発表のポイント
- 大規模全国コホート調査により、地中海食パターンへの高い遵守は、精神的ジストレス1のリスク低減と関連することが明らかになりました。
- 妊婦用地中海食スコア(PMDS2)による評価では、低PMDS群における精神的ジストレスの集団寄与危険割合(PAF)3は約10%でした。これは、地中海食パターンへの遵守度が低い状態を改善することで、妊婦の精神的ジストレスの約1割を減らせる可能性が示唆されます。
- 一方で、従来の地中海食スコア(MDS4、rMED5)では関連がみられず、PMDSが妊娠期により特化した指標である可能性が示されました。
- 妊娠中の食習慣を地中海食スコアなどで定量的に評価・見直すことは、周産期メンタルヘルスケアに資する新たなアプローチとなり得ます。
概要
東北大学病院産科・婦人科の高橋 友梨医員、同院周産母子センターの渡邉 善講師らの研究グループは、環境省の「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査6)」に参加した約8万人の妊婦を対象に、妊娠中の地中海食パターンへの遵守と精神的ジストレスとの関連を検討しました。
妊娠中の食事内容に関するアンケート調査から3種類のスコア(MDS、rMED、PMDS)を用いて妊婦の食習慣を評価した結果、PMDSが低い群では精神的ジストレスのPAFは10.4%と算出されました、一方、他2種類の地中海食スコアでは有意な関連は見られませんでした。
これらの結果から、妊娠期に地中海食パターンを意識した食生活を送ることが、周産期の心の健康を守る一助となる可能性が示唆されました。
本研究成果は2025年11月25日付でNutrientsに掲載されました。
※本研究は環境省が実施するエコチル調査のデータを基に行われましたが、研究者の責任で行われたものであり、政府の公的見解を示すものではありません。
詳細な説明
研究の背景と経緯
妊娠期はホルモン変化や生活環境の変動により心理的ストレスが高まりやすく、抑うつや不安などのメンタルヘルス問題は母親だけでなく胎児や子の発達にも影響を及ぼすことが知られています。近年、食事パターンとメンタルヘルスの関連が注目され、野菜・果物・全粒穀物・魚類を多く含む地中海食パターンは欧米を中心に精神症状の予防的役割が報告されています。しかし、日本の妊婦を対象とした大規模研究はこれまでほとんどなく、地中海食スコアに基づく地中海食パターン遵守が精神健康と関連するかは明らかではありませんでした。本研究は、日本全国の大規模コホート調査データを用い、地中海食パターンへの遵守度と妊娠期の精神的ジストレスとの関連を検証することを目的として実施されました。
研究の内容
エコチル調査に参加した8万271人の妊婦のデータを用いて、妊娠期の地中海食パターンと精神的ジストレスとの関連について調査しました。妊婦の食事内容から、一般的に用いられる地中海食スコア(MDS、rMED)に加え、妊娠期向けに開発されたPMDSの3種類の指標を算出しました。
PMDSが低い妊婦では精神的ジストレスの有病率が有意に高く(高PMDS群2.3%、低PMDS群 3.2%)、両群の比較において、相対リスク(RR)は1.17(95%信頼区間(CI) 1.07 – 1.28)でした。さらに、低PMDSに起因しうる精神的ジストレスのPAFは10.4%(95%CI 4.81 – 16.06)でした。これは、地中海食パターンへの遵守度が低い状態を改善することで、妊婦の精神的ジストレスの約1割を減らせる可能性が示唆されます(図1)。一方、MDSおよびrMEDでは有意な関連は認められず(高MDS群2.4% vs 低MDS群2.6%;高rMED群2.4% vs 低rMED群2.6%)、PAFについても有意な値は得られませんでした(MDS: 0.66% [95%CI -1.94 –3.29]、rMED: -0.26% [95%CI -1.56 – 1.04])(図1)。
これらの結果は、妊娠期の食生活、特に妊婦向けに調整されたPMDSで評価される地中海食パターン遵守がメンタルヘルスの改善に重要である可能性を示しています。
今後の展開
本研究では、妊娠期の地中海食パターンへの高い遵守が精神的ジストレスの有病率の低減に関連する可能性が示されました。得られた知見を基に、日本の食文化に合わせた妊婦向けの実践的な食事ガイドや保健指導への応用を検討します。こうした取り組みにより、妊娠期のメンタルヘルス向上に貢献する新たな予防戦略の確立を目指します。

本研究では、地中海食パターンと精神的ジストレスの関連を評価するにあたり、母体の年齢や妊娠歴、体格、生活習慣、社会経済的背景などの影響を統計的に調整しています。
PMDSではPAFが約10%と推定されましたが、MDS・rMEDでは有意なPAFは認められませんでした。
謝辞
本研究は、環境省「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」の資金提供を受けて実施されました。
用語説明
- 精神的ジストレス:耐え難い心理的な苦痛を感じている状態をさす用語。本調査では、国際的に用いられるK6(Kessler6項目尺度) という質問票を用い、13点以上を精神的ジストレスがあると判定しました。 ↩︎
- PMDS(Mediterranean Diet Score for Pregnancy):妊娠中の女性にとって望ましい地中海食のとり方を点数化した指標で、妊娠期に必要な栄養素をより反映するよう作られた食事スコアです。 ↩︎
- 人口寄与危険割合(PAF):ある要因があることで、集団の中でどれくらいの人に病気や症状が起きたかを示す指標です。同時に、「もしこの要因がなかったら、何%の人が病気を防げたか」を推定するためにも使われます。本研究では、地中海食への遵守が低い場合を“要因”とみなし、「全員が地中海食を守れていたら、精神的苦痛の何%が予防できたか」という形でPAFを算出しています。 ↩︎
- MDS(Mediterranean Diet Score):地中海食パターンへの遵守度を評価するために最も広く用いられている指標のひとつであり、地中海食をどの程度実践できているかを点数化した指標で、野菜・果物・魚などの健康的な食品を多くとるほど点数が高くなります。 ↩︎
- rMED (relative Mediterranean Diet score):MDSをもとに改良されたスコアです。食品の摂取量を「摂取量の三分位」に基づいて 0~2 点で評価し、食事パターンをより細かく、定量的に捉えられるよう工夫されている点が特徴です。 ↩︎
- エコチル調査:胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、2010年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしています。同調査は国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。 ↩︎
論文情報
タイトル:Association of Mediterranean Diet Scores with Psychological Distress in Pregnancy: The Japan Environment and Children’s Study
著者:Yuri Takahashi, *Zen Watanabe, Noriyuki Iwama, Natsumi Kumagai, Hirotaka Hamada, Hikaru Karumai-Mori,Seiya Izumi, Emi Yokoyama, Yasuno Takahashi, Takeki Sato, Jumpei Toratani, Kazuma Tagami, Hasumi Tomita, Masahito Tachibana, Mami Ishikuro, Taku Obara, Hirohito Metoki, Tomohisa Suzuki, Yuichiro Miura, Chiharu Ota, Shinichi Kuriyama, Takahiro Arima, Nobuo Yaegashi, Masatoshi Saito, and The Japan Environment and Children’s Study Group
*責任著者:東北大学病院 周産母子センター 講師 渡邉 善
掲載誌:Nutrients
DOI:10.3390/nu17233697
URL:https://www.mdpi.com/2072-6643/17/23/3697
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学病院 周産母子センター 講師
渡邉 善(わたなべ ぜん)
TEL:022-717-7251
Email:zen.watanabe.e8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学病院広報室
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
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