TOHOKU MEDICINE LIFE NEWSROOM

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世帯所得が低い高血圧患者はコロナ禍で定期受診を控える
2021年以降は世帯所得と定期受診控えの関連は消失

発表のポイント

  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下の2020年において、世帯所得が低い高血圧患者の19.6%が定期受診を控えており、これは対照群の8.8%と比較して有意に高かった。
  • 世帯所得と定期受診控えの関連は特に女性において顕著であり、低所得群では対照群と比較して、定期受診を控えるリスクが3.14倍高かった。
  • 2021年以降、世帯所得による定期受診控えの差は解消されていた。
  • 特に公衆衛生上の緊急事態による社会活動制限が課された直後、低所得層の医療アクセスを低下させない対策が必要である。

東北医科薬科大学医学部衛生学・公衆衛生学教室講師(兼)東北大学大学院医学系研究科個別化予防・疫学分野非常勤講師の佐藤倫広(さとう みちひろ)および同分野大学院生の遠山真弥(とおやま まや)らの研究グループは、東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学分野准教授の田淵貴大(たぶち たかひろ)が主導するJACSIS研究データを基に、2020年~2023年における高血圧患者の世帯所得と定期受診状況との関連を調査しました。
結果、コロナ禍初期の2020年では、世帯所得が低い患者ほど定期受診を控える傾向が強く、特に女性でその傾向が顕著なことが分かりました。本研究は、将来的な公衆衛生上の緊急事態に備えて、世帯所得による医療アクセスの格差を減らすための対策の必要性を示した重要な報告です。
本研究成果は、2025年1月8日(水)午前10時(日本時間)にHypertension Researchに掲載されました。

研究内容

COVID-19の流行とそれに伴う公衆衛生対策は、世界中の人々の生活に大きな影響を与えました。日本でも2020年4月に発令された緊急事態宣言下では、多くの人々が医療機関への受診を控え、特に世帯所得が低い患者ほど持病の定期受診を控える傾向があることが報告されました。しかし、特定の疾患における世帯所得と受診控えの関連や、その後の推移については十分に調査されていませんでした。本研究では、日本において4300万人が罹患していると推計される「高血圧」に焦点を当てて受診控えの状況を調査したものです。
研究グループは、全国規模のインターネット調査である「日本におけるCOVID-19問題および社会全般に関する健康格差評価研究(JACSIS 研究)」のデータを用いて、治療中と回答した高血圧患者2,832名を対象に、世帯所得と定期受診控えとの関連を分析しました。世帯所得は、世帯人数で調整した等価世帯年収を用い、318.2万円(中央値)未満を低所得群、318.2万円以上を対照群として分析を行いました。
分析の結果、2020年において低所得群の19.6%が定期受診を控えていたのに対し、対照群では8.8%でした。この差は、年齢、性別、教育歴、雇用状態、COVID-19への不安度などの要因で調整しても統計学的に意味のある差でした。このことから、治療中の高血圧患者において経済状態そのものがコロナ禍の受診控えにつながったことが示唆されています。
特筆すべき点は、世帯所得と定期受診控えの関連は女性において特に顕著であったことです。女性の低所得群は対照群と比較して、定期受診を控えるリスクが3.14倍高く、これは男性(1.21倍)と比べても明らかに高い値でした。これには、COVID-19流行下で女性の家事・育児負担が増加したことが影響している可能性があります。
一方で 2021年以降、高血圧受診控えは大きく減り、世帯所得の影響も消失しました。この変化から、緊急事態制限などの社会活動制限が、治療中高血圧患者の受診行動に大きな影響を与えていたことが分かりました。

研究の意義と今後の展望

本研究により、社会活動制限が課される直後、世帯所得が低い高血圧患者は治療のための定期受診を控えるリスクが高くなる可能性が示されました。実際、佐藤講師が実施した別の研究で、2020年では治療中高血圧患者の血圧が上昇していることが報告されています。高血圧は、心血管疾患や慢性腎臓病の主要なリスク要因であり、定期的な管理が重要です。
所得と受診控えの関連には、経済的要因に加え、時間的要因が影響していると考えられます。このような世帯所得による医療アクセスの格差を是正するためには、効果的な経済的支援やオンライン診療の推進など、将来の公衆衛生上の緊急事態に備えた対策が必要と考えられます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業、厚生労働科学研究費助成事業などの支援を受けて実施されました。

論文題目

English title:Association between equivalized annual household income and regular medical visits for hypertensive patients since the COVID-19 outbreak
Authors:Maya Toyama, Michihiro Satoh, Hideaki Hashimoto, Yutaro Iwabe, Takahito Yagihashi, Shingo Nakayama, Takahisa Murakami, Naoki Nakaya,Hirohito Metoki, Atsushi Hozawa, and Takahiro Tabuchi
タイトル:「新型コロナウイルス感染症流行以降の等価世帯年収と高血圧患者の定期受診との関連」
著者:遠山 真弥、佐藤 倫広、橋本 英明、岩部 悠太郎、八木橋 崇仁、中山 晋吾、村上 任尚、中谷 直樹、目時 弘仁、寳澤 篤、田淵 貴大
掲載誌名:Hypertension Research(電子版)
doi:10.1038/s41440-024-02067-x

謝辞

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業、国立環境研究所内部研究費、厚生労働科学研究費補助金、および東京財団政策研究所における「ヘルス・メトリクスを用いた政策インパクトのモニタリングと評価に関する研究」の助成を受けて実施しました。JACSIS 研究グループの研究者の皆様からの貴重なご意見に感謝申し上げます。

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 公衆衛生学分野
准教授 田淵 貴大(たぶち たかひろ)
電話番号:022-717-8123
FAX:022-717-8125
E メール:takahiro.tabuchi.a5*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(取材に関すること)
東北大学大学院 医学系研究科・医学部広報室
電話番号:022-717-8032
FAX 番号:022-717-8931
E メール:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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