潰瘍性大腸炎の発症は血液検査で数年前から予測可能
―日本人約8万人のコホートを対象に初めて実証―
2025.5.19 Mon
研究発表のポイント
- 潰瘍性大腸炎(注1)を発症する前の血液や生活情報を解析し、潰瘍性大腸炎の発症のリスク因子となるものを検討しました。
- 血中自己抗体(注2)である抗EPCR抗体(注3)と抗インテグリンαvβ6抗体(注4)が潰瘍性大腸炎発症の約5年前に上昇していることを、日本人を対象とした研究で初めて示しました。
- 生活習慣の解析では「不眠」が発症のリスク因子となることが示されました。
概要
潰瘍性大腸炎は、主に若年者に発症する腹痛や血便などを症状とする指定難病ですが、発症を予測する方法は確立されていません。
東北大学病院消化器内科の澤橋基医師(現十和田市立中央病院)、角田洋一講師、正宗淳教授、同リウマチ膠原病内科の白井剛志講師らの研究グループは、東北メディカル・メガバンク計画(注5)で収集した8万人超のコホートデータの中から、将来的に潰瘍性大腸炎を発症する集団を含めた対象者の血液、生活情報を解析しました。その結果、血液中の抗EPCR抗体と抗インテグリンαvβ6抗体により、発症の約5年前から将来の潰瘍性大腸炎を高い精度で予測できることを、日本人を対象とした研究で初めて明らかにしました。また、生活習慣のうち不眠がリスク因子として同定されました。
これらの自己抗体の測定で潰瘍性大腸炎の発症リスク因子を把握することが早期発見や発症予防につながることが期待されます。
本研究成果は 2025年5月15日学術誌Journal of Gastroenterology(電子版 )に掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
潰瘍性大腸炎(UC)は比較的若年者に発症することが多い指定難病の一つであり、患者数は増加を続けています。治療の進歩により多くの治療薬が使用できるようになってはいますが、進学や就職などのライフイベントに大きく影響する症状を伴うため、早期診断により治療を行うことが重要です。さらに、どのような人が発症しやすいか、発症する前に将来UCになるリスクを予測できれば、より早期の診断・治療、あるいは発症予防が可能になります。
UCの診断には内視鏡検査が必須ですが、検査のハードルが高く、診断の遅れにつながります。以前、本研究グループは抗血管内皮プロテインC受容体(EPCR)に対する自己抗体(抗EPCR抗体)がUC患者で高い陽性率を示し、診断に有用であることを報告しました(プレスリリース)。また同時期に抗インテグリンαvβ6抗体も同様に診断に有用であることが報告されました。米国では抗インテグリンαvβ6抗体が将来のUCの発症を予測できる可能性が報告されましたが、日本人では未検証であり、同じくUC診断に有用な自己抗体である抗EPCR抗体が発症の予測に有用であるかは不明でした。
今回の取り組み
今回、東北大学病院消化器内科の澤橋基(さわはし もとい)医師(現十和田市立中央病院)、角田洋一(かくた よういち)講師、正宗淳(まさむね あつし)教授、同リウマチ膠原病内科の白井剛志(しらい つよし)講師、藤井博司(ふじい ひろし)教授らの研究グループは、東北メディカル・メガバンク計画で収集した8万人超のコホートデータの中から、将来的に潰瘍性大腸炎を発症する集団を含めた対象者の血液、生活情報を解析しました。その結果、将来的に潰瘍性大腸炎を発症する集団(診断前UC群)の抗EPCR抗体、抗インテグリンαvβ6抗体は、診断約5年前の時点で5割以上が陽性であり、健常者に比べて高い抗体価を有することを明らかにしました。また、抗EPCR抗体、抗インテグリンαvβ6抗体の2つを組み合わせることで、その精度は上昇することが示されました。また、発症前のこれらの自己抗体は、診断時期との時間の近さや将来的な潰瘍性大腸炎の重症度に関連することも示唆されました。生活習慣の解析では不眠が潰瘍性大腸炎の発症リスク因子となることが明らかになりました。これは、慢性不眠がUCの再燃のリスク因子となった以前の結果にもつながり、睡眠とUCの関連性が示唆されます(プレスリリース)。
今後の展開
自己抗体による潰瘍性大腸炎の早期発見やスクリーニング方法に関してより詳細な検討が待たれます。また、不眠を含め生活習慣の改善が、潰瘍性大腸炎の発症予防に効果があるか検討が必要です。

2013~2016年に行われた一回目の調査参加時の既往疾患情報、追跡調査期間中の難病情報により、新たに潰瘍性大腸炎を発症した集団(診断前UC群 42人)を確認しました。発症前の健康な状態の血液検体、情報を解析しました。

潰瘍性大腸炎を発症する前の集団では、抗インテグリンαvβ6抗体は52.5%、抗EPCR抗体は51.4%が陽性であり、同等の発症前予測能力を示しました。(健常者と比較しいずれもp ≤ 0.001)
謝辞
本研究は東北メディカル・メガバンク計画によるコホート調査を元に行われました。コホート調査にご参加、ご協力いただいた全ての方に感謝申し上げます。
用語説明
注1.潰瘍性大腸炎(UC):大腸粘膜にびらん・潰瘍を生じる原因不明の難治性炎症性腸疾患です。
注2.自己抗体:自己のタンパク質などの抗原に対する抗体です。
注3.抗EPCR抗体:血液の凝固や血管の炎症に重要な役割を果たしている活性化プロテインCの受容体(EPCR)に対する自己抗体です。EPCRは血管以外でも大腸炎の炎症を抑える作用を持っているという報告があります。
注4.抗インテグリンαvβ6抗体:大腸上皮に発現するインテグリンαvβ6に対する自己抗体です。インテグリンαvβ6は粘膜治癒や上皮バリア機能に関わることが示されています。
注5.東北メディカル・メガバンク計画:東北大学と岩手医科大学が連携し、東日本大震災の被災地域を対象とした健康調査を実施し、住民の健康づくりに貢献しています。また、健康調査にて提供いただいた生体試料等を蓄積したバイオバンクを構築し、ゲノム解析研究を行うことで、東北発の次世代医療の実現を目指しています。継続して追跡調査を実施しており、その中で潰瘍性大腸炎を発症した方々を本研究の対象としました。
論文情報
タイトル:Autoantibodies against Endothelial Protein C Receptor and Integrin αvβ6 predict the development of ulcerative colitis
著者:澤橋 基、角田 洋一*、内藤 健夫、岡崎 創司、大根田 絹子、大類 真嗣、小原 拓、荻島 創一、熊田 和貴、工藤 久智、長神 風二、寳澤 篤、岩城 英也、永井 博、下山 雄丞、諸井 林太郎、志賀 永嗣、木内 喜孝、白井 剛志、藤井 博司、正宗 淳
*責任著者:東北大学病院 消化器内科 講師 角田 洋一
掲載誌:Journal of Gastroenterology
DOI:10.1007/s00535-025-02263-7
URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s00535-025-02263-7
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 消化器病態学分野
講師 角田洋一
TEL:022-717-7171
Email:gastro_press_med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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