メタボリック症候群が胃噴門部腺癌を進展させる機序を解明 腸内環境異常が胃噴門部腫瘍の腫瘍免疫を抑制する可能性
2025.9.12 Fri
研究発表のポイント
- メタボリック症候群と胃噴門部腺がん(注1)をつなぐ機序として、腸内環境異常とそれにともなう大腸菌成分リポ多糖刺激(注2)が重要な役割を果たすことが、マウスを用いた研究でわかりました。
- 大腸菌リポ多糖刺激は、腫瘍細胞に酸化ストレス(注3)応答を担うタンパク質NRF2を介してPD-L1タンパク質(注4)発現を直接誘導します。
- メタボリック症候群にともなう異常な腸内細菌叢(注5)とその代謝産物が循環血液を介して胃噴門部腺がんの進展に関与することから、生活習慣病予防や腸内環境改善が胃噴門部腺がんの予防につながる可能性があります。
概要
現在、胃がん予防としてピロリ菌除菌療法が普及しています。しかし、胃噴門部腺がんは食生活の欧米化にともない増加し、ピロリ菌以外の細菌感染が関与する可能性があります。生活習慣病のメタボリック症候群と胃噴門部腺がんとの関連性は報告されましたが、両者をつなぐ機序は明らかではありません。
東北大学大学院医学系研究科消化器病態学分野の正宗 淳教授、宇野 要講師、草野 啓介大学院生(研究当時)、東北大学東北メディカル・メガバンク機構分子血液学分野の清水 律子教授、同機構地域口腔健康科学分野の玉原 亨講師らの研究グループは、メタボリック症候群にともなう腸内環境から漏れてきた異常な腸内細菌叢・代謝産物や大腸菌成分リポ多糖が、循環血液を介し胃噴門部の腫瘍細胞に到達し、酸化ストレス応答を担うタンパク質NRF2活性化によりPD-L1タンパク質発現を直接誘導し、腫瘍免疫回避(注6)により腫瘍進展をきたすことを発見しました。本研究の結果から、生活習慣病予防や腸内環境改善により胃噴門部腺がん進展を抑制する効果が期待されます。
本研究成果は2025年9月9日に米国の学術誌CMGH誌に掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
近年、胃噴門部腺がんが従来の胃がんと比べて増加しています。食道と胃の境界部分(食道胃接合部)は内視鏡観察で微細な粘膜変化に気づきにくい解剖学的な部位で、発がん機序に基づく予防方法や早期診断・治療方法を確立する必要があります。これまで、食道胃接合部粘膜局所への胃酸・胆汁酸刺激に対する酸化ストレス応答が発がん進展に関与する可能性が提唱されましたが、酸分泌抑制薬で局所の炎症を抑えるだけでは十分な発がん予防効果はえられませんでした。生活習慣病であるメタボリック症候群やそれにともなう異常な腸内環境との関連性が注目されていますが、その機序は分かっていません。
今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科消化器病態学分野の正宗 淳(まさむね あつし)教授、宇野 要(うの かなめ)講師、草野 啓介(くさの けいすけ)大学院生(研究当時)、東北大学東北メディカル・メガバンク機構分子血液学分野の清水 律子(しみず りつこ)教授、同機構地域口腔健康科学分野の玉原 亨(たまはら とおる)講師らの研究グループは、金沢大学がん進展制御研究所の大島 正伸教授から譲渡されたK19-Wnt1/C2mE マウス、および東北大学東北メディカル・メガバンク機構分子医化学分野の山本雅之教授から譲渡されたNrf2遺伝子ノックアウトマウス(注7)との交配によるNrf2欠失K19-Wnt1/C2mE マウスを用いて、高脂肪食による腸内環境異常と胃噴門部腫瘍進展との関連性を調べました。その結果、高脂肪食に大腸菌リポ多糖刺激を追加することで全身性にメタボリックエンドトキセミア(注8)の状態となり、腸内異常細菌叢とその代謝産物が循環血液を介して胃噴門部腫瘍微小環境に運ばれ、腫瘍細胞に酸化ストレス応答を担うタンパク質NRF2活性化を介してPD-L1タンパク質発現を直接誘導し、あるいは、マクロファージ(注9)という炎症性細胞からの炎症性サイトカインTNFa(注10)分泌を促し転写因子NFkBを介してPD-L1タンパク質発現を間接的に誘導し、腫瘍免疫回避を介して腫瘍進展をきたすことを発見しました。回腸貯留物細菌叢を網羅的に解析したところ、高脂肪食により抗炎症作用・腸管バリア制御に関する代謝産物の発現が減少し、NRF2発現の状態とは無関係でした。以上の結果から、メタボリック症候群にともなう異常腸内細菌叢とその代謝産物が循環血液を介し胃噴門部腺がんに関与する可能性が示されました。
今後の展開
胃噴門部腺がんという消化管局所の悪性腫瘍の進展機序を、生活習慣病や腸内環境という全身の要因と関連づけて検討することで、新しい病気のメカニズムの解明だけでなく、生活習慣予防や腸内環境改善、酸化ストレス制御による胃噴門部腺がんの進展予防策の確立につながることが期待されます。

高脂肪食摂取にともなう腸内環境異常により腸管粘膜傷害が惹起され、異常な腸内細菌叢および代謝産物が循環血液中に漏洩、メタボリックエンドトキセミアの状態となると、腫瘍細胞にPD-L1発現を誘導することで胃噴門部腫瘍微小環境での腫瘍免疫を抑制し、腫瘍進展させる可能性があります。

K19-Wnt1/C2mE マウスへの高脂肪食(HFD)および大腸菌リポ多糖(LPS)刺激により、何も刺激をしない状態(Ctrl)に比べ、腫瘍が増大し、腫瘍組織でのCd274(PD-L1)mRNA 発現が増加しましたが、Nrf2欠失K19-Wnt1/C2mE マウスではそれらが減少しました(**P<0.01, Tukey-Kramer test)。
謝辞
本研究は、科研費(JSPS KAKENHI Grant Number JP19K08434、JP23K07368)、消化器医療イノベーション推進寄附講座研究費(十和田市)で実施されました。本論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。
用語説明
注1.胃噴門部腺がん:食道と胃との接合部に発生する腺がんで、近年増加しています。食道の重層扁平上皮組織から胃の単層円柱上皮組織へとつながる食道と胃の接合部は、胃食道逆流を防ぐ括約筋で内腔が調整されているため、内視鏡検査による詳細な観察が困難なことがあります。
注2.大腸菌成分リポ多糖:グラム陰性菌大腸菌の細胞壁外膜の構成成分で、脂質や多糖から構成される糖脂質です。エンドトキシンとして免疫系との相互作用を通じ、健康に大きな影響を与える可能性があります。
注3.酸化ストレス応答:通常状態の生体組織の酸化還元状態が乱されると、 過酸化物やフリーラジカルが産生され、タンパク質、脂質、DNAなどが障害される反応およびそれを防御する反応です。NRF2は酸化ストレスに対する反応を制御する中心的な遺伝子です。
注4.PD-L1タンパク質:細胞の表面に発現しているタンパク質で、免疫細胞であるT細胞表面のPD-1タンパク質と結合し、免疫細胞の働きを抑える役割を担う免疫チェックポイント分子です。がん細胞がPD-L1を発現することで、T細胞からの攻撃を逃れます。
注5.腸内細菌叢:腸内に生息している細菌で1,000種類以上存在しており、腸内環境を整える“善玉菌”、毒性のある代謝産物により腸内環境を悪化させる“悪玉菌”などがあります。最近、腸内細菌叢の特徴とさまざまな病気との関連が注目されています。
注6.腫瘍免疫回避:がん細胞が免疫細胞からの「攻撃」をかわすこと
注7.遺伝子ノックアウトマウス:遺伝子組み換え技術により特定の遺伝子を欠失させたマウス。特定の遺伝子の機能を失わせることで、その遺伝子の生体内での機能を調べことができます。Nrf2欠失マウスは生体のストレス防御にかかわる制御因子であるNrf2遺伝子を欠失させています。
注8.メタボリックエンドトキセミア:腸内細菌成分であるリポ多糖が腸管粘膜バリア傷害のため腸管粘膜を通って循環血液中に移行することによりひきおこされる全身性炎症状態で、メタボリック症候群などさまざまな慢性疾患の病態形成に関連することが示唆されています。
注9.マクロファージ:異物や異常な細胞を貪食し体を守る免疫応答を誘導したり、組織修復など体をまもったりする反応にも関与します。
注10.炎症性サイトカインTNFa:マクロファージ などの免疫細胞から分泌され、細胞間情報伝達をつかさどるシグナル伝達分子です。主に免疫応答調節などに関与し、さまざまな病気の病態形成や病原体への防御として重要な役割を果たしています。
論文情報
タイトル:Metabolic syndrome develops cardia cancer via nuclear factor-E2-related factor 2-programmed death-ligand 1 signaling
著者:草野啓介、宇野要*、玉原亨、浅野直喜、須藤洸一郎、田邊瑞樹、小笠原光矢、菅野武、小池智幸、清水律子、正宗淳
*責任著者:東北大学医学系研究科・消化器病態学分野、消化器医療イノベーション推進寄附講座、講師 宇野要
掲載誌:CMGH (Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jcmgh.2025.101629
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・消化器病態学分野
消化器医療イノベーション推進寄附講座
講師 宇野 要
TEL:022-717-7171
Email:kaname.uno.c3*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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