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乳がん治療のための新しい診断法を開発
予後予測の特許取得

発表のポイント

  • 乳がんの新しい診断方法としてメッセンジャーRNA(mRNA)(注1)の発現パターン(TP53シグネチャー)により、乳がんの①予後(全生存期間)、②手術後の再発(無増再発存期間)、③手術前の抗がん剤治療(術前化学療法)の効果(病理組織学的完全寛解)(注2)を予測できる方法を開発しました。
  • 2024年11月12日に、「乳がんの予後の判定方法」として特許を取得しました。
  • 今後は、保険診療で使用できる体外診断薬として開発が期待されます。

概要

本邦において乳がんは女性のがん罹患数が第1位、死亡数が第4位と増加傾向にあり、正確な予後や治療効果を予測可能な診断薬の開発が求められています。東北大学病院腫瘍内科の石岡千加史客員教授(学術研究員)と高橋信臨床准教授は、これまでに乳がん組織の網羅的なメッセンジャーRNA(mRNA)の発現量解析から、TP53遺伝子変異の有無を予測可能な遺伝子発現パターン(TP53シグネチャー)と、乳がんの予後(全生存期間)、手術後の再発(無再発存期間)を予測できる事を発見しました(高橋ら. Cancer Sci. 2008年)(基盤特許取得、特許第4370409号)。また、TP53シグネチャーが手術前の抗がん剤治療(術前化学療法)の効果(病理組織学的完全寛解)を予測できることを明らかにし(高橋ら. Breast Cancer (Auckl). 2023年)、国内外の複数の研究者によって TP53シグネチャーの臨床的有用性が確認されました(Lehmannら. BMC Cancer. 2015年)(表1、表2参照)。
今回、同グループは、800例の日本人の乳がん組織を用いて、TP53シグネチャーの簡便な診断方法を開発し、乳がんの全生存期間、無増再発存期間、術前化学療法の病理組織学的完全寛解を予測可能であることを確認しました(高橋ら. Trans Oncol. 2024年)。さらに、2024年11月12日に、「乳がんの予後の判定方法」として特許を取得しました(検査方法に関する新規の特許、特許第7587251号)。今後は、産学連携の共同研究により、保険診療で使用できる体外診断薬として開発が期待されます。

詳細な説明

研究の背景
本邦において、乳がんは女性のがん罹患者数第1位、死亡者数では第4位であり、その数は増加傾向です。乳がん症例の予後予測を正確に行うことは困難であり、リスクの回避の観点から治療強度が強い治療方法が選択されることが多く、リスクの過剰評価や過剰治療につながっている可能性があります。このため、予後や治療効果を正確に予測可能な診断薬が必要です。
がん抑制遺伝子(注3)TP53は多くのがんにおいて最も高頻度に変異が認められる遺伝子です。乳がんにおいても約半数で変異が認められ、変異がある乳がんは変異がない乳がんよりも予後が不良であることが知られています。東北大学病院腫瘍内科の石岡千加史(いしおか ちかし)客員教授(学術研究員)と高橋信臨床准教授は、乳がんを対象とした網羅的なメッセンジャーRNA(mRNA)の発現量解析から、TP53遺伝子変異の有無を予測する遺伝子発現パターン(TP53 シグネチャー)を見いだしました。また、TP53シグネチャーが乳がん症例の予後を予測可能であること、TP53シグネチャーは TP53遺伝子変異よりも予後の予測性が高いことを示しました(高橋ら. Cancer Sci.2008年)。また、TP53シグネチャーが手術前の抗がん剤治療(術前化学療法)の効果(病理組織学的完全寛解)を予測できることを示しました(高橋ら.Breast Cancer (Auckl). 2023年)。TP53シグネチャーの臨床的な有用性については、国内外の複数の研究者によっても検証されています。特に、約7000例の乳がんのデータを用いて行われた横断研究の結果、TP53シグネチャーは、予後を最も高精度に予測できる診断方法の一つであることが示されました(351の診断方法中、第2位)(Lehmannら. BMC Cancer. 2015年)(表1、表2参照)。

今回の取り組み
今回、同グループは、253例の日本人乳癌組織を用いて、TP53シグネチャーの簡便な診断方法を開発しました。さらに、国内臨床研究グループの協力の元、800例の日本人の乳がん組織を用いて、開発した診断方法の臨床的有用性の検証を行いました(TP53シグネチャーによりTP53遺伝子変異ありパターン群および変異なしパターン群に分類し、抗がん剤治療の治療効果および予後について比較)。その結果、手術前の抗がん剤治療(術前化学療法)の効果(病理組織学的完全寛解)(オッズ比5.599 (95%信頼区間:1.876−16.705, p=0.0008))、手術後の再発(無増再発存期間)(ハザード比1.82 (95%信頼区間:0.91−3.64, p=0.084))を予測可能であることを示しました。また TP53遺伝子変異ありパターン群では術前化学療法により予後が改善する(ハザード比 1.31 (95%信頼区間:0.65−2.64, p=0.45))一方で、TP53遺伝子変異なしパターン群では術前化学療法により予後の改善が認められない(ハザード比4.81 (95%信頼区間:1.59−14.54, p=0.0025))ことを示しました(図1)(高橋ら.Trans Oncol. 2024年)。以上の結果より、術前化学療法のメリットはTP53遺伝子変異ありパターン群では大きい一方で、TP53遺伝子変異なしパターン群では乏しいことを明らかにしました。これは、抗がん剤治療のメリットが大きい症例にのみ抗がん剤治療を提供できる個別化医療(術前化学療法の最適化)の進歩に寄与する成果です。これらの成果を乳がんの予後の判定方法として特許を取得しました(特許第7587251号)。

今後の展開
産学連携の共同研究により、保険診療で使用できる体外診断薬として開発が期待されます。

特許情報

基盤特許
特許第4370409 号(2009年9月11日取得)
特許出願番号:特願 2006-137151(2006年5月17日出願)
特許公開番号:2007-167058(2007年7月5日公開)
発明の名称:がんの予後予測方法(石岡千加史, 高橋信)
検査方法に関する特許(今回、新規に取得)
特許番号:特許第7587251号(2024.11.12 取得)
特許出願番号:特願2020-141720(2020年8月25日出願)
特許公開番号:特開 2022-37531(2022年3月9日公開)
発明の名称:乳がんの予後の判定方法(石岡千加史,高橋信)
出願人:東北大学

図1.TP53 シグネチャーと臨床的有用性
表1.東北大学病院で実施した臨床研究のリスト
表2.他施設で実施された臨床研究のリスト

謝辞

本研究は科学技術振興機構(JST)地域イノベーション創出総合支援事業シーズ発掘試験(996911)、文科省21世紀COEプログラム(964733)、日本医療研究開発機構(AMED)革新的医療シーズ実用化研究事業(1041295)の支援により実施されました。また株式会社理研ジェネシスとの共同研究として実施されました。本研究は一般社団法人Japan Breast Cancer Research Group(JBCRG)および特定非営利活動法人Organisation for Oncology and Translational Research の協力の元に実施されました。

用語説明

注1.メッセンジャーRNA(mRNA):遺伝子(DNA)からタンパク質が作られる際の中間産物。mRNA の量は合成されるタンパク質の量に比例すると考えられる。
注2.病理組織学的完全寛解(pathological complete response, pCR):抗がん剤治療によってがん細胞が完全に消失すること
注3.がん抑制遺伝子:細胞増殖を抑える方向に働く遺伝子。がん抑制遺伝子の異常により細胞増殖を抑えることができなくなることが発がんメカニズムの一つとなっている

論文情報

タイトル:TP53 signature predicts pathological complete response after neoadjuvant chemotherapy for breast cancer: observational and confirmational study using prospective study cohorts
著者:Shin Takahashi, Nobuaki Sato, Kouji Kaneko, Norikazu Masuda, Masaaki Kawai, Hisashi Hirakawa,Tadashi Nomizu, Hiroji Iwata, Ai Ueda, Takashi Ishikawa, Hiroko Bando, Yuka Inoue, Takayuki Ueno, Shinji Ohno, Makoto Kubo, Hideko Yamauchi, Masahiro Okamoto, Eriko Tokunaga, Shunji Kamigaki, Kenjiro Aogi, Hideaki Komatsu, Masahiro Kitada, Yasuaki Uemoto, Tatsuya Toyama, YutakaYamamoto, Toshinari Yamashita, Takehiro Yanagawa, Hiroko Yamashita, Yoshiaki Matsumoto, Masakazu Toi, Minoru Miyashita, Takanori Ishida, Fumisyoshi Fujishima, Satoko Sato, Takuhiro Yamaguchi, Fumiaki Takahashi, Chikashi Ishioka*
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 臨床腫瘍学分野
客員教授(学術研究員) 石岡千加史
掲載誌:Translational oncology
DOI:10.1016/j.tranon.2024.102060
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1936523324001876?via%3Dihub

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 臨床腫瘍学分野
東北大学病院腫瘍内科
客員教授(学術研究員) 石岡千加史
TEL:022-717-8543
Email:chikashi.ishioka.a7@*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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