ミトコンドリアが血液細胞の運命を決める -赤血球ができるのか、血小板ができるのかを分ける仕組みをマウスで解明-
2025.11.21 Fri
研究発表のポイント
- マウスを用いて、巨核球・赤芽球系前駆細胞(MEP)1が赤芽球2へ分化するには、高いミトコンドリア3活性が必要であることを見つけました。
- MEPはミトコンドリアの含有量により二つの集団に分けることができ、ミトコンドリアが多いMEPから赤芽球が、ミトコンドリアの少ないMEPから巨核球が分化することがわかりました。
- 本研究成果は、多血症4に対する新規治療法開発への応用や再生不良性貧血の病態理解に貢献すると期待されます。
概要
体内を流れる赤血球や白血球などの血液細胞は、骨髄にある「造血幹細胞」から生まれます。造血幹細胞はまず「造血前駆細胞」と呼ばれる中間的な細胞をつくり、これが分裂・増殖しながら、赤血球や白血球などそれぞれの役割を持つ細胞へと成熟します。細胞の中で酸素呼吸を担う「ミトコンドリア」は、エネルギーをつくる重要な存在ですが、造血前駆細胞の分化における役割は明らかではありませんでした。
東北大学大学院医学系研究科医化学分野の成恩圭学術研究員、村上昌平講師、本橋ほづみ教授らの研究グループは、ミトコンドリア機能が低下したマウスを作製し解析を行いました。その結果、MEPが赤芽球へ分化するには正常なミトコンドリア機能が不可欠であることを明らかにしました。さらに、ミトコンドリアを多く含むMEPは赤芽球に、ミトコンドリアが少ないMEPは巨核球に分化することを発見しました。この成果は、ミトコンドリアが細胞分化の方向性を決定づけるという新しい概念を示すものであり、血液細胞の分化メカニズムに新たな視点をもたらします。本研究は、多血症や再生不良性貧血などの血液疾患の理解と治療法開発の進展にもつながると期待されます。本研究成果は、2025年11月20日付で国際学術誌Stem Cell Reports に掲載されました。
詳細な説明
研究の背景と経緯
私たちの体の中を流れる血液の中には、酸素を運ぶ赤血球や、病原体と戦う白血球など、さまざまな種類の細胞が含まれています。これらの血液細胞は、すべて骨髄にある「造血幹細胞」と呼ばれる細胞から生まれます。造血幹細胞は「造血前駆細胞」とよばれる中間段階の細胞を経て、それぞれの役割をもつ血液細胞へと成長していきます。この過程を「血液細胞の分化」といいます(図1)。
血液細胞が分化していくあいだ、細胞の中ではさまざまな変化が起こります。これまでの研究では、主に「どの遺伝子が使われるか」という点に注目して分化のしくみが説明されてきました。しかし、細胞のエネルギーをつくる働きを担う「ミトコンドリア」がどのように関わっているのかは、あまり調べられてきませんでした。特に、幹細胞から赤血球や白血球などに成長する途中の段階である造血前駆細胞において、ミトコンドリアがどんな役割を果たしているのかは、これまでよくわかっていませんでした。
研究の内容
ミトコンドリアに局在するシステイニルtRNA合成酵素(CARS2)には、2つの働きがあります。一つは、ミトコンドリアの中でのタンパク質合成を支える働きで、もう一つは、ミトコンドリアでシステインパースルフィド5という代謝物を作る働きです(図2)。
東北大学大学院医学系研究科医化学分野の成恩圭(そん うんぎゅ)学術研究員、村上昌平(むらかみ しょうへい)講師、本橋ほづみ(もとはし ほづみ)教授らの研究グループは、同研究科レドックス分子医学分野の守田匡伸(もりた まさのぶ)講師、井田智章(いだ ともあき)特任教授、赤池孝章(あかいけ たかあき)教授との共同研究により、CARS2の働きのうち、システインパースルフィドを作る働きだけが低下している変異型のCARS2を持つマウスを作成しました。このCARS2変異マウスの血液を調べると、赤血球が減少する一方、血小板が増加していることがわかりました。赤血球が減ってしまういわゆる貧血の原因としては、鉄やヘモグロビンの減少といった原因がありますが、このマウスにはそうした異常が認められませんでした。骨髄の細胞を調べたところ、赤芽球と巨核球という2種類の細胞に分化することができる造血前駆細胞である巨核球・赤芽球系前駆細胞(MEP)で障害が生じていることがわかりました。すなわち、CARS2変異マウスのMEPでは、ミトコンドリアの働きが低下しており、巨核球への分化はみられましたが、赤芽球への分化が認められませんでした。そこで、正常なマウスのMEPでミトコンドリアの働きを抑制すると、CARS2変異マウスのMEPと同様に、赤芽球への分化が抑制されることがわかりました。これらの結果から、MEPが赤血球へ分化するためには、ミトコンドリアの働きが大事であることがわかりました(図3)。
さらにMEPを詳しく調べてみると、これまで一つの細胞集団であるとみなされてきたMEPが、ミトコンドリアを多く持つMEPと少なく持つMEPという二つの集団に分けられることが明らかになりました。興味深いことに、ミトコンドリアをたくさん持っていて活発に利用しているMEPは赤芽球へ分化し、ミトコンドリアが少なくあまり利用していないMEPは巨核球へ分化することを発見しました(図3)。以上の結果から、ミトコンドリアの働き方が、造血前駆細胞の運命決定の鍵を握ることが明らかになりました。
今後の展開
これまで、赤血球や白血球などの血液細胞がどのようにして作られるのかは、主に「転写因子」と呼ばれるたんぱく質が遺伝子の働きを調節することで決まると考えられてきました。今回の研究では、血液細胞の中でも特に赤血球ができる過程で、遺伝子の働きだけでなく、ミトコンドリアが、細胞の運命を決める大切な役割を果たしていることが明らかになりました。これまで、赤血球の中でミトコンドリアが重要なのは、酸素を運ぶために必要なヘムという物質を作ることだと考えられてきました。しかし今回の成果から、ヘムが盛んに作られる前の段階で、ミトコンドリアの量によって「赤血球になるかどうか」が決まる可能性があることがわかりました。
この発見は、原因がよくわかっていなかった貧血の一部が、赤血球のもとになるMEPの分化の段階で起こっている可能性を示すものであり、病気の新たな原因解明につながると期待されます。また、赤血球が作られすぎてしまう「多血症」の新しい治療法の開発にも役立つ可能性があります。



謝辞
本研究は、科研費JSPS (JP24K11531、JP23K06145、JP23K06386、JP21H05263、JP22K19397、JP23K20040、JP24H00063、JP21H04799、JP21H05258、JP21H05264、24H00605)、CREST JPMJCR2024、AMED JP21zf0127001、25zf0127001h0005、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJSP2114の支援により実施されました。
用語説明
- 巨核球・赤芽球形前駆細胞(MEP):血液凝固に使われる血小板を産生する巨核球と、ヘムを使用して酸素を全身に運搬する赤血球の両者に分化することができる血液前駆細胞のこと。 ↩︎
- 赤芽球:赤血球のもとになる細胞で、巨核球・赤芽球前駆細胞から分化する。 ↩︎
- ミトコンドリア:酸素呼吸を司る細胞内小器官であるとともに、赤血球が酸素の運搬するために不可欠なヘムを合成する場でもある。 ↩︎
- 多血症:血液中で赤血球が異常に増えてしまう病気で、ひどくなると血液の流れに支障がでて、頭痛やめまいなどの症状が出る。 ↩︎
- システインパースルフィド:アミノ酸の一つであるシステインが持っている-SH基(チオール基)に過剰な硫黄原子が1つ挿入されると、-SSH基(パーチオール基)を持つシステインパースルフィドになる。 ↩︎
論文情報
タイトル:Mitochondria Regulate the Cell Fate Decisions of Megakaryocyte-Erythroid Progenitors
著者:成恩圭、*村上昌平、守田匡伸、井田智章、赤池孝章、*本橋ほづみ
*責任著者:
東北大学大学院医学系研究科医化学分野 講師 村上昌平
東北大学大学院医学系研究科医化学分野 教授 本橋ほづみ
掲載誌:Stem Cell Reports
DOI:10.1016/j.stemcr.2025.102720
URL:https://doi.org/10.1016/j.stemcr.2025.102720
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科医化学分野
講師 村上昌平
TEL:022-717-8088
mail:shohei.murakami.a6*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
教授 本橋ほづみ
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