美食家の舌が肥えるメカニズムを解明 -ヒトは味の微妙な違いを記憶できる-
2025.12.1 Mon
研究発表のポイント
- ヒトの味覚(感受性)の形成や変化については不明な部分が多く、とりわけ、ソムリエや料理評論家などの研ぎ澄まされた味覚の記憶のメカニズムはほとんどわかっていませんでした。
- 5種類の異なる甘味(グルコース、フルクトース、スクロース、マルトース、ラクトース)を用い、味覚想起訓練1により、微妙な味の違いを見分ける味覚が鋭敏になることを実証しました。
- この知見は、味覚想起訓練がさまざまな味覚障害や高齢者の食欲低下に対する新しいリハビリテーション法として応用可能であることを示唆します。
概要
なぜ美食家は舌が肥えているのか?そのメカニズムの一端が解明されました。東北大学大学院医学系研究科臨床障害学分野の海老原 覚教授と朴 依眞大学院生らは、健康な成人40名を対象に、さまざまな甘味の微妙な違いを見分けて覚えていく「味覚想起訓練」を実施しました。その結果、味覚想起訓練によって、微妙に味の違いを識別できるようになり、その味覚が鋭敏となっていくことを証明しました。
この成果は、味の記憶と感覚の学習が脳の中でどのように結びついているかを理解するための重要な手がかりとなるものであり、味覚障害や加齢による食欲低下に対する新しいリハビリテーション法としての応用が期待されます。
現在、東北大学病院リハビリテーション科において、味覚想起訓練による味覚リハビリテーション診療の実践も進められています。
本研究成果は、2025年11月19日付でChemical Sensesに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景と経緯
これまで、「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」などの基本味の違いを識別する仕組みは研究されてきましたが、同じ「甘味」の中で、たとえばショ糖(スクロース)とブドウ糖(グルコース)のように同一味質の異なる物質を、どう感じ分けているのかはほとんど分かっていませんでした。
また、「味を覚える」「味を思い出す」といった味覚の記憶や想起のメカニズムも明らかでなく、「食の楽しみ」を支える脳の働きを理解するうえで大きな課題となっていました。
研究の内容
東北大学大学院医学系研究科臨床障害学分野の海老原 覚(えびはら さとる)教授と朴 依眞(ぱく ういじん)大学院生らは、健康な成人40名を対象に、さまざまな甘味の微妙な違いを見分けて覚えていく「味覚想起訓練」を実施しました。
参加者はまず、5種類の甘味物質(グルコース、フルクトース、スクロース、マルトース、ラクトース)について、それぞれどのくらいの濃度で味を感じ取れるか(味覚閾値2)を測定しました。その後、自身の味覚閾値よりも一段階薄い濃度の甘味物質を繰り返し味見してもらい、「これはどの甘味物質だったか」を思い出して当てる訓練を3日間連続で行いました(図1)。
その結果、訓練を行ったグループでは、すべての甘味物質において味覚の感度(味覚閾値)が有意に改善し、3日間で味をより鋭く感じ取れるようになりました(図2)。これは、味覚にも学習による変化(可塑性)があることを示すもので、視覚や聴覚と同じように、味覚も「鍛えることができる」ことを明確に示した成果です。
優れた味覚は生まれつきの才能ではなく、経験によって形成されることが知られています。たとえば、ソムリエが食品と飲料の最適な組み合わせを判断できるのは、特別に敏感な味覚や嗅覚を持つからではなく、長い経験の中で「良い味」のデータを脳に蓄積してきた結果だと報告されています(参考文献)。
さらに、日本の慣用句にも「舌が肥える」という表現があります。これは、良い味を食べ慣れることで味の微妙な違いを鋭敏に感じ取れるようになるという意味ですが、今回の研究結果はまさにその科学的裏づけともいえる内容です。
味を思い出す訓練を重ねることで、味の細やかな違いを感じ取る味覚の感受性や識別力が鋭敏になることが示されました。この成果は、食欲の低下や味覚障害の改善につながる可能性があり、特にこれまで有効な治療法がほとんどなかった高齢者の食欲不振(Anorexia of aging)に対する新しいリハビリテーション法の開発にも道を開くものです。
今後の展開
本研究は、「味を思い出す力」が異なる味質の識別だけでなく、同じ味質の微妙な違いを感じ取る能力も高めることを示した世界初の報告です。
今後は、脳活動計測や画像解析を組み合わせて、味覚の記憶と脳の働きの関係をより深く明らかにし、味覚障害患者や高齢者の食欲不振に対する科学的根拠に基づいた味覚リハビリテーションプログラムの開発を目指します。

5種類の甘味物質(グルコース、フルクトース、スクロース、マルトース、ラクトース)について、それぞれどのくらいの濃度で味を感じ取れるか(味覚閾値)を測定しました。その後、自身の味覚閾値よりも一段階薄い濃度の甘味物質を繰り返し味見してもらい、「これはどの甘味物質だったか」を思い出して当てる訓練を3日間連続で行いました。

訓練を行ったグループでは、すべての甘味物質において味覚の感度(味覚閾値)が有意に改善し、3日間で味をより鋭く感じ取れるようになりました。
(グルコース:p<0.001、フルクトース:p<0.001、スクロース:p<0.001、マルトース:p<0.005、ラクトース:p<0.001)
謝辞
本研究は、東北大学食科学国際共同大学院プログラム、日本学術振興会科学研究費助成事業(挑戦的研究萌芽:22K19760、基盤研究B:24K02778)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED:23zf0127001h003)、国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的国際共同研究プログラム (SICORP:JPMJSC2308)の支援を受けて実施されました。
用語説明
参考文献
Henrik S. et al., International Journal of Gastronomy and Food Science, 2020
論文情報
タイトル:Effect of taste recall training using five sweet substances on sweet taste sensitivities
著者:Uijin Park, Midori Miyagi, Satoru Ebihara*
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科臨床障害学分野 教授 海老原覚
掲載誌:Chemical Senses
DOI:10.1093/chemse/bjaf057
URL:https://academic.oup.com/chemse/advance-article/doi/10.1093/chemse/bjaf057/8327156?login=true
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 臨床障害学分野
教授 海老原 覚(えびはら さとる)
TEL:022-717-7353
Email:satoru.ebihara.c4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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