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震災映像が「時間差」で引き起こす 自律神経の凍りつきと能動的防御反応のパターンを同定 -「自覚なき身体的記憶」を心拍変動解析で可視化-

発表のポイント
  • 震災映像の視聴中は、心拍と自律神経活動が抑制される「凍りつき」1が生じ、視聴終了後には一転して交感神経が亢進する「能動的防御反応」2が起こる、時間差を伴う特有の生理反応パターンを明らかにしました。
  • 震災直後に放送された広告など、直接的な震災映像にはあたらないものであっても、主観的な不快感の有無とは無関係に特徴的な自律神経反応が引き起こされる「自覚なき身体的記憶」の存在が示唆されました。
  • 本成果は、大規模災害や気候変動による災害が増加する現代において、より精神健康に寄り添った公衆衛生上のガイドラインの策定を検討する上で重要な知見となり得ます。
概要

日本では大規模災害が発生するたびに、被災地のみならず全国で災害映像が繰り返し放送されます。こうしたメディアを通じた二次的曝露3が精神健康に悪影響を及ぼすことは知られていますが、その基盤となる客観的な生理学的特性についてはほとんど解明されていません。
東北大学大学院医学系研究科の小野千晶研究員、富田博秋教授、および岩手大学人文社会科学部の内田知宏准教授らの研究グループは、東日本大震災で強い揺れを経験したものの、津波による直接の被害は受けていない健康な成人を対象に、「地震」「津波」「震災直後の公共広告」の3種の映像視聴中の心拍数(HR)と心拍変動(HRV)4解析を実施しました。その結果、映像視聴中には心拍数と自律神経活動が抑制される「凍りつき(フリーズ)」が生じ、視聴終了直後には一転して交感神経が亢進する「能動的防御反応」が起こる、時間差を伴う生理反応パターンを特定しました。さらに、震災当時の公共広告などの視覚的に非侵襲的な映像でも、主観的な不快感の有無にかかわらず自律神経が反応しており、無意識下で身体的記憶が想起されていることが示唆されました。
これらの知見は、メディアを通じた震災映像への曝露が心身の防御反応を誘発する「二次的トラウマ」のメカニズム解明に寄与するとともに、災害における放送ガイドラインの策定や、公衆衛生上のメンタルケア戦略を立てる上で重要な手掛かりとなることが期待されます。
本成果は2026年5月11日にFrontiers in Psychiatry誌に掲載されます。

詳細な説明

研究の背景
災害への二次的曝露は、災害を直接体験していない人々が、メディア等を通じて災害映像に繰り返し接することで生じる心理的・生理的影響を指します。東日本大震災のような大規模災害時には、テレビ放送やインターネットを通じて多くの人々が津波や地震の映像に曝露されました。これまでの研究により、メディアを介した間接的な曝露であっても、抑うつ症状や急性ストレス反応、外傷後ストレス反応(PTSR)など、公衆衛生上の無視できない深刻な影響を及ぼすことが知られています。しかし、こうした映像曝露が、個人の心身の状態や自律神経系に及ぼす客観的な生物学的メカニズムについては、未だ十分に解明されていません。
自律神経機能の客観的指標として、心拍数(HR)や心拍変動(HRV)を用いた解析は、ストレス反応や情動状態を評価する有効な手段として確立されており、様々な精神心理学的研究に適用されています。特に、不快な刺激に対する生理的反応として、一時的な心拍低下を伴う「定位反応(Orienting response)」や、脅威に対する「凍結反応(Freeze response)」、その後の「闘争・逃走反応」への移行といった防衛カスケードモデル5が提唱されています。
災害映像の中でも、自身が経験した体験に基づく「自伝的恐怖」を喚起する映像と、直接経験のない災害の被災者に対する「共感的恐怖」を喚起する映像では、自律神経系に及ぼす影響が異なることが想定されます。しかし、これまでに災害映像の影響を検証する試みはなされてきましたが、主観的なアンケート調査が中心であり、災害映像のコンテンツ内容による生理的反応を詳細に同定することはなされてきませんでした。また、震災直後に繰り返し放送された公共広告のような、一見非侵襲的な映像が長期的かつ無意識的に及ぼす生理的影響についても、客観的な評価はなされていません。

今回の取り組み
この度、東北大学大学院医学系研究科の小野千晶(おの ちあき)研究員、富田博秋(とみた ひろあき)教授(東北大学東北メディカル・メガバンク機構、東北大学災害科学国際研究所を兼務)および岩手大学人文社会科学部の内田知宏(うちだ ともひろ)准教授(研究当時 尚絅学院大学)らの研究グループは、東日本大震災の映像への二次的曝露が、人々の情動および自律神経系にどのような影響を及ぼすかを明らかにするための研究を実施しました。
本研究では、東日本大震災において強い揺れは経験したものの、津波を直接目撃していない健康な成人36名を対象に、4種類の映像(①自然風景、②地震、③津波、④震災直後に繰り返し放送された公共広告)を視聴してもらい、視聴前・視聴中・視聴後のHRおよびHRVを測定しました。自律神経の評価には、副交感神経指標(HF、CCV-HF)6や交感神経指標(LF/HF比、LF、CCV-LF)7を用い、映像内容や個人のトラウマ体験の質(自伝的か共感的か)が、生理的反応にどのように寄与するかを多角的に解析しました。尚、研究への参加にあったては精神疾患の既往がないことを事前に確認するとともに、映像視聴実験前には顕著なPTSRを呈していないことを確認しました。また、もし研究参加中や終了後に心身の不調を感じた場合、専門の医師が対応できる体制を取りましたが、顕著な不調を自覚した参加者はいませんでした。
解析の結果、震災関連映像の視聴は、中立的な自然風景映像と比較して、視聴中のHRおよびHRVを有意に低下させる傾向が認められました。震災関連映像の視聴中のHRは、震災と関連のない自然風景視聴時(72.61bpm)と比べ、地震映像(70.40bpm)、津波映像(70.90 bpm)、公共広告(70.16 bpm)と有意に低下しました(p<0.05)。 これは、防衛カスケードモデルにおける「定位反応(Orienting response)」や「凍結反応(Freeze response)」に近い状態を誘発していることを示唆しています。
また、映像の種類に応じて特異的なパターンが認められました。自身の揺れ体験を想起させる地震映像(自伝的恐怖)では、主に副交感神経指標の有意な抑制が認められました。副交感神経指標であるCCV-HFは自然映像(1.94)に比べ、地震映像(1.77)で有意に低下しました(p<0.05)。一方、他者の脅威を目撃する津波映像(共感的恐怖)では、交感神経指標であるLF/HFが、自然映像(2.88)に比べて有意に低下し(1.96、p<0.05)、より深い「凍結反応」に近い生理状態を導く傾向が示されました(図1左)。
震災関連映像視聴後は、いずれの震災関連映像においてもHRの有意な増加が認められ、その変化量は自然映像(72.61bpm→75.21bpm)と比較して大きいものでした(地震映像:70.40bpm→75.58bpm、津波映像:70.90bpm→74.83bpm、公共広告:70.16bpm→74.83bpm、いずれもp<0.05)。また、交感神経指標であるCCV-LFは、震災関連映像でのみ有意な増加が認められました(地震映像:2.16→2.96、津波:1.97→2.99、公共広告:2.27→2.88、いずれもp<0.05)。これらの結果より、凍結状態からの解放に伴う「能動的防御(闘争・逃走)」状態への移行であるリバウンド反応が確認されました(図1右)。
さらに、震災直後に繰り返し放送された公共広告映像は、視聴者の主観的な苦痛(PANAS)8には現れないものの、HRやHRVの有意な変化が認められました。これらの結果は、震災関連映像が条件付けられた環境因子として、無意識下で生理的反応を引き起こしている可能性を示しています。
本研究の結果は、直接的な被災経験がなくても、メディアを介した二次的な映像曝露が、震災から数年を経過した後もなお、個人の自律神経系に特異的な生理的インパクトを与え得ることを示しています。これは、大規模災害や気候変動による災害が増加する現代において、公衆衛生保護の観点から適切なメディア放送ガイドラインを策定することの重要性を示唆する重要な知見となり得ます。

今後の展開
本研究は、震災関連映像の二次的曝露による自律神経反応を世界で初めて詳細に同定したものであり、今後は様々な側面での進展が期待されます。
まず、本知見は、災害時の放送のあり方を検討する重要な科学的根拠となります。ただし、実効性の高いガイドライン策定には、本研究を出発点として、さらなる検証が不可欠です。今後は映像の具体的な構成や視聴時間、放映前の周知タイミングといった送り手側の要因に加え、受け手側の心身状態や情報環境が精神健康にどう影響するか、より詳細な研究への発展が期待されます。
潜在的ストレスの早期発見とケア:
また、震災直後に繰り返し放送された公共広告などへの無意識な反応が確認されたことは、本人が気づかない「自覚なき身体的記憶」の可視化の可能性を示しています。今後は、ウェアラブル技術によるHRV計測などを活用し、二次的トラウマの早期予測や個別化されたメンタルケア介入への応用を目指します。
トラウマの性質に応じた反応メカニズムの理解:
さらに、「自伝的恐怖(自身の経験)」と「共感的恐怖(他者への共感)」で、抑制される自律神経系(副交感神経または交感神経)のパターンが異なるという知見は、「誰が、どのような映像で、どのようなストレス反応を示すか」という個別の反応性の違いを理解し、被災経験の有無や内容に応じた、よりきめ細かな心のケアのあり方を検討するための科学的ヒントとなることが期待されます。

図1. 震災関連映像の視聴中と視聴後の自律神経の変化
映像視聴中には心拍数と自律神経活動が抑制される「凍りつき(フリーズ)」が生じ、視聴終了直後には一転して交感神経が亢進する「能動的防御反応」が起こる。
用語説明
  1. 凍り付き:身を守るために心拍数や自律神経活動を抑制し、体が動かなくなる防御反応を指します 。本研究では、災害映像の視聴中にこの抑制状態が生じることが確認されました 。なお、これに付随して、脅威を検知した際に周囲の状況を把握しようとする「注意深い不動状態(定位反応)」が生じることも知られています。 ↩︎
  2. 能動的防御反応:「戦うか逃げるか(闘争・逃走)反応」とも呼ばれ、危機的状況に遭遇した際に自己を防御するため、アドレナリンを放出し自律神経を活動的な態勢へと移行させる反応です 。本研究では、映像視聴中の一時的な抑制状態(凍りつき)から解放された直後に、一転して心拍数や交感神経活動が急激に高まるという、この反応に類似した現象(リバウンド)を認めました。 ↩︎
  3. 二次的曝露:事件や事故、災害などの悲劇的な出来事を直接体験していない人が、メディアやSNS、目撃者の証言などを通じて、その映像や情報に間接的に接することを指します。これにより、直接の当事者と同様の心理的・生理的なストレス反応が生じることがあります。 ↩︎
  4. 心拍変動(HRV):心拍の拍動と拍動の間隔(ゆらぎ)の変化のことです 。自律神経(交感神経・副交感神経)の状態を反映する客観的な指標として、ストレス反応や情動状態の評価に広く用いられています。 ↩︎
  5. 防衛カスケードモデル:SchauerとElbert(2010)らによって提唱された、脅威に対する生物の防御反応の段階的な移行を示す理論モデルです。脅威との距離や切迫度、逃走の可否に応じて、生体は以下の6段階のプロセスを辿るとされています。①Freeze(凍りつき/定位反応):注意を払い、動きを止める。②Flight(逃走):その場から逃げ出す。③Fight(闘争):脅威に対抗する。④Fright(恐怖による硬直):逃げ場のない圧倒的な脅威に直面し、体が固まる。⑤Flag(脱力):絶望的な状況下で筋肉の緊張が解ける。⑥Faint(失神):意識を消失し、シャットダウンする。 ↩︎
  6. 副交感神経指標(HF、CCV-HF):心拍変動解析において、主に休息やリラックスを司る副交感神経の活動を反映する数値です 。本研究では、自身の揺れ体験を想起させる「自伝的恐怖」を伴う地震映像において、この指標が有意に抑制されることが示されました。 ↩︎
  7. 交感神経指標(LF/HF比、LF、CCV-LF):活動時や緊張時に高まる交感神経の働きを反映する数値です 。本研究では、他者の脅威を目撃する「共感的恐怖」を伴う津波映像において、視聴中にこれらの指標が低下し、より深い凍りつきに近い生理状態に導かれる傾向が示されました。 ↩︎
  8. PANAS(Positive and Negative Affect Schedule):
    「ポジティブ・ネガティブ感情尺度」の略称です。本人がその瞬間に感じている気分や情動を自己申告によって測定するための質問票で、「主観的な感情(不快感や不安など)」を直接数値化できる点に特徴があります。本尺度には「活気がある」「誇らしい」といったポジティブな項目と、「不安な」「いらだち」といったネガティブな項目の計20項目があり、それぞれを5段階でスコアリングします。本研究では、震災当時の公共広告視聴において、このPANASのスコア(自覚的な不快感)に変化はないものの、自律神経は有意に反応しているという「主観と生理反応の乖離」が発見されました。 ↩︎
謝辞

本プロジェクトのすべての参加者の皆様に対し、本研究への多大なるご協力に深く感謝申し上げます。また、研究に使用する映像の利用を許可いただいた、公益社団法人ACジャパン、株式会社東日本放送、および株式会社岩手朝日テレビに対し、心より感謝の意を表します。

論文情報

タイトル:Autonomic Nervous System Reactions to Secondary Exposure to Disaster-Related Imagery
災害関連映像の二次的曝露に対する自律神経系の反応
著者:小野 千晶、加藤 大延、菊地 淑恵、兪 志前、濱家 由美子、日野 瑞城、冨本 和歩、小松 浩、菊地 紗耶、國井 泰人、内田 知宏、富田 博秋*
*責任著者:富田 博秋
掲載誌: Frontiers in Psychiatry
DOI: 10.3389/fpsyt.2026.1738606
URL:https://www.frontiersin.org/journals/psychiatry/articles/10.3389/fpsyt.2026.1738606/abstract

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 精神神経学分野
リエゾン精神医学推進地域連携寄付講座
東北大学病院精神科
東北メディカル・メガバンク機構 災害精神医学分野(兼務)
東北大学災害科学国際研究所 災害精神医学分野(兼務)
教授 富田 博秋(とみた ひろあき)
TEL: 022-717-7262
E-mail: psy*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
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E-mail: press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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