TOHOKU MEDICINE LIFE NEWSROOM

東北大学医療系メディア「ライフ」ニュースルーム

TOHOKU UNIVERSITY SCHOOL of MEDICINE + HOSPITAL

TOHOKU MEDICINE LIFE NEWSROOM

ヒトiPS細胞由来の網膜神経節細胞シートの作製技術を開発 -緑内障による視神経障害に対する新たな細胞移植戦略に道筋-

発表のポイント
  • 緑内障で失われる網膜神経節細胞(RGC)1の再生において、従来の注射による細胞移植法は生着率が極めて低いという課題がありました。本研究では、ポリカプロラクトン(PCL)2ナノファイバーを活用した移植用細胞シートの構築技術を開発しました。
  • ナノファイバー上でのRGCの生存を制御するメカニズムを解明し、インテグリンβ13/FAKシグナル経路を薬理学的に活性化することでRGCの生存率を大幅に向上させ、神経突起の伸長の促進に成功しました。
  • 動物由来成分を含まない(ゼノフリー)4環境下で、ナノファイバーの配向5に沿った神経突起を有するRGCシートの構築と、脱分極刺激6に対する正常な電気生理学的応答を実証し、将来の視神経再生治療に向けた細胞シート移植の基盤技術を確立しました。
概要

緑内障は、目から脳へと視覚情報を伝える網膜神経節細胞(RGC)が段階的に消失し、視力障害や失明に至る疾患です。一度失われたRGCは自然再生しないため、ヒトiPS細胞由来RGCを移植する細胞補充療法が期待されています。しかし、動物実験において、細胞懸濁液を注射する移植法では細胞の生着率が著しく低く、構造的・機能的な神経回路の再構築が困難でした。
東北大学大学院医学系研究科 眼科学分野の中澤 徹教授、菅野 聖世研究員らによる研究グループは、生体適合性に優れたポリカプロラクトン(PCL)のナノファイバー配向膜を足場材料として用いた移植用RGCシートの構築技術を開発しました。また、ナノファイバー上でのRGCの生存を制御するメカニズムを解明し、インテグリンβ1シグナルを活性化することで生存率を大幅に向上させ、ナノファイバーの方向に沿った神経突起の伸長を促進することに成功しました。さらに、臨床応用を見据えた動物由来成分非含有(ゼノフリー)条件下でも、電気生理学的に正常に応答する配向RGCシートの作製・実証に成功しました。本研究は、緑内障をはじめとする視神経障害に対する新たな再生医療技術・機能的視神経再生治療の実現に向けた重要な基盤となります。本成果は、国際学術誌「ACS Biomaterials Science & Engineering」に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景と経緯
緑内障は、世界中で多くの人々が罹患する主要な失明原因であり、2040年までに世界で約1億1,180万人に達すると予測されています。緑内障の本態はRGCの不可逆的な脱落であり、一度障害された視神経は自然には再生されません。そこで、ヒトiPS細胞からRGCを作製し移植する治療アプローチが注目されていますが、動物実験において、細胞懸濁液をマウスの硝子体7内に注入する従来の移植法では、細胞の生着率がわずか0.1%程度にとどまり、脳へ繋がる機能的な神経回路を再構築して視覚を再建することが困難でした。

研究の内容
近年、細胞と足場材料を一体化した「組織構造体」を損傷部位へと移植するアプローチが注目されています。特に、細胞の足場材料としてPCLナノファイバーは生体適合性が高く、多くの神経細胞において神経突起の伸長方向を制御できることが報告されています。そこで研究グループは、RGC足場材料としてのPCLナノファイバーの利用可能性を検証するべく、配向したPCLナノファイバー上でヒトiPS細胞由来RGCを培養し、細胞生存および神経突起の伸長を制御する培養環境因子を詳細に網羅解析・最適化しました。
一方向に配列したPCLナノファイバー上でRGCを培養すると、神経突起が繊維の配列方向に沿って高い配向性をもって伸長することが示されました(図1)。しかし同時に、足場への接着面積が狭められることで、細胞接着シグナルであるFAK(Focal Adhesion Kinase)のリン酸化が低下し、細胞死が誘発されることが判明しました。これは、PCLナノファイバーの臨床応用という観点において、神経突起の伸長方向制御のメリットを相殺する負の影響であると考えられました。
この問題を克服すべく、遺伝子発現解析や細胞外マトリックスへの反応性を元にしたタンパク質相互作用解析から、RGCの足場接着と突起伸長には細胞表面受容体であるインテグリンβ1が中心的な役割を果たしていることを見出しました。インテグリンβ1の小分子活性化剤であるピリンテグリン(Pyrintegrin)を添加することで、ナノファイバー上でのRGCの生存率は従来の約50%から90%以上に飛躍的に向上し、神経突起長も増加しました(図2)。 
次に、将来への臨床応用を見据え、動物由来原料を使わない細胞外マトリックスコーティング条件をスクリーニングにより確立しました。この条件下でインテグリンβ1を活性化させて作製したRGCシートは、脱分極刺激に対して、細胞体および神経突起の双方が速やかなカルシウム流入応答を示し、電気生理学的に正常な神経活性を保持していることが実証されました。

今後の展開 
本研究により、配向性ナノファイバー足場とインテグリンβ1シグナル制御、およびゼノフリー環境を組み合わせたアプローチによって、生存率が高く配向した機能的RGCシートを作製できることが示されました。今後は、大型動物モデルを用いた移植実験や、長期的な生体内での組織定着・視神経乳頭方向への軸索伸長、および宿主網膜とのシナプス結合形成の検証を進め、緑内障に対する新たな視神経再生治療法として臨床応用に向けた研究開発を目指します。

図1. 配向PCLナノファイバーによるiPS細胞由来RGCの神経突起の伸長方向制御
配向したPCLナノファイバー、ランダムな方向性のPCLナノファイバー、および市販の培養プレート上で培養したiPS細胞由来RGCの様子。細胞足場であるPCLナノファイバーの方向性によってRGCの神経突起の伸長方向を制御可能であることが実証された。
図2. インテグリンβ1活性化によるiPS細胞由来RGCの生存および神経突起伸長の促進
インテグリンβ1の小分子活性化剤であるピリンテグリンを培地に添加することで、配向PCLナノファイバー上でのRGCの生存および神経突起伸長が促進されることが実証された。
謝辞

本研究は、JSPS科研費(JP21K19548, JP24K22154, JP24K02600)、JST(JPMJPF2201)の支援を受けて実施されました。

用語説明
  1. 網膜神経節細胞(Retinal Ganglion Cell, RGC):網膜から受け取った光視覚情報を脳へ伝える唯一の出力神経細胞。緑内障ではRGCの脱落により視野障害が進行する。 ↩︎
  2. ポリカプロラクトン(Poly-ε-caprolactone, PCL):生体内で自然に分解・吸収される生体適合性材料の一つ。医療用足場材料として広く研究・使用されている。 ↩︎
  3. インテグリンβ1:細胞表面に存在し、細胞外マトリックスの受容体として足場接着や機械的刺激、細胞生存シグナル伝達などを媒介する受容体タンパク質。 ↩︎
  4. ゼノフリー:ヒト以外の動物由来成分を排除した培養条件のこと。感染リスクの排除や病原性の低下のため、ヒトへの細胞移植の安全性向上に必須とされる。 ↩︎
  5. 配向ナノファイバー:静電紡糸法(エレクトロスピニング)などを用いて、ナノメートルサイズの繊維が一方向に揃うように作製した細胞足場。 ↩︎
  6. 脱分極刺激:神経細胞の膜電位を変化させて、神経活動を引き起こす刺激。作製したRGCが外部からの刺激に対して正常に応答し、神経としての機能を保持しているかを評価するために用いられる。 ↩︎
  7. 硝子体:眼球の内部を満たす透明なゼリー状の組織。細胞懸濁液を注射する従来の細胞移植法では、ゼリー状の硝子体内で細胞が分散・拡散してしまい、網膜表面へ生着しにくいという課題があった。 ↩︎
論文情報

タイトル:Construction of highly viable, excitable, aligned human induced pluripotent stem cell derived retinal ganglion cell sheets on poly-ε-caprolactone nanofibers by targeting integrin β1-mediated adhesion pathways
著者:Seiya Kanno, Masayuki Yamashita, Kota Sato, Toru Nakazawa*
菅野 聖世、山下 勝幸、佐藤 孝太、中澤 徹*
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 眼科学分野
教授 中澤 徹(なかざわ とおる)
掲載誌:ACS Biomaterials Science & Engineering (American Chemical Society)
DOI:10.1021/acsbiomaterials.6c00694
URL:https://doi.org/10.1021/acsbiomaterials.6c00694

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・眼科学分野
教授 中澤 徹(なかざわ とおる)
TEL: 022-717-7294
Email: toru.nakazawa.e1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
TEL: 022-717-8032
Email: press.med*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

関連資料
プレスリリース資料(PDF)
関連リンク
眼科学分野 眼科