発表のポイント
- 舌下免疫療法(注1)を施したマウスに抗生物質を3週間経口投与し腸内細菌叢(注2)を除去すると、舌下免疫療法のアレルギー抑制効果が失われることを発見しました。
- 腸内細菌叢は、舌下免疫療法でアレルギー抑制を担う制御性T細胞(注3)の維持に必要であることが示されました。
- 本研究により、腸内環境が舌下免疫療法の治療効果に影響を与える可能性が示唆されました。
概要
舌下免疫療法はアレルギーの原因物質(アレルゲン)を少量ずつ舌下粘膜から吸収させ、徐々にアレルギー反応を弱めていく治療法です。最近の研究で腸内細菌叢の乱れがアレルギー発症と関連することが分かってきましたが、舌下免疫療法における腸内細菌叢の役割は不明でした。
東北大学病院歯科麻酔疼痛管理科の田中 志典講師らの研究グループは、舌下免疫療法を施したマウスに抗生物質を投与し腸内細菌叢を除去すると舌下免疫療法によるアレルギー抑制効果が失われることを見出しました。この結果は、一見無関係な腸内環境が舌下免疫療法の治療効果に影響を与える可能性を示唆します。
本研究成果は2025年8月5日に学術誌Allergology Internationalでオンライン公開されました。
詳細な説明
研究の背景
舌下免疫療法はアレルギーの原因物質(アレルゲン)を少量ずつ舌下粘膜から吸収させ、徐々にアレルギー反応を弱めていく治療法です。その作用機序の一つとしてアレルギー抑制に働く制御性T細胞の誘導が挙げられます。以前の研究で口腔粘膜の樹状細胞(注4)が、口腔粘膜の所属リンパ節(注5)である顎下リンパ節にアレルゲンを運搬し制御性T細胞を誘導するメカニズムを明らかにしましたが(参考文献1)、誘導された制御性T細胞が体内でどのように維持されるかは未解明でした。また最近、腸内細菌叢の乱れがアレルギー発症と関連するという証拠が蓄積されてきていますが、舌下免疫療法における腸内細菌叢の役割は不明でした。
今回の取り組み
東北大学病院歯科麻酔疼痛管理科の田中 志典(たなか ゆきのり)講師らの研究グループは、舌下免疫療法を施したマウスの顎下リンパ節(口腔粘膜の所属リンパ節)から精製した制御性T細胞を別のマウスに移入すると、移入を受けたマウスでアレルギー反応が抑制されました。これと同様の結果が、腸間膜リンパ節(腸管粘膜の所属リンパ節)制御性T細胞の移入でも得られました。また、舌下免疫療法を施したマウスの腸間膜リンパ節を外科的に除去すると舌下免疫療法のアレルギー抑制効果が失われました。これらの結果から、舌下免疫療法により顎下リンパ節で誘導された制御性T細胞は腸間膜リンパ節に移動し、そこで維持されると考えられました。
腸間膜リンパ節の免疫細胞は腸内細菌叢の影響を受けることが知られているため、舌下免疫療法を施したマウスに抗生物質を3週間投与することで腸内細菌叢を除去し、舌下免疫療法におけるその役割を調べました。その結果、腸内細菌叢を除去すると舌下免疫療法のアレルギー抑制効果が失われ(図1)、腸管膜リンパ節の制御性T細胞移入実験でも移入先のマウスでアレルギー反応が抑制されなくなりました(図2)。
以上の結果から、腸内細菌叢は、舌下免疫療法で誘導されアレルギー抑制に働く制御性T細胞の維持に必要であることが明らかとなりました(図3)。
今後の展開
本研究により腸内環境が舌下免疫療法の治療効果に影響を与える可能性が示唆されました。今後、プロバイオティクスや機能性食品など、腸内環境を標的として舌下免疫療法の治療効果を増強する新たな手法の開発につながることが期待されます。

実験的アレルゲンとして卵白アルブミン(OVA)を用いた。OVAで舌下免疫療法を施したマウスではOVAに対する遅延型過敏症(アレルギーの一種)による耳介腫脹が有意に抑制された(OVA→Ctrl群)。OVAで舌下免疫療法後、抗生物質を3週間に渡って経口投与し腸内細菌叢を除去すると、舌下免疫療法によるアレルギー抑制効果が失われた(OVA→Abx群)。
***P < 0.001, ns 有意差なし(Vehicle→Ctrl群に対して)

OVAで舌下免疫療法を施したマウスの腸間膜リンパ節から得られた制御性T細胞を別のマウスに移入すると、移入先マウスで遅延型過敏症が有意に抑制された(OVA→Ctrl群)。OVAで舌下免疫療法後、抗生物質を3週間に渡って経口投与し腸内細菌叢を除去してから同様の制御性T細胞移入を行ったところ、移入先マウスでのアレルギー抑制効果が失われた(OVA→Abx群)。
***P < 0.001, ns 有意差なし(No transfer 群に対して)

腸内細菌叢は舌下免疫療法で誘導された制御性T細胞の維持に関与することで、舌下免疫療法のアレルギー抑制効果の維持に寄与する。
謝辞
本研究は、日本学術振興会(JSPS KAKENHI Grant Number JP21K09837, JP24K12894)、日本医療研究開発機構(AMED Grant Number JP24zf0127001h0004)ならびにヤクルト・バイオサイエンス研究財団(Grant Number 559)の支援を受けて行われました。
用語説明
注1.舌下免疫療法:アレルギーの原因物質(アレルゲン)を少量ずつ舌下粘膜から吸収させ、徐々にアレルギー反応を弱めていく治療法。
注2.腸内細菌叢:腸内に生息する多種多様な細菌の集まり。草むら(叢)や花畑(フローラ)に例えて「腸内細菌叢(そう)」や「腸内フローラ」と呼ぶ。
注3.制御性T細胞:CD4陽性T細胞の一種で、過剰な免疫応答を抑制し、自己免疫疾患や炎症性疾患、アレルギー疾患を防ぐ重要な役割を担う。
注4.樹状細胞:T細胞に抗原を提示する抗原提示細胞の中でもT細胞を活性化させる力が強いもの。
注5.所属リンパ節:ある特定の範囲の臓器や組織からのリンパ液が最初に集まるリンパ節。
参考文献
1.Tanaka Y, Nagashima H, Bando K, Lu L, Ozaki A, Morita Y, Fukumoto S, Ishii N, Sugawara S. Oral CD103−CD11b+ classical dendritic cells present sublingual antigen and induce Foxp3+ regulatory T cells in draining lymph nodes. Mucosal Immunol. 2017;10(1):79-90.
論文情報
タイトル:Gut microbiota contributes to the maintenance of sublingually induced regulatory T cells and tolerance in mice.
著者:Saka Winias, Kanan Bando, Boonnapa Temtanapat, Masato Nakano, Masahiro Saito, Shunji Sugawara, Mitsuko Komatsu, Akiyoshi Hirayama, Shinji Fukuda, Takaaki Abe, Kentaro Mizuta, Masahiro Iikubo, Yukinori Tanaka*
*責任著者:東北大学病院 歯科麻酔疼痛管理科 講師 田中志典
掲載誌:Allergology International
DOI:10.1016/j.alit.2025.06.003
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1323893025000772
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学病院 歯科麻酔疼痛管理科
講師 田中志典
TEL:022-717-8420
Email:yukinori.tanaka.e6*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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