TOHOKU MEDICINE LIFE NEWSROOM

東北大学医療系メディア「ライフ」ニュースルーム

TOHOKU UNIVERSITY SCHOOL of MEDICINE + HOSPITAL

TOHOKU MEDICINE LIFE NEWSROOM

ドーパミン不足がアルツハイマー病の記憶障害を 引き起こすことを発見-ドーパミンを用いた新たな治療法の開発を目指す-

発表のポイント
  • アルツハイマー病1マウスにおいて、記憶をつくりだす脳領域「嗅内皮質2」におけるドーパミン3の不足が、記憶障害を引き起こしていることを発見しました。
  • 既存のドーパミン治療薬「レボドパ4」などを用いることで、アルツハイマー病マウスの嗅内皮質ドーパミン量を増加させる治療実験を行うと、マウスの記憶が改善することを見いだしました。
  • 本研究成果は、ドーパミンを用いたアルツハイマー病の新たな治療戦略につながることが期待されます。
概要

高齢化が進む日本においてアルツハイマー病罹患者の増加は大きな社会問題であり、治療法の開発が急務ですが、確実な治療法はまだ見つかっていません。その大きな原因の一つが、アルツハイマー病で記憶障害を引き起こしている神経細胞が見つかっていないことです。
東北大学大学院医学系研究科認知生理学分野の五十嵐啓国際卓越教授と中川達貴助教、およびカリフォルニア大学アーバイン校の国際共同研究チームは、2021年に「嗅内皮質」と呼ばれる脳領域のドーパミンが記憶をつくりだすことを発見しました5。今回、研究チームは、アルツハイマー病の記憶障害が、この嗅内皮質にあるドーパミン細胞6の機能低下によって生じることを発見しました。さらに、既存のドーパミン治療薬「レボドパ」などを用いてアルツハイマー病マウスの嗅内皮質ドーパミン量を増加させる治療実験を行うと、マウスの記憶が改善することを見いだしました(図1)。本研究は、ドーパミンを用いたアルツハイマー病の新しい治療法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年4月23日18時(日本時間)に米国科学誌「Nature Neuroscience」に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景と経緯
世界で数千万人が罹患するアルツハイマー病は、根本的な治療法の確立が喫緊の課題です。アルツハイマー病患者の脳では、アミロイドβ・タウタンパク7と呼ばれる悪玉物質が20年以上にわたって脳に徐々に蓄積し、脳の神経細胞が死んでいくことにより記憶障害を引き起こすと考えられており、原因分子を取り除く治療法の開発が近年進められてきました。しかし、いったんアルツハイマー病を発症してしまうと、悪玉物質を取り除いても記憶障害が治らないことが多く、治療法開発の見通しは明るくありません。
治らない理由の一つとして、数十年間にわたって悪玉物質が神経細胞の失調(電気信号を出せなくなること)や細胞死を起こしてしまうと、神経細胞は治癒しない(自己治癒能がない)ため、記憶も元通りにはならないことが、近年の本研究チームらの研究8から明らかになってきました。そこで本研究チームでは、これらの知見を踏まえ、従来の発想を転換して、失調した神経細胞が脳のどこにあるのかを見つけ、それを治す方法が見つかれば、記憶を回復することができるのではないかと考え、研究を進めました。
1990年代の研究から、初期のアルツハイマー病患者の脳では、記憶を司る「海馬」とよばれる領域ではなく、海馬のすぐ隣に存在する「嗅内皮質」と呼ばれる領域がダメージを受けていることが知られていましたが、嗅内皮質のどの神経細胞がダメージを受けるのかは長らく不明でした。一方、2000年代以降の研究から、嗅内皮質は海馬と同様に記憶を司る重要な脳の領域であることが次々と明らかになってきました。本研究チームは2021年に、嗅内皮質の神経細胞がドーパミンを受け取ることで、記憶の形成を行っていることを発見し、Nature誌に発表しました(注5)
ドーパミンは、脳で分泌され、神経細胞同士のつながりを大きく変化させる物質です。これまでの脳研究では、体の動きを司る「線条体」と呼ばれる脳領域でのドーパミンの役割が詳しく調べられており、線条体のドーパミンが不足することで運動障害が引き起こされ、パーキンソン病となることも明らかになっていました。ドーパミン量を補うことができる治療薬「レボドパ」は、パーキンソンの治療法として使われています。しかしながら、本研究チームが2021年にNature誌で発表するまでは、ドーパミンは記憶には関与していないと考えられていました。記憶障害が主たる症状であるアルツハイマー病にも、ドーパミンはあまり関係がないと考えられており、レボドパはアルツハイマー病の治療薬としては認可されていません。

研究の内容
東北大学大学院医学系研究科認知生理学分野の五十嵐啓(いがらし けい)国際卓越教授と中川達貴(なかがわ たつき)助教、およびカリフォルニア大学アーバイン校の国際共同研究チームは、2021年に嗅内皮質で記憶を形成するドーパミンを発見していたことから、この機能が低下することでアルツハイマー病の記憶障害を引き起こしているのではないかと考え、研究を開始しました。
まず、アミロイドβが脳に蓄積しやすいアルツハイマー病マウス(アミロイド前駆体タンパク質ノックインマウス(APP-KIマウス)9)を用いて、マウスが匂いを覚えるテストによって実験を行いました。マウスは匂いの識別能力が高いため、健常なマウスは簡単に匂いを覚えることができますが、アルツハイマー病マウスは、匂いを覚えることができません。
次に、マウスが匂いを嗅いでいるときの嗅内皮質におけるドーパミン量を測定したところ、健常なマウスと比べてアルツハイマー病マウスではドーパミン量が五分の一以下まで減少していることが明らかになりました。また、嗅内皮質の神経活動を電気生理学記録法10により測定したところ、アルツハイマー病マウスでは、神経細胞が覚えるべき匂いに正しく応答できなくなる異常が見られました。
さらに本研究チームは、マウスでドーパミンの治療法開発を行いました。光遺伝学法11を用いて嗅内皮質のドーパミンを増やす治療実験を行うと、アルツハイマー病マウスは再び匂いを記憶できるようになりました。また、パーキンソン病治療に使われるドーパミンの治療薬「レボドパ」を投与しても、嗅内皮質の神経活動が正常な状態に近づき、アルツハイマー病マウスの記憶も改善することが明らかになりました。
この結果は、①嗅内皮質のドーパミン不足がアルツハイマー病の記憶障害を引き起こす原因の一つとなっていること、②嗅内皮質のドーパミン量を増加させる治療を行えばアルツハイマー病の記憶障害が改善する可能性があることを示しています。

今後の展開
現在、アルツハイマー病に対する有効な治療法は十分に確立されていません。本研究はマウスを用いた結果ですが、アルツハイマー病患者の脳においてもドーパミンの働きが低下していることが示唆されています。今後は、アルツハイマー病患者の嗅内皮質とドーパミンについてより詳細に研究を進めることで、ドーパミンを用いたアルツハイマー病の新たな治療法の開発につながることが期待されます。

図1. 研究の概略図
左:青紫色の線は、これまで知られていた体の動きを司る機能を持つドーパミン細胞の軸索(神経細胞の突起)を示しています。このドーパミン細胞は、脳幹の細胞体から線条体に軸索を伸ばし、ドーパミンを放出しています。一方、赤色の線は、2021年に本研究チームが発見した、記憶を司るドーパミン細胞の軸索を示しています。脳幹の細胞体から嗅内皮質に軸索を伸ばし、ドーパミンを放出して記憶形成を制御しています。
中:アミロイドβが蓄積したアルツハイマー病マウスの脳では、ドーパミンの量(黄色の丸)が減り、嗅内皮質の神経活動が乱れることで、記憶が形成できなくなることが明らかになりました。
右:一方、ドーパミン治療薬であるレボドパを投与すると、ドーパミンの量(黄色の丸)が増え、嗅内皮質の神経活動が正常化し、マウスの記憶も改善することが明らかになりました。
謝辞

本研究は、東北大学国際卓越事業、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「加齢による生体変容の基盤的な理解」領域(研究代表者:五十嵐 啓、グラント番号:JPMJPR2481)およびアメリカ国立衛生研究所の支援を受けて行われました。
本論文は『東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。

用語説明
  1. アルツハイマー病:認知症の中で最も患者数が多い神経変性疾患で、記憶障害や判断力の低下などの認知機能の障害を主な特徴とする。 ↩︎
  2. 嗅内皮質:海馬とともに記憶に関わる脳領域で、脳のさまざまな部位からの情報を海馬へ伝え、記憶の形成や想起に重要な役割を担う。また、アルツハイマー病で早期から障害されることが知られている。 ↩︎
  3. ドーパミン: 神経細胞間で情報を伝える神経伝達物質の一つで、運動や意欲、報酬に関わる。特に嗅内皮質では、記憶の形成に重要な役割を担う。 ↩︎
  4. レボドパ:脳内でドーパミンに変換される前駆物質で、ドーパミン量を増加させる作用をもつ。パーキンソン病の治療薬として広く用いられている。 ↩︎
  5. ドーパミンによる嗅内皮質での匂いの記憶形成:本研究チームは2021年に、健康な脳ではドーパミンによって嗅内皮質で匂いの記憶が形成されていることを発見し、Nature誌に発表した(Lee et al., Nature 598:321, 2021)。
    参考:2021年9月17日福井大学プレスリリース「『美味しい匂い』の記憶はドーパミンによって作られることを発見」 ↩︎
  6. ドーパミン細胞(ドーパミン作動性細胞):ドーパミンを産生し、軸索からドーパミンを放出する神経細胞。脳幹の腹側被蓋野や黒質に細胞体があり、ここから大脳のさまざまな部位へ軸索を長く伸ばしてドーパミンを放出する。線条体に軸索を伸ばすドーパミン細胞がよく知られていたが、2021年本研究チームは嗅内皮質に軸索を伸ばしてドーパミンを放出する新しい種類のドーパミン細胞を発見した(注5)。 ↩︎
  7. アミロイドβ・タウタンパク:アルツハイマー病の原因と考えられているタンパク質で、アミロイドβやタウタンパクが脳内に蓄積することで、アルツハイマー病の発症に関与するとされている。 ↩︎
  8. 神経細胞の失調がアルツハイマー病の記憶障害を引き起こす:本研究チームは2020年に、神経細胞が死ぬよりも前に、失調(電気信号を出せなくなること)を起こし、この失調が記憶障害を引き起こしていることをアルツハイマー病マウスを用いて明らかにし、Neuron誌に発表した(Jun et al., Neuron 107:1095, 2020)。
    参考:日経サイエンス2022年2月号「なぜ記憶は失われるのか 見えてきた脳回路の変調」
    参考:実験医学 Current Topics「ノックイン型アルツハイマー病モデルマウスでは、場所細胞のリマッピング機能とグリッド細胞が失調する」 ↩︎
  9. アミロイド前駆体タンパク質ノックインマウス(APP-KIマウス):理化学研究所の西道隆臣グループリーダー(当時)と齊藤貴志研究員(現東京大学教授)らによって作成されたアルツハイマー病マウス。アミロイドβの前駆体タンパク質であるAPPに家族性アルツハイマー病の遺伝子変異を導入した遺伝子改変マウスで、アルツハイマー病の病態を再現する。APPはAmyloid precursor proteinの略。 ↩︎
  10. 電気生理学記録法:神経細胞が発する電気信号を電極で直接測定し、神経活動を調べる手法。個々の神経細胞の活動を高い精度で記録できるため、詳細な神経活動の解析が可能である。 ↩︎
  11. 光遺伝学法:光によって活性化されるタンパク分子を特定の神経細胞に発現させ、光を用いてその神経細胞の機能を活性化する方法。 ↩︎
論文情報

タイトル:Early dopamine disruption in the entorhinal cortex of a knock-in model of Alzheimer’s disease
著者:Tatsuki Nakagawa*, Jiayun L. Xie, Kiwon Park, Kai Cao, Marjan Savadkohighodjanaki, Yutian J. Zhang, Heechul Jun, Ayana Ichii, Jason Y. Lee, Shogo Soma, Yasmeen K. Medhat, Takaomi C. Saido and Kei M Igarashi*
*共同責任著者:
東北大学大学院医学系研究科 認知生理学分野 助教
中川 達貴(なかがわ たつき)
東北大学大学院医学系研究科 認知生理学分野 国際卓越教授
五十嵐 啓(いがらし けい)
掲載誌:Nature Neuroscience
DOI:10.1038/s41593-026-02260-w
URL:https://www.nature.com/articles/s41593-026-02260-w

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 認知生理学分野
国際卓越教授 五十嵐 啓(いがらし けい)
TEL: 022-717-8203
Email: kei.igarashi.c2*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
助教 中川 達貴(なかがわ たつき)
TEL: 022-717-8203
Email: tatsuki.nakagawa.c7*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL: 022-717-8032
Email: press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

関連資料
プレスリリース資料(PDF)
関連リンク
認知生理学分野