大腸炎症がインスリン産生を促す仕組みを解明!
‐糖尿病の新たな予防法・治療法の開発に期待‐
2025.5.9 Fri
研究研究のポイント
- 大腸に炎症が起こると肝臓がその炎症を感知し、その情報を脳・膵臓(すいぞう)へ伝え、膵臓でインスリンを作るβ細胞(注1)を増やす仕組みをマウスにおいて発見しました。
- 肥満時にも大腸の炎症が起こっており、同様の仕組みによって膵臓のβ細胞が増えることを解明しました。
- β細胞の数を調節することにより、血糖値が正常に保たれる仕組みの解明に加え、この仕組みを調節することによる糖尿病の予防法・治療法の開発が期待されます。
概要
肥満と糖尿病の発症には密接な関係がありますが、軽度の肥満で糖尿病にならないのは、血糖値を下げるホルモン(インスリン)を作る膵臓のβ細胞が増えてインスリンを多く出せるようになるからです。これまで、東北大学病院の研究グループは、肝臓が肥満の状態を感知し、肝臓、脳、膵臓を経由した神経信号伝達システムを使ってβ細胞を増やしていることを明らかにしてきました。しかし、肝臓がどのようにして肥満状態を感知してβ細胞を増やすのかは不明でした。
東北大学大学院医学系研究科糖尿病代謝・内分泌内科学分野および東北大学病院糖尿病代謝・内分泌内科の今井淳太特命教授、久保晴丸医師(現北里大学病院 内分泌代謝内科 助教)、片桐秀樹教授らのグループは、高カロリーの食事などによって肥満になると大腸に炎症が起こり、大腸で生じる炎症性の物質が漏れ出て肝臓に流入することが起点となり、肝臓、脳、膵臓をつなぐ神経信号伝達システムを使ってβ細胞を増やしていることを明らかにしました。さらに、肥満でなくても、大腸に炎症が起こるだけで、この仕組みによってβ細胞が増えることも見いだしました。この発見により、β細胞の数を調節して血糖値が正常に維持されるメカニズムの解明に加え、このシステムを調節することによる糖尿病の治療法や予防法の開発が期待されます。
本研究成果は、2025年5月8日(日本時間5月9日)に米国臨床調査協会が発行する学術誌JCI Insightに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
インスリンは血糖値を下げる働きをもつホルモンで、膵臓のランゲルハンス島(注1)内にあるβ細胞で作られます。肥満が起こると、インスリンの効きが悪くなり血糖値が上がりやすくなりますが、それに対してβ細胞の数が増え、インスリンをたくさん作ることによって血糖値の上昇が抑制されます。これまで東北大学病院の今井淳太特命教授らの研究グループは、肥満時に肝臓内のERK経路(注2)の活性化が起点となり、肝臓→内臓神経→脳→迷走神経→膵臓という神経信号伝達システムを使って膵臓に信号を送ることで、β細胞を増やすことを見いだしてきました(図1)(Science 322:1250-1254, 2008, Nature Communications 8: 1930, 2017, Nature Biomedical Engineering 8: 808-822, 2024)。すなわち、このシステムが進むためには肝臓でERK経路の活性化が起こることが必要です。しかし肥満時に、肝臓でERK経路がどのようにして活性化するのかは不明でした。そこで今回、肝臓が肥満を感知する仕組みを解明するために研究を行いました。
今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科糖尿病代謝・内分泌内科学分野および東北大学病院糖尿病代謝・内分泌内科の今井淳太(いまい じゅんた)特命教授、久保晴丸(くぼ はれまる)医師(現北里大学病院 内分泌代謝内科助教)、片桐秀樹(かたぎり ひでき)教授らのグループは、マウスにおいて、高カロリーの食事などによって肥満になると大腸に炎症が起こり、炎症を起こした大腸で生じる炎症性の物質が肝臓に送られることが起点となって、神経信号伝達システムを介してβ細胞が増えることを明らかにしました(図2)。
肝臓には、門脈という血管を介して大腸を含む腸管からの血液が直接流入するため、研究グループは腸管に着目をして研究を進めました。まず、肥満がない状態で薬剤によって大腸に炎症を起こしたマウスを解析しました。その結果、大腸に炎症が起こるだけで、肝臓のERK経路が活性化して、神経信号伝達システムが刺激され、β細胞が増えることがわかりました。
次に、マウスに高カロリーの食事を与えて肥満にした時の大腸を調べたところ、炎症が起こり、肝臓のERK経路が活性化してβ細胞が増えていることを確認しました。一方で、薬剤によって大腸の炎症を起こさないようにする処理を行いながらマウスに高カロリーの食事を与えたところ、肥満になっているにもかかわらず肝臓のERK経路活性化は起こらず(図3A)、β細胞が増えない(図3B)ことが明らかになりました。また、大腸で炎症が起こると、門脈中で肝臓ERK経路の活性化を促す炎症性の物質が増加していました。つまり、肥満の際には、大腸の炎症が引き金となり、腸管のバリア機能が壊されることなどにより炎症性の物質が漏れ出て、肝臓ERK経路の活性化と神経信号伝達システムを介したβ細胞の増加が起こることがわかりました。
これらの結果により、肝臓が大腸の炎症を介して肥満の状態を感知していることを見いだしました。さらに、これが引き金となり神経信号伝達システムを使ってインスリンが増え、血糖値が正常に保たれるという、多くの臓器が関わる精巧な体の仕組みが新たに解明されました。
今後の展開
本研究では、肥満がなくても大腸に炎症が起こるだけでβ細胞が増えることがわかりました。興味深いことに、炎症性腸疾患という大腸に炎症を起こす病気の患者さんではインスリンが増えていることが報告されており、この仕組みはヒトにおいても働いている可能性が十分に考えられます。
今回の成果により、β細胞の数を調節して血糖値が正常に維持されるメカニズムの解明に加え、このシステムを調節することによる糖尿病の治療法や予防法の開発につながることが期待されます。


高カロリーの食事などによって肥満になると大腸に炎症が起こり、腸管のバリア機能が壊されることなどにより炎症性の物質が漏れ出す。その物質が門脈を介して肝臓に流入することが起点となり、神経信号伝達システムを使ってβ細胞を増やしていることが明らかになった。

A マウスに高カロリーの食事を与えて肥満にすると肝臓ERK経路が活性化するが(上段写真の線が濃いと肝臓ERK経路が活性化していることを示している)、大腸の炎症を起こさないようにする処理を行いながら高カロリーの食事を与えると、肥満が起こっているにもかかわらず肝臓ERK活性化が抑制される。下グラフ:計測結果
Bマウスに高カロリーの食事を与えて肥満にすると膵臓のβ細胞(写真茶色)が増加するが、大腸の炎症を起こさないようにする処理を行いながら高カロリーの食事を与えると、肥満が起こっているにもかかわらずβ細胞の増加が抑制される。下グラフ:計測結果
謝辞
本研究は、文部科学省科学研究費補助金(課題番号:23K24383, 22K19303, 20H05694)、科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業「目標2:2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」の研究課題「恒常性の理解と制御による糖尿病および併発疾患の克服(プロジェクトマネージャー:片桐 秀樹、課題番号:JPMJMS2023)、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出」研究開発領域における研究開発課題「組織の適応・修復のための神経シグナルを介した細胞増殖制御機構の解明(研究開発代表者:今井淳太、課題番号:21gm6210002h0004)」の支援を受けて行われました。
ムーンショット型研究開発事業 片桐秀樹プロジェクトマネージャーからのコメント
本研究は、体内に備わった仕組みを用いて、インスリン産生細胞を増やすという本ムーンショット目標2研究開発プロジェクトの趣旨に沿い、その仕組み自体を解明した画期的な成果であり、今後の応用に向けての戦略を考え課題を克服するために、重要な基盤となるものと考える。
用語説明
注1.β細胞、ランゲルハンス島:血糖値を下げるホルモンであるインスリンを作る体内唯一の細胞。ランゲルハンス島といわれる膵臓の中にある多くの島状の部位に集まって存在する。食事に応じ、インスリンを血中に放出(分泌)する働きにより、食前は血糖値が下がりすぎず、食後の血糖値の上昇を抑えることができる。このβ細胞の働きが悪くなったり、数が減ったりすることで、糖尿病が発症することが知られている。
注2.ERK経路:細胞外からの刺激を細胞内に伝える細胞内シグナル伝達経路。細胞の生存や増殖などの機能を調節する役割を担う。
論文情報
タイトル:Colonic inflammation triggers β-cell proliferation during obesity development via a liver-to-pancreas inter-organ mechanism
大腸炎症を起点とした肥満時の肝臓-膵β細胞間連関メカニズムによる膵β細胞増殖
著者:Haremaru Kubo, Junta Imai*, Tomohito Izumi, Masato Kohata, Yohei Kawana, Akira Endo, Hiroto Sugawara, Junro Seike, Takahiro Horiuchi, Hiroshi Komamura, Toshihiro Sato, Shinichiro Hosaka, Yoichiro Asai, Shinjiro Kodama, Kei Takahashi, Keizo Kaneko and Hideki Katagiri*久保 晴丸、今井 淳太*、井泉 知仁、木幡 将人、川名 洋平、遠藤 彰、菅原 裕人、清家 準朗、堀内 嵩弘、駒村寛、佐藤 俊宏、穂坂 真一郎、浅井 洋一郎、児玉 慎二郎、高橋 圭、金子 慶三、片桐 秀樹*
*責任著者:
東北大学病院 糖尿病代謝・内分泌内科
特命教授 今井 淳太(いまい じゅんた)
東北大学大学院医学系研究科 糖尿病代謝・内分泌内科学分野
教授 片桐 秀樹(かたぎり ひでき)
掲載誌:JCI Insight
DOI:10.1172/jci.insight.183864
URL:https://insight.jci.org/articles/view/183864
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学病院 糖尿病代謝・内分泌内科
特命教授 今井 淳太(いまい じゅんた)
TEL:022-717-7611
Email:junta.imai.b1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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