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脳はどうやって「見てから動く」の? ― サルの脳研究から見えてきた、脳内リズムの協力プレー ―

発表のポイント
  • 人や動物が見てから動き、脳の中では異なるリズムが協力して働いていることを明らかにしました。脳内で現れる活動の大きさやタイミングの異なるリズムが、見た情報に応じてそろって動く配置が変わる様子をとらえました。
  • 高精度の脳計測法により、これまで見えなかった細かな脳の働きを捉えることに成功しました。脳の情報処理をより正確に理解するための重要な手がかりになります。
  • 本成果は、リハビリテーションや脳の病気の理解、人と機械が関わる技術やブレインテックの発展など、脳が情報を処理し行動する仕組みに基づいた、より安全で人に寄り添う社会づくりにつながる可能性があります。
概要

私たちは、目で見た情報をもとに、迷うことなく体を動かしています。しかし、その情報が脳の中でどのように処理され、「動く準備」へと変わっていくのかは、詳しく分かっていませんでした。東北大学大学院医学系研究科の張替宗介博士学生(現:東北大学病院)、渡辺秀典助教(現:大学院生命科学研究科特任講師)、青木正志教授、虫明元教授(現:名誉教授)は、サルの脳を高精度に計測できる新しい方法を用いて、視覚の情報が運動の準備へと伝わる過程を調べました。その結果、脳の中では速さの異なるリズムが協力し合い、見た情報に応じて、脳活動の「リズムの出方」が時間とともに変化することを捉えました。この成果は、私たちが正確に行動できる理由の理解につながるだけでなく、リハビリテーションや脳の病気の研究、人と機械が関わる技術の発展にも貢献すると期待されます。
本研究の成果は、2026年1月21日付で科学誌Scientific Reports誌に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景
視覚情報に基づいて運動を計画・実行する視覚–運動変換は、動物における行動制御の基盤です。これまでの神経生理学研究により、前頭葉外側部に位置する前頭眼野(Frontal eye field; FEF)1や運動前野(Premotor cortex; PM)2が、視覚刺激の選択、注意、ならびに運動計画に関与することが示されてきました。しかし、これら隣接する皮質領域間で、視覚情報がどのような神経信号形式で、どの時間スケールにおいて受け渡されているのかについては、依然として多くの点が不明のままです。
近年、神経情報処理においては、神経活動の振幅変化だけでなく、神経振動の位相(Phase)が重要な役割を果たすことが明らかになってきました。特に、低周波帯域における位相同期(Intertrial phase coherence; ITPC)3は、領域間の情報共有やタイミング制御に関与すると考えられています。また、低周波位相が高周波振幅を変調する位相–振幅結合(Phase–amplitude coupling; PAC)4は、局所神経集団活動(高周波ガンマ帯域)を、より広域な時間構造の中に統合するメカニズムとして注目されています。
本研究グループ(張替宗介(東北大学大学院医学系研究科 神経・感覚器病態学講座 神経内科学分野 博士学生。現東北大学病院脳神経内科)、 渡辺秀典(東北大学大学院医学系研究科 生体機能学講座 生体システム生理学分野 助教。現東北大学大学院生命科学研究科 特任講師)、 青木正志(東北大学大学院医学系研究科 神経・感覚器病態学講座 神経内科学分野 教授)、 虫明元(東北大学大学院医学系研究科 生体機能学講座 生体システム生理学分野 教授。現名誉教授))では、こうした位相情報および周波数結合が、視覚指示の処理から運動準備に至る過程で、どのように時間的・空間的に変化するのかを明らかにすることを目的として本研究を行いました。

今回の取り組み
本研究は、ニホンザル2頭を対象とした神経生理学実験です。記録には、従来の硬膜下脳表電極(Electrocorticography; ECoG)よりも電極間隔を大幅に縮小した高密度多点脳表電極(μECoG)を用いました。μECoGは、脳表に留置した薄膜電極アレイにより、隣接する皮質領域の局所的かつ時間的に高速な神経活動を同時に計測できる点に特徴があります。
電極アレイは、前頭葉外側部の皮質表面に慢性的に留置され、前頭眼野および運動前野を含む領域から32チャネルの電気活動を記録しました。サルは、提示される視覚指示(2つのターゲット条件のいずれか)に基づいて到達運動を行う課題を遂行しました。
解析では、視覚指示提示後のVisual Instruction(VI)期と、運動開始直前を含むMovement(Mv)期に注目し、デルタ帯域(約3–6 Hz)のITPCおよび、デルタ位相と高周波ガンマ帯域(約100–200 Hz)とのPACを算出しました。
さらに、単一チャネル解析にとどまらず、全電極の信号を空間パターンとして統合し、条件識別能力を評価しました。
解析の結果、視覚指示提示後の時期において、前頭葉外側部ではデルタ帯域の位相同期(δ-ITPC)とデルタ位相と高周波ガンマ帯域振幅に関連した活動(δ-γPAC)が、課題条件を反映する空間的パターン(図2)として検出されました。この結果は、視覚指示に応じて大脳皮質ネットワークの時空間構成が変化したことを示しています。
さらに、視覚指示期において課題条件について高い識別性を示した神経活動の空間パターンが、運動開始に近い時期において再び検出される傾向が示されました。これらの結果は、視覚情報から運動準備に至る過程において、神経振動の指標(ITPCとPAC)が、課題関連情報を表現し得ることを示唆します。この現象は、視覚情報が運動計画へと変換され、振動的な神経集団活動が運動準備に特化して組織化されていく過程を反映している可能性が高いです。
特筆すべき点は、これらのITPCおよびPACが、単一電極に局在するのではなく、複数の電極にまたがる空間的パターンとして表現されていたことです。空間パターンを用いた解析により、2つのターゲット条件を統計的に有意に識別できることが示され、神経振動の協調が行動選択と密接に関係していることが明らかとなりました。
本研究の最大の新規性は、高密度μECoGを用いた多点同時計測により、隣接する皮質領域間の微細な時空間ダイナミクスを捉えた点です。従来のECoGやEEGでは、空間分解能の制約により、こうしたパターンは平均化されていた可能性が高いと考えられます。
また、視覚処理と運動準備中の神経振動指標(ITPCとPAC)を連続的に表現されることを示した点は、視覚–運動変換の理解を一段階進める成果です。

今後の展開と社会的意義
本研究で示された神経振動の協調機構は、霊長類における行動制御の基本原理を理解するうえで重要な知見です。今後、より高チャネル数のμECoGや、他脳領域への拡張により、視覚–運動変換を担う皮質ネットワーク全体の動態解明が期待されます。
さらに、ITPCやPACといった指標は、運動準備状態や意図推定の神経指標として、脳–機械インターフェース(BMI)や神経リハビリテーションへの応用可能性を有します。基礎神経科学の成果としてだけでなく、医療・工学・社会実装へとつながる研究基盤を提供する点に、本研究の意義があります。

図1.本研究のコンセプトと今後の広がり。視覚で得た情報が脳内の異なるリズムの協力によって動きの情報へと変換されるようす。本研究は高精度の脳計測で明らかになりました。脳の情報処理をより正確な理解は脳の病気の理解やブレインテックなど人に寄り添う社会づくりにつながる可能性があります。
図2.デルタ位相と高周波ガンマ帯域振幅との関係性は課題条件を反映する。本図では弓状溝(AS: Arcuate sulcus)より右側を前頭眼野(FEF: Frontal eye field)、それ以外を運動前野(PM: Premotor cortex)からの記録箇所(●)を示す。位相-振幅結合パターンのピクセルの位置は脳からの記録箇所を、色調は位相-振幅結合の発生頻度を表現する。CS: Central sulcus(中心溝)
謝辞

本研究はJSPS科研費 (JP15K01854、JP17KK0140、JP22K07316、JP16H0627、JP19H03337、JP23K18159、JP15H05879、JP22H04922)、AMED (JP19dm0207001)、JST/MIRAI (JPMJMI19B4)の助成を受けたものです。2頭のニホンザルは日本の文部科学省のナショナルバイオリソースプロジェクト『ニホンザル』(NBRP)を通じて提供されました。本論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。

用語説明
  1. 前頭眼野(Frontal eye field; FEF):大脳皮質前頭葉の背外側部に存在する領野。眼球運動や空間的注意に関与する。 ↩︎
  2. 運動前野(Premotor cortex; PM):運動計画や他者の運動内容の理解に関与する前頭葉の運動関連領野。 ↩︎
  3. 位相同期(Intertrial phase coherence; ITPC):2つ以上の周期的な信号波形(位相)が、時間的に一致する現象。本研究では1つの電極から計測された脳波について複数の試行間を通じて特定の時間に特定の位相が出現すること。 ↩︎
  4. 位相–振幅結合(Phase–amplitude coupling; PAC):異なる周波数帯域の振動的神経活動が協調する現象、またはその現象発生の統計的指標。本研究ではデルタ帯域の脳波の特定のタイミング(位相)に合わせて、高周波ガンマ帯域強さ(振幅)が変わる現象。 ↩︎
論文情報

タイトル:Delta gamma oscillatory interactions support visuomotor processing in the lateral frontal cortex of macaque monkeys
著者:Sosuke Harigae, Hidenori Watanabe*, Masashi Aoki, Hajime Mushiake
*責任著者:東北大学大学院生命科学研究科 特任講師 渡辺秀典
掲載誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-026-36628-6
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-026-36628-6

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学生命科学研究科
特任講師 渡辺秀典
TEL:022-217-5052
Email:hidenori.watanabe.c1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋さやか
TEL:022-217-6193
Email:lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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