MSI-H進行胃がんに新たな治療選択肢の可能性
-化学療法を用いない免疫療法併用が有効性を示す-
2025.5.28 Wed
研究発表のポイント
- 高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)(注1)の胃がんは、免疫チェックポイント阻害薬(注2)に高い感受性を示すことが知られていますが、MSI-H進行大腸がんに対して有効性を示しているニボルマブ(注3)と低用量イピリムマブ(注4)の併用療法について、MSI-H進行胃がんに対する前向き臨床試験(注5)は存在しませんでした。
- 今回初めて、第II相試験(NO LIMIT試験)(注6)として、MSI-H進行胃がんに対するニボルマブとイピリムマブの併用療法を行い、初回治療として有効性と安全性が評価されました。
- 奏効率は62.1%、無増悪生存期間の中央値は13.8か月と良好な治療成績を示し、副作用による治療中止後も多くの患者で腫瘍縮小効果が持続しました。
概要
MSI-H進行胃がんは免疫療法が有効ながんですが、MSI-H進行大腸がんで有効性が示されたニボルマブ+イピリムマブ療法の前向き臨床試験はこれまで行われていませんでした。
東北大学大学院医学系研究科臨床腫瘍学分野の川上 尚人教授(東北大学病院腫瘍内科 兼任)と愛知県がんセンター副院長/薬物療法部長の室 圭ら西日本がん研究機構(WJOG)の研究グループは、MSI-H進行胃がん患者を対象に、ニボルマブと低用量イピリムマブの併用療法の有効性と安全性を評価する第Ⅱ相試験「NO LIMIT試験」を医師主導治験として実施しました。その結果、本治療法は高い抗腫瘍効果を示し、特に治療関連有害事象により治療を中断した患者においても、効果が長期間維持されることを明らかにしました。
本成果は、がん治療における免疫療法の可能性をさらに広げる重要な知見であり、2025年5月16日付で医学誌Journal of Clinical Oncology誌に掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
MSI-H胃がんは、進行胃がん全体の約5〜6%を占める希少タイプで、遺伝子修復機能の異常により発症する特徴的ながんであり、免疫療法が有効とされています。化学療法を用いないニボルマブとイピリムマブの併用療法はMSI-H進行大腸がんで有効性が示されていますが、MSI-H進行胃がんにおける前向き臨床試験は存在していませんでした。
今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科臨床腫瘍学分野の川上 尚人(かわかみ ひさと)教授(東北大学病院腫瘍内科 兼任)と愛知県がんセンター副院長/薬物療法部長の室 圭(むろ けい)ら西日本がん研究機構(WJOG)の研究グループは、MSI-H進行胃がん患者を対象に、ニボルマブと低用量イピリムマブの併用療法の有効性と安全性を評価する第Ⅱ相試験「NO LIMIT試験」を医師主導治験として実施しました。
第Ⅱ相試験「NO LIMIT試験」(WJOG13320G)では、MSI-H進行胃がん29例を対象に、ニボルマブ(240 mg隔週)+低用量イピリムマブ(1 mg/kg 6週毎)による併用療法を実施しました。主要評価項目は中央判定による奏効率で、副次評価項目として病勢制御率、無増悪生存期間、全生存期間、有害事象、安全性、バイオマーカー解析を行いました。
試験の結果、以下の成績が得られました。
• 奏効率:62.1%(うち完全奏効率 10.3%)
• 病勢制御率:79.3%
• 無増悪生存期間中央値:13.8か月
• 全生存期間中央値:未到達
• 治療関連有害事象により41.4%の患者が治療を中止したが、その多くで治療中止後も効果が持続した
• 治療関連死は認めなかった
これらの結果から、本治療法が高い抗腫瘍効果と持続性を持つことが示されました。
今後の展開
本研究で使用されたニボルマブと低用量イピリムマブの併用療法は、日本では未承認ですが米国の臨床ガイドラインでは推奨されており、長期的な生存が期待できる有望な治療法です。本試験の長期フォローアップの成績については今後、国際学会などでの発表を予定しています。
また、MSI-Hの陽性率は切除可能な局所進行胃がんにおいて比較的高く、今後は手術前(術前)治療として免疫チェックポイント阻害薬を活用する新たな治療戦略の確立にもつながる可能性があります。こうした取り組みは、再発予防や治癒率の向上に貢献することが期待されます。


謝辞
本研究はブリストル・マイヤーズスクイブ社の研究助成により実施されました。また研究グループは「試験に参加いただいた患者さんとそのご家族、ならびに協力施設・医療スタッフの皆様に心より感謝申し上げます」と述べています。
用語説明
注1.MSI-H(Microsatellite Instability-High):DNA修復機能の異常により遺伝子配列が不安定化している状態です。
注2.免疫チェックポイント阻害薬:がん細胞による免疫抑制を解除する新しいがん治療薬です。
注3.ニボルマブ:PD-1阻害薬:免疫のブレーキを外して、免疫細胞ががんとより強く戦えるようにする薬(免疫チェックポイント阻害剤)です。進行胃癌では保険適応となっています。
注4.イピリムマブ:CTLA-4阻害薬:これも免疫チェックポイント阻害剤ですが、胃癌では保険適応がありません。ニボルマブと組み合わせて使うことでより強い効果が期待されます。
注5.前向き臨床試験:これから治療を始める患者さんを登録して、治療の効果や副作用などを将来にわたって調べていく研究です。
注6.第II相試験(NO LIMIT試験):新しい薬や治療法が「どのくらい効くか」「どんな副作用があるか」を、少人数の患者さんで調べる段階の試験です。
論文情報
タイトル:Phase II Study (NO LIMIT, WJOG13320G) of First-Line Nivolumab plus Low-Dose Ipilimumab for Microsatellite Instability–High Advanced Gastric or Esophagogastric Junction Cancer
著者:Hisato Kawakami*, Shigenori Kadowaki, Akitaka Makiyama, Masahiro Tsuda, Kenro Hirata, Naotoshi Sugimoto, Nozomu Machida, Hiroki Hara, Hidekazu Hirano, Taito Esaki, Yoshito Komatsu, Shuichi Hironaka, Yukari Kobayashi, Kazuhiro Kakimi, Yasutaka Chiba, Narikazu Boku, Ichinosuke Hyodo, and Kei Muro
責任著者:東北大学大学院医学系研究科 臨床腫瘍学分野 教授 川上 尚人
掲載誌:Journal of Clinical Oncology
DOI:10.1200/JCO-24-02463
URL:https://ascopubs.org/doi/10.1200/JCO-24-02463
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 臨床腫瘍学分野
教授 川上 尚人(かわかみ ひさと)
TEL:022-717-8547
Email:kawakami_h*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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