TOHOKU MEDICINE LIFE NEWSROOM

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糖摂取後の血糖値が寿命延長に関連する ‐ブドウ糖負荷後1時間血糖値が低いと病気が少なくて長寿‐

発表のポイント
  • 岩手県大迫町で糖尿病のない平均62歳の地域住民を対象に、糖摂取後の血糖値と寿命の関係を調べました。
  • ブドウ糖負荷試験(注1)の負荷後1時間血糖値が170mg/dl未満の群は、170mg/dl以上の群に比べて死亡が少なく、動脈硬化や悪性腫瘍による死亡が顕著に少ないことを明らかにしました。
  • ブドウ糖負荷後1時間血糖値170mg/dl未満を維持することは心臓疾患や悪性腫瘍を予防し寿命を延ばすことにつながることが期待されます。
概要

糖尿病の発症を抑えることで死亡のリスクが低下することが知られています。しかし、糖尿病を発症する前の「正常」といわれている血糖値の範囲内でも、死亡リスクの低下につながる範囲があるのかは不明でした。
東北大学大学院医学系研究科糖尿病代謝・内分泌内科学分野および東北大学病院糖尿病代謝・内分泌内科の今井淳太特命教授、片桐秀樹教授、佐藤大樹医師(現みやぎ県南中核病院)、東北医科薬科大学医学部衛生学・公衆衛生学教室の目時弘仁教授、佐藤倫広講師、帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座の大久保孝義主任教授らのグループは、岩手県大迫町の地域住民を対象に行われている大迫研究(注2)のブドウ糖負荷試験のデータを解析しました。解析の結果、正常と診断された人たちの中でも、糖負荷後1時間血糖値が170mg/dl未満の群では、170mg/dl以上の群と比較して死亡が少ないことが明らかになりました。しかもこの群では心臓疾患や悪性腫瘍による死亡が顕著に少ないこともわかりました。
本研究から、正常とされる血糖値の範囲内でも死亡リスクの低下につながる範囲があることが明らかになりました。食後の血糖上昇に早期から対処することで、心臓疾患や悪性腫瘍の発症を予防し寿命を延ばすことにつながると考えられます。
本研究成果は、2025年6月13日付でPNAS Nexusのオンライン版に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景
糖尿病の発症を抑えることで死亡のリスクが低下することが知られています。しかし、糖尿病を発症する前の「正常」といわれている血糖値の中でもさらに死亡リスクの低下につながる範囲があるのかは不明でした。
大迫研究は岩手県の大迫町の地域一般住民を対象に、1986年から約40年にわたって継続的に健康状態のチェックやさまざまな検査を行っており、その結果が蓄積されています。また、この研究では4年に1回、参加者にブドウ糖負荷試験を行っていました。糖負荷試験は糖尿病の診断に用いられる検査で、ブドウ糖入りのジュースを飲む前と飲んだ後120分の血糖値の値によって診断されます。
そこでこの研究で蓄積されている、ブドウ糖負荷試験の結果を含むさまざまな検査結果の中で死亡リスクと関連するものの探索を行いました。

今回の取り組み
今回、東北大学大学院医学系研究科糖尿病代謝・内分泌内科学分野および東北大学病院糖尿病代謝・内分泌内科の今井淳太(いまい じゅんた)特命教授、片桐秀樹(かたぎり ひでき)教授、佐藤大樹(さとう だいき)医師(現みやぎ県南中核病院)、東北医科薬科大学医学部衛生学・公衆衛生学教室の目時弘仁(めとき ひろひと)教授、佐藤倫広(さとう みちひろ)講師、帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座の大久保孝義(おおくぼ たかよし)主任教授らのグループは、大迫研究のブドウ糖負荷試験のデータを解析しました。その結果、糖負荷後1時間血糖値が170mg/dl未満の群で170mg/dl以上群と比較して平均14.3年の観察期間内の死亡が少ないことが明らかになりました。さらに、糖負荷後1時間血糖値が170mg/dl未満の群では、動脈硬化による心臓疾患や悪性腫瘍による死亡が顕著に少ないこともわかりました。
研究グループはまず、糖負荷試験を行った993人について、糖負荷試験以外も含めた検査結果と死亡との関連を調べました。その結果、さまざまな検査結果の中で、年齢や肥満度、喫煙などの既知のリスク因子の影響を調整した上でも、糖負荷試験での糖負荷後1時間血糖値が死亡と強く関連することを発見しました(図1)。そこで、参加者を糖負荷試験負荷後1時間血糖値の高い群と低い群の中央値(負荷後1時間血糖値162 mg/dl)の2群に分けて生存の経過を解析したところ、負荷後1時間血糖値が低い群で生存者が多いことが明らかになりました(図2)(P値<0.0001)。
これらの参加者の中には既に糖尿病を発症している人たちも含まれ、糖負荷試験を行っているため、正常、予備群、糖尿病を診断できます。そこで正常と診断された595人だけを抽出して糖負荷後1時間血糖値をどの値で区切った時に死亡と最も関連するのかを調べました。その結果、糖負荷後1時間血糖値を170mg/dlで区切った際に、死亡と最も強く関連することがわかりました(図3)。
この結果を元に糖負荷試験負荷後1時間血糖値が170mg/dl未満群と170mg/dl以上群で生存の経過を解析したところ、170mg/dl未満群では観察開始後20年の時点で8割近くの人が生存していたのに対し、170mg/dl以上群では5割近くの人が亡くなっている、という統計的な有意差が認められました(図4)(P値<0.0001)。大迫研究では参加者の死亡原因のデータも蓄積されていることから、さらにこれらの人たちの死亡原因を調べました。その結果、負荷後1時間血糖値が170mg/dl未満群では170mg/dl以上群と比較して動脈硬化による心臓疾患(P値<0.0001)や悪性腫瘍(P値<0.0014)による死亡が顕著に少ないことが明らかになりました(図5)。
本研究の結果から、正常と診断される血糖値の中でも、さらに死亡リスクの低下につながる範囲があることが明らかになりました。

今後の展開
本研究の結果から、糖尿病になる前の段階から糖負荷後の血糖上昇に対処することで、心臓疾患や悪性腫瘍の発症を予防し寿命を延ばすことにつながる可能性が示されました。
また現在、糖負荷後1時間血糖値は糖尿病の診断基準に含まれていません。病気の発症を抑えて寿命を延ばす、つまり健康長寿を促進するためには、今後、糖尿病の診断の際に糖負荷後1時間血糖値を考慮していく必要があることも示唆されます。

図1.さまざまな検査結果の中で糖負荷試験での糖負荷後1時間血糖値が死亡と強く関連
図2.参加者全体では、糖負荷試験負荷後1時間血糖値が162 mg/dl未満の群(青)で生存者が多い
図3.正常者の中では、負荷後1時間血糖値を170mg/dlで区切った際に、死亡リスクと最も強く関連
図4.正常者の中でも、糖負荷図4.正常者の中でも、糖負荷試験負荷後1時間血糖値が170mg/dl未満の群(青)では生存者が顕著に多い
図5.負荷後1時間血糖値が170mg/dl未満群(青)では動脈硬化による心臓疾患や悪性腫瘍による死亡が顕著に少ない

※図1~5すべての結果は年齢、肥満度、喫煙などの既知の死亡リスク因子で調整後

謝辞

本研究は、「文部科学省科学研究費補助金(課題番号:20H05694, 23K24383)」 、「科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業 (課題番号:JPMJMS2023)」の支援を受けて行われました。

ムーンショット型研究開発事業 片桐秀樹プロジェクトマネージャーからのコメント:
本研究は、一般住民コホートのデータの解析から、正常耐糖能と診断される人の中でも、死亡率に違いがある血糖値のパラメータを見出したものであり、未病段階の糖尿病にアプローチして健康状態を保つ本ムーンショット目標2研究開発プロジェクトにまさに合致した成果です。糖負荷後1時間値を指標にして、未病段階を特定し、動脈硬化や悪性腫瘍の発症を抑える介入を進めるという将来像が描け、非常に重要な発見と考えます。

用語説明

注1.ブドウ糖負荷試験:糖尿病の診断に用いられる検査。75gのブドウ糖入りのジュースを飲む前と飲んだ後2時間の血糖値が診断に用いられる。飲む前の血糖値が126mg/dl以上、飲んだ後2時間の血糖値が200mg/dl以上が糖尿病の範囲と診断される。
注2.大迫研究:岩手県の大迫町の地域一般住民を対象に、1986年から約40年にわたって毎年健康状態のチェックやさまざまな検査を行い、そのデータを蓄積すると共に、それらの結果を住民の方々に還元して健康維持に寄与している。特に家庭血圧に関する研究結果を多く報告しており、世界保健機構(WHO)の家庭血圧の診断基準の策定にも大きく寄与した。

論文情報

タイトル:One-hour post-load glucose levels predict mortality from cardiovascular diseases and malignant neoplasms in healthy subjects 
糖負荷試験負荷後1時間値は正常耐糖能者において心血管疾患や悪性腫瘍による死亡を予測する
著者:Daiki Sato, Junta Imai*, Michihiro Satoh, Yohei Kawana, Hiroto Sugawara,  Akira Endo, Masato Kohata, Junro Seike, Hiroshi Komamura, Toshihiro Sato, Shinichiro Hosaka, Yoichiro Asai, Shinjiro Kodama, Kei Takahashi, Keizo Kaneko, Yukako Tatsumi, Takahisa Murakami, Takuo Hirose, Azusa Hara, Ryusuke Inoue, Kei Asayama, Hirohito Metoki, Atsushi Hozawa, Masahiro Kikuya, Yutaka Imai, Takayoshi Ohkubo and Hideki Katagiri*
佐藤 大樹、今井 淳太*、佐藤 倫広、川名 洋平、菅原 裕人、遠藤 彰、木幡 将人、清家 準朗、駒村 寛、佐藤俊宏、穂坂 真一郎、浅井 洋一郎、児玉 慎二郎、高橋 圭、金子 慶三、辰巳  友佳子、村上 任尚、廣瀬 卓男、原 梓、井上 隆輔、浅山 敬、目時 弘仁、寳澤 篤、菊谷 昌浩、今井 潤、大久保 孝義、片桐 秀樹*
*責任著者:
東北大学病院 糖尿病代謝・内分泌内科
特命教授 今井 淳太(いまい じゅんた)
東北大学大学院医学系研究科 糖尿病代謝・内分泌内科学分野
教授 片桐 秀樹(かたぎり ひでき)
掲載誌:PNAS Nexus
DOI:10.1093/pnasnexus/pgaf179

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学病院 糖尿病代謝・内分泌内科
特命教授 今井 淳太(いまい じゅんた)
TEL:022-717-7611
Email:junta.imai.b1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

関連資料
プレスリリース資料(PDF)
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