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フェロトーシス研究の実験推奨事項について総説を発表
-病態の解明や治療応用に向けて-

発表のポイント
  • フェロトーシス(注1)は近年急速に拡大している研究分野であり、実験手法や結果の解釈において課題が生じていました。
  • 本総説では、フェロトーシス研究の再現性と堅牢性を高めるための最新の実験手法、ツール、動物モデルについて詳細に解説しています。
  • 本総説は、さまざまな病気の病態解明や治療薬開発に関連するフェロトーシス研究の質のさらなる向上に貢献することが期待されます。
概要

フェロトーシスは、アポトーシス(注2)とは異なる細胞死の様式であり、近年、がんや神経変性疾患などの病気との関連が急速に明らかになりつつあります。そのため、フェロトーシスはこれらの病態に対する新たな治療標的として注目されています。しかし、研究分野の急速な拡大に伴い、フェロトーシスに関する実験手法や解釈において課題も生じています。たとえば、観察された事象が本当にフェロトーシスによるものかの判断や、適切な動物モデルや実験試薬の選択などが挙げられます。
東北大学大学院医学系研究科の三島英換 学術研究員らは、ドイツ・ヘルムホルツセンターミュンヘンのMarcus Conrad教授や他のフェロトーシス研究の専門家と共同で、フェロトーシスの研究に関する推奨事項をまとめた総説論文を発表しました。本総説では、フェロトーシス研究の再現性と堅牢性を高めるために、推奨される実験手法やツールについて注意点と推奨事項を提示しています。本総説は、幅広い層の研究者にとって参考となることを目指して作成されており、本総説が活用されることで、急成長するフェロトーシス研究の質の向上に寄与することが期待されます。
本総説は2025年4月9日に国際学術誌Nature Review Molecular Cell Biologyに掲載されました。

研究の背景
フェロトーシスは、鉄依存性の脂質過酸化(注3)を特徴とする細胞死の様式であり、細胞内の抗酸化防御機構の破綻や代謝バランスの異常により引き起こされます。フェロトーシスが命名された2012年から過去10年の研究により、フェロトーシスを制御する主要な分子機序が明らかにされ、また神経変性疾患や臓器障害さらにはがんの退縮など、さまざまな疾患においてフェロトーシスが重要な役割を果たしていることがわかってきました。それに従って、フェロトーシスを標的とした新たな治療法の開発への関心が世界的に高まっています。たとえば、フェロトーシスの抑制は腎臓や肝臓などの急性臓器障害の軽減に有効とされる一方で、既存の抗がん薬に治療抵抗性を示すがんに対してはフェロトーシスを誘導することががんに対する新たな治療戦略となることが期待されています。しかし、ヒトの疾患においてフェロトーシスを確実に検出する分子バイオマーカーは未だ十分に確立されておらず、また研究の急速な拡大に伴い、フェロトーシス自体の誤った認識や実験結果の誤った解釈のリスクも懸念されています。これらの背景から、フェロトーシスの正確な評価法の推奨が急務となっています。

今回の取り組み
本総説では、まずフェロトーシスの制御メカニズムと主要な関連因子に関する現在の知見を体系的に整理しました。その上で、フェロトーシス研究における実験の堅牢性と再現性を高めることを目的して、フェロトーシスの評価に適した推奨手法や検証済みの実験試薬や動物モデルについて詳細にまとめました。
例えば、培養細胞実験において、実験を行う際の細胞密度や培地の組成、培地に一般的に添加されるウシ血清のロット間の違いが細胞のフェロトーシス感受性に大きな影響を及ぼすことや、また動物実験においても食餌中に含まれるビタミンEやセレンなどの微量元素の量、性差などが実験結果に影響を及ぼすことに言及しています(図1)。例えば、培養細胞実験において、実験を行う際の細胞密度や培地の組成、培地に一般的に添加されるウシ血清のロット間の違いが細胞のフェロトーシス感受性に大きな影響を及ぼすことや、また動物実験においても食餌中に含まれるビタミンEやセレンなどの微量元素の量、性差などが実験結果に影響を及ぼすことに言及しています(図1)。

今後の展開
本総説は、フェロトーシス研究をこれから始める研究者から、すでにこの分野で活動している研究者まで、幅広い層の研究の参考となることを目指して執筆されました。本総説が、フェロトーシス研究の信頼性を向上させ、今後の基礎研究および応用研究の発展がさらに促進され、フェロトーシスを標的とした治療薬の開発がすすむことが期待されます。

図1.さまざまな実験条件の違いがフェロトーシスの研究結果に影響を与えうる。
謝辞

本研究は、糧食研究会、サッポロ生物科学振興財団等の支援のもとで行われました。

用語説明

注1.フェロトーシス(Ferroptosis):2012年に提唱された、アポトーシスとは異なる制御性の細胞死の形の一つ。脂質酸化依存性細胞死とも呼ばれ、細胞膜成分のリン脂質の過酸化によって引き起こされる細胞死。各種の臓器障害や神経変性疾患の病態や、がんに対する抗がん薬感受性などに関わることが近年注目されている。
注2.アポトーシス:細胞死の様式の一つ。かつては、制御性の細胞死はアポトーシスのことを意味していたが、現在ではアポトーシス以外にもフェロトーシスなど多種多様な細胞死の様式が存在することがわかっている。
注3.脂質過酸化:細胞内の様々な酸化ストレスにより、細胞膜を構成するリン脂質が酸化すること。脂質過酸化により、脂質ヒドロペルオキシドが生じ、連鎖的な酸化反応が進行する。

論文情報

タイトル:Recommendations for robust and reproducible research on ferroptosis
「フェロトーシスに関する確実で再現性のある研究のための推奨事項」
著者:Eikan Mishima, Toshitaka Nakamura, Sebastian Doll, Bettina Proneth, Maria Fedorova, Derek A. Pratt, José Pedro Friedmann Angeli, Scott J. Dixon, Adam Wahida & Marcus Conrad* (*責任著者)
掲載誌:Nature Review Molecular Cell Biology
DOI:https://doi.org/10.1038/s41580-025-00843-2
URL:https://www.nature.com/articles/s41580-025-00843-2

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科
レドックス分子医学分野 学術研究員
(兼)腎臓内科学分野   非常勤講師
三島 英換
Email: eikan*med.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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