発表のポイント
- マウスを用いて、注射式ワクチンではなく、吸入することで気道の粘膜から免疫を高めて肺炎球菌1の感染を防ぐ新しいタイプのワクチンを開発しました。
- 酸化鉄ナノ粒子に肺炎球菌の抗原(PspA)2を結合させ、気道から投与することにより粘膜免疫と全身免疫の両方を効率よく誘導できることを発見しました。
- 注射式ワクチンに代わる吸入型粘膜ワクチンとして、様々な呼吸器感染症の新しい予防法につながることが期待されます。
概要
本邦において肺炎は死因の第5位で、高齢化の進む我が国では対策は急務です。肺炎の原因菌として最も多い肺炎球菌に対しワクチンが存在しますが、現在のワクチンでカバーできないタイプの肺炎球菌が増えていることや、粘膜免疫の誘導ができず肺炎の予防効果が十分でないことなど、解決すべき問題があります。
東北大学大学院医学系研究科感染病態学分野の佐藤 光助教、石井 恵子非常勤講師、青柳 哲史教授、川上 和義名誉教授らの研究グループは、肺炎球菌の膜上に存在するPspAと呼ばれる共通タンパク質をターゲットとして、アジュバント3に酸化鉄ナノ粒子を結合させた新規ワクチンを開発しました。マウスに経気道的に投与することで、粘膜免疫誘導や感染防御効果を付与することに成功しました。また、この粘膜免疫誘導にはNKT細胞4が関わることも明らかとしました。
本研究は新たな粘膜ワクチンとして、種々の呼吸器感染症の予防につながることが期待されます。
本研究結果は、2025年10月31日付けで科学誌Vaccineに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景と経緯
本邦で肺炎は主要な死因の一つであり、死亡者の98%を65歳以上の高齢者が占めます。肺炎の最多原因微生物である肺炎球菌は、鼻咽頭内に定着・保菌後、下気道への誤嚥を介して肺炎を引き起こします。さらに、菌血症や髄膜炎を伴う侵襲性肺炎球菌感染症のような重篤な病態に至ることもあり、感染症法において5類感染症に指定されています。現在、本邦では小児および65歳の高齢者を対象とした肺炎球菌ワクチンの定期接種が行われていますが、臨床上の課題がいくつかあります。
肺炎球菌は菌体を覆う莢膜多糖体5の構造の違いに基づき、現在100種類以上の血清型に分類されています。現行のワクチンはこの莢膜多糖体を抗原としていますが、20種類程度しかカバーできておらず、ワクチンに含まれない非ワクチン血清型による肺炎球菌感染症が増加する「血清型置換」が世界的に問題となっています。また、現行の注射式ワクチンは、全身性の免疫応答であるIgG6と呼ばれる、体内に侵入した病原体の排除に関わる抗体の産生を誘導できます。しかし、感染の初期段階において重要な役割を担う鼻腔や気道など粘膜上に分泌され、病原体の体内への侵入自体を防ぐIgA7産生の誘導ができません。
以上の背景から、広範な血清型に対応が可能であり、かつ強力な粘膜免疫を誘導可能な新規ワクチン開発が喫緊の課題となっていました。
研究の内容
肺炎球菌は、その血清型に関わらず、共通して膜上にPspAと呼ばれるタンパク質を有しており、これは莢膜多糖に代わるユニバーサル(普遍的)なワクチン抗原(ターゲット)の一つとして注目されています。しかし、抗原単独の投与では十分な免疫応答を誘導できないため、ワクチンの効果を増強するアジュバントの選定が極めて重要です。東北大学大学院医学系研究科感染病態学分野の佐藤 光助教、石井 恵子非常勤講師、青柳哲史教授、川上 和義名誉教授らの研究グループは、全身免疫だけでなく、感染防御の最前線である粘膜免疫を誘導可能な新規アジュバントとして、酸化鉄ナノ粒子(Iron oxide nanoparticle:IONP)に着目しました。IONPは、サイズ制御の容易さ、良好な水分散性、樹状細胞8への効率的な取り込み、表面修飾による多様な物質(抗原など)の結合能といった特性を有します。また、臨床でMRI造影剤として既に使用されており、生体安全性が確認されている点も大きな利点です。
研究グループは、PspAとIONPを結合させるため、遺伝子組換え技術を用いてアルギニン9を付与したPspAを作製し、これをカルボキシ基修飾したIONPと結合させ、「PspA-IONP」ワクチンを新規に開発しました(図1)。
開発したPspA-IONPをマウスに経気道投与した結果、気道粘膜の局所(気管支肺胞洗浄液:BALF中)のIgA抗体、全身において血清中IgG抗体が著しく増加しました(図2)。また、PspA-IONPを投与したマウスに肺炎球菌を感染させたところ、対象群と比較して肺の菌数が有意に減少し、侵襲性肺炎球菌感染モデルマウスにおいても生存率も顕著に改善しました(図2)。このPspA-IONPワクチンによる免疫誘導メカニズムを解析した結果、特に粘膜におけるIgAの分泌にNKT(natural killer T)細胞が関与することも明らかになりました。
これらの結果は、本研究グループが開発したPspA-IONPワクチンが、NKT細胞を介したメカニズムにより強力な粘膜炎免疫(IgA)と全身性免疫(IgG)の両方を誘導し、肺炎球菌感染を効果的に防御可能であることを示しています。
今後の展開
PspAは、その構造から6つのクレードに分類されます。本研究ではクレード2のPspAを使用しましたが、今後は他のクレードの肺炎球菌に対しても広範な防御効果を示せるか検証する必要があります。効果が限定的な場合には、複数のPspAを使用した多価ワクチンの開発が必要となります。
また、肺炎球菌感染症が重篤化しやすい高齢者では、一般的にワクチンによる免疫応答が低下することも知られています。そのため、高齢マウスモデルを用いた本ワクチンの有効性評価も不可欠です。加えて、感染源となる肺炎球菌の鼻腔内での定着・保菌に対して、本ワクチンが阻止できるかどうかの検討も重要な課題です。
このように臨床応用に向けたいくつかの課題は残されていますが、本研究成果は注射を必要としない経気道型の粘膜ワクチンという新しいモダリティの実用化の道を開くものです。将来的には、肺炎球菌感染症の予防効果を最大限に高めるだけでなく、他の呼吸器感染症に対する粘膜ワクチンの開発研究プラットフォームとして、広範な応用が期待されます。


謝辞
本研究は、文部科学省科学研究費助成金(課題番号:JP17K10013、JP20K08836、JP24K14742)、公益財団法人武田科学振興財団ハイリスク新興感染症研究助成、東北大学若手研究者に係る共用設備利用支援制度の支援を受けて実施されました。
用語説明
- 肺炎球菌:肺炎、中耳炎、髄膜炎、敗血症などを引き起こす細菌の一種です。肺炎の主な原因菌として知られています。 ↩︎
- PspA:pneumococcal surface protein A。肺炎球菌の菌体表層に存在するタンパク抗原の1つです。 ↩︎
- アジュバント:抗原となるタンパク質だけを生体内に投与しても十分な免疫は誘導されません。そのため、アジュバントと呼ばれるワクチンの効果を高める物質を一緒に投与することで、より効果的な免疫を誘導することが可能となります。 ↩︎
- NKT細胞:ナチュラルキラーT細胞。T細胞とNK細胞の両方の特徴を持つリンパ球の1つです。自然免疫と獲得免疫の橋渡しを行い、病原体に対する免疫応答を制御する重要な役割を持っています。 ↩︎
- 莢膜多糖体:肺炎球菌などの細菌は、菌体表面を覆う莢膜と呼ばれる膜を持っています。肺炎球菌の莢膜は多糖で構成されていて、免疫回避や感染防御免疫の重要な標的となっています。 ↩︎
- IgGとIgA:免疫グロブリンと呼ばれる抗体の一種です。IgGは主に血液中に存在し、体内に侵入した病原体の排除に関与します。 ↩︎
- IgGとIgA:免疫グロブリンと呼ばれる抗体の一種です。IgAは粘膜(唾液、腸液など)に多く存在し、病原体の侵入自体を防ぐ「門番」の役割を担っています。 ↩︎
- 樹状細胞:枝状の突起を持つ免疫細胞の1つで、病原体などの抗原を細胞内に取り込み、T細胞にその情報を伝える「司令塔」の役割を果たします。 ↩︎
- アルギニン:タンパク質を構成するアミノ酸の1種です。 ↩︎
論文情報
タイトル:NKT cell–dependent PspA-specific IgA production caused by mucosal administration of a novel nanoparticle pneumococcal vaccine
新規肺炎球菌ナノ粒子ワクチンの粘膜投与によるNKT細胞依存性PspA特異的IgA産生
著者:Ayako Nakahira, Hiroki Iwaoka, Ko Sato*, Shigenari Ishizuka, Ryuhei Shiroma, Tomomitsu Miyasaka, Emi Kanno, Hiromasa Tanno, Yuki Sato, Yukihiro Akeda, Kazunori Oishi, Tetsuji Aoyagi, Keiko Ishii, Kazuyoshi Kawakami
中平 絢子, 岩岡 大貴, 佐藤 光*, 石塚 茂宜, 城間 龍平, 宮坂 智充, 菅野 恵美, 丹野 寛大, 佐藤 祐樹, 明田 幸弘, 大石 和徳, 青柳 哲史, 石井 恵子, 川上 和義
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科感染病態学分野 助教 佐藤 光(さとう こう)
掲載誌:Vaccine
DOI:10.1016/j.vaccine.2025.127911
URL:https://authors.elsevier.com/sd/article/S0264-410X(25)01208-3
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 感染病態学分野
助教 佐藤 光(さとう こう)
TEL:022-717-8681
Email:ko.sato.a4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
- 関連リンク
- プレスリリース資料(PDF)