発表のポイント
- 腫瘍組織や血液サンプルのDNA損傷修復活性の測定を可能にする手法を開発しました。
- 腫瘍組織のDNA損傷修復活性は、PARP阻害薬(注1)や白金系抗がん薬(注2)の効果と高い相関を示すため、これらの効果の予測に有用と考えられます。
- 血液由来のリンパ芽球様細胞でのDNA損傷修復活性の測定は、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(注3)の診断に応用できる可能性を示しました。
概要
DNAの二本鎖切断を修復する相同組換え修復(注4)に異常のある腫瘍には、PARP阻害薬や白金系抗がん薬などが有効とされています。また、相同組換え修復に必要な分子の遺伝子異常は、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群を引き起こします。
東北大学加齢医学研究所 腫瘍生物学分野 吉野 優樹助教、千葉 奈津子教授らは、これまでがん細胞での相同組換え修復能の測定法を開発し、その正確性を示してきました (Sci Rep 2019, Cancer Res Commun 2021)。
今回、同大学院医学系研究科 乳腺・内分泌外科学分野 大学院生の本成 登貴和氏、石田 孝宣教授らとの共同研究グループで、マウス腫瘍組織と血液由来のリンパ芽球様細胞の相同組換え修復活性を測定する方法の開発に成功しました。これらの方法を応用することで、がん治療薬の効果の予測や遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の診断が可能になることが示唆されました。
本研究成果は2024年4月8日、科学誌Scientific Reportsに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
DNA損傷修復機構の一つである相同組換え修復は、DNA二本鎖切断などの重篤なDNA損傷を修復する重要な機能です。相同組換え修復に異常を呈するがんには、PARP阻害薬や白金系抗がん薬、放射線治療などのがん治療が高い有効性を示すことが知られています。また、相同組換え修復の重要な因子であるBRCA1やBRCA2などの遺伝子の異常は遺伝性乳がん・卵巣がん症候群を引き起こします。したがって、相同組換え修復活性の評価は、がん治療の有効性予測や遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の診断に有用と考えられます。
従来、臨床的に相同組換え修復活性を評価するにはBRCA1やBRCA2などの相同組換え修復で機能する因子の遺伝子検査などが用いられてきました。しかし、遺伝子検査では相同組換え修復に異常を来す原因遺伝子のすべてを検査することは不可能で、また見つかった遺伝子の変化が異常かどうか判断できない例もあります。
今回の取り組み
東北大学加齢医学研究所 腫瘍生物学分野の千葉奈津子教授らの研究グループは、研究グループが開発した相同組換え修復活性の測定法、ASHRA (Assay for Site-specific HR Activity)を応用し、腫瘍組織や血液由来細胞の相同組換え修復活性を直接測定することに成功しました。
ASHRAでは、測定用ベクターである、ゲノムDNAを切断するCas9/gRNAの発現ベクターと、切断部位と相同な配列と検出に必要なマーカー配列を持つドナーベクターを測定対象細胞に導入します。ゲノムDNAに生じたDNA二本鎖切断が、ドナーベクターを使って相同組換え修復によって修復されると、マーカー配列がDNA二本鎖切断にノックインされ、マーカー配列と内在性遺伝子との融合遺伝子が生じ、これを定量PCRによって検出します(図1)。

ヒトがん細胞株をマウスに移植して作製した腫瘍を摘出し、腫瘍に測定用ベクターを注射した後に電気穿孔法(注5)によって測定用ベクターを腫瘍細胞に取り込ませることで、相同組換え修復によって生じた融合遺伝子を検出することができました(図2)。この方法で測定した相同組換え修復活性は、マウスにPARP阻害薬であるオラパリブを投与した際の腫瘍縮小効果と高い相関を示しました。よって、本法による腫瘍組織の相同組換え修復活性は、がん治療薬の有効性予測に有用と考えられました(図3左)。

また、血液由来のリンパ芽球様細胞に、電気穿孔法で測定用ベクターを導入することで相同組換え修復活性の検出が可能でした。さらに、片アレルにBRCA1の変異を有する、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群のリンパ芽球様細胞で、相同組換え修復活性の有意な低下が検出されました。これらから、本法による遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の患者の正常細胞である血液由来細胞の相同組換え修復活性の評価が、診断に応用できる可能性が示されました(図3右)。
今後の展開
本法は、相同組換え修復活性の変化を直接検出できるため、未知の相同組換え修復因子の異常や、既知の相同組換え修復因子の遺伝子の変化が異常かどうか判断できない場合も異常として検出できると考えられます。この方法を臨床応用することで、がん治療の有効性や遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の診断をより効率的に行うことができるようになることが期待されます(図3)。

謝辞
本研究は、アストラゼネカ社 (Externally Sponsored Scientific Research)、テルモ生命科学振興財団、中谷医工計測技術振興財団、双葉電子記念財団の支援を受けて行われました。
用語説明
注1.PARP阻害薬:Poly (ADP-ribose) polymerase阻害薬の略。PARPはDNAを一本鎖切断などのDNA損傷の修復に関与する。PARPを阻害するとこれらのDNA損傷を修復出来なくなる。正常細胞ではこれらのDNA損傷は相同組換え修復によって修復される。しかし、相同組換え修復が異常ながん細胞では、これらのDNA損傷を修復することができず、細胞死を生じる。このような現象は合成致死と呼ばれ、PARP阻害薬は相同組換え修復に異常をもつ乳がんや卵巣がんなどの治療に用いられている。
注2.白金系抗がん薬:シスプラチンなど、分子内にプラチナ原子を含む化合物であり、肺がん、大腸がん、食道がん、卵巣がんなど、様々ながんの標準治療に用いられる。
注3.遺伝性乳がん・卵巣がん症候群:相同組換え修復因子の遺伝子異常により、乳がん、卵巣がんを発症する遺伝性腫瘍。BRCA1、BRCA2が主な原因遺伝子である。
注4.相同組換え修復:DNA損傷修復機構の一つ。DNA二本鎖切断や鎖間架橋などの重篤なDNA損傷を修復する機構で、修復の際に正常な配列のDNAを鋳型として用いることから、正確な修復が可能とされている。
注5.電気穿孔法: 細胞に電気パルスを加えることで細胞膜の形質を変化させ、細胞外に存在するプラスミドベクターなどを細胞内に取り込ませる方法。
論文情報
タイトル:Evaluating homologous recombination activity in tissues to predict the risk of hereditary breast and ovarian cancer and olaparib sensitivity
著者名:本成 登貴和、吉野 優樹*、春田 萌、遠藤 栞乃、佐々木 渉太、宮下 穣、多田 寛、渡部 剛、金子 俊郎、石田 孝宣、千葉 奈津子*
*責任著者:
東北大学加齢医学研究所 腫瘍生物学分野 助教 吉野 優樹
東北大学加齢医学研究所 腫瘍生物学分野 教授 千葉 奈津子
掲載誌:Scientific Reports
DOI:org/10.1038/s41598-024-57367-6
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-024-57367-6
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学加齢医学研究所
腫瘍生物学分野
助教 吉野 優樹
TEL: 022-717-8478
Email: yuki.yoshino.c8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
教授 千葉 奈津子
TEL: 022-717-8477
Email: natsuko.chiba.c7*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学加齢医学研究所
広報情報室
TEL:022-717-8443
Email:ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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