわたります。
今回は耳鼻咽喉・頭頸部外科の病棟や外来へNECの皆さまに同行し、現場観察や今後の実証実験が円滑に進められるよう調整などをしています。

——期待していることを教えてください。

実証実験では医師業務の課題抽出と改善策を提示することを目指しています。この要因解析モデルは医師の労働環境の改善や健康維持、非医療業務の効率化などに対応できる素晴らしいものになるでしょう。複雑な医療界でこれを実現するには、さまざまな難題に遭遇するかもしれませんが、是非乗り越え、確立していただき「医師の働き方改革」ついでは医師以外の医療従事者の働き方の改善につながっていくことを願っています。

東北大学病院
ベッドサイドソリューション
プログラム インターン
東北大学医学部医学科5年
三浦 友裕(みうら ともひろ)

——どのような役割でしょうか?

病院の課題とNECの技術の親和性を考え、最初に取り組むべき課題について検討しました。製品の開発のために、機能や価格の決定だけでなく解決すべき課題を明らかにする必要があったため、まずデスクトップリサーチやインタビュー、現場観察から病院の課題を言語化しました。また、どの程度のコストや機会損失があるか、課題が生じる背景や効率化できる部分を考え、課題の大きさを順位付けしました。そして課題とNECの技術の親和性をスコア付けすることで、取り組むべき優先順位を明らかにし、製品化のステップをより具体的にしました。

——学生の視点から感じていることを教えてください。

医師の働き方改革は自分の将来につながるため、今後どのような変化があるのか関心があります。現在は多くの医療機関が働き方改革の準備をしています。私の年代はワークライフバランスを重視する方も多いため、働き方の適正化によって人材の獲得に影響があるのではと感じています。
今回の実証実験の成果が普及することによって、医療者の生産性がさらに高まることを期待しています。将来的には患者さん個々人に最適な医療を提供し、医療者も時間的・精神的余裕を持てるようになれたら理想的だと考えています。

中川 敦寛(なかがわ あつひろ)

CRIETO バイオデザイン部門 部門長
1998年東北大学医学部卒業、脳神経外科入局。東北大学流体科学研究所、米国UCSF神経外傷クリニカルフェローシップ、スタンフォードバイオデザイングローバルファカルティ研修を経て、2022年より東北大学病院教授(産学連携室)。

石井 亮(いしい りょう)

東北大学病院耳鼻咽喉・頭頸部外科
2008年東北大学医学部卒業。2011年耳鼻咽喉・頭頸部外科入局。2019年医学博士取得。国立がん研究センター東病院等の勤務を経て、2020年より東北大学耳鼻咽喉・頭頸部外科特任助手、2021年4月より現職。専門は頭頸部腫瘍。

辻川 剛範(つじかわ まさのり)

NECバイオメトリクス研究所
2001年関西大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程前期課程修了。同年NEC入社、マルチメディア研究所に配属。2015年4月より現職。専門は音声認識、生理情報認識など時系列データの処理、認識。

テクノロジーで挑む「医師の働き方改革」NECと実証実験スタート(上)

 医療法等の一部を改正する法律の成立により、「医師の働き方改革」が2024年4月より開始されます。開始後は、原則として医師の時間外労働は年間960時間以下、月100時間未満とすること等が医療機関には求められます。しかし、医師の業務は容易に短縮できるものではなく、限られた医療資源をいかに効率よく活用するかという運用上の課題も同時に問われています。そこで東北大学病院は、医療現場における労働環境と病院経営を両立して改善できる手段の提案を目指して、日本電気株式会社(NEC)との実証実験を2022年10月より開始しました。東北大学病院が取り組むスマートホスピタルプロジェクトや医療現場へ企業を受け入れニーズ探索の機会を提供するプログラム「アカデミック・サイエンス・ユニット(ASU)」と、NECが持つAIによるデータ解析技術との共創により、これらの社会課題に向けたソリューション開発が期待されます。今回は、CRIETOバイオデザイン部門の中川敦寛部門長、東北大学病院耳鼻咽喉・頭頸部外科の石井亮助教、NECバイオメトリクス研究所の辻川剛範主任研究員による鼎談を行いました。実証実験の経緯、取り組み内容、今後の展開などについてレポートします。

スマートホスピタル実現のために企業と共創を推進

今回「医師の働き方改革」のソリューション開発に取り組むことになった背景を教えてください。

中川

病院長の冨永悌二教授は、2019年の就任後、すぐにスマートホスピタルプロジェクトに着手しました。当院におけるスマートホスピタルの定義では、病院は患者さんやご家族はもちろんのこと、われわれ医療者にとっても居心地のいい場所であるべきとしています。当院では、本プロジェクト実現のために企業とのアライアンスの徹底と、最新テクノロジーの積極的な導入という2つの戦略をとっています。旧病床機能を企業に提供し、医療現場の視点を取り入れた共同研究開発を実施するオープン・ベッド・ラボ(OBL)や2014年より推進してきたASUなどを活用し、テクノロジーの実証実験や、企業とのコ・クリエーションを進めています。こうした背景があり、今回、最新のデータサイエンス技術を持つNECと「医師の働き方改革」に対するソリューション開発を実施することになりました。

辻川

今回、ASUやOBLといった東北大学病院のフィールドを活用させていただいたことで、実際の医療現場を観察できることの意義を実感しました。私たち非医療者は、患者として診察を受ける時以外に医師の働く姿を見る機会はほとんどありません。ASUを活用して患者さんの診察だけでなく、カンファレンスや文書の作成など医師の方々の業務を広範囲に観察する中で、いかに医療者が長時間勤務をされているのか分かりました。そうしたリアルな体験を通してこそ、本当に現場が必要とする解決策へとつなげられるのだと、認識を新たにしています。

医師の働き方を診察・診断し、課題解決に向けた治療法を探る

今回実証実験はどのような内容ですか。

中川

例えば、医師が患者さんの病を治すとき、まず患者さんの病型や重症度などを診断し、それから治療方針を決めていきます。医師の働き方にも患者さんを診療するような視点を取り入れ、働き方の病型・重症度診断をし、病態生理に応じた治療法=ソリューションを探っていくことで、本質的な課題解決につなげる。これが今回の取り組みの根本的な考え方です。

辻川

まずは課題解決に向けた治療の前に、医師の働き方の診断による課題抽出が重要であるということを、医師の方々との議論を通して共有しました。診断の段階では、医師の業務量に加えて、さらにその質にも深く踏み込んだ調査を行っています。また、ウェアラブルデバイスから脈波や汗等の生理情報を取得し、心理的ストレス度をデータ解析するという実証実験も進めています。治療に関しては、例えば自然言語処理、音声認識といった情報処理技術を用いて、電子カルテにかかる時間の削減などを考えています。これら一連の作業にAIを活用し、業務課題の抽出と具体的な改善策を自動で導き出す「医師の業務改善要因解析モデル」の実用化を目指しています。

石井

本実証実験では、当院耳鼻咽喉・頭頸部外科が調査の対象となりました。当科の患者さんは、手術で長期入院する方もいれば、外来ベースで治療を行う方もいて、医師の行う業務にも比較的幅があります。そうした当科の特徴から、中川部門長から今回のお話をいただいたものと考えています。これまでNECの方々には実際に現場調査に入っていただき、どの業務にどれくらいの時間を使っていて、それが全体にどのような影響を与えるのかという調査を一緒に進めています。

中川 敦寛(なかがわ あつひろ)

CRIETO バイオデザイン部門 部門長
1998年東北大学医学部卒業、脳神経外科入局。東北大学流体科学研究所、米国UCSF神経外傷クリニカルフェローシップ、スタンフォードバイオデザイングローバルファカルティ研修を経て、2022年より東北大学病院教授(産学連携室)。

石井 亮(いしい りょう)

東北大学病院耳鼻咽喉・頭頸部外科
2008年東北大学医学部卒業。2011年耳鼻咽喉・頭頸部外科入局。2019年医学博士取得。国立がん研究センター東病院等の勤務を経て、2020年より東北大学耳鼻咽喉・頭頸部外科特任助手、2021年4月より現職。専門は頭頸部腫瘍。

辻川 剛範(つじかわ まさのり)

NECバイオメトリクス研究所
2001年関西大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程前期課程修了。同年NEC入社、マルチメディア研究所に配属。2015年4月より現職。専門は音声認識、生理情報認識など時系列データの処理、認識。

AIの発展と共に放射線科医のニーズはますます高まる‐高瀬圭・東北大学病院放射線診断科教授に聞く◆ Vol.2

※m3.com地域版『東北大学病院/医学部の現在』(2022年12月2日(金)配信)より転載

 全高血圧症の10%程度を占めると言われる「原発性アルドステロン症」。東北大学は、1956年に疾患の本邦第1例目を報告したことから国内随一の診療実績があり、全国から多くの患者が集まる。2021年6月、本疾患に対する新たな治療法としてIVR(インターベンショナルラジオロジー)による「経皮的ラジオ波焼灼療法」が保険適用となった。医師主導治験により本治療法を開発した東北大学病院・放射線診断科の高瀬圭教授に、開発の経緯やIVRの未来について聞いた。(2022年9月20日インタビュー、計2回連載の2回目)

Vol.1はこちら

新規開発医療機器を供覧しながらのAMEDとのオンライン治験ミーティング

さらに新しい治療の開発に取り組んでいると聞きました。

 経静脈的副腎腺腫焼灼術の開発を目指しています。副腎静脈サンプリングでは腫瘍の近くまでカテーテルを入れますので、そのまま血管内から腫瘍を焼灼できるのはないか、という発想のもとで、企業とともに開発を進めています。経皮的CTガイド下RFAと並行して2013年頃から動物実験で基礎研究を重ね、動物実験が安定して自信がついたところでAMEDの研究費に申請し、採択されました。コロナ禍で患者さんのリクルートに難航していましたが、2022年8月、無事にFirst in Humanに成功しました。

全く新しい治療法なのでしょうか。

 RFAは、別の病気に対して背中から針をさす既存の治療がありましたが、経静脈の治療は機器そのものをゼロから作る必要がありました。日本ライフライン社と共同開発を行っています。電流を流すのでプラスチックではなく金属で、かつ血管を突き破らない適度な柔らかさの柔軟型金属製カテーテルが必要となるので、従来型の硬い針よりも難しい開発となりました。京都の職人さんにお願いして作ってもらうなど、まさにものづくりから始めた世界初の治療法になります。治験としては一旦終了していますが、これから実績を重ねて実用化を目指します。

IVR治療には大きな可能性があるように思います。

 IVRは体に優しいことはもとより、短期間に低コストに治療が可能です。超高齢社会が進む中で、低侵襲な医療のニーズはますます高まっています。最近では、緩和医療への応用も注目されています。X線などで痛みのある骨の位置を確認しながら、骨セメントと呼ばれる樹脂を注入して骨の強度を高め、痛みの原因を取り除くという治療です。

放射線診断科の担当する画像診断については、今後、AIとの競合は課題となるのでしょうか。

 AIを医療にどう役立てていくかを考えられるが私たち放射線科医だと考えています。北米で2017年に放射線診断医の若手の希望者が減少したことが話題となりましが、その後、AIの画像を操るのに最も優れているのが放射線科医という認識が広まり、V字回復をはたしています。

 日本も同様で、一時的に志望者数は減りましたが、2022年度の専攻医は昨年より40人増えて全国で300人を超えました。というのも、AIの発展には良好な読影画像が必要ですが、そのデータを提供できるのは放射線科医です。これまでもCTやMRIが発展したときに「画像がきれいになったので、誰でも読影できるようになるから診断医がいらなくなるのではないか」と言われたこともありましたが、むしろ画像医療は大きく発展しましたし、業務も爆発的に増えました。AIの発展こそが、放射線診断の発展につながると考えています。

医学生に教える高瀬氏

放射線診断科で情報発信に力を入れているそうですね。

 初期研修医や医学部生、これから放射線医になろうという若手、放射線科に興味のある医師に向けて、東北大学放射線診断科を紹介するため情報発信を行っています。当科には、2022年度時点で35人の放射線診断医がいて、24人は「放射線診断専門医」の資格を有しています。9人の若手医師が放射線科専門医を目指して専攻医としてのトレーニング中です。

 基本領域研修中は、放射線治療科との密な連携の下に研修を行います。当科では、腕の良い、臨床に役に立つ「放射線診断医」になることを第一に、神経、頭頚部、胸部、乳腺、腹部、泌尿器、産婦人科、心血管、骨軟部、IVR、核医学、AI、の臓器別、モダリティー別の専門家をバランスよくそろえています。そのため、患者さんには全身の専門的画像診断とIVRを、若手医師には放射線診断の全分野の専門的トレーニングを提供できています。 当科のHPには、私たちの診療の様子や教室の雰囲気、各専門分野の紹介を掲載していきますので、ご覧いただければうれしいです。

※HP:http://www.radiol.med.tohoku.ac.jp/Diagnostic_radiology/index.html

指導医と若手医師による読影

他の診療科や学内他学部との連携が盛んと聞きました。

 臨床を中心に行いながら、特に画像診断領域ではさまざまな臨床研究を行っています。例えば、神経放射線の臨床研究では、脳神経外科や脳神経内科の症例、てんかんや認知症などの神経系疾患の症例が豊富で、MRIを中心とした臨床研究を行っています。心臓血管系では、循環器内科、心臓外科と密に連携し、心臓CT、MRIの産学連携を活用した先進的研究を行っています。

 さらに、乳腺画像診断では、MRI、超音波の数理的分析、AIを用いた解析により多くの論文業績を挙げており、この手法を泌尿器、婦人科領域疾患への応用も進めています。このほか、呼吸器では、東北大学の数理科学分野と連携した解析を行っていますし、東北大学の青葉山キャンパスにある核医学研究施設「サイクロトロンラジオアイソトープセンター」の専門家と、新規放射性薬剤を開発する共同研究も進めています。

医工連携による新規デバイス開発:本学工学研究科、菊地研究室との共同研究

医療機器開発について今後の展望を教えてください。

 副腎IVRのための医療機器開発については既にお話しましたが、東北大学の医工学研究科や歯学研究科との協力で、他にもさまざまな新規医療機器開発を行っています。産学連携は、当院の臨床研究推進センター(CRIETO)の協力で円滑に行えますし、大学全体でも体制が整っています。総合大学である東北大学ならではの体制と思います。当院が臨床研究中核病院であることも大きいですね。研究は、個人の頑張りも重要ですが、こうした組織としての「インフラ」が整っていることが重要です。東北大学には医療機器開発には申し分のない環境があります。

 今回の副腎治験では、大学病院の内分泌診療のインフラもフルに整っていました。第一には、全国から原発性アルドステロン症患者さんを集める腎高血圧内分泌科の内分泌チームです。「内分泌疾患」を第一の専門領域とする医師は全国的に決して多くありませんが、当院では強力な「内分泌チーム」が緻密な診療と関連病院連携をしていることが、治験成功の鍵となりました。内分泌病理の専門家と副腎手術の経験豊富な泌尿器科の存在も当院の特徴です。日本の内分泌疾患に悩む患者さんのとりでとして、今後もこの体制は堅持していきたいと考えています。

IVR医を目指す若手医師にメッセージをお願いします。

 新規医療機器のデザインを考えて、実験を重ねながら試作品を改良していき、臨床で患者さんの役に立つに至るまでの過程は本当にエキサイティングでわくわくします。IVR医は、今後こうした開発や新技術の活用を通じて、さまざまな分野に活躍の場を広げると考えています。

 初期研修医や医学部生、これから放射線医になろうという若手、放射線科に興味のある医師に魅力を伝えようと動画を作成して発信していますが、IVRはまだまだ一般的な知名度が低いことも認識していますので、新たな試みとして、YouTubeチャンネルを開設しました。今後は若手医師だけでなく一般の方もIVRと当科に興味を持ってくれるようなコンテンツを少しずつ増やして発信していきたいと思っています。ぜひチャンネル登録をしてお待ちいただければと思います。

東北大学病院放射線診断科公式チャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCw4-xDWo5cLBM8H6-Ta-y-g

【取材・文=東北大学病院 溝部鈴(写真は病院提供)】

一部改訂:2023年1月11日

高瀬 圭(たかせ けい)

1989年東北大学医学部医学科卒業。国立循環器病研究センター、石巻赤十字病院、フンボルト大学シャリテ病院、東北大学放射線診断科助教、准教授を経て2015年より同大大学院医学系研究科放射線診断学分野教授、東北大学病院放射線診断科科長に就任。

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放射線診断医が難治性高血圧症の新治療法を開発‐高瀬圭・東北大学病院放射線診断科教授に聞く◆ Vol.1

※m3.com地域版『東北大学病院/医学部の現在』(2022年11月25日(金)配信)より転載

 全高血圧症の10%程度を占めると言われる「原発性アルドステロン症」。東北大学は、1956年に本疾患の本邦第1例目を報告したことから国内随一の診療実績があり、全国から多くの患者が集まる。2021年6月、本疾患に対する新たな治療法としてIVR(インターベンショナルラジオロジー)による「経皮的ラジオ波焼灼療法」が保険適用となった。医師主導治験により本治療法を開発した東北大学病院・放射線診断科の高瀬圭教授に、開発の経緯やIVRの未来について聞いた。(2022年9月20日インタビュー、計2回連載の1回目)

高瀬圭氏

まず、原発性アルドステロン症について教えてください。

 原発性アルドステロン症(Primary Aldosteronism:PA)は、副腎からアルドステロンというホルモンが過剰に分泌されることによって、高血圧や低カリウム血症を引き起こす疾患です。放置すると、普通の高血圧よりも高い確率で合併症が起こることが報告されており、その頻度は、脳梗塞は4倍、心筋梗塞は6倍、不整脈は12倍とも言われます。日本の高血圧患者は4000万人、その5%から10%に当たる200万人から400万人はPAによるものと推計されていますが、疾患の認知が十分でないことなどから、診断されずに慣例的な投薬治療が行われている患者さんが少なくありません。

診断はどのように行われるのでしょうか。

 内分泌の専門医が血液検査と負荷試験で確定診断を行います。その後、手術を希望する場合には、腹部造影CTと副腎静脈サンプリングを行って、どちら側の副腎が原因となっているのか局在診断を行います。原則として、片側性であれば手術による副腎の摘出、もしくは今回保険収載された経皮的ラジオ波焼灼治療(RFA)の適応となります。両側性の場合や患者さんが手術を希望しない場合には内服による治療を選択します。

経皮的ラジオ波焼灼治療(RFA)について教えてください。

 高周波電流を流せる細い針(ラジオ波焼灼針)を背中から刺してアルドステロンを過剰に分泌する腫瘍を焼き切る治療法です。手術のように副腎を切って摘出するのではなく、ホルモンを過剰に分泌している副腎腺腫に針をさし、針の先端からラジオ波にて病変を焼灼することでアルドステロンを正常化させて根治します。直径1.8ミリメートル の針を 1、2本刺す治療なので、傷痕はほとんど残らず、術後2~3日で退院可能です。

2本の針を背中から刺して腫瘍を焼灼

開発した経緯を教えてください。

 もともとは副腎静脈サンプリング技術の向上と普及のための研究をしていました。先ほどお話ししたように、原発性アルドステロンの治療方針を決めるためには、局在診断が不可欠です。副腎の腫瘍というのは、CTで認識できたとしてもホルモンが出ているとは限らず、ホルモンを分泌しない「非機能性腺腫」が存在します。また、CTで見えないほど小さくてもホルモンを過剰に出している「微小腺腫」もあり、形態的な診断に加えて機能的な診断が必要となります。

 副腎静脈サンプリングでは、脚の付け根から静脈にカテーテルを入れて副腎の近くで採血をして、どちらの副腎からどのくらいアルドステロンが分泌されているのかを調べますが、特に右側は静脈の形状から慣れていないと難しく、実施できる施設も限定されます。2000年代前半に欧米から発表されていた成功率は70%で、正確な診断がつかないために手術ができない例や、不正確なままで手術が行われている例もありました。PAの治療成績は、サンプリングの成功率に左右されます。

内分泌の病気でありながら、放射線科医の腕が鍵となるわけですね。

 特に2000年代に腹腔鏡手術が普及してからは、「小さな傷での手術をすれば薬を飲まなくて良くなる」と、手術を希望する患者さんが増え、副腎静脈サンプリングができる放射線科医の確保も課題となっていました。東北大学は、世界で最も多くこの検査による原発性アルドステロン症の診断を行っている施設の一つです。当院の内分泌診療はNewsweekのBest Hospitalsに選ばれており、海外在住の方が当院を受診して、内分泌性高血圧の診療を受けられる例もあります。内分泌性高血圧の疑われる患者さん、副腎静脈サンプリングの精密検査の必要な患者さん、低侵襲のラジオ波焼灼での治療を希望する患者さん等が全国から紹介されていました。試行錯誤の末、3D-CTで静脈を描出し、そのデータを基にサンプリングを行うことで成功率を100%近くまで向上させることに成功していました。

放射線部IVRチームによる治験治療シミュレーション

なぜ検査法の開発から、治療法の開発に発展したのでしょうか。

 IVRを専門とする放射線科医として、やはり治療を目指したいな、と。原発性アルドステロン症は癌ではありませんから、検査の結果、手術適応となったとしても良性疾患に対して手術を行うことへの抵抗を感じる患者さんが少なくないのです。より体に優しい低侵襲な治療法が求められるなかで、IVRでできることがあるのではないかと考えました。

いつ頃から研究を始めたのですか。

 サンプリングの研究は2000年頃からで、途中、2005年に留学の機会があり、後ろ髪を引かれる思いでベルリンに留学しました。2007年に帰国した頃には、サンプリングのニーズがさらに増加していました。転機となったのは2011年の東日本大震災で、復興支援のため、2011年度の3次補正予算で岩手県、宮城県、福島県に対して「革新的医療機器創出等促進臨時特例交付金」が交付され、各県で2015年度までの医療機器等開発計画を策定することになりました。宮城県では東北大学が開発事業者として医療機器等開発事業を行うこととなり、その一つにRFAの研究開発が採択されたのです。2012年から2016年にかけて動物実験、治験と進め、薬事申請を経て2021年6月1日に正式な治療として保険収載されるまで10年近くかかっています。

経皮的ラジオ波焼灼療法の開発で最も苦労した点を教えてください。

 医師主導治験によって開発したという点です。2003年に薬事法が改正され、それまで企業主導でしか行えなかった治験を医師自らが立案して実施することが可能となりました。しかし、歴史が浅い上にその大半が薬物の治験で、医療機器は私が治験を開始した2013年時点で十数件のみしか行われていませんでした。医師主導治験は医師だけではなく、臨床研究コーディネーター(CRC)などの医療機関のスタッフや製薬企業・医療機器企業、開発業務支援機関(CRO)など多くの方々の努力と協力が不可欠です。

 臨床研究中核病院として国内有数の臨床研究支援体制を持つ東北大学病院でも、当時は医療機器治験の医師主導は初めてのことで、みんなが手探りでした。私自身、薬事法や治験の規則が面倒で難しく感じられて、チームのメンバーに随分反発してしまったこともあり、反省しています。また何よりも、協力してくださる患者さんなしには治験は進みません。有効性、安全性が十分には明らかでない治験治療に勇気を持って参加してくださる患者さんたちが、医療の進歩を支えているということを痛感しました。こういう患者さんたちに対して恥ずかしくないように、安全な治療計画を立て、誠実でわかりやすい同意説明文書を準備する必要があることを改めて感じています。

治験の様子

Vol.2続きはこちら

【取材・文=東北大学病院 溝部鈴(写真は病院提供)】

高瀬 圭(たかせ けい)

1989年東北大学医学部医学科卒業。国立循環器病研究センター、石巻赤十字病院、フンボルト大学シャリテ病院、東北大学放射線診断科助教、准教授を経て2015年より同大大学院医学系研究科放射線診断学分野教授、東北大学病院放射線診断科科長に就任。

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