発表のポイント
- 眼科専門医の診断過程を模した高精度な緑内障(注1)スクリーニングAIを開発しました。
- AIによるスクリーニングの判断根拠が数値で示されることで、画像から診断を下す読影医(注2)も AI の診断結果を容易に理解できます。
- 軽量設計なAIであり、携帯型デバイスへの利用も期待されます。
概要
緑内障は日本における失明の主要原因ですが、初期段階では自覚症状が少なく診断が難しいという課題があります。
東北大学大学院医学系研究科眼科学分野の中澤徹(なかざわとおる)教授、シャルマ・パーマナント准教授らの研究チームは、AIを活用した緑内障スクリーニング(AI-GS)ネットワークを開発しました。この AIは、緑内障の診断上重要な所見を個別に解析し、それらの結果を統合して緑内障の有無を判定します。8000枚の眼底写真を用いた検証結果では、感度(注3)93.52%、特異度(注4)95%という高精度を達成し、特に初期緑内障の検出性能が優れています。
また、AIの判定結果を数値で示すことで、従来のAIが抱えていた「ブラックボックス」問題(注5)を解消し、読影医がAIの判断根拠を理解できる点も大きな特徴です。さらに、本モデルは軽量設計であり、携帯型デバイスでも利用可能であるため、専門医が不足する地域での活用の可能性もあります。今後、医療過疎地や大規模眼底写真検診において、このAIを活用した大規模スクリーニングが期待されます。
本研究成果は、2025年2月27日付でnpj Digital Medicineに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
緑内障は本邦で失明原因第一位の疾患であり、発症する人は年々増え続けています。初期段階では自覚症状がほとんどなく、気付いたときにはすでに視野の大半が障害されている状態です。緑内障による視野障害を回復させることは出来ないため、早期発見・早期治療により進行を遅らせることが不可欠です。緑内障の早期発見には検診が重要で、眼底写真から緑内障に特徴的な視神経乳頭所見を見つけることが大切です。しかし、初期緑内障の場合は、視神経乳頭や眼底の変化も微小であり、普段から緑内障の診療を行っている眼科医でないと見落としてしまう可能性があります。さらに検診では多くの眼底写真を読影する必要があるため、一枚一枚の写真を吟味する時間が限られています。また眼科医の数が限られている地域が多数あり、眼科専門医の読影を受けられない状況も想定されます。
このような課題を解決し、多数の眼底写真を眼科専門医レベルの精度で迅速かつ正確に判定していくために、AIのサポートが求められています。正確な眼底写真読影を可能にするため、眼科専門医の読影過程を模したAIの開発が待ち望まれています。
今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科眼科学分野の中澤徹(なかざわとおる)教授、シャルマ・パーマナント准教授らのグループは、AIを活用した緑内障スクリーニング(AI-GS)ネットワークを開発しました(図1)。この AI-GSネットワークは、緑内障の診断に重要な所見(視神経乳頭出血(注 6)、網膜神経線維層欠損(注7)、視神経乳頭陥凹拡大(注8))を個々に判定するための専用AIモデルを作成し、それぞれの結果を踏まえて統合的に緑内障の有無を判定するAIモデルです。このような手法を取ることで、従来のAIシステムを大きく上回る性能を発揮し、8000枚の眼底写真を用いたテストでは感度93.52%、特異度95%を達成しました。特に、眼底写真の変化が小さい初期緑内障を高精度で検出できる点が大きな強みです。またAI-GSネットワークが出力する結果は、それぞれの確信度を数値によって出力することが可能です。従来のAIは「ブラックボックス」であり、AIによる判定の根拠が不明だったことに対して、研究チームが開発した AIは結果の根拠や確信度を数値によって出力するため、読影医がAIの判断根拠を理解することができます。
さらにAI-GSネットワークの強みは軽量設計であることです。画像の読影結果も1枚あたり 1 秒未満で出力が可能で、携帯型デバイスで活用することも可能となります。
今後の展開
今回開発されたAIモデルは、軽量であるため携帯型デバイスや低リソース環境でも利用できることが期待できます。眼科医が限られた地域においても高度の眼底読影が可能となり、より多くの人々が緑内障の早期発見の機会を得られることが期待されます。
緑内障スクリーニングにおいて、専門医と同等の診断性能を持つAIを活用した大規模なスクリーニングを行うことが期待されます。

謝辞
本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT )による援助を受けました(JPMJCE1303)。
用語説明
注1.緑内障:通常、眼圧の上昇によって視神経が障害され、視野が狭くなる病気です。眼圧を下げる治療により進行を遅らせることができます。40歳以上で20人に一人、60歳以上では10人に一人以上の患者さんがいます。
注2.読影医:レントゲンや心電図などの画像を読み解き、疾患の有無について読影する医師のこと。ここでは眼底写真から緑内障の有無を判定する医師を指します。
注3.感度:病気があることを正しく「陽性」と判定できる割合のこと。感度が高いほど、「病気の人を見逃さない能力」が高いといえます。一方で感度が高くても、健康な人を間違って陽性を判定することがあるので、特異度とセットで考えることが重要です。
注4.特異度:病気でない人を正しく「陰性」と判定できる割合のこと。特異度が高いほど「健康な人を誤って陽性とするミスが少ない」ことを意味します。
注5.「ブラックボックス」問題:AIがどのようにして特定の判断や予測を行ったのか人間には理解しにくい状態のこと。AIは非常に複雑な計算を行っているため、AIの意思決定のプロセスを説明するのが難しいことが問題となります。
注6.視神経乳頭出血:視神経乳頭の周りで出血をしている状態です。主に緑内障と関連しており、視神経乳頭出血を伴う緑内障は進行が速いとされています。
注7.網膜神経線維層欠損:網膜はいくつかの層構造からなりますが、網膜神経線維層は網膜の表層に存在します。緑内障が進行すると網膜神経線維層が薄くなり、やがて欠損します。網膜神経線維層欠損は眼底写真を撮ると暗く映るため、判断が可能です。
注8.視神経乳頭陥凹拡大:視神経乳頭の中央が通常よりも大きく陥凹する状態のことです。主に緑内障の進行と関連し、視神経がダメージを受けているサインと考えられます。
論文情報
タイトル:A hybrid multi model artificial intelligence approach for glaucoma screening using fundus images
著者:Sharma Parmanand(シャルマ・パーマナント)、高橋直樹、二宮高洋、 佐藤正隆、津田聡、中澤徹
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 准教授 Sharma Parmanand(シャルマ・パーマナント)、東北大学大学院医学系研究科教授 中澤徹
掲載誌:npj Digital Medicine
DOI:10.1038/s41746-025-01473-w
URL:https://www.nature.com/articles/s41746-025-01473-w
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 眼科学分野教授
中澤 徹(なかざわ とおる)
TEL:022-717-7294
Email:toru.nakazawa.e1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
- 関連資料
- プレスリリース資料(PDF)