発表のポイント
- 歯胚の形成においてカルシウム結合ドメインを有するS100ファミリーの発現を認めました。
- 歯原性上皮細胞(注1)のS100a6分子の発現を抑制するとエナメル芽細胞(注2)ではなく、皮膚に類似した細胞へ分化することを明らかにしました。
- S100a6は腫瘍マーカー(注3)としても利用されていますが、エナメル質形成との役割を解明した報告は無く、歯の石灰化機序の解明だけでなく悪性腫瘍に対する治療などの応用にも期待されます。
概要
人体で最も硬い組織であるエナメル質の形成には、皮膚や毛髪と類似した上皮細胞であるエナメル芽細胞が大きな役割を果たしています。
今回、東北大学病院小児歯科の大竹 慎司(おおたけ しんじ)医員および東北大学大学院歯学研究科地域共生社会歯学講座小児発達歯科学分野の齋藤 幹(さいとう かん)教授と、九州大学大学院歯学研究院口腔保健推進学講座小児口腔医学分野との共同研究により、S100a6が歯原性上皮細胞から皮膚に類似した細胞へと分化することを抑制し、細胞増殖やエナメル芽細胞への分化を誘導する分子であることを明らかにしました。
本研究成果は2024年4月15日に、米国実験生物学会連合の科学誌 The FASEB Journal にオンライン掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
歯原性上皮細胞はエナメル芽細胞へ分化し、エナメル基質を分泌します。このエナメル基質にカルシウム等のイオンが沈着することで石灰化が始まります。その後、エナメル基質は分解され、石灰化がさらに進行することで、人体で最も硬い物質であるエナメル質が形成されます。この過程において、歯原性上皮細胞からエナメル芽細胞への分化に関する研究は複数報告されていますが、エナメル質石灰化機構についての研究は多くありません。我々は、エナメル質を形成するエナメル芽細胞の遺伝子発現を網羅的に解析したところ、カルシウム結合ドメインを有するS100a6が発現している可能性が示唆されたため、その機能について調査することにしました。
今回の取り組み
マウス歯胚のマイクロアレイ(注4)、シングルセルRNAシークエンス(注5)にてS100ファミリーの発現を網羅的に解析したところ、歯胚の形成後期にエナメル芽細胞特異的にS100a6のmRNA発現が上昇していました。
そこで、タンパクレベルでの発現をマウス歯胚で調査したところ、石灰化が始まっていない未分化な歯胚ではS100a6の発現は認められませんでしたが、分化が進み、石灰化期に入ると、エナメル芽細胞のエナメル側でのみタンパクの発現が認められ、細胞局在を有していることが判明しました(図1)。
この事から、S100a6がカルシウムと結合していると推測し、細胞内カルシウムおよび小胞体(ER)染色を行ったところ、核膜付近に存在したカルシウムはエナメル芽細胞分化により細胞質へ移動し、S100a6の発現を抑制すると細胞内のカルシウム染色量が減少しました(図2)。
また、歯原性上皮細胞のS100a6の発現を抑制すると、エナメル基質分子の発現が低下し、エナメル芽細胞への分化が抑制されました。そこで、細胞内シグナルを解析したところ、S100a6の抑制によりERK-MEK経路(注6)の減弱がみられました。その上で、エナメル芽細胞へ分化しなかったこの細胞がどの細胞と類似しているのかをマイクロアレイにて解析を行いました。その結果、細胞増殖の抑制と、皮膚系細胞へ分化している可能性が示唆されました。そこで確認実験を行ったところ、EdU陽性細胞(注7)が減少して細胞増殖が抑制され、同じ口腔上皮である歯肉ではなく皮膚などの表皮系細胞マーカーの発現が上昇しており、S100a6が歯原性上皮細胞の分化方向を決定する分子である可能性が示唆されました。
今後の展開
今回の結果から、歯原性上皮細胞からエナメル芽細胞への分化においてS100a6は分化方向を決定している可能性が明らかになりました。S100a6は上皮間葉転換(EMT) (注8)を促進する側面も示唆されており、EMTは悪性腫瘍の転移機序に関与していることが知られています。S100a6を含めたS100ファミリーの機能を解明することは、歯の発生過程のみならず、他の外胚葉性器官の発生過程や、悪性腫瘍の転移機序についての解明にも貢献でき、新たな組織再生療法の可能性に繋がると考えられます。

謝辞
本研究は、文部科学省科学研究費基盤研究(23H03109・22H03296・22H00488)、挑戦的研究(開拓)(20K20612)、および特別研究員奨励費(22KJ0194)により実施しました。
用語説明
注1.歯原性上皮細胞:歯を形成する細胞のなかで、上皮系の細胞のこと。
注2.エナメル芽細胞:歯原性上皮細胞から分化した、エナメル質を形成する細胞のこと。
注3.腫瘍マーカー:細胞が腫瘍化した際に発現量が増加する分子のこと。
注4.マイクロアレイ:細胞集団からmRNAを抽出し、各種プローブと反応させることにより、様々な遺伝子の発現量を網羅的に解析する方法。
注5.シングルセルRNAシークエンス:それぞれの細胞に対して、発現している分子を読み取り、個々の細胞の特性を明らかにする方法。
注6.ERK-MEK経路:細胞内の様々な基質分子のリン酸化を介して遺伝子発現は調節されており、歯原性上皮細胞のエナメル芽細胞分化誘導時にERK-MEK経路は活性化されます。
注7.EdU陽性細胞:EdU(5-ethynyl-2′-deoxyuridine)はDNAに取り込まれます。そのため、EdU存在下で細胞増殖すると細胞内に取り込まれ、EdU陽性細胞となり、細胞増殖が盛んな場合は陽性細胞数が増加します。
注8.上皮間葉転換(EMT):分化やがん化の際に、上皮系の細胞が間葉系の細胞に変化することを上皮間葉転換 (EMT)と言います。Epithelial-Mesenchymal Transitionの頭文字からEMTと呼ばれます。
論文情報
タイトル:S100a6 knockdown promotes the differentiation of dental epithelial cells toward the epidermal lineage instead of the odontogenic lineage.
著者:Shinji Otake1 , Kan Saito1* , Yuta Chiba1 , Aya Yamada1 , Satoshi Fukumoto1,2 1 Division of Pediatric Dentistry, Department of Community Social Dentistry, Tohoku University Graduate School of Dentistry, Sendai, Japan.
2Section of Pediatric Dentistry, Division of Oral Health, Growth and Development, Faculty of Dental Science, Kyushu University, Fukuoka, Japan.
*Correspondence: Kan Saito, Division of Pediatric Dentistry, Department of Community Social Dentistry, Tohoku University Graduate School of Dentistry, Sendai, Japan.
Email:kan.saito.b1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
掲載誌:The FASEB Journal
DOI:10.1096/fj.202302412RR
URL: https://faseb.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1096/fj.202302412RR
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学病院 小児歯科
医員 大竹 慎司(おおたけ しんじ)
Email: shinji.shibasaki.a2*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
東北大学大学院歯学研究科 小児発達歯科学分野
教授 齋藤 幹(さいとう かん)
Email: kan.saito.b1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院歯学研究科 広報室
TEL:022-717-8260
Email:den-koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
東北大学病院 広報室
TEL:022-717-8032
Email:press*pr.med.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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