発表のポイント
- ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)1において、従来は約16時間を要していた「モンテカルロ法2」による線量計算を、深層学習3モデルの導入により、約11分へと大幅に時間短縮することに成功しました。
- 粗い条件(粒子数や計算の細かさを抑えた簡易計算)で得られる線量分布と密度情報から、高精度線量分布を高い一致度で再現可能であることを実証しました。
- 計算時間の大幅短縮によって、BNCT治療計画の効率化と高品質化が期待され、医療従事者の負担軽減や、患者への迅速なBNCT提供につながることが期待されます。
概要
ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は、がん細胞に集積したホウ素と中性子の反応を利用して、がん細胞を選択的に破壊する放射線治療です。しかし、治療計画に不可欠なモンテカルロ線量計算は、高精度な反面、膨大な計算時間がかかることが臨床現場の大きな課題でした。
東北大学大学院医学系研究科放射線腫瘍学分野の神宮啓一教授、角谷倫之病院講師、加藤亮平大学院生(南東北BNCT研究センター)らの研究グループは、頭頸部がん患者114例の治療データを用い、次世代のがん放射線治療であるBNCTにおける高精度かつ高速な線量計算を可能にする深層学習モデルを頭頸部がん向けに開発しました。本モデルは、約11分で算出される粗い条件の線量分布と患者の密度情報を入力し、従来は約16時間を要していた高精度線量分布を、1秒未満で出力します。これにより、これまで約16時間かかっていた高精度な線量計算時間を、約11分へと大幅に時間短縮することに成功しました。本研究成果により、BNCT治療計画の効率化と高品質化が進むとともに、医療従事者の負担軽減、患者への迅速な治療提供への貢献が期待されます。
本研究成果は、2026年5月26日付で国際学術誌「Medical Physics」にオンライン公開されました。
詳細な説明
研究の背景と経緯
ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は、がん細胞に集積したホウ素薬剤と熱中性子の反応を利用して、がん細胞を選択的に破壊する放射線治療です。日本では2020年に局所進行・再発頭頸部がんに対する保険診療が開始され、治療機会が増加しています。BNCTでは、複雑な中性子の挙動を正確にシミュレーションするため、「モンテカルロ(MC)法」と呼ばれる高精度な線量計算が行われます。しかし、これには膨大な計算時間(約16時間)が必要でした。
現在、BNCTでは一方向からの照射が基本であり、正常組織の被ばくを減らしつつ腫瘍に十分な線量を投与するために、最適なビーム照射方向を設定することが重要です。しかし、線量計算には長時間を要するため、照射方向を試行錯誤しながら最適化することが難しく、臨床上の大きな課題となっていました。
研究の内容
東北大学大学院医学系研究科放射線腫瘍学分野の神宮啓一(じんぐう けいいち)教授、角谷倫之(かどや のりゆき)病院講師、加藤亮平(かとう りょうへい)大学院生(南東北BNCT研究センター)らの研究グループは、南東北BNCT研究センターでBNCTを受けた114名の頭頸部がん患者の治療計画データを使用し、深層学習(HD U-net)による線量計算モデルを開発しました。本モデルは、短時間(約11分)で計算した「粗い条件の線量分布」と「患者体内の密度マップ」を入力することで、従来は約16時間の計算時間を要した「高精度条件の線量分布」と同等の線量分布を、わずか1秒未満で出力します(図1)。
性能評価の結果、深層学習モデルが計算した線量分布は、実際に高精度条件で計算した線量分布と高い一致度を示し、特にホウ素線量では、評価基準3%/2 mmにおいてほぼ100%の一致度を達成しました。また、密度マップを導入することで、窒素線量や水素線量の計算精度も大きく向上し、骨や空洞が入り混じる複雑な頭頸部領域においても、高精度なBNCT線量計算を実現しました(図2)。
今後の展開
本研究により、BNCT治療計画において、高精度な線量分布を極めて短時間で取得できるようになりました。本モデルは、現在臨床利用されている商用BNCT用治療計画システムと連携・互換性を持つよう開発されているため、既存のシステムを改修することなく、実際の臨床ワークフローへ速やかかつ柔軟に組み込むことが可能です。また、計算時間のボトルネックが解消されることで、BNCT治療計画の効率化と高品質化が期待されます。さらに、照射方向の最適化をより短時間で行えるようになり、医療従事者の負担軽減や、患者へのより迅速なBNCT提供につながる可能性があります。


用語説明
- ホウ素中性子捕捉療法(BNCT):ホウ素10Bと熱中性子との核反応を利用した放射線治療。あらかじめがん細胞にホウ素薬剤を集積させたうえで、中性子を照射し、がん細胞の内部で生じる核反応によって選択的に細胞を破壊する。 ↩︎
- モンテカルロ(MC)法:体内における放射線の挙動を確率論的にシミュレーションする線量計算手法。非常に高い計算精度を有する一方、膨大な計算時間を必要とする。 ↩︎
- 深層学習:人間の神経細胞の仕組みを模したニューラルネットワークを用いた人工知能(AI)技術の一つ。大量のデータから特徴量を学習し、高度な予測や画像解析などを行うことができる。 ↩︎
論文情報
タイトル:Development of a practical and high-speed deep learning-based dose calculation model in boron neutron capture therapy for head and neck cancer
著者: Ryohei Kato, Noriyuki Kadoya*, Takahiro Kato, Akihiko Takeuchi, Shinya Komori, Keiichi Jingu, Yoshihiro Takai
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科放射線腫瘍学分野 病院講師 角谷 倫之(かどや のりゆき)
掲載誌:Medical Physics
DOI:10.1002/mp.70497
URL: https://aapm.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/mp.70497
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科 放射線腫瘍学分野
病院講師 角谷 倫之(かどや のりゆき)
TEL: 022-717-7433
Email: noriyuki.kadoya.e4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL: 022-717-8032
Email: press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
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