発表のポイント
- 人工知能(AI)によって、腹腔内の免疫細胞を、膵臓(すいぞう)がん患者の生存期間を予測するための新しい因子として同定しました。
- AIで分類された細胞の比率から、膵臓がん患者の長期生存の確率を精度高く予測することに成功しました。
- これらの新しい生存関連因子は、患者間の微小な差異を鋭敏に検出できると共に、膵臓がんの新しい治療標的となる可能性があります。
- AI for science(AIを活用した科学研究の革新)の成果の一つであり、今後、他のがん治療やさまざまな疾患への応用も期待されます。
概要
膵臓がんは非常に難治で生存率の低いがんであり、生存率改善のために、現状よりも鋭敏な生存関連因子の探索が世界中で行われています。
東北大学大学院医学系研究科消化器外科学分野 野口彩、海野倫明教授、病態病理学分野 古川徹教授、理化学研究所革新知能統合研究センター病理情報学チーム 山本陽一朗チームリーダー(兼 東北大学大学院医学系研究科数理知能医学講座)らの共同研究グループは、膵臓がん患者の腹腔内の免疫細胞(好中球(注1)およびマクロファージ(注2))の比率が生存率に影響することを、人工知能(AI)を用いて明らかにしました。
今後、これらの新しい生存関連因子に基づき、膵臓がん患者の個別化医療の実現と新しい治療戦略の開発が期待されます。また、現在注目されているAI for science(AI を活用した科学研究の革新)の成果の一つとして、他のがん治療やさまざまな疾患への応用にも波及効果をもたらすことが考えられます。
本研究成果は、2024年8月2日、英国時間午前10時(日本時間午後6時)に学術誌Scientific Reports(電子版)に掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
膵臓がんは非常に難治で生存率の低い疾患であり、手術や化学療法、放射線療法を組み合わせても、5年生存率が10%未満であることが知られています。そのため、生存率改善に向けた新たなバイオマーカーの探索や新規治療戦略の開発が世界中で進められていますが、これまで低侵襲で観察可能な腹腔内の細胞と、膵臓がん患者の生存期間との関連は明らかではありませんでした。
今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科消化器外科学分野の野口彩(のぐち あや)・海野倫明(うんの みちあき)教授、病態病理学分野の古川徹(ふるかわ とおる)教授、理化学研究所革新知能統合研究センター病理情報学チームの山本陽一朗(やまもと よういちろう)チームリーダー(兼 東北大学大学院医学系研究科数理知能医学講座)らの研究グループは、膵臓がん患者の腹腔洗浄細胞診(注3)陽性標本から生存関連予測を行う過程で、Vision transformer(注4)等の深層学習技術を組み合わせたAIが、短期生存群患者と長期生存群患者の分類の際に腹腔内の免疫細胞を重要視していることを見つけました。通常の腹水洗浄細胞診ではがん細胞の有無の判定を行いますが、本研究ではあえてがん細胞陽性の細胞診標本同士を比較することで、これまで明らかになっていなかった腹水中のがん細胞以外の細胞環境について高精度な解析が可能となり、がん細胞同士の微小な差異を検出することに成功しました。また、検出された腹腔内細胞を免疫組織化学的に確認したところ、短期生存の患者には腹腔内好中球が、長期生存の患者にはマクロファージが存在する確率が高いことを明らかにしました(図1)。さらに、AIにて分類された腹腔内の細胞の比率を用いることで、膵臓がん患者の長期生存の確率を精度高く予測することに成功しました(図2)。これまで、一部の患者において、膵臓がんの生存関連因子として末梢血液中や膵臓がん内の免疫細胞の影響は報告されていましたが、本研究のように腹水を用いることにより、血液データでは把握できない微小な差異をこれまでより鋭敏に検出可能であることが明らかになりました。
今後の展開
腹水に影響を与えうる臓器は膵臓以外にも存在するため、今後、共同研究チームは他臓器の疾患に対しても研究を行うと共に、悪性腫瘍の超早期の予測・予防への貢献を目指して生存関連因子の機序の解明を進める予定です。
腹腔内免疫細胞(好中球およびマクロファージ)の比率は膵臓がん患者の新たな生存関連因子と考えられます。本研究成果により、腹腔内免疫細胞を用いた高精度検査や標的とした膵臓がんの新規治療戦略の開発、膵臓がん患者の個別化医療の実現が期待されます。


図1.人工知能が着目した膵臓がん患者の腹腔内の免疫細胞
通常の腹水細胞診ではがん細胞の有無を判定するが、本研究ではあえて陽性の細胞診標本同士を比較することで、これまで明らかになっていなかった腹水中のがん細胞以外の細胞環境について高精度な解析が可能となり微小な差異を検出することに成功。

人工知能により判定された細胞を用いて予測された患者間の生存曲線(カプランマイヤー曲線)の比較(p<0.0001)。赤が短期生存群、青が長期生存群を示している。
謝辞
本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2022) の支援を受けて行われました。
用語説明
注1.好中球:白血球の一種。細菌や真菌などの病原体と戦い、感染症から体を守る主要な役割を担っている。
注2.マクロファージ:白血球の一種。体内に侵入した細菌やウイルスなどの病原体や不要な細胞を取り込んで分解したり、免疫反応を惹起したりする能力を有する。
注3.腹腔洗浄細胞診:腹腔内に注入した生理食塩水から標本を作成し、標本上に悪性細胞が存在するかどうかを検索する病理学的検査。悪性細胞が存在する場合は細胞診陽性、悪性細胞が存在しない場合は細胞診陰性と判定する。
注4.Vision transformer:自然言語処理分野でブレイクスルーをもたらしたAttention機構を持つTransformerを、コンピュータビジョンに応用したモデルの一つ。
論文情報
タイトル:Deep learning predicts the 1-year prognosis of pancreatic cancer patients using positive peritoneal washing cytology
著者名:野口彩、沼田康志、菅原隆譲、三浦弘守、今野かおり、安達友津、山口るり、石田晶玄、國米崇、堂地大輔、三浦孝之、有明恭平、中山瞬、前田晋平、大塚英郎、水間正道、中川圭、森川啓、赤塚純、前田一郎、海野倫明、山本陽一朗*、古川徹*
*責任著者:
東北大学大学院医学系研究科 病態病理学分野 教授 古川 徹
理化学研究所革新知能統合研究センター 病理情報学チーム チームリーダー 山本 陽一朗(兼 東北大学大学院医学系研究科数理知能医学講座)
掲載誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/S41598-024-67757-5
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科病態病理学分野
教授 古川 徹(ふるかわ とおる)
TEL:022-717-8149
Email:toru.furukawa.e2*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press*pr.med.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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