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がん遺伝子産物RASの分解異常によるヌーナン症候群発症メカニズムを解明
RAS/MAPKシグナル阻害が治療に効果

発表のポイント

  • 先天異常症であるヌーナン症候群(注1)の患者で同定された原因分子LZTR1(注2)のアミノ酸変異を持つマウスを世界で初めて作製しました。
  • 変異を持つマウスでは低身長、骨格異常、肥大型心筋症がみられ、正常な LZTR1 が分解する標的である RAS タンパク質(注3)の蓄積がみられました。
  • マウスで見られた肥大型心筋症に対しては、細胞の増殖を抑える MEK 阻害剤にて効果が認められたことから、今後の治療法開発が期待されます。

概要

ヌーナン症候群は、低身長・心疾患・骨格異常などを伴う遺伝子疾患で、先天的に RAS/MAPK シグナル伝達経路(注4)の分子の変異が認められます。ヌーナン症候群の原因として報告された遺伝子 LZTR1は、患者で同定されるほとんどは遺伝子の機能を失う変異ですが、アミノ酸の変異(ミスセンス変異)が 1つの場合の発症メカニズムは不明でした。
東北大学大学院医学系研究科遺伝医療学分野の阿部太紀助教、青木洋子教授、国立成育医療研究センター研究所の高田修治部長らの研究グループは、ヌーナン症候群で同定されたLZTR1ミスセンス変異をもつマウスの作製に成功しました。作製したマウスは低身長、肥大型心筋症、骨格異常などを示しますが、心
臓ではRASサブファミリーのRIT1とMRASタンパク質の蓄積が認められました。阿部助教らは2020年に LZTR1がRASをユビキチン化し分解する分子であることを報告しましたが、今回の研究ではLZTR1のミスセンス変異を持つマウスではRASタンパクが蓄積し、さまざまな症状を来すことを初めて明らかにしました。新しいRASの活性化メカニズムが明らかとなり、ヒトでの治療法開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2024年10月1日(現地時間)に国際科学誌JCI Insight(電子版)に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景
ヌーナン症候群は、先天性にPTPN11、SOS1、RAF1、RIT1、KRAS、MRASなどRAS/MAPKシグナル伝達経路の分子に遺伝子変異を伴い、低身長、骨格異常、先天性心疾患、肥大型心筋症などを呈する遺伝性疾患です。青木教授らは、2005年にヌーナン症候群の類縁疾患であるコステロ症候群(注5)の原因が HRAS遺伝子変異(注6)であることを報告し、その後、RAS/MAPKシグナル伝達の複数の分子がヌーナン症候群類縁疾患の原因遺伝子であることを明らかにし、RASopathiesという疾患概念形成に貢献しました。
2015年に、海外のグループが常染色体顕性遺伝形式、あるいは潜性遺伝形式としてLZTR1遺伝子変異をヌーナン症候群に同定しました。常染色体潜性遺伝形式の変異は機能低下を来す変異でしたが、常染色体顕性遺伝形式ではLZTR1タンパク質で1つのアミノ酸置換の変異が認められたものの、そのメカニズムは明らかではありませんでした。阿部助教らは、2020年以降LZTR1がさまざまなRASタンパク質をポリユビキチン化(注7)し分解することを報告しましたが(参考文献)、遺伝子変異を持つヌーナン症候群患者の疾患発症メカニズムは不明でした。

今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科遺伝医療学分野の阿部太紀(あべ たいき)助教、青木洋子(あおき ようこ)教授、国立成育医療研究センター研究所の高田修治(たかだ しゅうじ)部長らの研究グループは、患者で同定されたLZTR1の変異である R409C 変異(ヒトではR412C変異:412 番目のアミノ酸がアルギニン
からシステインに変化)に相当するLZTR1ミスセンス変異マウスを作製しました。作製したマウスは、低出生体重、低身長、骨格の異常などを呈しました。一方、遺伝子の機能を半分喪失させたマウスでは同様の症状はありませんでした。また、ミスセンス変異を持つマウスの心臓を解析したところ、重度の心肥
大が認められ、RAS タンパク質(特に RIT1 と MRAS)の蓄積と、RAS/MAPK
経路の活性化がみられました。
この結果より、MAPK シグナル伝達経路の構成分子である MEK1/2(注 8)を標的とする阻害剤をマウスに投与したところ、心肥大は顕著に回復しました(P <0.001)。本研究により、LZTR1ミスセンス変異が RASタンパク質の分解異常を引き起こし、心肥大などさまざまな症状を来すことが初めて明らかになり、MEK1/2阻害剤はヒトでのヌーナン症候群の治療に応用できる可能性が示されました(図 1)。

今後の展開
LZTR1ミスセンス変異マウスでは、非古典型RASであるRIT1やMRASの発現量が大きく変化していました。今後は、心肥大などの発症においてどのRASタンパク質の蓄積が疾患発症に最も寄与するのかを明らかにすることで、より効果的かつ副作用の少ない薬物療法の開発につながることが期待されます。

図1.本研究の概略(左:従来のRAS/MAPK活性化機構、中央:LZTR1によるRAS分解機構、右:LZTR1 変異体による RAS 分解機構の異常とヌーナン症候群発症機序)

謝辞

本研究は、公益財団法人上原記念生命科学財団(研究代表者:阿部太紀)、公益財団法人武田科学振興財団(研究代表者:阿部太紀)、日本学術振興会科学研究費補助金(研究代表者:阿部太紀(JP20H03398、JP23K06230) 、青木洋子(JP23H02872))、 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業 「ヌーナン症候群類縁疾患の診断・診療ガイドライン作成に向けたエビデンス創出研究」、「ヌーナン症候群とその類縁疾患の実態調査と機能的なエビデンスに基づいた診断基準・診療指針作成」(研究代表者:青木洋子)の支援を受け行われました。

用語説明

注1.ヌーナン症候群:先天性心疾患・低身長・骨格異常を伴う先天異常症であり国の指定難病の一つです。
注2.LZTR1 (leucine-zipper-like post translational regulator 1):BTB-Kelch スーパーファミリーに属する分子であり、ユビキチン・プロテアソーム経路を介したタンパク質分解に関与する分子です。ヌーナン症候群の他にグリオブラストーマなどのがんにおいても遺伝子変異が報告されています。
注3.RAS タンパク質:古典型 RAS(HRAS、KRAS、NRAS)ならびに非古典型 RAS (RIT1、MRAS)などから構成されるがん原遺伝子産物であり、ヌーナン症候群の発症に関与することが知られています。
注4.RAS/MAPK シグナル伝達経路:細胞の中で様々な情報を伝達する生体に必須のシグナル伝達経路あり、細胞の増殖、様々な組織への分化などを制御しています。
注5.コステロ症候群: ヌーナン症候群と同様に RASopathies の一つです。
注6.HRAS変異:コステロ症候群の原因はRASタンパク質の一つであるHRASの遺伝子変異です。代表的な遺伝子変異はHRAS p.G12S 変異です。
注7.ポリユビキチン化:タンパク質にユビキチンという小さな分子を複数個連鎖的に付加する過程です。この修飾を受けた標的タンパク質は、主にプロテアソームによる分解の対象となったり、細胞内での局在変化や機能調節を受けたりします。ポリユビキチン化は、細胞内のタンパク質品質
管理や様々なシグナル伝達経路において重要な役割を果たしています。
注8.MEK1/2:RASタンパク質によって制御されるMAPKシグナル伝達経路の構成分子の一つであり、MEKの阻害剤はがん治療に使用されています。

参考文献

1.Abe T., et al. LZTR1 facilitates polyubiquitination and degradation of RASGTPases. Cell Death and Differentiation 2020; 27(3) 1023-1035.
2.Abe T., et al. LZTR1 deficiency exerts high metastatic potential by enhancing
sensitivity to EMT induction and controlling KLHL12-mediated collagen
secretion. Cell Death and Disease 2023; 14(8):556.

論文情報

Dysregulation of RAS proteostasis by autosomal-dominant LZTR1 mutation induces Noonan syndrome-like phenotypes in mice
Taiki Abe, Kaho Morisaki, Tetsuya Niihori, Miho Terao, Shuji Takada, Yoko Aoki
タイトル:LZTR1 の常染色体顕性遺伝形式変異による RAS プロテオスタシスの破綻は、マウスにてヌーナン症候群様の症状をひきおこす
著者: 阿部太紀、森崎佳歩、新堀哲也、寺尾美穂、高田修治、青木洋子
*共同責任著者:
東北大学大学院医学系研究科遺伝医療学分野 助教 阿部太紀
東北大学大学院医学系研究科遺伝医療学分野 教授 青木洋子
掲載誌:JCI Insight
DOI:10.1172/jci.insight.182382
URL:https://insight.jci.org/articles/view/182382

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科遺伝医療学分野
助教 阿部太紀(あべ たいき)
教授 青木洋子 (あおき ようこ)
TEL:022-717-8139
Email:taiki.abe.e7*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press*pr.med.tohoku.jp(*を@に置き換えてください)

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