筋肉は正常なタンパク質分解によって維持されている
ペプチド分解酵素のタンパク質品質管理機能を発見
2025.1.30 Thu
発表のポイント
- 筋細胞においてタンパク質が分解されるにあたっては、多くのペプチド分解酵素(注1)が働きます。
- ペプチド分解酵素の一種、メチオニンアミノペプチダーゼ(MetAPs) (注2) が筋細胞におけるタンパク質の品質管理を行っていることを明らかにしました。
- MetAPsの機能を阻害すると、タンパク質翻訳(注3)の異常や小胞体ストレス(注4)を起こしてタンパク質の品質が劣化し、細胞増殖能力に深刻な影響が及ぶことがわかりました。
- 骨格筋の減少を伴う筋肉減少症サルコペニア(注5)など、運動機能低下への効果的な対策につながることが期待される成果です。
概要
骨格筋は日常生活や運動を司る人体最大の組織です。骨格筋の維持には筋細胞を構成するタンパク質の合成と分解のバランスが重要であり、タンパク質分解にはさまざまなペプチド分解酵素が働きます。ペプチド分解酵素はタンパク質の分解だけでなく、さまざまな細胞の調節機能を担っているとされていますが、その機能の全容については十分に解明されていません。
東北大学産学連携機構イノベーション戦略推進センターの永富良一特任教授、国士舘大学大学院救急システム研究科の長名シオン講師らの研究グループは、細胞内におけるペプチド分解酵素の一つであるメチオニンアミノペプチダーゼ(MetAPs)が、タンパク質分解を通じて骨格筋細胞のタンパク質の品質管理を行っていることを発見しました。タンパク質の品質劣化は小胞体ストレスにつながり、細胞の増殖を抑制することがわかりました。今後、他のタンパク質分解酵素の細胞周期や形態形成の制御も含めて骨格筋量の調節機構の全体像をとらえることで、主に加齢などによって生じる筋肉減少症(サルコペニア)などの運動
機能低下に対する効果的な対策につながることが期待されます。
本研究成果は、2025年1月13日細胞ダイナミクスに関する専門誌Biochimica et Biophysica Acta (BBA)- Molecular Cell Research(電子版)に掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
骨格筋は日常生活や運動を司る人体最大の組織です。超高齢社会を迎えている日本においては、サルコペニアといった加齢などによる機能性低下が喫緊の健康課題となっています。
骨格筋は可塑性の高い組織であり、日常生活や運動により引き起こされる筋損傷は、通常は適切に修復・再生されます。再生には筋芽細胞(注6)の増殖、分化・融合による多核筋管の形成が重要であり、骨格筋を維持するにあたっては、このような筋形成プロセスが適切に行われることが不可欠です。本研究グループはこれまでに、細胞内のタンパク質をペプチドに分解するプロテアソーム(注7)が骨格筋の維持に必須であることを見出してきました。しかし、基質特異性の異なる種々のペプチド分解酵素であるアミノペプチダーゼの働きについては解明に至っていませんでした。
今回の取り組み
東北大学産学連携機構の永富良一特任教授、大学院医工学研究科の村山和隆准教授、大学院医学系研究科の鈴木直輝非常勤講師、国士舘大学大学院救急システム研究科の長名シオン講師らの研究グループは、細胞内におけるペプチド分解酵素の一つであるメチオニンアミノペプチダーゼ(MetAPs)が骨格筋細胞のタンパク質の品質管理を通じて恒常性維持に寄与することを発見しました(図 1)。
研究グループはまず初めに、マウス筋芽細胞株 C2C12(注8)においてMetAPs阻害剤である Bengamide-B(注9)を用いることで、MetAPs 阻害が細胞増殖能力を抑制することを明らかにしました。さらにその分子機序として MetAPs 阻害により翻訳されたタンパク質の折りたたみがうまくいかなくなるなどの異常が生じて品質が劣化し、小胞体ストレスが誘導されることを解明しました。MetAPsには Metap1とMetap2という2つの遺伝子が存在していることから、siRNAを用いたRNA干渉法(注10)によりMetap1とMetap2の各遺伝子発現を抑制する実験により、それぞれの遺伝子の機能性について検証しました。
その結果、Metap2遺伝子発現抑制ではBengamide-Bと同様に、細胞増殖能力が低下することやタンパク質翻訳異常に伴う小胞体ストレスが増加することが明らかになりました。このことから、マウス筋芽細胞株C2C12においてはMetap2の機能性が優位であることが明らかになりました。ペプチド分解酵素である MetAPsがタンパク質の品質管理を通じて骨格筋の恒常性維持に寄与するという非常に興味深い研究成果を得ることができました。
今後の展開
本研究の成果はペプチド分解酵素であるMetAPsが骨格筋維持に不可欠である筋芽細胞の増殖制御に寄与することを示しており、超高齢社会を迎えている本国における喫緊の健康課題である筋肉減少症サルコペニアの予防法の策定や骨格筋量の制御メカニズムの解明への貢献につながることが期待されます。

MetAPsは細胞内のペプチド分解酵素の一つである。筋細胞におけるMetAPs阻害はタンパク質の翻訳異常に伴う小胞体ストレス増加を引き起こし、細胞増殖能力を低下させる
謝辞
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP24H00669, JP23K16670,22J00078)および住友財団基礎科学研究助成の支援により行われました。
用語説明
注1.ペプチド分解酵素:ペプチドとは2つ以上のアミノ酸が鎖状につながった分子の総称で、それらを最小単位のアミノ酸へと分解する酵素群です。
注2.メチオニンアミノペプチダーゼ(MetAPs):細胞内におけるペプチドをアミノ酸へと分解する酵素の一つであり、主にメチオニンを標的とします。
注3.タンパク質翻訳:遺伝子配列をアミノ酸配列に変換してタンパク質を合成する過程のことです。
注4.小胞体ストレス:タンパク質の合成や折りたたみを行う細胞内の小胞体が正しく機能できない状態を意味します。
注5.筋肉減少症サルコペニア:加齢や疾患により筋肉量が減少することで、全身の筋力低下および身体機能の低下が起こることを意味します。
注6.筋芽細胞:筋線維の元となる細胞であり、この細胞が多数融合して筋管細胞(筋線維)となります。
注7.プロテアソーム:細胞質や核内にある不要なタンパク質を分解する巨大な酵素複合体のことです。
注8.マウス筋芽細胞株 C2C12:マウス骨格筋由来の筋芽細胞であり、骨格筋研究では非常に使用頻度が高い細胞です。
注9.Bengamide-B:MetAPsを阻害する薬剤のことです。
注10.RNA干渉法:標的とする遺伝子のmRNAを特異的に分解し、その遺伝子発現を抑制する実験手法のことを言います。
論文情報
タイトル:Inhibition of methionine aminopeptidase in C2C12 myoblasts disrupts cell integrity via increasing endoplasmic reticulum stress
(C2C12 筋芽細胞におけるメチオニンアミノペプチダーゼ阻害は小胞体ストレスを増加させることで細胞機能性を破綻させる)
著者:Shion Osana, Cheng-Ta Tsai, Naoki Suzuki, Kazutaka Murayama, Masaki Kaneko, Katsuhiko Hata, Hiroaki Takada, Yutaka Kano, Ryoichi Nagatomi
*責任著者:
国士舘大学大学院救急システム研究科 講師 長名シオン(おさな しおん)
東北大学産学連携機構 特任教授 永富良一(ながとみ りょういち)
掲載誌:Biochimica et Biophysica Acta (BBA) – Molecular Cell Research 誌
DOI:10.1016/j.bbamcr.2025.119901
URL:
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0167488925000060#s01
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問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学産学連携機構
イノベーション戦略推進センター
特任教授 永富良一
TEL:022-752-2191
Email:ryoichi.nagatomi.c4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学産学連携機構
イノベーション戦略推進センター事務支援室
TEL:022-752-2188
Email:promo-innov*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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