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糖が「新しい脂肪細胞をつくるスイッチ」になる仕組みを解明 ―脂肪のつき方を決める鍵となる酵素を同定―

発表のポイント
  • 栄養の過剰摂取によって生じる脂肪組織の増生(注1)には組織の炎症反応を抑え、インスリン抵抗性(注2)を改善するはたらきがあります。
  • 脂肪細胞の増生の過程において、糖がエピゲノム修飾酵素JMJD1A(注3・4)を活性化し、エピゲノム(注5)を書き換えることで新たな脂肪細胞の形成を促す仕組みを解明しました。
  • 本研究成果は、肥満症および糖尿病に対する予防・治療法の新たな開発につながることが期待されます。
概要

脂肪細胞は食後の余剰エネルギーを蓄え、空腹時にそれを供給します。一般に脂肪の増加にはマイナスのイメージがありますが、必ずしも健康に悪いわけではありません。脂肪組織の増え方には、既存の脂肪細胞の肥大化(注6)と、新たな脂肪細胞をつくる増生があります。増生は代謝のバランスを保ち、炎症や糖尿病リスクを抑えますが、増生の詳細な制御機構は不明でした。
東北大学大学院医学系研究科の酒井寿郎教授、秋田大学大学院医学系研究科の松村欣宏教授らの研究グループは、糖の代謝によって活性化される酵素JMJD1Aが、脂肪細胞を新たに生み出す増生に関与していることを発見しました。研究グループはメタボローム・トランスクリプトーム・エピゲノム解析(注7)を駆使し、過剰なグルコース(ブドウ糖)が細胞内で代謝されると、ヒストン脱メチル化酵素であるJMJD1Aが活性化され、脂肪細胞の分化に必要な遺伝子群のスイッチがオンになり、前駆脂肪細胞から脂肪細胞が新たにつくられることを明らかにしました(図1)。さらにマウスを用いた解析では、JMJD1Aが欠損すると、栄養を過剰に摂取した際に脂肪組織の増生が起こらず、既存の脂肪細胞が過剰に肥大化し、炎症が進行することを確認しました。
脂肪細胞の増え方という根本的な問いに対し、糖代謝とエピゲノム制御を結びつける新たな仕組みを明らかにした本研究は、肥満や代謝性疾患の発症機構の解明に貢献することが期待されます。
本成果は2025年7月26日付でCell Reportsオンライン版に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景
脂肪組織に存在する脂肪細胞は、摂食後に余剰な栄養分を脂肪として蓄え、空腹時には蓄えた脂肪を分解して全身の細胞にエネルギー源として供給する役割を担っています。栄養の過剰摂取による肥満は、2型糖尿病などの生活習慣病の発症の一因となります。栄養を過剰に摂取した際には、脂肪組織において細胞の肥大化または増生がおこります。肥大化では、元々存在する脂肪細胞に脂肪が蓄えられて細胞が大きくなり、糖代謝異常、炎症反応、インスリン抵抗性の悪化と密接に関わります。一方、増生では前駆脂肪細胞から新たに脂肪細胞が形成されます。増生は糖代謝を促進し、炎症反応を抑え、インスリン抵抗性を改善するため、代謝的に好ましい適応反応と考えられています。増生を誘導する仕組みの理解は、肥満症および糖尿病に対する新たな治療・予防戦略を提供します。
環境変化は細胞記憶としてはたらくエピゲノムを書き換えます。エピゲノムは遺伝子の発現を制御することで、細胞の機能や分化、さらには環境変化への適応を調節します。しかし、過剰な栄養状態がどのような仕組みでエピゲノムを書き換え、新たに脂肪細胞を形成するかはこれまで明らかではありませんでした。

今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科分子代謝生理学分野の酒井寿郎(さかい じゅろう)教授、秋田大学大学院医学系研究科分子機能学代謝機能学講座の松村欣宏(まつむら よしひろ)教授らの研究グループは、前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化の過程に着目し、メタボローム解析、トランスクリプトーム解析、エピゲノム解析、さらに代謝物イメージングを組み合わせることで、代謝物・エピゲノム・遺伝子発現の相互作用を詳細に解析しました。その結果、過剰なグルコースが細胞内に取り込まれ、解糖系(注8)およびクエン酸回路(注9)で代謝されることで、ヒストン脱メチル化酵素の活性化因子であるα-ケトグルタル酸(αKG)が増加し、核内でJMJD1Aが活性化されることを明らかにしました(図1 )。活性化されたJMJD1Aはエピゲノムを書き換え、転写因子(ChREBP)を標的とする遺伝子へと局在させることで、糖代謝および脂肪細胞分化に関わる遺伝子の発現を誘導し、解糖系をフィードバック的に制御することを見出しました。さらに、これらの制御機構はフィードフォワード的にも増幅され、前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化を急速に促進することを明らかにしました。加えて、野生型マウスに高糖質・高脂肪食を与えると、内臓脂肪組織において脂肪細胞の増生が起こって、組織内の炎症が抑制されるのに対し、前駆脂肪細胞で特異的にJMJD1Aを欠損させたマウスでは、新たな脂肪細胞の形成がおこらず、既存の脂肪細胞の肥大化と炎症が顕著に進行することがわかりました。

今後の展開
本研究によって、糖がエピゲノム修飾酵素のはたらきを活性化し、新たに脂肪細胞の形成を促す仕組みが明らかになりました。本研究成果は、健康な代謝の維持に資する新たな知見を提供するとともに、肥満症や糖尿病の予防および治療法に向けた新規戦略の開発につながることが期待されます。

図1.過剰なグルコースにより内臓脂肪組織で新たに脂肪細胞がつくられる仕組み
図の中の「me」はヒストンH3タンパク質の9番目のリジンのジメチル化を示す。過剰なグルコースは核内におけるαKGを増加させ、JMJD1Aを活性化する。活性化されたJMJD1Aは、(i)-(iv)に示す制御機構を促進し、これらの機構はフィードフォワード的に増幅されることで、内臓脂肪組織における新たな脂肪細胞の産生を促進する。なお、JMJD1Aは別の転写因子(NFIC)によって標的とする遺伝子へ局在する。
謝辞

本研究は、文部科学省 科学研究費 基盤研究(S)「エピゲノム-RNA修飾軸による肥満と生活習慣病の解明」、基盤研究(B)「代謝-エピゲノム軸によるエネルギー代謝制御機構の解明」、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「健康・医療の向上に向けた早期ライフステージにおける生命現象の解明」研究開発領域における研究開発課題「生活習慣病予防に働く早期ライフステージの生活環境記憶の解明」等の支援のもとで行われたものです。

用語説明

注1.脂肪組織の増生:脂肪組織に存在する前駆脂肪細胞から新たに脂肪細胞が形成されることで、組織が大きくなること。
注2.インスリン抵抗性:血糖値を下げる働きのあるインスリンが、臓器に作用しづらく、血糖値がさがりにくい状態。
注3.エピゲノム修飾酵素:エピゲノム(注5)を書き換える酵素。ヒストンメチル化酵素、ヒストン脱メチル化酵素等。
注4.JMJD1A: ヒストン脱メチル化酵素の一つで、エネルギー消費、性決定、腫瘍形成、低酸素による応答など、環境変化に応答して機能する。
注5.エピゲノム:ゲノムの塩基配列以外の後天的に書き換えられる遺伝情報を指す。DNAのメチル化やヒストンのメチル化等の化学修飾。
注6.肥大化:脂肪組織にすでに存在する脂肪細胞に中性脂肪が蓄積して細胞が大きくなることで、組織が大きくなること。
注7.メタボローム・トランスクリプトーム・エピゲノム解析:メタボローム解析は、細胞内の代謝物を調べる手法。トランスクリプトーム解析は、遺伝子発現を調べる手法。エピゲノム解析は、核内のDNAのメチル化、ヒストンのメチル化などを調べる手法。
注8.解糖系:グルコースを分解してエネルギーを得る代謝経路の一つ。細胞質で行われる。
注9.クエン酸回路:ミトコンドリア内の主要な代謝経路で、エネルギーを産生するだけでなく、他の代謝経路に中間代謝産物を供給する代謝のハブとしても機能する。

論文情報

タイトル:Glucose-activated JMJD1A drives visceral adipogenesis via α-ketoglutarate-dependent chromatin remodeling
著者:楊晨旭,荒井誠,Eko Fuji Ariyanto,張吉,Debby Mirani Lubis,伊藤亮,謝詩雨,新田美緒,川島風花,石塚朋史,楊超然,鈴木智大,小松哲郎,寒河江陽菜,神仁美,高橋宙大,小林枝里,魏宇辰,劉博豪,崔賢美,和田洋一郎,田中十志也,大澤毅,木村宏,児玉龍彦,油谷浩幸,立花誠,眞貝洋一,稲垣毅,曽我朋義,Timothy F Osborne,米代武司*,松村欣宏*,酒井寿郎*
*責任著者:
東北大学大学院医学系研究科 教授 酒井寿郎
秋田大学大学院医学系研究科 教授 松村欣宏
東北大学大学院医学系研究科 准教授 米代武司
掲載誌:Cell Reports
DOI:10.1016/j.celrep.2025.116060
URL:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.116060

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 分子代謝生理学分野 教授
東京大学先端科学技術研究センター 代謝医学分野 客員教授
酒井 寿郎(さかい じゅろう)
TEL:022-717-8113
Email:juro.sakai.b6*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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