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てんかん手術後の減薬が認知機能の改善と関連-術後の薬剤管理の新たな意義を示す-

発表のポイント
  • てんかんの手術後に発作が消失した患者において、抗てんかん発作薬(発作を抑える薬)1の減量幅が大きい患者ほど、認知機能、とくに物事を覚えながら考える力(作業記憶)2が有意に改善することを明らかにしました。
  • 複数の異なる統計手法でも同じ結果が得られ、減薬と認知機能改善との関連の確かさを確認しました。
  • 患者ごとの適切な薬剤管理を通じて、生活の質や就労・就学の向上が期待されます。
概要

てんかんの治療で継続的に行われる抗発作薬の内服は、眠気や認知機能、易怒性など副作用を生じることがありますが、長期・慢性的な経過が薬剤の影響を不明瞭にしてしまい、本来の認知機能を正確に評価することは困難です。一方、てんかんの手術で発作が消えても、記憶力や集中力などの認知機能まで自然に良くなるとは限りません。そのため、手術後に抗てんかん発作薬をそのまま続けるべきか、減らすべきかは、専門家の間でも意見が分かれており、減薬自体が認知機能の改善につながるのかは、明確な根拠がありませんでした。
東北大学大学院医学系研究科の浮城一司講師、大沢伸一郎講師、小川舞美助教らの研究グループは、東北大学病院で前側頭葉切除術3を受けた67名のうち57名(85%)で術後1年の発作消失を確認し、この患者を対象に薬を減らした程度と認知機能の変化を調べました。その結果、薬剤の減量幅が大きい患者ほど、認知機能、特に一時的に物事を覚えながら考える力(作業記憶)が有意に改善することを明らかにしました。また、複数の異なる統計手法でも同じ結果が得られ、減薬と認知機能改善との関連の確かさを確認しました。
従来はてんかん手術後も薬を続ける意見が主流でしたが、本研究では手術後の減薬が認知機能の改善につながる可能性を示す成果であり、患者ごとの適切な薬剤管理を通じた生活の質や就労・就学の向上が期待されます。
本成果は、2026年7月20日付けで医学専門誌 Epilepsia に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景と経緯
薬を飲んでも発作を抑えきれない側頭葉てんかんに対し、脳の一部を切除する前側頭葉切除術は、多くの患者で発作を消失させる確立した治療法です。しかし手術が成功し発作が抑制されても、その後に発作を抑える薬(抗てんかん発作薬)をどう扱うかは、難しい判断が残ります。
薬を減らせば、眠気や情報処理の遅さといった副作用の負担は軽くなりますが、発作が再発する危険があります。逆に、それまでの量を維持すれば再発は避けやすいものの、薬による認知機能への影響が残り続けるかもしれません。このため「薬を続けるか、減らすか」は専門家の間でも方針が分かれてきました。
さらに、手術後に認知機能が良くなったとしても、それが「発作が消えたおかげ」なのか「薬が減ったおかげ」なのかを区別することは困難でした。また、医学的、社会的両面で経過が良い患者ほど薬を減らしやすいため、単純に比較すると減薬の効果を過大に見積もる偏りも生じます。この2つの壁が、減薬の意義の検証を阻んできました。

研究の内容
東北大学大学院医学系研究科の浮城一司(うきしろ かずし)講師、大沢伸一郎(おおさわ しんいちろう)講師、小川舞美(おがわ まいみ)助教らの研究グループは、東北大学病院で2013年3月から2025年1月までに手術を受けた患者について、診療記録をさかのぼって解析しました。
片側の前側頭葉切除術を受けた成人患者79名のうち、条件を満たす67名を抽出し、そのうち術後1年で発作が完全に消失していた57名(85.1%、Engel Class I4)を主な対象としました。この発作消失率は、これまでの報告と比較しても良好な成績です。対象を「同じ術式を受けた患者」かつ「(内服の状況によらず)発作が消えていた患者」に限ったことが本研究の鍵です。手術の条件と発作の状態をそろえることで、認知機能の変化を発作の消失によるものと切り分け、薬の減量そのものの影響を評価できます。手術時年齢の中央値は32歳、女性33名(57.9%)、薬の減量率の中央値は25%でした。
手術前と手術1年後を比べ、薬の量をどれだけ減らしたかと、認知機能がどう変化したかとの関係を調べました。減量の程度は、手術前の薬の量を基準にどれだけ減ったかの割合(減量率)として表しました。
減量率(%)=(手術前の薬の量 − 手術1年後の薬の量)÷ 手術前の薬の量 × 100
薬の量は、世界保健機関(WHO)の基準に基づくPDD/DDD比5で数値化し、種類の異なる薬を共通の物差しで合算しました。認知機能はウェクスラー成人知能検査(WAIS-III)6とウェクスラー記憶検査(WMS-R)7で測定しました。解析では、年齢や手術前のIQ、海馬硬化8の有無といった条件の違いによる偏りを抑えるため、「二重にロバストな推定」9と呼ばれる統計手法を用いました。
その結果、薬をより多く減らした患者ほど認知機能が良好で、その関連が最も強かったのは、情報を一時的に覚えながら考える力である作業記憶(ワーキングメモリ)でした(p=0.001)(図1)。減量の程度で3群に分けると、減量が最も少ない群では作業記憶の点数が平均1.1点低下した一方、中間の群では8.2点、最も多く減らした群では10.9点改善し、減らすほど改善が大きくなる用量反応関係10が認められました(p=0.013)(図2)。全般的な知能(全検査IQ)も改善する傾向がみられましたが、統計学的に意味のある差とまでは言えませんでした(p=0.062)。視覚性記憶にもわずかな関連がみられましたが、効果は小さく、慎重な解釈が必要です。また、認知機能への影響が強いことが知られるトピラマートという薬を服用していた患者を除いても、結果は変わりませんでした。
なぜ作業記憶で関連が際立ったのかについては、作業記憶は脳の広い神経ネットワークに支えられており、薬の影響を受けやすい一方、手術で切除される側頭葉の一部には強く依存しないため、薬の負担が軽くなった効果が最も表れやすかったと考えられます。

今後の展開
社会的な効果:手術後は、せっかく消えた発作を再発させまいと、抗てんかん発作薬をそのまま継続すべきだという慎重な意見が多くを占めてきました。近年は、適切に選ばれた患者であれば早めに薬を減らしても長期の発作の経過は悪化しないとの報告も出ています。本研究はこれに加え、薬を減らすことが認知機能、とりわけ作業記憶の改善と結びつくことを示しました。発作が消えているのであれば、再発に注意しながら薬を減らして認知機能の改善をめざす、という考え方を支持する成果です。
作業記憶は、仕事の段取りや勉強、家事、会話といった日常生活の土台となる能力です。手術の技術や病気の重さと違い、薬の量は医師と患者が話し合って調整できる数少ない要素であり、日常診療にすぐ生かせます。手術後の薬の減らし方を工夫することで、患者の生活の質(QOL)や就労・就学の可能性が高まることが期待されます。ただし本研究は、減薬によって発作が再発する危険性そのものを検証したものではなく、減薬の判断は患者ごとに慎重に行う必要があります。
学術的な効果:これまで手術後の認知機能の改善は、主に「発作が消えたこと」の結果と捉えられてきました。本研究は、薬の負担の軽減がそれ自体で認知機能を左右しうることを、偏りを抑えた解析によって示したものです。手術の成否を、発作が止まったかどうかだけでなく、術後の薬の管理まで含めて評価すべきだという新たな視点を提示します。
また、本研究は単一の医療機関における後ろ向きの解析であり、対象は日本人患者に限られます。今後は複数の施設で、あらかじめ計画を立てて追跡する研究により結果を確かめる必要があります。減薬による認知機能のメリットと、発作再発のデメリットとをどう釣り合わせるか、その最適な方法を明らかにすることで、患者一人ひとりに合わせた術後の薬の管理につながることが期待されます。

図1. 薬の減量と、各認知機能の変化との関連
点は関連の強さ(回帰係数β)、横線はその推定の幅(95%信頼区間)を示す。点が右にあるほど、薬を多く減らした患者ほど認知機能が改善することを表す。作業記憶(ワーキングメモリ、赤)で最も強い関連が認められた。
図2. 薬の減量の程度と、作業記憶の改善との関係
患者を薬の減量の程度で3群に分け、手術前後の作業記憶の変化を示した。上にあるほど改善が大きい。薬を多く減らした群ほど、作業記憶の改善が大きくなる傾向が認められた。
 
用語説明
  1. 抗てんかん発作薬:てんかん発作を抑えるために用いられる薬剤。眠気や集中力の低下など、用量に応じた認知機能への副作用を伴うことがある。 ↩︎
  2. 作業記憶(ワーキングメモリ):情報を一時的に保持しながら操作・処理する能力。前頭葉と頭頂葉にまたがる脳の広い神経ネットワークに支えられている。 ↩︎
  3. 前側頭葉切除術:薬剤抵抗性の側頭葉てんかんに対し、発作の焦点となる側頭葉の一部(海馬や扁桃体などを含む)を切除するてんかん外科手術。 ↩︎
  4. Engel Class I:てんかん手術後の発作の状態を分類する指標のうち、発作が完全に消失した最も良好な状態を指す。 ↩︎
  5. PDD/DDD比:実際に処方された1日量(PDD)を、WHOが定める標準的な1日量(DDD)で割った値。異なる抗てんかん発作薬の量を共通のものさしで比較・合算するために用いる。 ↩︎
  6. ウェクスラー成人知能検査(WAIS-III):知能(IQ)を測るための一般的な検査で、言語性検査や動作性検査など個人の総体的能力を判断する指標となる。 ↩︎
  7. ウェクスラー記憶検査(WMS-R):人間の多様な記憶機能を総合的に測定するための神経心理学的検査で、言語性・非言語性記憶や即時・遅延記憶などを評価する。 ↩︎
  8. 海馬硬化:側頭葉の内側にある海馬が硬く萎縮した状態。側頭葉てんかんの代表的な原因の一つ。 ↩︎
  9. 二重にロバストな推定(doubly robust estimation):患者ごとの治療の受けやすさ(傾向スコア)に基づく重み付けと、結果に対する多変量回帰を組み合わせた統計手法。いずれか一方のモデルが正しければ偏りの少ない推定が得られるとされ、観察研究の偏りを抑える目的で用いられる。 ↩︎
  10. 用量反応関係:ある要因(ここでは薬の減量の程度)が大きくなるほど、結果(ここでは認知機能の改善)も大きくなるという関係。因果関係を支持する所見の一つとされる。 ↩︎
論文情報

タイトル:Postoperative reduction of antiseizure medication is associated with cognitive improvement in seizure-free patients after anterior temporal lobectomy
前側頭葉切除術後に発作が消失した患者において、抗てんかん薬の減量は認知機能の改善と関連する
著者: Kazushi Ukishiro, Shin-ichiro Osawa*, Maimi Ogawa, Makoto Ishida, Takafumi Kubota, Kazutoshi Konomatsu, Hidenori Endo, Kazutaka Jin
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 神経外科学分野
講師 大沢 伸一郎(おおさわ しんいちろう)
掲載誌:Epilepsia
DOI:https://doi.org/10.1002/epi.70395
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/epi.70395

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科神経外科学分野
講師 大沢 伸一郎(おおさわ しんいちろう)
TEL: 022-717-7230
Email: shin-ichiro.osawa.c6*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
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