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小頭症を引き起こす新規原因分子を発見
胎仔脳の発生過程でのモーター分子の新たな機能

発表のポイント

  • ヒトの小頭症(注1)患者では KIF23遺伝子の変異が見つかっています。
  • 胎仔期のマウスの脳において、モーター分子(注2)として働くキネシンスーパーファミリー蛋白質(KIF)(注3)の一つであるKif23が、神経幹細胞(注4)内で働くことを明らかにしました。
  • Kif23の機能を阻害すると、神経幹細胞の分裂に異常が生じて神経細胞の分化が早まり、細胞死(注5)へと繋がることが分かりました。
  • KIF23の遺伝子変異が、適切な脳の発生発達を妨げ、ヒトの小頭症の原因となっている可能性が示唆されました。

概要

小頭症とは、新生児の頭の大きさが小さい状態のことで、脳の発生発達が不十分であることが原因とされています。脳の発生が始まるのは胎児期で、神経幹細胞が増殖して神経細胞に適切に分化することで発達します。小頭症の原因として子宮内感染症や遺伝子異常などが知られていますが、病態の全容解明には至っていません。
東北大学大学院医学系研究科発生発達神経科学分野の Sharmin Naher 助手、吉川貴子講師、大隅典子教授の研究チームは、同大学加齢医学研究所、同大学学際科学フロンティア研究所、国立精神・神経医療研究センター神経研究所、台湾国立陽明交通大学との共同研究で、マウスの胎仔期の脳を用いて、モーター分子Kif23が適切な神経幹細胞の分裂と神経細胞への分化を維持し、脳構築に重要な働きがあることを明らかにしました。さらにヒトの小頭症で見られるKIF23遺伝子の変異によって脳構築が異常となる可能性があり、KIF23が小頭症を引き起こす新規の分子であることを明らかにしました。
本研究成果は、2024年12月4日(日本時間19時)に国際科学誌 The EMBO Journal(電子版)に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景
小頭症とは、新生児の頭の大きさが小さい状態のことで、脳が小さく不完全に発達したことが原因であると言われています。脳の発生は胎児期に始まり、神経幹細胞という幹細胞が分裂して増殖し、適切なタイミングで神経細胞に分化することで、脳が大きく発達していきます。小頭症の原因として、子宮内感染症や遺伝子異常などが知られていますが、依然として病態の全容解明には至っていません。

今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科発生発達神経科学分野の Sharmin Naher(シャーミン ネーハー)助手、吉川貴子(きっかわ たかこ)講師、大隅典子(おおすみ のりこ)教授の研究チームは、同大学加齢医学研究所、同大学学際科学フロンティア研究所、国立精神・神経医療研究センター神経研究所、台湾国立陽明交通大学と共同で、細胞分裂に関わるモーター分子 Kif23 が、マウスの胎仔期において分裂する神経幹細胞の紡錘体(注 6)に局在することを見いだしました(図1A)。
モーター分子Kif23の胎仔脳における機能を生体内で調べるために、子宮内電気穿孔法(注7)を用いて(図1B)、神経幹細胞内でモーター分子Kif23の機能阻害を行いました。その結果、神経幹細胞の分裂面が垂直面(対称分裂)から水平面(非対称分裂)へと変化し、早期に神経細胞へと分化することが分かりました(図1C)。また細胞分裂に失敗して神経細胞へと分化した細胞は、細胞死(アポトーシス)へと向かうことが示唆されました(図1D)。
ヒトの小頭症患者で見つかったKIF23遺伝子の変異が、小頭症を引き起こす原因であるかを調べるために、Kif23機能阻害マウスにおいて、ヒト正常型KIF23とヒト小頭症変異型KIF23を、神経幹細胞内に強制的に発現させました。この実験系により、正常型KIF23は、KIF23機能阻害による異常な神経細胞分化を回復することができましたが、ヒト小頭症変異型KIF23では十分な回復が認められませんでした(図2)。この結果から、KIF23の遺伝子変異が、適切な脳の発生発達を妨げ、小頭症の原因となっている可能性が示唆されました。

今後の展開
この研究は、これまで培養下の細胞でしか機能が分かっていなかったKif23について、生体の胎仔期での新規機能を発見し、ヒトのKIF23遺伝子の特定の変異が小頭症の原因となることを明らかにしました(図3)。現在、小頭症の治療法は確立されておらず、治療困難な疾患への遺伝子治療がより発展すれば、小頭症の治療の標的として役立つことが期待されます。

図1.神経幹細胞における Kif23 の機能
(A)神経幹細胞におけるKif23の局在。細胞が分裂する過程は、前期・前中期・中期・後期・終期の段階からなる。前中期になると、紡錘体が作られ、Kif23は紡錘体に局在し始める。Kif23(赤)、γ-tubuli(緑): 中心体(分裂期に入ると細胞の両極へと移動)マーカー、DAPI(青):核
(B)子宮内電気穿孔法を用いたマウス胎仔脳における生体内 Kif23 機能阻害。
(C)Kif23 の機能阻害を行うと、対照群と比較して、神経幹細胞の分裂面がより水平に傾く。α-tubulin(赤):紡錘体を形成する微小管マーカー
(D)Kif23 の機能阻害により、神経細胞の分化が異常に亢進し、分化した神経細胞の細胞死が増加する。Tuj1(赤):神経細胞のマーカー、CC3(赤):細胞死マーカー、Sox2(丸):神経幹細胞マーカー、Tbr2(四角):中間増殖細胞マーカー、Hu(三角):神経細胞マーカー、Tuj1(菱形):神経細胞マーカー
図2.ヒトの KIF23 遺伝子の変異が小頭症を引き起こす可能性
(A)ヒトの小頭症患者で同定されたKIF23の変異は、モータードメイン内に存在する。
(B)正常型 KIF23 を強制発現させると、KIF23 機能阻害による異常な神経細胞分化を回復することができるが、ヒト小頭症変異型 KIF23では十分な回復が認められない。GFP(緑):子宮内電気穿孔法により遺伝子を導入した細胞、DAPI(青):核
図3.本研究の概略
左:Kif23が正常に働く場合の脳構築機序。
右:Kif23が働かないと脳構築が適切に行われず、小頭症を発症する可能性がある。

謝辞

本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(研究代表者:吉川貴子JP18K14999, JP23K06297)、日本医療研究開発機構 (AMED)「脳とこころの研究推進プログラム」(研究代表者:大隅典子 JP21wm0425003)の支援を受けて行われました。また、本論文は『東北大学 2024 年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりOpen Accessとなっています。

用語説明

注1.小頭症:新生児の頭の大きさが平均と比較して著しく小さいか、出生後に頭の成長が停止する疾患。
注2.モーター分子:微小管とよばれる細胞骨格を足場として、細胞内の物質を一方向に運搬するタンパク質。モーター分子の代表的なものとして、キネシンやダイニンがある。
注3.キネシンスーパーファミリー蛋白質(KIF):モーター分子として働くキネシンは、遺伝子ファミリーを形成しており、総称してKIFsと呼ぶ。
注4.神経幹細胞:脳を構成する神経細胞を生み出す細胞。神経幹細胞は、分裂面が垂直であると対称分裂を行って神経幹細胞を維持し、分裂面が水平であると非対称分裂を行って神経細胞へと分化する。
注5.細胞死:細胞が細胞膜や核などの破綻をきたし、生理機能を失い生命としての活動を停止している状態。細胞死のうち、アポトーシスは、遺伝子発現の制御下にあるプログラムされた細胞死である。
注6.紡錘体:細胞分裂の際に、染色体を娘細胞へ分離するために形成される細胞骨格。
注7.子宮内電気穿孔法:子宮内の胎仔の脳内に核酸溶液を注入し、電気的刺激によって、特定の部位の細胞内に遺伝子を導入する手法。

論文情報

タイトル:Kinesin-like motor protein KIF23 maintains neural stem and progenitor cell pools in the developing cortex
著者:Sharmin Naher, Kenji Iemura, Satoshi Miyashita, Mikio Hoshino, Kozo Tanaka, Shinsuke Niwa, Jin-Wu Tsai, Takako Kikkawa, Noriko Osumi
*共同責任著者:
東北大学 大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野 講師 吉川貴子
東北大学 大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野 教授 大隅典子
掲載誌:The EMBO Journal
DOI:10.1038/s44318-024-00327-7

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野
教授 大隅典子
TEL:022-717-8201
Email:noriko.osumi.c7*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

講師 吉川貴子
TEL:022-717-8203
Email:takako.kikkawa.c4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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