発表のポイント
- 早期消化管がん1に対する高難度な低侵襲内視鏡治療として、開発されたESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)2を、包括的に学習可能なドライシミュレータを開発しました。
- 独自開発した軟性素材により、ヒト消化管類似の粘膜・粘膜下層・筋層・血管を構築し、電気メスで処置可能な多層構造ESDシートを作製しました。また、空気量の変化に追従する消化管管腔と組み合わせることでリアルな手技を再現できます。
- 処置中の出血を再現し止血も可能です。誤って筋層を傷つけると壁外の脂肪層が観察され、穿孔(穴が開くこと)の視覚的再現が可能なため、危険な処置を減らし、安全な医療への貢献が期待されます。
概要
ESDは、早期消化管がんに対して根治性が高く低侵襲な治療が可能である一方、穿孔や出血などの合併症リスクが高く高度な技術習得が不可欠で、初学者が安全に練習できるトレーニング環境が不足しているという課題があります。東北大学大学院医学系研究科消化器病態学分野の菅野 武准教授、正宗 淳教授の研究グループとデンカ株式会社(本社:東京都中央区、代表取締役社長:石田 郁雄)は、ユー・エー株式会社(東京都大田区、代表取締役社長:稲永 寛)との共同研究の成果をもとに、 「Medical Rising STAR」3プロジェクトの第3弾として 実際の内視鏡と治療用具を用いて、早期消化管がんに対する内視鏡治療の中心であるESDの局所注射~粘膜切開~粘膜下層剥離~出血コントロール~病変摘出の包括的な流れを学習でき、危険な筋層傷害時の穿孔合併症を体験できるシミュレータ(図1)を開発しました。
本研究成果は2026年1月8日付で臨床医学の専門誌Endoscopyにビデオ論文としてオンライン掲載されました。
なお、本モデルは販売に向けた準備を進めています。

詳細な説明
研究の背景
食道がん、胃がん、大腸がんなど消化管に発生するがんは、検診等によりごく早い時期に発見できると、表面にある粘膜層を切除する内視鏡的な治療により根治が得られることが多いと知られています。開胸や開腹を伴う外科的な治療よりも侵襲(身体への負担)が小さいことから、内視鏡的な切除は現在本邦での標準的な治療となり、海外への普及や咽頭腫瘍への展開も期待されています。ESDは、日本で開発された技術で、従来の方法よりも広い腫瘍に対して根治的切除を可能にする一方で、ミリ単位の薄い膜と膜の間で正確かつ安全に剥がす処置です(図2)。内視鏡処置とはいえ穿孔や出血などの合併症リスクが高く、熟練した技術が不可欠です。初学者が安全に習得するためのトレーニング環境の整備が急務と考えられており、海外への普及が進まない理由でもあります。
また、従来は患者を対象とした治療の場面が学習の中心でした。動物モデル(ブタ胃など)を用いたトレーニングも行われていますが、倫理的・衛生的・コスト面での課題があります。まして、初学者が実際の臨床で患者に対して高難度処置をいきなり行うことは避けるべき状況です。

今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科消化器病態学分野の菅野 武(かんの たけし)准教授、畑山 裕(はたやま ゆたか)医員、正宗 淳(まさむね あつし)教授 、東北大学クリニカル・スキルスラボ荒田 悠太郎(あらた ゆうたろう)助手らと、デンカ株式会社 (本社:東京都中央区、代表取締役社長:石田 郁雄(いしだ いくお))は、ユー・エー株式会社(東京都大田区、代表取締役社長:稲永寛(いななが ひろし))との共同研究の成果をもとに、特殊軟質素材を用いて粘膜層・粘膜下層・筋層のヒト同様の多層構造を持つESDシートを開発しました。さらに剥離を行う粘膜下層の剥離感や処置中の出血の再現も可能で、実際のESD用ナイフ(電気メス)や止血鉗子を用いたトレーニングが可能です。さらに、高気密性で耐水性のある柔軟な上部消化管および下部消化管モデルを作成し、局所の高再現性ESDシートと組み合わせることで、高い内視鏡操作の再現度を確保しました。東北大学病院のエキスパート医師5名による検証の結果、実臨床と非常に近い手技時間での病変切除が可能であったことが証明されました。本シミュレータは、初学者が患者を危険にさらすことなく、安全な剥離層の視野確保や止血手技を習得できるよう設計されており、熟練者にとっても高難度症例の再現や技能維持に有用と考えられます。
ESDシートには疑似血管が内包されていることから、剥離中に複数回の血管処置、時に出血を来たします。自動出血機または用手的に出血させ、学習者は止血処置を含む病変の切除を学ぶことが出来ます。さらに最外層の筋層が処置中に過度に傷つくことで起こり得る穿孔(穴があくこと)も、今回のESDシートでは疑似的に経験できます。複数の部位にがん病変(ESDシート)を設置できる仕様にしており、部位や患者背景ごとに難易度が異なるESD手技において、医療安全の側面からも有用なモデルです。
今後の展開
この共同研究は侵襲的内視鏡手技に対するシミュレータ開発「Medical Rising STAR®」 プロジェクトとして、患者を対象としない学習方法の確立により、患者安全の推進と内視鏡技術の発展とに寄与します。また、本シミュレータを用いた、若手医師への教育プログラムの開発とその効果の検証を進めています。今後は、さらなる治療内視鏡や緊急内視鏡の手技にも対応したラインナップを展開予定です。
また、本シミュレータを用いた、若手医師への教育プログラムの開発とその効果の検証を進めています。
産学連携の取り組み
本プロジェクトは、デンカの経営計画「Mission 2030」に基づき、ヘルスケア領域でのQOL向上を目指す取り組みの一環です。東北大学との産学連携により、最先端の研究成果を医療現場に実装することで、国内外の医療技術発展に寄与していきます。また本プロジェクトはユー・エーの「For The Next Frontiers(将来の開拓者のため)」の医療用モデル作りへの取り組みの一環としても進められています。
謝辞
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JSPS KAKENHI 19H03864、22K10460)の支援を受け、デンカ株式会社およびユー・エー株式会社との共同研究として実施されました。
用語説明
- 早期消化管がん:食道癌、胃癌、大腸癌など、口腔から肛門に至る消化管に発生するがんのうち、早期のもので、内視鏡治療の良い適応とされます。 ↩︎
- ESD(Endoscopic Submucosal Dissection) :内視鏡下で粘膜下層を剥離し、粘膜層に首座をおく病変を一括切除する高度な内視鏡治療技術です。局所注射、粘膜切開、粘膜下層剥離、止血処置、そして高度かつ精密な内視鏡操作など複数の技術を組み合わせます。 ↩︎
- Medical Rising STAR :Medical Rising STAR の STAR には “Simulator Training model for Advanced high Risk endoscopic therapy” の意味を込めています。またMedical Rising STAR はデンカ株式会社の登録商標です。 ↩︎
論文情報
タイトル:High-Fidelity Endoscopic Submucosal Dissection Simulator Reproducing Full-Procedure Training, Bleeding, and Perforation.
著者:Takeshi Kanno*, Yutaka Hatayama, Suguo Suzuki, Waku Hatta, Kaname Uno, Tomoyuki Koike, Atsushi Masamune
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 消化器病態学分野 准教授 菅野 武
掲載誌:Endoscopy
DOI:10.1055/a-2761-0309
URL:https://www.thieme-connect.de/products/ejournals/abstract/10.1055/a-2761-0309
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科消化器病態学分野 准教授
自治医科大学医学教育センター医療人キャリア教育開発部門 特命教授
菅野 武(かんの たけし)
TEL:022-717-7171
Email:takeshi.kanno.d1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL:022-717-8032
Email:press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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