発表のポイント
- ヒト上皮細胞増殖因子受容体2(HER2)(注1) を標的とする抗体医薬(注2) HER2-CasMab(注3)の抗腫瘍効果のメカニズムを検討しました。
- HER2-CasMab は、上市抗体医薬のトラスツズマブ(ハーセプチン®)(注4)よりも高い補体依存性細胞傷害(CDC)(注5)活性を示しました。
- HER2-CasMab は HER2 陽性細胞に対しトラスツズマブより高い抗腫瘍効果を示したことから、乳がんや胃がんなどのHER2陽性がんに対する副作用のない治療法の開発が期待されます。
概要
細胞の増殖に関与するとされるタンパクHER2に対する抗体医薬として、トラスツズマブ(ハーセプチン®)が世界中で使われており、乳がんや胃がんの患者で高い効果を示しています。その一方で、正常細胞に対して高い反応性を示すため、特に心臓に対する副作用が報告されており、HER2に対するがん細胞を特異的に攻撃する抗体医薬の開発が臨床現場で求められていました。
東北大学大学院医学系研究科抗体創薬学分野の加藤幸成教授の研究グループは、がん細胞を特異的に攻撃する抗体医薬(CasMab)の開発を行っており、近年、HER2を標的とするHER2-CasMabの開発に成功しました。本研究では、HER2-CasMabの抗腫瘍効果のメカニズムの解明を行い、HER2-CasMabが上市抗体医薬品のトラスツズマブよりも有意に高いCDC活性を持つことがわかりました。また、HER2高発現腫瘍に対し、トラスツズマブよりも高い抗腫瘍効果を示したことから、乳がんや胃がんなどのHER2陽性がんに対する副作用のない治療法の開発が期待されます。
本研究結果は、令和6年8月1日、欧州の科学誌International Journal of Molecular Sciencesに掲載されました。概要はYouTubeの抗体創薬学分野チャンネルでもご覧いただけます。
詳細な説明
研究の背景
東北大学大学院医学系研究科抗体創薬学分野の加藤幸成教授の研究グループは、2014年に初めて、がん細胞を特異的に攻撃する抗体医薬(CasMab)の開発に成功しました。これまで、複数の膜タンパク質に対するCasMabの報告を行い、企業導出にも成功しています。現在、HER2に対する抗体医薬として、トラスツズマブ(ハーセプチン®)が世界中で使われており、乳がんや胃がんの患者で高い効果を示しています。一方、トラスツズマブは正常細胞に対して高い反応性を示すため、特に心臓に対する副作用が報告されてきました。
そこで、HER2に対するCasMabの開発が臨床現場で求められていたところ、今年、本研究グループは、HER2-CasMabの作製に成功しました(2024年2月9日プレスリリース ;抗体創薬学分野 YouTube)。トラスツズマブと異なり、HER2-CasMabは正常の上皮細胞には全く反応しませんでした。さらに、トラスツズマブと同様に高い抗腫瘍効果を示すことがわかっていましたが、そのメカニズムは不明でした。
今回の取り組み
本研究で研究グループは新たに、HER2-CasMabの抗腫瘍効果のメカニズムの解明を行いました。HER2-CasMabは上市抗体のトラスツズマブよりも有意に高いCDC活性を持つことがわかりました(図1;**P<0.01)。

またHER2-CasMabはHER2高発現腫瘍に対し、トラスツズマブよりも高い抗腫瘍効果を示しました(図2;**P<0.01)。

今後の展開
本成果によりHER2-CasMabの抗腫瘍効果が示されたことから、乳がんや胃がんなどのHER2陽性がんに対する副作用のない治療法の開発が期待されます。さらに、HER2-CasMabを抗体薬物複合体(ADC)(注6)やキメラ抗原受容体(CAR)T細胞(注7)に応用することにより、副作用のない画期的な治療法の開発に繋がる可能性が期待されます。
なお、Fate Therapeutics社(米国カリフォルニア州サンディエゴ)は、2024年1月8日に、HER2-CasMabの遺伝子を導入した多重遺伝子編集キメラ抗原受容体(CAR)T細胞製品候補であるFT825/ONO-8250の第I相臨床試験において、患者登録を開始したことを発表しています(https://www.med.tohoku.ac.jp/5561/)。
謝辞
本研究は、AMED先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業およびAMED生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)により支援されています。
用語説明
注1.ヒト上皮細胞増殖因子受容体2(HER2;ハーツー):細胞の増殖に関与するとされるタンパク質のひとつ。正常な細胞にも存在し、細胞の増殖調節能を担っていると考えられるが、過剰に発現したり、活性化したりすることで細胞の増殖制御ができなくなりがん化する。HER2陽性率が高い腫瘍としては、乳がんや胃がんなどがある。
注2.抗体医薬:抗体とは、リンパ球のうち、B細胞が産生するタンパク質で、特定の分子(抗原)を認識して結合する。血液中や体液中に存在し、細菌やウイルスなどの微生物に結合すると、白血球による貪食が起こる。がん細胞に結合しがん細胞を殺す働きもあり、多くの抗体医薬品が臨床で使用されている。
注3.CasMab(キャスマブ):Cancer-specific monoclonal antibody(がん特異的抗体)の略で、2014年に東北大学の本研究室が世界で初めて発表した(商標:第5690178号)。がん細胞と正常細胞に発現する膜タンパク質のアミノ酸配列が100%同一であっても、がん細胞に特徴的な構造の違いを認識する。
注4.トラスツズマブ(ハーセプチン®):HER2に対する抗体医薬のひとつ。HER2陽性の乳がんは、以前は難治性の乳がんとされていたが、トラスツズマブが導入され、治療成績は大幅に改善された。
注5.補体依存性細胞傷害(Complement Dependent Cytotoxicity:CDC)活性:抗体が標的細胞(がん細胞やウィルスなど)の抗原に結合すると、複数の補体が次々と反応して活性化する。細胞の表面で一連の反応が起こり、標的細胞を溶解する。
注6.抗体薬物複合体(ADC):抗体に抗がん剤などの薬(ペイロード)を付加したもの。抗体が特定の分子に結合する性質を利用して、薬をがん細胞まで運び、そこで 薬を放出することで、抗腫瘍効果を発揮する。
注7.キメラ抗原受容体(CAR)-T細胞:遺伝子工学の技術を用いてキメラ抗原受容体(CAR)と呼ばれるタンパク質を作り出すことができるようにT細胞を改変したもの。CARは、がん細胞などの表面に発現する特定の分子を認識するように設計され、CARを作り出すことができるようになったT細胞をCAR-T細胞と呼ぶ。
論文情報
Anti-HER2 Cancer-Specific mAb, H2Mab-250-hG1, Possesses Higher Complement-Dependent Cytotoxicity than Trastuzumab
Hiroyuki Suzuki, Tomokazu Ohishi, Tomohiro Tanaka, Mika K. Kaneko, and Yukinari Kato*
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 抗体創薬学分野 教授 加藤 幸成
掲載誌:International Journal of Molecular Sciences
DOI:10.3390/ijms25158386
URL:https://www.mdpi.com/1422- 0067/25/15/8386
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科抗体創薬学分野
教授 加藤 幸成(かとう ゆきなり)
TEL:022-717-8207
Email:yukinari.kato.e6*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL:022-717-8032
Email:press*pr.med.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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