フェロトーシス感受性を制御するセレン運搬タンパク質を同定
-がんや神経変性疾患研究への応用につながる成果-
2024.11.15 Fri
発表のポイント
- がん治療の新戦略として注目されている細胞死フェロトーシスに対する感受性を制御するタンパク質として、「PRDX6」を新たに同定しました。
- PRDX6には、酸化ストレス制御に必要な微量元素である「セレン」の細胞内有効利用を促進するという新規の機能を有することを解明しました。
- PRDX6はがんの増殖や脳内のセレン利用に重要な役割を担うことから、抗がん剤の開発やアルツハイマー病などの病態解明に向けた新たな標的分子として期待されます。
概要
フェロトーシスは、酸化ストレスに関連して生じる脂質過酸化依存性の細胞死であり、アルツハイマー病などの神経変性疾患の病態や、がんの治療抵抗性などに関わることが知られ、治療標的として注目を集めている生命事象です。
東北大学大学院農学研究科の伊藤隼哉助教、仲川清隆教授、大学院医学系研究科の三島英換非常勤講師、大学院薬学研究科の外山喬士講師、斎藤芳郎教授らは、ドイツ・ヘルムホルツセンターミュンヘン 中村俊崇研究員(当時)、Marcus Conrad教授らとの国際共同研究により、抗酸化酵素の一つであるペルオキシレドキシン6(PRDX6)が、生体内の酸化ストレス制御に必要な微量元素であるセレンの細胞内での有効利用を促すという、これまで知られていなかった機能を担っており、それによってフェロトーシスを制御していることを明らかにしました。また PRDX6は、がんの増殖や脳内でのセレンの利用効率にも重要な役割を担っていることが示されました。本成果はPRDX6を標的とした新たな抗がん薬や神経変性疾患の治療薬開発につながることが期待されます。
本研究成果は 2024年11月14日に国際学術誌Molecular Cellに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
フェロトーシス(注1)は、酸化ストレスに関連して生じる脂質過酸化(注2)により誘導される細胞死です。近年、がん細胞の抗がん薬感受性や、アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患(注3)の病態に関わることが知られており、これらの病気の治療標的としても世界的に大きな注目を集めている生命事象でもあります。例えば、がん細胞のフェロトーシスを起きやすくすることで、がん細胞が死にやすくなることから、がん治療の有望な治療標的となることが期待されています。一方、神経変性疾患では、神経細胞のフェロトーシスによる細胞死が病態に関わることが報告されているため、フェロトーシスを有効に抑制することは疾患の進行抑制のための治療戦略として期待されています。そのため、細胞のフェロトーシスの感受性を制御する仕組みのさらなる解明が望まれています。
フェロトーシスを制御するためには、必須微量元素であるセレン(注4)を細胞内で有効に利用することが不可欠です。ヒトの生体にとってセレンは、酸化ストレスの制御に関わる様々なセレンタンパク質(注5)の合成に使用されます。セレンタンパク質の中でも、グルタチオンペルオキシダーゼ4(GPX4)(注6)は、酸化ストレスによって酸化した脂質を解毒する機能を有しており、フェロトーシスを抑制するための重要な酵素であることが知られています。
今回の取り組み
東北大学大学院農学研究科 伊藤隼哉助教、仲川清隆教授、医学系研究科三島英換非常勤講師、薬学研究科 外山喬士講師、斎藤芳郎教授らはドイツ・ヘルムホルツセンターミュンヘン 中村俊崇研究員(当時)、Marcus Conrad 教授らとの国際共同研究において、抗酸化酵素として知られていたペルオキシレドキシン6(PRDX6)(注7)というタンパク質に注目し、PRDX6がフェロトーシスの起きやすさを制御する酵素であること、そしてその機能は従来知られていなかった、生体内の酸化ストレス制御に不可欠なセレンの細胞内の運搬タンパク質として機能することによるものであることを明らかにしました。
まず本研究で研究グループは、PRDX6のこれまで知られていた機能である酸化脂質の解毒作用を GPX4 と比較したところ、PRDX6の酸化脂質の解毒作用は、GPX4よりも非常に弱いことを認めました。一方で、がん細胞でPRDX6を欠損させるとフェロトーシスの感受性が著しく上昇し細胞死を起こしやすくなることを見出しました。この予想外の知見から、PRDX6のフェロトーシスの制御における役割を検討した結果、PRDX6は「細胞内のセレンの運搬タンパク質」として働くことで、細胞がセレンを有効利用するために必要な役目を果たしていることが明らかとなりました。そして、これまで知られていなかったこの働きを介して、PRDX6はGPX4をはじめとするセレンタンパク質の発現量を保ち、細胞のフェロトーシスの感受性に影響を与えていることを解明しました。
さらに研究チームはマウスを用いた実験からPRDX6の影響を調べた結果、がん細胞のPRDX6を欠損させると、がんの増殖が抑制され、抗がん薬の効きが向上することを見出しました。またPRDX6を持たないマウスでは脳内のセレンタンパク質の発現量が減ることを明らかにしました。以上の結果から、PRDX6は、がんの増殖や脳内でのセレン利用に重要な役割を担っていることを見出しました。
また、PRDX6がセレンの運搬タンパク質であるという本知見は、別の独立した海外のグループからの論文 もMolecular Cellの同号(doi:10.1016/j.molcel.2024.10.027)に同時掲載されるとともに、京都大学のグループからもごく最近報告(doi:10.1038/s41594-024-01329-z)されており、世界的に注目が集まる知見であることを示すものでもあります。
今後の展開
フェロトーシスを有効に誘導することはがん治療の戦略として期待されているため、PRDX6を阻害することでがん細胞のフェロトーシス感受性を高めることは、新たな抗がん薬の開発に展開することが期待されます。また、PRDX6は脳内のセレンタンパク質の維持に重要な役割を果たしていることから、アルツハイマー病などの神経変性疾患の病態の解明や治療法の開発においても重要な標的分子となることが今後期待されます。

謝辞
本研究は科学研究費助成事業(20KK0363、18K08198、22KK0253、22H02278)、糧食研究会、サッポロ生物科学振興財団等の支援により行われました。
用語説明
注1.フェロトーシス(Ferroptosis):2012年に提唱された、アポトーシスとは異なる制御性の細胞死の形の一つ。脂質酸化依存性細胞死とも呼ばれ、細胞膜成分のリン脂質の過酸化によって引き起こされる細胞死。各種の臓器障害や神経変性疾患の病態や、がんに対する抗がん薬感受性などに関わることが近年注目されている。
注2.脂質過酸化:細胞内の様々な酸化ストレスにより、細胞膜を構成するリン脂質が酸化すること。脂質過酸化により、脂質ヒドロペルオキシドが生じ、連鎖的な酸化反応が進行する。
注3.神経変性疾患:アルツハイマー病など、脳や神経の特定の細胞が障害を受け徐々に脱落して認知機能低下や神経症状を来す病気。
注4.セレン(セレニウム):ギリシャ神話の「月の女神 Selene(セレーネ)」の名前に由来する金属元素(元素記号:Se)。ヒトの健康に不可欠な必須微量元素でもあり、生体内の酸化ストレスの制御に関わる様々なセレンタンパク質の機能に重要な役割を担う。
注5.セレンタンパク質(セレノプロテイン):セレンを含むタンパク質の総称であり、ヒトでは25種が知られている。主に酸化ストレスに対する抗酸化制御にする働きを担うものが多い。
注6.グルタチオンペルオキシダーゼ4(GPX4):セレンタンパク質の一つであり、有害な過酸化脂質を還元して解毒する役割を持つ抗酸化酵素。フェロトーシスの制御酵素として働く。
注7.ペルオキシレドキシン6(PRDX6):抗酸化酵素の一つ。セレンタンパク質ではないが、酸化した脂質の還元解毒作用を有することがこれまで知られていた。
論文情報
Title:PRDX6 dictates ferroptosis sensitivity by directing cellular selenium utilization
Authors:Junya Ito, Toshitaka Nakamura, Takashi Toyama, Deng Chen, Carsten Berndt, Gereon Poschmann, André Santos Dias Mourão, Sebastian Doll, Mirai Suzuki, Weijia Zhang, Jiashuo Zheng, Dietrich Trümbach, Naoya Yamada, Koya Ono, Masana Yazaki, Yasutaka Kawai, Mieko Arisawa, Yusuke Ohsaki, Hitoshi Shirakawa, Adam Wahida, Bettina Proneth, Yoshiro Saito, Kiyotaka Nakagawa,*Eikan Mishima, *Marcus Conrad(*corresponding author)
「PRDX6 は細胞内のセレン利用を制御しフェロトーシス感受性を決定する」
伊藤隼哉, 中村俊崇, 外山喬士, Deng Chen, Carsten Berndt, Gereon Poschmann, André Santos Dias Mourão, Sebastian Doll, 鈴木実頼, Weijia Zhang, Jiashuo Zheng, Dietrich Trümbach, 山田直也, 小野浩弥, 矢﨑雅菜, 河合靖貴, 有澤美枝子,大崎雄介, 白川仁, Adam Wahida, Bettina Proneth, 斎藤芳郎, 仲川清隆, *三島英換, Marcus Conrad (責任著者)
掲載誌:Molecular Cell
DOI:10.1016/j.molcel.2024.10.028
URL:https://www.cell.com/molecular-cell/fulltext/S1097-2765(24)00868-2
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院農学研究科 食品機能分析学分野
助教 伊藤隼哉(いとう じゅんや)
TEL:022-757-4419
Email:junya.ito.d3*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
東北大学大学院医学系研究科
腎臓内科学分野
非常勤講師 三島英換(みしま えいかん)
Email:eikan*med.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学農学部 総務係
TEL:022-757-4003
Email:agr-syom*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
- 関連資料
- プレスリリース資料(PDF)